「団結力」
四角い部屋に、長いテーブルが一本。天井の蛍光灯は白く、一本だけがわずかにチカついていて、光が揺れるたびテーブルの木目が波打って見える。壁の白い塗装は雑で、角のほうは剥げてコンクリが覗いていた。会議室のような場所だ。
空調の唸りが低く響く。冷えているはずなのに、空気が重い。人の気配が濃すぎるからだ。
奥――いちばん上座に、大きな椅子が置かれている。背もたれが高く、肘掛けが太い。そこに篁が座っていた。深く背中を預けているのに、だらしなく見えない。肘掛けに乗った指先が、ときどき小さく動く。音はほとんどしないのに、その動きだけで部屋が静かになる気がした。
長いテーブルの左右に、俺たちは着席している。
俺は右列の中ほど。椅子の脚が少しガタついて、座った瞬間、背筋が勝手に伸びた。
隣にゆい。背もたれを使わず、いつでも立てる位置に体を置いている。表情は平坦なのに、視線だけが鋭い。
その隣に琢磨。肩が上がっていて呼吸が浅い。緊張を隠すのが下手なところまでいつも通りだ。
左列には綾織。視線が落ち着いていて、机上の何もない場所を見ながら何かを測っている。
高宮は背筋を真っ直ぐ、手を組み、会議に出る人間の顔をしている。
とうやは少し離れて座り、指先をじっと見つめていた。黙っているのに、視界の端から消えない存在感がある。
そして――初めて見る三人が端の席に固まっていた。主に外部で動いているチームらしい。
坊主頭の中年。首が太く肩幅が異様に広い。ガチムチという言葉がそのまま形になっている。元大工――そういう経歴が、手と指の節に残っている。机に指を置くだけで木が負けそうだ。右手にはじゃらじゃらと鎖を巻き手には大きな斧が握られている。
その隣に女。長い髪を花魁みたいにかんざしで留め、肩から背は着物がはだけている。顔立ちは整いすぎるくらい整っていて、口元には真っ赤なリップ。会議が始まるとゆうのに、キセルを指先で回し、煙を細く吐いた。甘い香りの奥に、焦げた匂いが混じる。
もう一人は小太りのおじさん。タンクトップに丸いメガネ。額から首筋まで汗がだらだらで、ハンカチで何度も拭っている。拭っても拭っても汗が出る。その動きだけが、この部屋の静けさを余計に目立たせていた。
篁が、ゆっくり立ち上がった。椅子が小さく鳴る。全員の視線が奥へ揃う。
「はじめる」
篁は背後のホワイトボードを指差した。すでに図が描かれている。四角い建物の輪郭。周囲の路地。目印みたいな×印。入り口らしき矢印。簡易なはずなのに、見ているだけで足元が冷える。知らない場所ほど、想像は勝手に最悪へ行く。
「相手の拠点を攻め込む。相手の数は把握できていない。だが、およそ50。全員戦闘員だ」
“全員戦闘員”。話し合う余地もないという意味だった。喉が乾くのに、なぜか唾が飲み込みにくい。
「総力戦では勝てない」
篁はボードの端を指でなぞる。こちら側を示す小さな丸がいくつか描かれている。少ない。勝ち目が薄い戦争を、最初から認めている図だ。
「だからトップだけを叩く。頭を落とせば組織は揺らぐ。」
淡々としているほど、言葉が刃になる。
「敵陣に行くメンバーは――」
篁の視線がテーブルを滑る。嫌な予感が背中を上る。
「俺と綾織、高宮、吉田、新庄。以上の五名」
一拍、空気が止まった。次の瞬間、
――バンッ!
