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夢の住人~夢の世界で未来を選べるスキルを得た俺は、選択ひとつで死ぬバトロワに挑む~  作者: 阿行空


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「不死身」

青年が、返り血の付いた指で眼鏡の位置を直すみたいな仕草をした。笑っているのに、声だけは妙に丁寧だった。


「――君が、ゆいちゃんだね」


名を呼ばれた瞬間、背中がぞわりと冷えた。呼ばれる覚えなんてない。けれど相手は、確信している口ぶりで続ける。


「僕らと来てくれるかい」


「……行くわけないじゃない」


私が吐き捨てると、青年は肩をすくめた。断られること込みで、最初から結論が決まっているみたいに。


「そう言うと思ったよ。でもね、君が“持ってる情報”は、上にとって不都合なんだ」


「情報……? なに、それ」


本当に意味が分からない。何かを知っている自覚も、握っているカードもない。なのに青年は、そんな戸惑いすら面白がるように口角を上げた。


「知らない、って顔が一番厄介なんだよね。君自身が自覚してない“引っかかり”ほど、上は嫌う」


廊下の奥で、袴の女の子が一歩だけ前に出た。音がしない。視線だけが鋭く、こちらの呼吸を測っているみたいだった。

カッパの女の子は相変わらず黙ったまま。フードの影が揺れて、空気がじっとり重くなる。気のせいじゃない。胸が浅くしか膨らまない。


青年が、ふっと声を落とす。


「素直に応じないなら――ここにいる連中、皆殺しにする」


言葉が廊下に落ちた瞬間、温度が下がった。


小夜が一歩前に出かけて、すぐ止まる。戦う位置じゃない。守る位置だ。声だけが硬い。


「……わざわざ生け捕りって。あんたらゆいちゃんに何をさせるつもりなん?」


青年は首を傾げた。


「知らないよ。連れていくだけ。連れていけば“上”が処理する。処理の中身は僕も知らない。知る必要がないから」


「ふざけ――」


私が言いかけたとき、桧山が、前を向いたまま言った。胸元が抉れているのに、声だけは折れていない。斧を握る腕の鎖が、ぎし、と鳴る。


「やってみろ」


青年は鼻で笑う。


「まだ立つんだ。いいね、そういうの。……でもさ、君、もう死んでるのと同じだよ?」


桧山は答えず、呼吸を整えるみたいに一度だけ目を閉じた。それから視線を前に固定したまま、背後のとうやへ声を投げる。


「とうや。俺の……身体データ、持ってるな。復元、できるか」


苦しそうなのに、妙に軽い。心配されないように、わざと余裕を装った声だった。


「……あぁ」


とうやは短く返して、薄いノートPCを引き出した。膝をつき、画面を開く。指が走る。警報音の中で、キーボードの乾いた打鍵だけが妙に生々しい。


桧山の胸元に、幾何学模様が浮かぶ。


六角形と三角形が組み合わさった光の網が、裂けた輪郭をなぞるように広がり、しゅう、と空気が抜ける音を立てる。欠けた部分が“埋まる”というより、元の形を参照して貼り直されていく感じだった。桧山は眉ひとつ動かさない。


とうやが、画面から目を上げずに言った。


「……復元はメモリを食う。あと一回が限界だ」


「十分だ」


桧山は小さく笑った。喉の奥で鳴らしただけの笑い。


「その一回は、もう俺には要らねえ」


そして、私たちの方を見ずに言い切る。


「足止めする。今すぐ、ここから逃げろ」


「桧山さん――!」


声を上げかけた瞬間、小夜が私の肩を掴んで引いた。強い力。迷っている暇を許さない握り方だった。


「ゆい、動け。今は動くのが仕事だ」


「でも――!」


「“でも”を言うな。死ぬぞ」


とうやが、PCを抱えたまま立ち上がる。唇を噛んでいる。計算が合っているのに、気持ちだけが追いつかない顔だった。


青年が割って入るように言った。


「足止め? 足止めにもならねーよ」


言い終わるより早い。


青年は両手のアメリカンクラッカーを、まるで玩具を放り投げるみたいに投げた。二つの球が、平行に飛ぶ。


桧山の左右――肩の外側をすり抜ける軌道。避ける必要すらない、ただの牽制に見えた。


だが、青年が腕を後ろに引いた。


紐の中心が、青年側へ強く引かれる。


次の瞬間、左右に抜けたはずの球が不自然に軌道を曲げた。見えないレールに乗せられたみたいに、桧山の両脇から内側へ――挟み込むように戻ってくる。


「――っ!」


桧山が斧を上げるより先に、二つの球は桧山の目の前で打ち付け合った。


カン、という乾いた音。


その直後、爆ぜた。


衝突点を中心に丸い衝撃が膨らみ、爆円が廊下を満たす。光が一瞬、すべてを白く塗りつぶし、床が跳ね、壁が鳴った。空気が肺を殴り、息が一拍遅れる。


反射で顔を庇う。鼓膜が震え、視界が揺れる。


爆煙がしぼむ。


そこに立っていた桧山は、腕をクロスさせたまま、まだ前を向いていた。前腕から肩口にかけて黒く焦げ、煙が細く立ち上っている。それでも膝をつかない。焼けた匂いの中で、桧山の足音だけが一歩、前に出た。


青年が笑った。


「へぇ。まだ動くんだ」


桧山は、歯の間から息を吐いて言った。


「……俺のスキルは、不死だ」


声が、やけに静かだった。


「お前が寿命で死ぬまで――相手してやんよ」


桧山の鎖が、もう一度ぎし、と鳴る。まるで自分に言い聞かせるみたいに。

その背中を見て、小夜が私の腕を強く引いた。


「行きましょ、ゆいちゃん。今は振り返らんと」


私は唇を噛んだ。返事ができない。喉の奥が痛い。

それでも足だけは動いた。桧山の“足止め”に、せめて意味を残すために。







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毎日 昼12時と夜の20時の2話更新です。




続きが気になったらブックマークで追ってください。


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週1で『夢の住人 外伝』(短編)も投稿(毎週月曜)。

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