第三話 異界の理
裂界を越え、彼らはついに異世界へと到達した。
そこは異形の巣窟でも、魔法の王国でもない。
法則そのものが揺らぐ、不完全な世界。
待ち受けていたのは敵意ではなく、理解不能の理。
侵略者は怪物ではない。
意思を持ち、論理を語る存在。
世界はなぜ壊れるのか。
侵食とは何か。
そして能力とは何なのか。
第三話――異界の真実が、静かに牙を剥く。
「――ようこそ」
その声は、あまりにも自然だった。
まるで以前から彼らを待っていたかのように。
霧島ハルの視界の先。
そこに立つ“それ”は、人の形をしていた。
輪郭は人間。
だが決定的に違う。
肌の色は不明瞭で、光の加減によって揺らぎ、
顔の造形は認識しようとするたびに曖昧になる。
脳が理解を拒む存在。
「侵略される側の世界へ」
ぞわり、と背筋が粟立つ。
「……誰だ」
相馬レンが前へ出る。
重力を操る能力者。
だが、その声音にはわずかな警戒が滲んでいた。
「個体名に意味はない」
“それ”は静かに答える。
「お前たちの概念に合わせるなら――観測者」
「観測者……?」
黒曜マキナが眉をひそめる。
「ふざけた名ね」
「名ではない」
淡々とした否定。
感情の気配はない。
「役割だ」
◆
異世界の空は奇妙だった。
色彩が安定しない。
雲の形状が常に歪み、遠景の山々は蜃気楼のように揺れている。
世界そのものが“不完全”。
「ここが侵食源……」
白峰トウカが小さく呟く。
周囲を警戒しながら視線を巡らせる。
「空間構造が不安定すぎる……」
「当然だ」
観測者が言う。
「この世界は未確定状態にある」
ハルの理解が追いつかない。
だがユウトだけは違った。
「……なるほどな」
天城ユウトの瞳が細められる。
「お前たちの世界は“現実”ではない」
観測者がわずかに首を傾けた。
「正確だ」
「は……?」
ハルが思わず声を漏らす。
ユウトは続ける。
「この世界は可能性の集合体」
「固定された物理法則を持たない」
「だから侵食が起きる」
◆
「侵食ってのは……」
九条ガイが低く言う。
「どういう理屈だ」
観測者は一切の間を置かず答えた。
「確定だ」
「……?」
「未確定世界は、確定世界へ収束する」
その言葉が放たれた瞬間。
ハルの背中に冷たい理解が走った。
「お前たちの世界は安定している」
「法則が固定され、因果が強固」
「ゆえに我々は引き寄せられる」
「存在を維持するために」
沈黙。
その理屈はあまりにも異質で、あまりにも理不尽だった。
「……寄生ってことかよ」
レンが吐き捨てる。
「概念的には近い」
観測者は否定しない。
「お前たちの世界は“重い”」
「我々は“軽い”」
「ゆえに融合が起きる」
◆
「ふざけるな」
空気が震えた。
レンの周囲で重力が歪む。
怒り。
殺意。
圧倒的な圧力。
「世界を壊しておいて、理屈で済ませる気か」
「壊してはいない」
観測者の声は変わらない。
「ただ、置き換えるだけだ」
その瞬間。
空間が裂けた。
観測者の背後。
無数の歪み。
そして――
異形の群れ。
「来るぞ!」
トウカが叫ぶ。
戦闘態勢。
緊張。
だが。
観測者は動かない。
「抵抗は予測済みだ」
「よって実験を開始する」
「……実験?」
次の瞬間だった。
世界が、軋んだ。
能力の感覚が狂う。
重力が不安定になる。
空間の手応えが揺らぐ。
「な……!?」
レンが目を見開く。
トウカの表情が凍りつく。
「能力が……干渉されてる……!?」
観測者が静かに告げた。
「この世界における“異能”の挙動を検証する」
六人の能力者。
異世界。
そして――法則の崩壊。
本当の戦いが始まる。
第三話を読んでいただき、ありがとうございます。
ここから物語は、いわゆる「異世界冒険」とは
少し異なる方向へ進んでいきます。
敵は単なる破壊者ではなく、
異なる理屈で存在する知性体。
力で殴り合うだけでは解決できない構造が、
徐々に姿を現し始めました。
そして何より重要なのは――
能力者たちの力が、絶対ではないという事実。
世界が変われば、常識も優位も崩れる。
次話では、
・能力不全状態での戦闘
・異世界の危険性の本格化
・物語の大きな転換点
へと進みます。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。
――ありがとうございました。




