第15話 『世界一の味』
パリ国際製菓コンクール――決勝。
会場は満席。
スポットライトが、二組だけを照らす。
日本代表
ルイ・一ヶ原小春。
フランス代表
レオ・マルタン。
ここで勝った者が、世界一。
◇
最終テーマ発表。
会場が静まり返る。
スクリーンに映し出された言葉。
「Theme: Love.」
――愛。
小春の心臓が跳ねる。
ルイも、わずかに目を見開く。
愛。
甘くも、苦くもなる感情。
逃げ場のないテーマ。
◇
レオは迷わない。
「Je sais déjà.(もう決めてる)」
自信に満ちた笑み。
彼の“愛”は、情熱的で、強く、燃える赤。
一方、日本。
沈黙。
「どうする」
ルイが問う。
小春の胸に浮かぶのは、
支えてくれた母。
仲間。
そして――
隣にいる人。
「……温度」
思わず出た言葉。
「愛って、温度だと思うんです」
ルイが視線を向ける。
「熱すぎても壊れる。冷たすぎても届かない」
「ちょうどいい温度が、心に残る」
ルイは、ゆっくり頷く。
「いける」
◇
日本の構成。
外側は薄いホワイトチョコレート。
中に、ビターチョコの層。
その中心に、温かいミルクソース。
割った瞬間、とろりと溢れる。
“伝える勇気”を表現する設計。
レオは対照的。
濃厚なダークチョコ。
燃えるようなベリーソース。
情熱と衝動の愛。
会場の空気は、完全にフランス優勢。
◇
残り二十分。
日本側、最後の仕上げ。
小春の手が震える。
(愛……)
自分の本当の気持ちが、重なる。
この舞台が終わったら。
もし負けたら。
もし勝ったら。
ルイが静かに言う。
「震えるな」
「……はい」
「愛は逃げない」
その言葉が、胸に刺さる。
(逃げない)
小春は、覚悟を決める。
◇
完成。
二つの皿が並ぶ。
レオの皿は圧倒的。
芸術。爆発的な存在感。
日本の皿は、静かで、柔らかい。
でも中心には、確かな熱。
◇
試食。
審査員がレオの皿を口に運ぶ。
歓声。
「Passionate. Powerful.」
続いて、日本。
ナイフが入り、中心が割れる。
温かいソースが溢れる。
会場が静まる。
一口。
沈黙。
長い、長い沈黙。
やがて審査員長が言う。
「This… is gentle.」
優しい。
「Not loud. But unforgettable.」
派手ではない。でも、忘れられない。
小春の目に涙が浮かぶ。
◇
結果発表。
スポットライト。
鼓動。
世界が、止まる。
「The winner of this year’s Grand Prix is――」
時間が引き延ばされる。
ルイの手が、わずかに小春の袖に触れる。
「Japan.」
世界が爆発する。
歓声。
拍手。
涙。
小春の視界が滲む。
「……勝った?」
ルイが、はっきり言う。
「ああ。世界一だ」
トロフィーが手渡される。
日本代表、優勝。
◇
レオが歩み寄る。
微笑み。
悔しさはある。
でも、清々しい。
「Your love… was stronger.」
ルイが頷く。
「ありがとう」
レオは小春を見る。
「He changed because of you.」
小春は、何も言えない。
◇
表彰式後。
バルコニー。
夜のパリ。
エッフェル塔が輝く。
小春は、深呼吸する。
「ルイくん」
声が震える。
でも、逃げない。
「わたし……」
ルイが振り向く。
「ずっと、隣にいたいです」
告白じゃない。
でも、それ以上。
「パティシエとしても。人としても」
鼓動がうるさい。
沈黙。
夜風。
そして――
ルイが一歩近づく。
「俺もだ」
短い言葉。
でも、まっすぐ。
「世界一になっても、隣は空けとく」
小春の涙が、こぼれる。
甘くて、苦い。
でも、あたたかい。
夢は叶った。
でも物語は、終わらない。
世界一から始まる、新しい挑戦。
恋も、夢も、まだ成長途中。
スイーツでつながる絆と、
溶けてもまた固まる想い。
二人の物語は、これからも続いていく。
――完?
それとも、
“世界一のその先”へ行く?




