第17話 『届かない温度』
一年後。
再びパリ。
個人戦前夜。
ホテルのロビーで、小春とルイは久しぶりに真正面で向き合う。
一年ぶり。
隣にいない日々は、想像以上に長かった。
「変わったな」
ルイが言う。
「……ルイくんも」
小春は笑う。
でも、どこかぎこちない。
距離がある。
物理的ではなく、温度の距離。
◇
修行の一年。
小春は、何度も壁にぶつかった。
甘すぎる、と否定され。
優しすぎる、と切り捨てられ。
泣いて、削って、作り直した。
そして気づいた。
“優しいだけでは、人の心は救えない”と。
甘さには、芯が必要だ。
その芯を、ようやく掴みかけている。
◇
ルイもまた、変わっていた。
以前より鋭く。
以前より冷静で。
隙がない。
世界三つ星の厨房で、感情を削り落としたような空気。
小春の胸が、少し痛む。
(遠くなった……?)
◇
翌日。
個人戦テーマ発表。
「Rebirth(再生)」
会場がざわつく。
再生。
失敗からの復活。
過去を越える味。
小春は静かに目を閉じる。
一年間の涙。
否定。
孤独。
それら全部が、今の自分を作った。
ルイも、無言で材料を選ぶ。
二人は、もうチームではない。
敵。
真正面から、ぶつかる。
◇
小春の構成。
焦がしキャラメルの苦味。
柑橘の酸味。
最後に広がる、柔らかな蜂蜜の甘さ。
壊れても、また立ち上がる味。
ルイは対照的。
極限まで削ぎ落とした一皿。
白。
静寂。
一口で衝撃が走る構成。
感情を爆発させない。
制御された再生。
◇
制限時間残り三分。
小春のソースが、わずかに分離する。
焦り。
(ダメ……!)
手が震える。
その瞬間、視線を感じる。
ルイ。
何も言わない。
でも、目だけで伝える。
“立て直せ”
小春は深呼吸。
温度を下げる。
ゆっくり、ゆっくり混ぜる。
再生。
自分のテーマ。
立て直せる。
ソースは、滑らかに戻る。
◇
試食。
会場は緊張に包まれる。
小春の皿。
審査員が一口。
眉が動く。
「Bittersweet…」
ほろ苦い。
「But strong.」
強い。
次に、ルイ。
静寂。
一口で空気が変わる。
「Minimal… but emotional.」
削ぎ落とされた中の感情。
観客席がざわめく。
◇
結果発表前。
控室。
小春は笑う。
「楽しかったです」
ルイが少し驚く。
「負けるかもしれないのにか」
「はい」
小春はまっすぐ言う。
「今のわたしで、戦えたから」
その言葉に、ルイの視線が揺れる。
「……俺もだ」
◇
発表。
名前が呼ばれる。
優勝――
ルイ。
歓声。
拍手。
小春は一瞬だけ目を閉じる。
悔しい。
でも。
(届いた)
去年より、確実に近づいた。
ルイがトロフィーを持って、小春の前に立つ。
「次は、お前だ」
当たり前のように言う。
その一言が、胸を温める。
◇
夜。
セーヌ川沿い。
小春は風に当たる。
ルイが隣に立つ。
「悔しいか」
「……少し」
正直に言う。
「でも」
小春は続ける。
「隣にいたい気持ちは、変わらないです」
沈黙。
ルイが、ゆっくり言う。
「俺も」
短い。
でも、嘘はない。
遠距離も、ライバルも、
消えない不安もある。
それでも。
二人の温度は、まだ繋がっている。
世界は広い。
夢は高い。
恋は、まだ未完成。
でも確実に、育っている。
――次回、
“選択”。
世界か、帰国か。
二人の進む道が分かれるかもしれない。




