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夢の住人~夢の世界で未来を選べるスキルを得た俺は、選択ひとつで死ぬバトロワに挑む~  作者: 阿行空


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「襲撃」


篁、高宮、綾織、琢磨、そしてケイの五人は、敵のアジトを“黙視できるギリギリの距離まで詰め、スクラップの山の陰に身を伏せた。


眼下に広がるのはスクラップ置き場だ。錆びた鉄骨、潰れた廃車、歪んだコンテナ。どこを見ても赤茶けた金属が積まれ、風が吹くたびに、どこかで鉄が擦れて乾いた音を立てる。


油の匂いが鼻に残り、息を吸うと喉が少しだけ焼ける。足元の小石を踏むだけでも音が立つ気がして、誰も無駄に体重移動をしない。沈黙のなかに混ざるのは、遠くの金属音と、五人の呼吸だけだった。


スクラップの山は、作業者が積んだというより、誰かが癇癪で投げ捨てた残骸が偶然折り重なったみたいに見えた。鋭い角がいくつも突き出ていて、服の袖を引っかけるだけでも布が裂けそうだ。


ケイは肘を動かすのも怖くて、肩をすくめたまま視線だけを滑らせる。頬に触れる風は冷たいのに、背中にはじわっと汗がにじんでいく。


その無秩序の中心に、不釣り合いな“整い”が刺さっていた。二十階建てほどのビル。スクラップの海から、そのまま垂直に立ち上がっている。窓は黒い穴のように並び、外壁は汚れているはずなのに、瓦礫よりもずっと綺麗に見える。


ここだけ別の都市の破片だ。——だからこそ、余計に不気味だった。こんな場所に、そんな建物がある理由が分からない。人の気配が、建物の“中”から染み出してくる気がして、ケイは無意識に息を止めた。


篁が先に口を開く。声は小さいのに、命令だけははっきり届く。


「最終確認だ」


篁は腰のポーチから折り畳んだ紙を出し、地面に広げる。紙は何度も開閉されたらしく、折り目が白く擦れている。図というほど整っていないが、矢印と線がある。篁の指が迷いなく動き、ビルと周囲のスクラップの位置関係をなぞった。爪の先が紙を擦る音が、やけに大きく聞こえる。


篁は紙の上に線を引き足し、二手に分かれる矢印を作った。


「二手に分かれる。ケイと琢磨と俺が先入。正面で綾織と高宮が陽動」


綾織は短く頷いた。頷き方が小さいのに、迷いがない。指先だけで糸巻きを押さえ、いつでも取り出せる位置に固定しているのが見えた。


高宮は表情を変えないまま、視線だけで“了解”を返す。瞳が紙面から一度も離れず、必要な情報だけを機械みたいに拾っている。


琢磨は唇を引き結び、何か言いかけて飲み込んだように見えた。横顔にはまだ幼さが残っていて、ここにいること自体が場違いに思えるほどだ。それでも逃げない。逃げられないのかもしれない。


篁はそこで一拍置き、陽動側の矢印を指で叩いた。

「陽動したら、高宮。敵陣地内の内装をできる限り変えろ」


高宮の眉が、ほんのわずか動く。質問か、確認か、その境目にも見える微細な反応だった。


「ただし、大きく変化させる必要はない。……負担を考えろ」


篁は念押しするように言葉を重ねた。


「大きく変えるより、混乱させる小さなものを複数。通路の角度、扉の位置、標識、照明——“違和感”を撒け。相手の判断と集合を遅らせる」


高宮が短く息を吐く。肯定の合図にも、覚悟を整える呼吸にも見えた。


「了解。」


篁は一度だけ頷き、続いて綾織の名を呼ぶ。


「綾織はその混乱に乗じて、糸でトラップを複数作り、アジト内に設置しろ」


綾織は糸巻きを指先で押さえ、小さく息を吐いた。


「……了解。」


篁が頷く。

「トラップがあるかもしれない、というストレスだけで相手はかなり動きにくくなる。警戒して足が止まり、連携が遅れる。すぐに集まれなくなる」


ケイはその言葉を聞きながら、喉の奥がひゅっと細くなるのを感じた。罠は踏ませるためじゃない。踏むかもしれないと思わせるため。


人の動きが鈍るのは、足が絡まるからじゃなく、頭が絡まるからだ。こういう発想が、ここでは強さなのかもしれない。


紙の上の“トップ”と書かれた点を、篁の指が強く押した。

「その相手の動きが鈍化した瞬間に、トップを三人で叩く。そうすれば応援もすぐには来ないはずだ」


篁の言い方は、結果だけを並べているのに、そこへ辿り着くまでの血の匂いが透けて見えた。淡々としているからこそ、余白に想像が入り込む。


階段を上がる音、扉の軋み、暗い廊下、誰かの呼吸。ケイは勝手に膨らむ映像を振り払うように瞬きをした。


琢磨が息を吸い、短く手を挙げる。


「……そのトップの特徴とかは?」


声はなるべく平静を装っていたが、語尾が少しだけ上ずる。篁は迷わず答えた。


「見た目はただの、くたびれたサラリーマンだ。黒縁のメガネ。長髪だが束にして、お団子ヘアのはず」


一瞬だけ間が空く。篁が言葉を選んだというより、そこまでしか持っていない間だった。


「スキル等については情報はない」


情報がない、という言葉が落ちた途端、ケイの背中に冷たいものが走った。未知のボスに突っ込む恐怖が、遅れて形を持つ。知らないまま殺しに行く。知らないまま殺されるかもしれない。