テーブルが鳴った。ゆいが手のひらで叩いた音だ。木が震える。
「……なんで私が入ってないの?」
怒鳴り声じゃない。低い。だから余計に刺さる。ゆいは篁を真っ直ぐ見た。あれは“説明しろ”じゃない。“訂正しろ”の目だった。
坊主頭の中年も顎を上げる。
「同感だ」
声が太い。
「常に先陣切ってで揉まれてるのは俺らだ。行くなら俺らが行くべきだろ」
腕を組んだまま、親指で隣の二人――花魁風の女とタンクトップのおじさんを示す。外部チームの三人が初めて同じ方向を見る。
花魁風の女はキセルの灰を小皿に落とし、煙を吐きながら口角を少しだけ上げた。笑みというより“余裕”。タンクトップのおじさんは汗を拭う手を止めて、こくりと頷く。言葉はないのに賛同だけがはっきり伝わった。
ゆいが前に身を乗り出す。
「慣れてるとか関係ない。私が行く。この中で一番強いのは私」
事実を言っているだけの顔だった。坊主は即座に笑った。
「なめんなよ、お嬢ちゃん」
その呼び方が部屋の空気をざらつかせた。
「Aランクらしいが、俺たち三人もAだ。強さで言うなら、俺らも同格ってことだ」
ゆいの目が細くなる。
「“同格”?」
「そうだ。お前が速いのは知ってる。斬るのも上手いんだろう。だが強さってのは、速さだけじゃねぇ。耐える力、折れない力、泥の中で殴り合う力――そういうの全部だ」
坊主は自分の胸を指で叩く。ごつい音がした。
「俺は現実でも外でも、腕一本で飯を食ってきた。殴られても立つ。骨が折れても動く。そういう強さが、最後に残る」
ゆいが冷たい声で返す。
「自慢?それで私に勝てるつもり?」
「勝てるかどうかはやってみなきゃ分からねぇだろ」
坊主の目がゆいを舐めるように見た。失礼というより、測っている目。敵を見る目だ。
「でもな、少なくとも“お前一人が一番強い”って言い切るほど、世界は単純じゃねぇ。ランクで測れねぇ強さなんていくらでもある。Aランクに勝つBランクだって別に不思議じゃねぇ。Aランクなだけでお前が頂点みたいな顔すんな」
ゆいの指がテーブルの縁を掴む。爪が白くなる。
「頂点かどうかは知らない。でも、この場で“誰が一番前に出れるか”なら私。怖いなら言えばいい」
坊主の眉が跳ねた。
「怖い?」
「私が怖いんでしょ?だからごちゃごちゃ口で茶々入れてんでしょ?腕っぷしに自信があるならかかってきたら?」
坊主の口元が歪む。
「口が達者だな。……じゃあお前は作戦を最優先で戦えるのか?仲間が足を引っ張ったら、置いていけるのか?」
ゆいが即答する。
「置いていかない。引っ張ってでも連れて帰る。そして作戦も必ず成功させる」
坊主が鼻で笑う。
「理想論だ。そんなもんで勝てるほど外は甘くねぇ。そもそも部外者が来るまでここを守っていたのは俺た――」
坊主が言い切る前に、篁が言った。
「うるせぇぞ、小童どもが。」
声が殺気を含んでいた。
空気が凍った。坊主の動きが止まり、花魁風の女はキセルを持つ指を止め、タンクトップのおじさんはハンカチを握ったまま固まる。ゆいの拳がテーブルの縁で震えた。
「メンバーは変えない」
篁は感情を一切乗せず、黙々と理由を話し始めた。説得じゃない。“決定事項の説明”。
「第一に、戦力を偏らせない。シェルターに戦力を残す必要がある。俺たちが外へ出ている間にここが襲われれば守れない。守れなければ、全員が終わる」
高宮が小さく頷く。合理の頷きだ。
「第二に、隠密にことを運ぶために少人数にする。人数が増えれば匂いが増える。音が増える。目撃される確率が上がる。相手は50。気づかれた時点で逃げ道が潰れる」
篁はホワイトボードの路地に引かれた線を指でなぞる。ここを通る、ここで曲がる、ここが死角――。
「第三に、スキルを見て決めた。誰が強いかではない。誰が“この仕事に向くか”だ」
ゆいが言い返そうとする前に、篁が続ける。
「ゆい。お前は近接寄りだ。強い。速い。だが目立つ。お前のメリットは突破力。今回は不要だ」
“不要”の一言が、まっすぐ刺さった。ゆいの目が一瞬だけ揺れる。怒りじゃない。悔しさに似た揺れ。
坊主が言い返しかける。
「なら俺らは――」
篁が視線だけで黙らせた。
「外部チームは残る。外の動きに慣れているのは武器だが、今ここに必要なのは“守り”だ。俺たちが出るなら、残った側に穴を開けない。穴が開けば、敵はそこを嗅ぎつける」
タンクトップのおじさんが弱々しく口を開いた。
「……でもよぉ、俺らが残っても……また――」
おじさんの言葉を遮るように高宮が淡々と返す。
「だからこそ、戦力を残す。外が終われば、次は内です。穴を作るわけにはいかない」
「……正論だな」
花魁風の女が煙を吐きながら笑った。笑っているのに、どこか諦めが混じっている。
坊主は唇を噛み、机の縁を叩きそうになって、やめた。
ゆいは言いたいことが山ほどある顔のまま黙って座った。怒りが消えたわけじゃない。篁の言葉に納得したわけでもない。ただ、この場で声を張ったところで結論は変わらないと理解してしまった顔だった。
俺は喉の奥が乾いていくのを感じた。五人で行く。少人数で。トップを殺す。言葉にしただけで胃が重くなるのに、篁はそれを“作戦”として並べていく。琢磨が小さく俺を見る。助けてくれ、みたいな目。でも俺も助け方が分からない。
篁が最後に短く言った。
「異論はあるだろう。だが、決定だ。準備しろ」
誰も「はい」と言わない。誰も「分かった」とも言わない。
反論がないように黙り込んだんじゃない。
反論はある。全員ある。
ただ――ここでは、反論が“許されない”だけだった。
ホワイトボードの拠点図が蛍光灯に照らされて、やけに白く、くっきりして見えた。その白さの中心にある“トップ”の印が、まるで最初から「死ぬ運命」みたいに貼り付いている。
会議室の空気は静まり返ったまま、動かなくなっていた。
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