「夏祭り」
広間には賑やかな笑い声が満ちていた。
照明はやや落とされており、その代わりに屋台風のちょうちんやカラフルな飾り付けが、天井や壁に所狭しと吊るされている。子供たちが描いた絵や、お手製のポスターが柱に貼られ、そこには「夏祭り」と大きく手書きされた文字と、楽しそうなイラストが躍っていた。
中央には、段ボールや木の板、配管資材などを組み合わせて作られた自作の屋台がいくつも並んでいる。たこ焼き風の模擬屋台、輪投げ、ヨーヨー釣りなど、簡素ながらも心のこもった作りだった。
その中で、ひときわ賑わっているのは水風船のブースだった。
「うわぁぁ!冷たっ!」「もっと作ってー!」
子供たちに囲まれているのは、ダンだった。袖をまくり、バケツの中で真剣な顔で風船を膨らませ、水を入れ、丁寧に結んでいる。
「はい、次!落とすなよ割れるからな!」
子供たちは歓声を上げながら水風船を受け取り、嬉しそうに走り去っていく。
その様子を、少し離れた場所から腕を組んで眺めているのはゆいだった。
「……ちょっと、なんであんなに人気なのよ……」
頬をぷくっと膨らませ、口を尖らせている。
「ゆいー、新しい風船出してー!」
ダンが手を振りながらゆいに言う
「うるさいっ!ゴムパッチン、指図すんなー!」
ダンが立ち上がって言い返す。
「誰がゴムパッチンだー!」
ゆいがぷいっと顔をそむけると、子供たちはくすくすと笑い出す。そのやり取りを見て、また一段と場が和んだ。
その光景を、少し離れた場所でケイと綾織が並んで見ていた。
「……いい雰囲気だね」
穏やかな声で綾織が言う。ロングスカートのすそを揺らしながら、紙コップのジュースを口に運ぶ。
「うん、なんか……普通に、楽しい」
ケイは少し微笑みながら答えた。
「訓練、大変だったんだって?」
「……ああ。正直、死ぬかと思ったよ」
苦笑しながらも、どこか吹っ切れたような表情でケイは言った。綾織はその表情を見て、ふっと小さく微笑む。
「あのあと、拓真くんがみんなに自慢して回ってたよ。『すごいスキルが出たんだ!』って」
「……あいつ、ほんと調子いいな」
どこか嬉しそうに呆れるケイ。
ふと、賑やかな広間を見渡して、彼はつぶやいた。
「……みんな、楽しそうだな」
「うん。ね、こういう時間って、何よりも大切だと思う」
「……そうだな。だから、俺たちが——」
ケイは目を細め、目の前の温かな風景をしっかりと胸に刻むように見つめた。
「……こういう日常を、俺たちが守るんだ」
綾織は、そっとケイの肩に手を置き、静かにうなずいた。
そのときだった。
喧騒と笑い声に満ちていた広間が、ふと静まり返る。まるで音が一つ、また一つと吸い込まれるように消えていき、最後には誰の声も響かなくなった。
重い足音が広間に響く。
それだけで場の空気が変わった。
子どもたちが水風船を抱えたまま固まり、屋台の担当をしていた大人たちも一斉に顔を強ばらせる。
その視線の先には、白衣に身を包んだ高宮 雫の姿があった。表情は変わらず無機質で、鋭い視線が広間を一掃するように流れていく。
「……やば、高宮さん来た……」と誰かが小声でつぶやく。
高宮が入り口に立ち、口を開こうとしたその瞬間だった。
「待ってください!」
拓真は焼きそばの鉄板から手を離し、頭のタオルを外しながら前へ進み出ていた。
高宮の前に、拓真が立ちはだかる。髪は乱れ、額には汗が浮かび、肩で息をしながらもその目は真っ直ぐだった。
「……僕に、話をさせてください!」
驚いたように視線を向ける住人たち。ゆいは水風船を持ったまま、ケイも後ろで気配を止めて見守っている。
拓真は、高宮の前で一歩だけ足を進める。そして、震えながらもはっきりとした声で言った。
「……僕に、スキルが芽生えました!」
拓真は続ける。
「ただの支援とか補助じゃない。回復もできます。戦うことも、できます……!」
自分の拳を握りしめて、視線を落とし、言葉を絞り出すように吐き出す。
「今まで……僕は、守られてばかりでした。でももう、そうじゃないんです」
顔を上げ、高宮をまっすぐに見つめる。
「もし、ここに敵が来たら……けが人が出たら……僕が前に出ます。回復して、戦って、守ります」
「僕は、僕なりの方法で、この場所を守るって決めました。……たとえ、死ぬことになっても!」
声が震える。でも、決意は確かだった。
沈黙が広がる。広間の全員がその言葉を受け止め、思わず息を呑んでいた。
高宮はしばらく黙ったまま拓真を見つめる。その表情はまるで彫像のように動かず、何を考えているのか読み取れない。
数秒後、高宮はわずかに目を細めると、低く静かな声で呟いた。
「……何か勘違いをしてるな」
さきほどと変わらぬ無表情のまま、ただ淡々と、言葉を告げる。
「 ……問題解決策があるなら、それでいい。心のケアという名目であれば、余興も“心理的維持”の一環として正当化される。ならば、否定する理由はない」
高宮は人差し指を立てて続ける。
「ただし、一切の回復薬の生成をやめるわけではない」
ぴりっと空気が張り詰める。高宮は構わず続ける。
「老人と子供は免除とする。そのかわり、掃除や生活維持に関わる最低限の協力は求める」
そして、無感情な声音のまま、明確な条件を提示していく。
「それ以外の者は、回復薬の生成は段階的に縮小。ただし完全には停止しない。その分、メンタルケアの担当班を組織し、責任者を立てて統制を取れ」
「企画書を提出し、内容・目的・実施日程・安全管理体制を明記のうえ、私が承認すること。それが守られない限り、いかなる“娯楽”も認めない」
「以上」
その言葉が広がると同時に、まるで解き放たれたかのように、子供たちから小さな歓声が上がった。少し間をおいて、大人たちも口々に喜びの声を漏らし始める。
「やったー!」「ほんとにやっていいんだ!」
空気が一気に華やいでいくなか、ゆいが高宮に近づいてきた。
「……なにそれ、いいとこあんじゃーん」
肘で高宮の脇をつつくようにして小声で言う。
高宮は特に表情を変えず、メガネを指で押し上げながら一言。
「私はただ、一番生存効率の良い提案を述べただけだ」
その淡白な言葉が、むしろ会場の笑いを誘った。
そして、拓真が一歩前に出て、頭を深く下げる。
「ありがとうございます!」
高宮はその頭を一瞥すると、また何も言わずに背を向けた。
静かにその場を後にする姿に、誰もが言葉を飲み込んだ。だが、その背中に向かって、小さな拍手が、子どもたちの中から自然と生まれていた。
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