脳裏に、相手の“スキル”が好き放題に暴れる想像が浮かぶ——刃が出るのか、視界が歪むのか、触れた瞬間に骨が砕けるのか。すぐに振り払う。想像するほど、足が止まりそうになる。


篁が、そんなケイを見た。



「成功はすべてお前にかかっている」



言い方は静かなのに、刃物みたいに刺さる。逃げ道を塞ぐ圧があった。責任というより、役割の宣告。ケイは自分の胸の奥が、じわじわと硬くなるのを感じた。


腹をくくれ、と言われているのは分かる。でも“くくる”って何だ。人が死んでも構わないと、心のどこかで決めることなのか。自分にそんなことができるのか。考え始めると吐き気がする。


ケイは小さく返事をした。大きく言えば震えが混じる気がしたから。


「……はい」


篁はその返事を聞いても、褒めもしない。慰めもしない。ただ、次へ進む。

五人はうなずく。確認は終わりだ。篁が立ち上がると同時に、全員が走り出した。


走り出す瞬間、誰も声を上げなかった。掛け声も合図もない。決めた通りに身体が動くだけだ。砂利を踏む音を殺すように、足裏で地面を転がし、スクラップの陰から陰へと移る。


金属の影は冷たく、触れなくても皮膚がひやりとする。視界の端で、廃車の窓ガラスが割れたままこちらを映し、影が一瞬二重に見えた。


綾織と高宮は正面へ回るため、わずかに角度を変えて先に消えた。二人の背中が、錆びた鉄板の向こうで見えなくなる。残る篁、ケイ、琢磨の三人は、ビルの裏へ向かう。


ケイは走りながら、何度も唾を飲み込んだ。口の中が乾いている。胸の鼓動がうるさくて、自分の心音だけで見つかるんじゃないかと思う。


篁の背中は揺れない。足運びに無駄がなく、まるで最初からこの場所を知っているみたいだ。琢磨の呼吸は少し荒い。それでも足は止まらない。


「……心配するな、大丈夫だ」


篁がそれだけ言った。短い言葉が、いまは命綱みたいに頼もしく聞こえた。励ましというより、断言。自分に言い聞かせているようにも聞こえる。


ビルが近づくほど、に風の抜ける音が耳についた。高い外壁が風を切り、影が足元を飲み込んでいく。壁際は温度が低く、吐く息が白くなる気がした。


ケイは走りながらグローブを無意識に押さえ、指をさらに押し込む。


(情報なしのボス……)


頭の片隅で繰り返しながら、ケイはただ篁の背中だけを追った。追いながら、自分が何を信じて走っているのか分からなくなる。作戦か。仲間か。自分のスキルか。


敵のアジトの裏手へ回り込み、建物の死角で様子を伺った。ビルの中からは、遠くでざわつく気配が絶えず流れてくる。綾織と高宮が動いたのだろう。金属が倒れる音、誰かの怒鳴り声、床を叩く足音。見えないのに、空気だけが揺れている。


ケイは息を殺した。自分の呼吸の熱さが、背中のシャツに籠もる。琢磨も同じように喉を鳴らし、視線だけで篁の指示を待っている。


篁が小さく呟いた。

「……成功したようだ」

その言い方は確認というより、手応えを確かめるみたいだった。篁は躊躇なく先導する。


ケイが篁の横顔を見て、思わず息を呑んだ。腰にぶら下げていた小さな面のうちの一つを、いつの間にか顔につけている。翁の仮面だった。白い頬、穏やかな笑み。目の穴だけが暗く、笑っているのに温度がない。

「……いつの間に」

言いかけたケイに、篁は答えない。代わりに走りながら、手を合わせるようにして呟く。


神楽護封かぐらごふう


その瞬間、ケイは自分の身体が軽くなるのを感じた。重かった足が前へ出る。肺が大きく開く。汗の冷たさが消え、血が回る。怖さが消えたわけじゃない。ただ、怖さの上から“動ける”感覚が覆い被さった。琢磨も眉を寄せ、同じ変化を感じ取った顔をしている。


