第12話 『世界の扉』
全国大会優勝から一週間。
《スイーツアカデミー》の校門には、横断幕が掲げられていた。
――祝・全国制覇。
校内はお祭り騒ぎ。
でも、小春の胸の奥は静かだった。
(世界……)
それは夢の言葉だったはずなのに、
今は“現実”として目の前にある。
◇
龍星先生が二人を呼び出す。
「正式に決まった」
差し出された書類。
世界大会の招待状。
開催地――フランス・パリ。
会場は、歴史ある国際コンクール。
世界各国の若きパティシエが集う舞台。
龍星先生の目は真剣だ。
「ここからは、技術だけじゃ勝てない」
「文化、感性、哲学」
「全部が問われる」
ルイが静かに頷く。
小春は、書類を握りしめる。
震えているのは、怖さか、興奮か。
◇
数日後。
出発前の壮行会。
その場に、意外な人物が現れる。
「久しぶりだな」
振り向いた先。
神崎。
「俺も行く」
会場がざわつく。
「別枠推薦。フランス校代表としてな」
余裕の笑み。
「決着は、世界で」
ルイの目が燃える。
「望むところだ」
◇
夜。
屋上。
小春は一人、風に当たっていた。
街の灯りが遠くに揺れる。
「考え事か」
振り向くと、ルイ。
「ちょっとだけ」
小春は笑う。
「世界って、遠いですね」
「もう目の前だ」
「そうなんですけど……」
言葉が詰まる。
怖い。
自分が通用しなかったらどうしよう。
ルイの足を引っ張ったら。
その時。
「一ヶ原」
真剣な声。
「お前がいなきゃ、俺はここにいない」
小春の心臓が止まりそうになる。
「壊れてもいいって、教えたのはお前だ」
「原点を思い出させたのも」
夜風が、静かに吹く。
「だから、隣にいろ」
まっすぐな視線。
胸が、ぎゅっとなる。
(わたし……)
もう誤魔化せない。
これは尊敬じゃない。
憧れでもない。
「……はい」
小さな返事。
でも精一杯の想い。
◇
出発当日。
空港。
仲間たちが見送りに来ている。
ルナが腕を組んで立つ。
「絶対優勝してこい」
強気な声。
でも目は、優しい。
「次はうちも行くから」
小春は笑う。
「待ってます」
◇
飛行機が離陸する。
雲の上。
小春は窓の外を見つめる。
ルイが隣で静かに言う。
「世界は甘くない」
「はい」
「でも」
一瞬、間。
「甘くしてやる」
小春は吹き出しそうになる。
でもその横顔は、本気だった。
◇
パリ到着。
石畳の街。
甘いバターの香り。
そして、会場前。
各国の旗が並ぶ。
その中に、日本の旗。
小春は深呼吸する。
「ここが……世界」
その時、背後から英語が飛ぶ。
「So, you are the Japanese champions?」
振り向く。
金髪の青年。
鋭い青い目。
「I’m Leo Martin. France representative.」
世界王者候補。
その名は、レオ・マルタン。
彼は微笑む。
「Welcome to the real stage.」
本物の舞台へようこそ。
ルイが一歩前に出る。
「負けない」
英語で短く。
レオは笑う。
「Good. I hate boring battles.」
世界は広い。
甘さも、苦味も、桁違い。
でも――
小春は隣を見る。
怖いけど、逃げない。
恋も、夢も、
全部抱えて。
世界一への物語が、今、本当に始まる。
――つづく




