「選択の代償」
ケイは近くの機材をグローブで触れ、壊れた機材から新たな素材を抽出して武器を作り始める。
拓真はおもむろに背中のタブレットを引き抜くと、画面を起動し、空中に向けてタッチし始めた。
「この日のために、いろんなスキルを裏掲示板とかで調べてきたんです。だから、僕も……戦えます!」
ピン、と指先で何かを選ぶと、空中に青白いホログラムが立ち上がった。
そこには獰猛そうなライオンと、スラっとした足のチーターの姿が映し出される。
タブレットに繋がる拡張デバイスが彼の腕に展開され、スキル構築用のモジュールが起動していく。
「ライオン型は攻撃特化、チーターは速度重視。どちらも短時間だけど、動いてくれる仮想召喚体です!」
自信に満ちた拓真の声が響く。
御影はその様子を面白そうに眺めながら、再び構えを取った。
「へぇー……なら、続きといこうかっ。遊びの時間は、これからだよ!」
ケイは息を整える間もなく、再び地を蹴った。
手には、廃材の三脚と変形可能なワイヤーを組み合わせた、即席の三又スピアが握られている。中心の槍身に連動して、左右の刃が自動で展開し、攻撃時に三方向へ鋭く跳ねる仕組みだ。スピアを構えたケイは、空気を裂く音と共に、御影の頭上を狙って鋭く振り下ろす。
「うおおおっ!」
咆哮と共に振り下ろされた一撃。しかし御影は軽く身体をひねり、その鋭い一撃をあっさりと回避する。
「雑だねぇ、もっと狙いを絞ったほうがいいよ?」
そう言いながら、御影はカウンターのようにケイの懐へ滑り込み、足払い気味に蹴りを放つ。
「——くっ!」
ケイは咄嗟に腕をクロスさせてガードしたものの、その体勢のまま軽々と吹き飛ばされる。空中でバランスを取ろうとするも、壁際まで弾き飛ばされた。
だがその直後——
空中を舞っていたケイの背後を、青白い光を纏ったホログラムのライオンがすり抜けるようにして突進した。
ライオンはまるでケイの身体を貫通する幻影のように、寸分の狂いもなく御影の背後へと襲いかかる。
「おっと……!」
御影は驚いたように振り返るが、すでに遅い。ライオンの牙が彼の左腕に深く喰らいついた。
「へぇ……!」
赤い血がほとばしり、御影の表情にわずかに苦痛が走る。それでも彼は、空いていた右腕を大きく振り上げ、ライオンの頭部めがけて殴りつけた。
ガンッ!!
衝撃音と共にライオンのホログラム体が床に叩きつけられ、重みを持たないはずの光体が、まるで質量を持った実体のように地面にめり込む。床には放射状の亀裂が走った。
「実態の有無は自由に切り替えれるの厄介だねっ!」
その瞬間にはすでに、ケイは新たな武器を構えていた。戦闘の合間に組み上げた、大型の砲身——即席のバズーカ。
標準を合わせ、引き金を引く。
「喰らえぇッ!!」
発射された砲弾が唸りを上げて一直線に御影へと飛ぶ。直撃の瞬間、御影の姿が爆風に呑まれ、激しい爆音と衝撃が訓練場を揺らす。
「……やったか?」
煙と粉塵が舞い上がり、御影の姿は完全に視界から消えていた。
だが、次の瞬間——
「っ!?」
ケイの身体が素早く後方へとバックステップで跳んだ。
すると、ケイが立っていた地面が——まるで正方形に型抜きされたかのように、そこだけズバリと削ぎ落とされた。
「……!」
さらに驚くべきことに、ケイがいた場所から御影のいた位置までの“直線上の空間”がすべて、スパッと切り取られたように“消えていた”。
煙も、空気の濁りも、その範囲だけ完全に消失している。
その中央に、無傷で立つ御影の姿があった。左腕からはまだ血が流れていたが、彼は相変わらず笑みを浮かべたまま、ゆっくりと手を下ろした。
「……ふふ、やっぱり避けるねぇ。でも今ので……気づいた?」
御影は楽しげに続ける。
「直線上の“すべて”を消し飛ばすこともできるんだ。煙でも、光でも、物質でも……なんでもね」
そう言って、指を振る。
「でもその代わり、手を向けた方向“だけ”にしか撃てない。範囲も狭い。そこの一点だけが弱点さ」
ケイは拳を握りしめ、歯を食いしばる。
(攻撃範囲は狭いが——精密で即死級。しかも直線。視線と腕の向き、そして発動のタイミングさえ見切れば……!)
