第二話 拒絶された者たち
空が裂け、日常が崩壊した朝。
世界の終わりは、爆音も閃光も伴わなかった。
ただ静かに、不可逆に、現実を侵食していく。
異形の出現。
裂界という歪み。
そして、六人の能力者。
彼らは救世主ではない。
世界から拒絶され、居場所を持たぬ異物。
第二話では、彼らの正体と、
この災厄の本質がわずかに明かされる。
物語は、もはや後戻りできない領域へ。
「……君も、こちら側だ」
その言葉は、妙に静かだった。
だが霧島ハルの心臓は、耳障りなほど強く脈打っていた。
「何なんだよ……さっきの化け物……」
視線は自然と空へ向く。
黒い亀裂――裂界。
朝の青空を喰い破る異物のように、そこに在り続けている。
周囲では逃げ惑う人々の悲鳴が響き、遠くで爆発音が鳴った。
日常が崩れていく音だった。
「説明してる時間はないな」
そう言ったのは 相馬レン だった。
冷静な目で周囲を見渡している。
「裂界は予測されていた現象だ」
「予測……?」
ハルが思わず聞き返す。
「こんなことが分かってたってのか?」
「完全ではないけどね」
軽く肩をすくめたのは 黒曜マキナ。
不思議なほど余裕のある口調。
だが、その瞳は笑っていない。
「世界のどこかに歪みが生じてた。それがついに破裂しただけ」
「……破裂?」
「異世界との境界がね」
ハルは言葉を失う。
理解が追いつかない。
だが――
胸の奥では、なぜか納得している自分がいた。
(知っていた……?)
違う。
知識ではない。
感覚だ。
ずっと以前から、この“異常”を感じていた。
◆
「また出るぞ」
低く告げたのは 九条ガイ。
包帯だらけの男。
その視線の先――空間が歪む。
空気が濁る。
次の瞬間、裂け目の直下に黒い影が滲み出た。
先ほどと同じ異形。
今度は三体。
「ちっ……数が増えてやがる」
レンが舌打ちし、前へ出る。
手をかざした瞬間。
重力が歪んだ。
見えない圧力が怪物を押し潰し、アスファルトへ叩きつける。
「派手にやるねえ」
マキナが笑う。
だが同時に、彼女の瞳が妖しく揺れた。
怪物の動きが鈍る。
恐怖。
混乱。
精神への直接干渉。
「今のうち」
銀髪の少女――白峰トウカ。
一歩踏み出す。
腕を振る。
何もない空間が斬れる。
異形の身体が音もなく分断される。
それでも一体だけが立ち上がる。
「しぶといな……」
その時だった。
怪物がガイへ飛びかかる。
回避は間に合わない。
直撃――
「――遅い」
ガイは避けなかった。
怪物の爪が身体を貫く。
血が飛ぶ。
だが。
次の瞬間、傷口が瞬時に塞がった。
肉が再生し、何事もなかったかのように立っている。
「な……」
ハルが息を呑む。
ガイは平然と怪物の頭を掴んだ。
「効かねえよ」
握り潰す。
頭部が砕け散る。
圧倒的な暴力。
圧倒的な異常。
◆
戦闘は、数秒で終わった。
路上には崩れた異形の残骸。
逃げ惑う人々。
燃え始めた建物。
そして――
「これが現実だ」
静かに告げたのは 天城ユウト だった。
黒い亀裂を見上げたまま。
「世界はもう、元には戻らない」
その言葉は、断定だった。
絶望的な確信。
「……どういう意味だよ」
ハルの声が震える。
ユウトはゆっくりと振り返る。
その瞳には感情がない。
「裂界は“侵食”だ」
「侵食……」
「向こうの世界が、こちらを書き換え始めている」
風が吹いた。
黒い亀裂が、不気味に脈動する。
「止める方法は一つしかない」
ハルの背筋を、嫌な予感が走る。
ユウトの視線が、まっすぐ裂界へ向けられる。
「侵食源を断つ」
「まさか……」
「そのまさかだよ」
マキナが笑う。
乾いた笑い。
「行くしかないの」
トウカが静かに言った。
裂けた空の向こう側へ。
異世界へ。
ハルの運命が、大きく軋んだ。
――拒絶された能力者たちの戦いが始まる。
「行くしかないの」
白峰トウカの声は、驚くほど落ち着いていた。
