第10話 『一ミリの重さ』
全国製菓学生大会・第一競技。
審査は終わった。
会場全体が、静まり返る。
壇上に並ぶ代表チーム。
神崎は余裕の表情。
ルイは無表情。
小春の手は、ほんの少し冷たい。
(大丈夫……)
自分に言い聞かせる。
◇
審査員長がマイクを持つ。
「第一競技、上位三校を発表します」
会場の空気が張りつめる。
「まず一校目――神崎蒼チーム」
拍手。
予想通り。
神崎は軽く手を上げるだけ。
視線はルイへ。
挑戦的な微笑み。
小春の胸がざわつく。
「二校目――」
一瞬の間。
「ルイ・一ヶ原チーム」
世界が止まる。
「……え?」
小春の声が、かすれる。
周囲から拍手。
ルイは目を伏せ、静かに息を吐く。
「通った」
短い一言。
でもそこには、確かな安堵。
◇
控室。
「おめでとう」
龍星先生が言う。
「だが、点差は僅差だ」
スクリーンに表示される点数。
神崎チーム 94.8点
ルイ・小春チーム 94.6点
――0.2点差。
小春の目が見開く。
「……また、わずか」
ルイが呟く。
神崎がドアにもたれて立っている。
「惜しかったな」
柔らかな声。
「今回も“ほんの少し”足りない」
ルイの拳がわずかに握られる。
小春が一歩前に出る。
「でも、負けてません」
神崎が目を細める。
「総合点で逆転します」
はっきりとした声。
神崎はふっと笑う。
「楽しみだ」
去り際、ルイにだけ聞こえる声で囁く。
「お前、変わったな」
◇
控室に戻る。
ルイは無言。
小春が言う。
「悔しいですか」
「当たり前だ」
即答。
でも以前のような冷たさはない。
「でも、前より苦しくない」
ぽつり。
「一ミリ差でも、折れなかった」
小春が微笑む。
「壊れても、再生できますから」
ルイが小さく笑う。
「その理論、万能だな」
◇
しかし、その夜。
小春は一人、ベッドで天井を見つめていた。
(0.2点……)
もしソースが焦げなかったら?
もし飴の角度が完璧だったら?
胸が締めつけられる。
「やっぱり、完璧じゃないと……」
その時、スマホが震える。
ルイからのメッセージ。
『明日の構成、変える』
小春は飛び起きる。
『攻める』
それだけ。
でも意味は分かる。
守りでは神崎に勝てない。
リスクを取る。
壊れる可能性を受け入れる。
小春は打ち返す。
『やりましょう』
すぐ既読がつく。
『怖いか』
一瞬、指が止まる。
でも打つ。
『怖いです。でも、隣にいます』
数秒後。
『……ああ』
短い返事。
でもそれだけで、胸が少し温かくなる。
◇
翌朝。
第二競技のテーマ発表。
「テーマは――“原点”」
ざわめき。
原点。
自分が、なぜ菓子を作るのか。
神崎は余裕の笑みを浮かべる。
「得意分野だ」
ルイは小春を見る。
「原点、あるか」
小春は迷わない。
「あります」
“人の心を救うスイーツ”。
それが原点。
ルイは目を閉じる。
自分の原点は何だったのか。
勝つこと?
完璧であること?
それとも——
ただ、作るのが好きだったあの日?
◇
全国大会、第二競技。
ここで順位が大きく動く。
0.2点差は、重い。
でも、越えられない壁じゃない。
一ミリの重さを知っているからこそ、
二人はもう逃げない。
完璧じゃなくても。
怖くても。
それでも、前へ。
神崎という壁の向こうに、
世界への扉がある。
甘くない戦いは、まだ続く。
――つづく




