「信頼」
私は悔しかった。
自分も、あの場に残って戦いたかった。桧山の隣に立って、斧の届かない角度を埋めて、小夜の声に合わせて動いて、とうやの指示を受けて――ただ“逃げる役”じゃなくて、ちゃんと戦う役でいたかった。
でも、分かっている。
あのまま戦えば、全員死ぬ。
あの三人は、質が違った。特に真ん中の青年。
軽い口調で、笑いながら、こちらの覚悟を踏み潰す速さがあった。
あれは――Sランク。そう結論づけるしかない。
全員がここで死ねば、終わりだ。
私たちが守っているシェルターの非戦闘員たちも、きっと巻き込まれる。
次は逃げられない。守る手も残らない。だから、ここで潰れるわけにはいかなかった。
理性が叫ぶ。
逃げろ。生きろ。足を止めるな。
その理性の声に従うほど、心が裂けた。
涙が勝手に落ちる。息が震えて、視界が滲む。
悔しい。
置いていくのが。
桧山の背中が遠ざかっていくのが。
自分だけが安全に向かっているみたいで、胸が焼ける。
それでも――信じるしかなかった。
桧山の“不死”を。
桧山が言った言葉を、ただの強がりじゃないと信じるしかなかった。
「……っ」
喉の奥が痛む。泣き声になりそうなのを噛み殺して、私は走った。
そのとき、とうやが走りながら言った。声がいつもより硬い。
「緊急避難区画に行きます。このままシェルターを封鎖して、毒を撒きます」
一瞬、言葉の意味が頭に入ってこなかった。
毒――?
私は息を吸い直して、とうやを見る。
とうやは前を見たまま、淡々と続けた。
「侵入者を排除するための、内部対策。区画を分けて、封鎖して、致死濃度まで上げる」
心臓がどくんと跳ねる。
でも、次の瞬間、別の考えが噴き出した。
毒なら――桧山も助かる。
不死なら、持ちこたえられる。
そうだ。そうであってくれ。お願いだから。
「……行こう」
私は声を絞り出した。
足を、さらに速める。
今は、間に合うことが正義だ。
封鎖が早ければ早いほど、桧山が生き残る確率が上がる。
小夜も、無言で頷いた。とうやの肩が、小さく上下する。
走りながら、何かを計算しているみたいに。
――そのとき。
三人の表情が、暗く沈んだ。
小夜の口元が少し結ばれ、胸の奥がざわついたのに、私はその違和感を握り潰した。
その時は、気に留めなかった。
気に留める余裕なんて、なかった。
桧山を信じるしかない。
私たちは走るしかない。
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