第13話 『世界の温度』
パリ国際製菓コンクール、開幕。
歴史ある大ホール。
天井は高く、壁には金色の装飾。
各国の代表が並ぶ。
フランス、イタリア、日本、アメリカ、ベルギー……。
観客席には一流パティシエたち。
空気が、重い。
◇
第一競技テーマ発表。
「Theme: Tradition × Innovation(伝統と革新)」
ざわめき。
伝統を壊さず、革新する。
最も難しいテーマ。
ルイが小声で言う。
「予想通りだ」
小春は深呼吸。
(日本の伝統……)
二人の視線が重なる。
抹茶。
和三盆。
でも、それだけじゃ弱い。
◇
スタート。
レオ・マルタンの動きは別格だった。
無駄がない。
迷いがない。
まるで舞うような手さばき。
周囲が自然と見入る。
「……すごい」
小春が思わず呟く。
ルイの目が鋭くなる。
「見るな。作れ」
「はい!」
◇
二人が選んだ構成。
“抹茶テリーヌ”をベースに、
内部に柚子のジュレ。
外側をホワイトチョコレートで薄く包み、
和の余韻にフレンチの軽やかさを重ねる。
でも――
味見した瞬間、小春の顔色が変わる。
「……重い」
抹茶が強すぎる。
渋みが前に出る。
海外審査員には刺さらない可能性。
残り時間、一時間。
ルイが即断する。
「抹茶、減らす」
「でも、伝統が弱くなります」
「そのままだと負ける」
迷いのない声。
小春の胸がざわつく。
(日本らしさを、曲げる……?)
その時、思い出す。
“原点”。
心を救う甘さ。
自己満足じゃ意味がない。
「……バランス、変えましょう」
抹茶の苦味を抑え、
代わりに和三盆の柔らかい甘さを前に出す。
柚子の酸味でキレを作る。
ルイが頷く。
「それでいく」
◇
一方、レオの皿。
クラシックなフランス菓子を再構築。
伝統のオペラケーキを分解し、
温度差と食感差で再構成。
観客からどよめき。
「完璧……」
誰かが呟く。
◇
残り十分。
小春の手が震える。
世界の舞台。
観客の視線。
言葉の壁。
(怖い)
その時。
「一ヶ原」
ルイの声。
「俺たちは何しに来た」
短い問い。
小春は、顔を上げる。
「世界一を、取りに」
「じゃあ震えるな」
強い声。
でも、その目は優しい。
小春は、息を吸う。
「はい」
◇
完成。
日本代表の皿は、
静かで、繊細。
派手さはない。
でも、温かい。
レオの皿は、
大胆で、芸術的。
圧倒的な存在感。
◇
試食。
審査員の表情は読めない。
フランス人審査員が言う。
「Interesting… delicate bitterness.」
別の審査員。
「Balanced. Elegant.」
小春の心臓が跳ねる。
レオの作品には、賞賛の嵐。
「Magnificent.」
「Masterful technique.」
空気が、レオに傾く。
◇
結果発表。
「Top three of the first round――」
名前が呼ばれる。
フランス。
イタリア。
そして――
「Japan.」
小春の目が見開く。
通過。
決勝ラウンドへ。
レオが振り向く。
静かな笑み。
「Good. Don’t disappoint me.」
ルイが応じる。
「Next round. We win.」
◇
控室。
小春は壁にもたれて座り込む。
「世界、やばいですね……」
ルイが隣に座る。
「楽しいだろ」
意外な言葉。
小春は驚く。
ルイは続ける。
「怖いけど、燃える」
その横顔は、全国の時よりも生き生きしている。
完璧に縛られていない。
挑戦している顔。
小春の胸が、また熱くなる。
(好き……)
はっきりした感情。
もう逃げられない。
でも今は、言わない。
勝つまで。
世界一になるまで。
◇
次は準決勝。
相手は、レオ率いるフランス。
本場の壁。
文化の壁。
そして、技術の壁。
甘いだけじゃ足りない。
でも、二人なら。
世界の温度は高い。
だけど――
二人の想いも、負けていない。
――つづく