ビルの裏に近づいても、人影はない。外壁に寄りかかる廃材の影が長く伸び、風が抜けるたび小さく揺れた。


フェンスは錆びていて、触れると粉が指につく。三人はほとんど同時に飛び越え、砂利を蹴ってビルへ走った。


走りながら、篁が短く言う。


「何があっても、お前らは階段へ向かって最上階を目指せ」


命令というより、契約みたいな言い方だった。


ケイは喉の奥で「はい」と返すしかない。


いつの間にか、篁の面は般若に変わっていた。笑っているのに怒っている顔。頬の盛り上がりが影を作り、視線の穴が深い。


篁は腰から刀を鞘ごと抜いた——と思ったが、違う。


大きな扇だった。骨の太い扇を、開かないまま握り、走った勢いのまま振り下ろす。


ドゴォォン——


外壁が割れ、コンクリの破片が弾けた。穴が空き、粉塵が舞う。


ケイは咳をこらえ、目を細めて中へ滑り込む。


中は食堂だった。だが、誰もいない。長机の上には食べかけの皿が並び、冷めた湯気の匂いだけが残っている。箸が皿の縁に引っかかり、スプーンが中途半端に沈んでいる。


誰かが立ち上がった拍子に倒したのか、椅子が一脚だけ横倒しになっていた。慌てて出ていったように、生活の途中がそのまま放置されている。


三人はそこを駆け抜けようとした——その瞬間、視界の端が動いた。


作業着を着た男たちが、八人ほど。


鉄パイプや刃物を手にして、半円を描くように散り、三人を囲む。


「来たぞ!」


「囲め!」


床が鳴り、食器がカタカタと震える。


篁の面は鬼から——いや、気づけばひょっとこへ変わっていた。


間抜けな口。


だが、その滑稽さが逆に不気味だった。


篁は扇を構え、男たちの視線を一身に受け止める。


ケイの頭に、篁の言葉が刺さり直す。


“階段へ向かって最上階を目指せ”。何があっても。迷ったら終わる。


篁が低く言った。



「走れ」



それだけで、背中を押された。


ケイは琢磨の手首を掴み、二人で男たちの隙間へ突っ込む。

肩がかすめ、汗と油の匂いが鼻を打つ。


殴られると思って身を縮めたが——驚くほど、男たちは二人を見向きもしなかった。


視線も武器も、全部が篁へ向く。八人の殺意が一斉に篁へ集中する。


二人は、その間を縫うように階段へ走った。足音が響き、心臓が痛いほど打つ。


階段に飛び込む直前、ケイは一度だけ振り返った。


八対一。


なのに篁は押されていない。扇で、踊るように攻撃を受け流し、弾き、いなし、間合いを奪っていく。金属同士がぶつかる音が食堂に響き、机の上のコップが跳ねた。面だけが、揺れるたび別の表情を見せる気がした。



ケイと琢磨は階段を駆け上がる。呼吸が喉に引っかかり、脚が痺れる。踊り場を曲がっても、また同じ景色。コンクリの壁。薄暗い照明。上へ、上へ。


やがて一番上らしい扉が見えた。ケイがノブに手をかけた瞬間、違和感が走る。


(……このビルは二十階のはずだ)


だが、まだ十数階しか上がっていない。数えたわけじゃない。それでも身体が覚えている。登り切った感触がない。足の疲れが“まだ途中”だと訴えている。


考えている暇はない。扉の向こうに“トップ”がいるはず。躊躇すれば追いつかれる。


ケイは息を吸い込み、勢いよく扉を開けた。


そこはワンフロア丸ごとの大きな部屋だった。


天井が高く、空気が澄んでいる。階段のカビ臭さが嘘みたいに消え、代わりに墨の匂いが濃い。


床は広く、物が少ないのに、なぜか“圧”だけが満ちていた。


部屋の真ん中で、袴姿の人間が巨大な紙に大きな筆を走らせていた。


筆先が紙を擦る、ざらりとした音。


その筆が、ちょうど——「幸福」と書き上げようとしている最中だった。


琢磨も扉の隙間から中を覗き、息を呑む音がした。


二人の背後には、階段の暗さが口を開けている。下から追ってくる足音が、いつ聞こえてもおかしくない。なのに、この部屋だけは静かだった。静かすぎて、逆に怖い。


袴の人間は、こちらを見ない。振り向きもしない。


ただ筆だけが動き、黒い線が紙の上に増えていく。


肩は落ち着いていて、呼吸すら乱れていないように見える。


まるで、外の騒ぎも、全部が“関係ない”と言っているみたいだった。


「……」


ケイは声を出せなかった。喉が乾き、舌が張りつく。


足元の床が、ほんの少しだけ沈むように感じる。ここに踏み込んだ瞬間、戻れない線を越えた気がした。


巨大な文字の最後の一画が、ゆっくりと引かれる。


墨が光り、紙に染みていく。


幸福——その二文字が完成させた彼は筆を肩に担ぎながらこちらを振り返り口を開いた



「やはり僕は幸運です。このシナリオの登場人物に選ばれるなんて」



意味深な言葉を発したその口は気味悪く笑っていた








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