まるで遠足の行き先でも告げるように。
だが霧島ハルの喉は、ひどく乾いていた。
「待てよ……異世界って……」
視線の先。
空に刻まれた黒い亀裂――裂界。
そこから滲み出る、言葉にできない圧迫感。
本能が拒絶する“向こう側”。
「物理的距離じゃない」
天城ユウトが淡々と言う。
「概念的な隔たりだ」
「……は?」
理解が追いつかない。
だがユウトは構わず続けた。
「通常の人間は侵入できない。世界そのものに弾かれる」
「でも私たちは違う」
黒曜マキナが口を挟む。
「最初から世界の外側に近い存在だから」
その言葉は妙に引っかかった。
世界の外側。
拒絶。
異物。
「……何者なんだよ、あんたら」
ハルの問いに、短い沈黙が落ちた。
◆
最初に答えたのは相馬レンだった。
「失敗作だよ」
あまりにもあっさりとした口調。
「は……?」
「国家規模の能力研究計画」
視線は裂界から逸らさない。
「“対異界適応者計画”――通称、イグジステンス」
ハルの背筋が冷える。
嫌な予感が確信へ変わる。
「俺たちはそこで生まれた」
「生まれた……?」
「選ばれたんじゃない」
九条ガイが低く笑った。
「造られたんだ」
言葉が出ない。
冗談には聞こえなかった。
彼らの異常な力。
異様な落ち着き。
どこか壊れたような空気。
すべてが繋がる。
◆
「感傷に浸ってる暇ないぞ」
レンが小さく舌打ちする。
裂界が脈動する。
空間の歪みが拡大していた。
「侵食速度が上がってる……」
トウカが呟く。
その瞬間。
黒い亀裂の内側が、明確に“開いた”。
暗黒ではない。
別の空。
異様な色彩。
ねじれた光。
「……ッ!?」
ハルの心臓が跳ね上がる。
裂界の向こうに――世界がある。
本当に、異世界が存在している。
「時間切れだ」
ユウトの声。
冷酷なほど静か。
「決断しろ」
「決断って……!」
「君は既に選ばれている」
その言葉に、ハルは凍りつく。
ユウトの瞳が、まっすぐ彼を射抜いた。
「裂界を“認識”できている時点でな」
逃げ場はなかった。
見えてしまった。
知ってしまった。
この時点で、元の世界には戻れない。
◆
「……くそ」
ハルは歯を食いしばる。
震える足を無理やり前へ出す。
恐怖は消えない。
だが。
理解してしまった。
ここで背を向けても、世界は終わる。
「行けばいいんだろ……」
誰に向けた言葉か分からない。
「向こうに」
一歩。
裂界へ。
空気が変わる。
重力が歪む。
世界の感触が崩れる。
「いい覚悟だ」
レンが低く笑う。
「歓迎するよ、新入り」
その直後。
六人の能力者と一人の少年は――
裂けた空へと飛び込んだ。
◆
視界が反転する。
上下の感覚が消える。
音が溶ける。
そして――
見知らぬ大地が、彼らを迎えた。
空の色が違う。
光の質が違う。
世界そのものが違う。
「ここが……」
ハルの声が震える。
誰もが確信していた。
ここはもう、人類の世界ではない。
異世界。
侵食の源。
絶望の始まり。
「――ようこそ」
その時。
背後から声が響いた。
振り返った瞬間。
ハルの全身に悪寒が走る。
そこに立っていたのは。
人の形をした“何か”。
「侵略される側の世界へ」
第二話、終幕。
第二話を読んでいただき、ありがとうございます。
能力者たちの立ち位置、
そして世界観の核心に少しだけ触れました。
この物語は「異世界に行く話」ではなく、
「異世界に踏み込まざるを得なかった者たちの話」です。
選択ではなく、必然。
希望ではなく、生存。
ここから物語はさらに不穏さを増し、
世界そのものの異常へと踏み込んでいきます。
次話では――
裂界の向こう側。
敵の存在理由。
能力の本質。
それらが徐々に姿を現します。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。
――ありがとうございました。




