第16話 『世界一のその先』
世界大会優勝から三ヶ月。
帰国した二人を待っていたのは、
想像以上の変化だった。
テレビ出演。
雑誌の取材。
企業コラボのオファー。
《スイーツアカデミー》は一躍、世界的注目校に。
小春はまだ慣れないフラッシュに目を細める。
(わたし、本当に世界一……?)
隣には、いつも通りのルイ。
でも視線は、少しだけ遠い。
◇
ある日。
龍星先生が呼び出す。
「次の話だ」
机に置かれた資料。
“世界若手パティシエ育成プロジェクト”
優勝者限定の特別プログラム。
世界各国のトップシェフのもとで修行。
期間は――一年。
開催地は、ヨーロッパ各地。
小春の胸が高鳴る。
「行きます」
即答。
ルイも頷く。
だが、次の言葉で空気が変わる。
「ただし、ペアではない」
静寂。
「個別配属だ」
世界は、甘くない。
実力は、個人で測られる。
◇
配属先発表。
小春――イタリア・フィレンツェの老舗パティスリー。
ルイ――フランス・パリ、三つ星レストラン。
別々。
一年間。
小春の喉が詰まる。
「……そうですか」
覚悟はしていた。
でも、胸が痛い。
◇
空港。
出発の日。
世界一の二人は、別々の搭乗口へ。
「一年だ」
ルイが言う。
「はい」
「逃げるな」
「逃げません」
沈黙。
言いたいことは、山ほどある。
でも、言葉は少ない。
小春が、勇気を出す。
「帰ってきたら」
「うん?」
「もっと、すごくなってますから」
ルイが、少し笑う。
「ああ」
一瞬、手が触れる。
それだけ。
でも、それで十分だった。
◇
イタリア・フィレンツェ。
石畳の街。
小春の修行先は、伝統重視の厳格な店。
シェフは冷たい目で言う。
「世界一? ここでは関係ない」
皿を見て、一言。
「甘すぎる」
胸が、刺さる。
(通用しない……)
◇
一方、パリ。
ルイは超一流の厨房に立つ。
ミスは許されない。
一瞬の遅れで叱責。
「World champion? Prove it.」
証明しろ。
ルイの目が鋭くなる。
◇
夜。
小春は小さなアパートで一人、試作する。
思うようにいかない。
味がぼやける。
「……違う」
涙が落ちる。
世界一になったのに。
まだ、未熟。
スマホにメッセージ。
ルイから。
『どうだ』
短い。
小春は迷ってから返信する。
『苦いです』
すぐに既読。
『当然だ』
一拍。
『世界はもっと苦い』
そして。
『でも、お前は立て直せる』
画面が滲む。
(隣にいなくても)
支えは、消えていない。
◇
一年は長い。
でも、短い。
二人はそれぞれの場所で、壊れ、学び、作り続ける。
甘さの本質。
苦味の意味。
温度の繊細さ。
世界一は、ゴールじゃない。
スタートだった。
◇
ラストカット。
一年後――
パリの国際コンクール会場。
再び並ぶ各国代表。
その中に、日本の二つの名前。
一ヶ原小春。
龍星ルイ。
今度は、個人戦。
隣ではなく、対面。
目が合う。
微笑む。
「負けませんよ」
小春が言う。
ルイが答える。
「望むところだ」
恋も、夢も、
まだ終わらない。
甘くて、切なくて、熱い。
第二章、開幕。
――つづく




