第11話 『わたしの原点、あなたの原点』
全国大会・第二競技。
テーマは――「原点」。
制限時間三時間。
“なぜ、自分は菓子を作るのか”
それを一皿で表現する。
◇
「構成、最終確認」
ルイが低く言う。
小春は頷く。
二人が選んだ原点は、それぞれ違う。
小春の原点――
幼い頃、落ち込んで泣いていた自分に
母が焼いてくれた、少し不格好なシフォンケーキ。
見た目は完璧じゃない。
でも、あの甘さは心を救った。
ルイの原点――
初めて飴細工を成功させた日の感動。
溶けて、失敗して、何度も作り直して、
やっと形になった“光”。
二つの原点を、ひとつの皿に。
テーマは
「はじまりの光」。
◇
スタート。
小春はシフォン生地を仕込む。
あえて、少し素朴な見た目。
ルイは飴を炊く。
透明度を極限まで高める。
会場の空気が熱を帯びる。
神崎チームは、すでに高度な構造を組み始めている。
芸術的。洗練。完璧。
「焦るな」
ルイの声。
「はい」
小春は深呼吸する。
(わたしの原点は、比べることじゃない)
優しい甘さ。
それを、信じる。
◇
残り四十分。
事件が起きる。
ルイの飴細工。
最後の組み上げ。
――パキン。
小さな音。
支柱が、割れた。
周囲がざわめく。
神崎がこちらを見る。
ほんのわずかな、笑み。
ルイの呼吸が止まる。
時間は、あと三十分。
作り直せば、間に合わない。
◇
「ルイくん」
小春が言う。
焦りのない声。
「変えましょう」
「……何を」
「構成」
ルイが目を見開く。
「割れた部分、使いましょう」
「は?」
「原点って、失敗も含まれませんか」
静かな声。
「壊れて、やり直して、それでも好きだったから続けた」
ルイの胸が、強く打つ。
「だから今、ここにいるんですよね?」
割れた飴を、光のように再配置する。
完全な球体ではなく、
ひび割れたまま、中心から光が差すデザイン。
ルイの目に、迷いが消える。
「……やるぞ」
◇
盛り付け。
素朴なシフォン。
中央に、ひび割れた飴の光。
完璧ではない。
でも、確かに美しい。
◇
試食。
審査員が口に運ぶ。
「……優しい」
「シンプルなのに、深い」
「この飴のひび割れは?」
小春が答える。
「失敗も、原点だからです」
会場が静まる。
ルイが続ける。
「壊れても、また作る。それが、俺の原点です」
神崎が目を細める。
初めて見る、ルイの表情。
“完璧”ではなく、“覚悟”。
◇
神崎チームの作品は、やはり完成度が高い。
洗練され、隙がない。
だが――
どこか、感情が遠い。
◇
結果発表。
総合順位が決まる。
第一競技と第二競技の合算。
会場が息を呑む。
「準優勝――」
名前が呼ばれる。
神崎蒼チーム。
ざわめき。
神崎の目が、わずかに揺れる。
「優勝は――」
一瞬の静寂。
「ルイ・一ヶ原チーム!」
世界が弾ける。
歓声。
拍手。
小春の視界が滲む。
「……勝った?」
ルイが小さく笑う。
「ああ」
震えているのは、手か、心か。
神崎が歩み寄る。
「参ったな」
苦笑。
「今回は、原点で負けた」
ルイはまっすぐ見る。
「ありがとう」
神崎は小春に視線を向ける。
「君が変えたな」
小春は首を振る。
「ルイくんが、自分で選びました」
神崎は静かに笑う。
「世界で会おう」
そう言って去る。
◇
トロフィーを手にした瞬間。
小春は、ふと気づく。
隣にいる人が、こんなにも誇らしいことに。
胸が、熱い。
ただの尊敬じゃない。
ただの仲間じゃない。
(わたし……)
ルイが横を見る。
「どうした」
小春は慌てて首を振る。
「なんでもないです!」
でも、鼓動は早い。
甘くて、苦い。
これはきっと——
恋。
全国制覇。
そして、世界への切符。
二人は、次の舞台へ進む。
でも本当の戦いは、ここから。
世界は、もっと残酷で、もっと美しい。
そして――
恋もまた、試される。
――つづく