頭の中で、次の行動のシミュレーションが始まっていた。
御影のスキルの“制約”と“特性”が、ようやく見え始めた——。
(勝つ方法は……あるか?)
ケイの思考が揺れる。御影の攻撃は容赦がなく、わずかな油断も命取りになる。
けれどこれは“訓練”のはずだ。殺す必要があるのか? ここまでやる必要が本当にあるのか? 疑問と迷いが、思考の淵で渦を巻く。
だがその中で、ケイの身体はまた自然と前へと動き出していた。意識とは別のところで、何かが走り出していた。
(見える……)
御影の肩の筋肉の動き。重心のわずかな偏り。わずかに跳ねる足先。すべてが「次に来る攻撃」を示す“予兆”として浮かび上がっていた。
(読める……)
動きが、軌道が、速度が、攻撃のパターンが——以前よりもはるかに明確に、ケイの中に流れ込んでくる。
(行ける……!)
握った武器は、両手で構えた新たな刀。
片手で扱うにはやや重すぎる刃だが、両手で振るえば、斬撃はより鋭く、深くなる。
ケイは地面を蹴った。爆発するような加速。
まっすぐ、御影へと突進する。スキルで得た直感が、御影の次の動作を導き出す。
(右へステップ。そこから左斬り——)
ケイの刃が空を裂く。御影はそれを読んで、体を低く沈めて回避。
(予想通り……!)
ケイは即座に体勢を変え、刃を振り抜いた勢いのまま反転、背後に回り込もうと足を踏み込む。
だがそのとき、視界の端に、別の存在が飛び込んできた。
(——チーター……よし、来たか)
ホログラムの支援体。拓真が召喚した高速型支援獣が、ケイの背後から御影に向かって突進していた。
ケイは一瞬のうちに、その存在を“戦力”として読み込む。
(あの速度と軌道……想定通り。いや、むしろ理想的だ)
自分の攻撃で御影の注意を引き、チーターが死角から襲いかかる。そしてわずかに生じた隙に、自らがもう一手を叩き込む。
この一連の流れは、まさにシミュレーション通りだった。拓真の召喚すら、戦術の一部として“計算に入れていた”ように、ケイの中ではすべてが繋がっていた。
完璧な連携のビジョンが脳裏に描かれる。
(見えてる……! すべてがつながってる!)
刃を振り、チーターの動きとシンクロさせるようにステップを踏む。
しかしその瞬間——
御影の目が、ケイをすり抜けて、チーターのさらに背後を見た。
ケイと御影の目が合う。
その視線は、まるで“すべてを見透かしている”ような、冷たい自信に満ちていた。
ニヤリと笑い、御影は右手をスッと上げ、ケイではなく、その背後——
「拓真……ッ!!」
ケイが叫ぶよりも早く、御影の手が、拓真へとまっすぐに向けられていた。
「やめろぉぉおおッ!!」
ケイは絶叫と共に刀を振り上げ、御影に叩きつけるように斬りかかった。 怒りと焦りが入り混じったその一撃は、これまでのどれよりも速く、鋭いものだった。
しかし——その刃は空を切った。
御影は滑るように後退し、ケイとの間に再び距離を取っていた。
わずかな紙一重の回避。だが、その余裕のある動きに、ケイの怒りはさらに燃え上がる。
「……拓真!!」
ケイが振り返る——そして、凍りついた。
そこにあるべき拓真の姿が、見えなかった。
あったはずの彼の立ち位置。ケイのすぐ背後、あの場所が——
まるごと“なかった”。
周囲の床材、壁の断片、舞い上がっていた煙、空気のざわめき。 そのすべてが、ある一定の形を保ったまま、まるで透明な箱でくり抜かれたかのように“ごっそり”と、正方形に切り取られていた。
ただ一つだけ残っていたものがある。
——拓真が背負っていたリュック。
そのリュックは、くり抜かれた空間の“縁”に引っかかるように残っていた。 だが、リュックの本体はまっぷたつに裂けていた。
ぴたりと正確に。正方形の境界線で断ち割られたように、布も中身も、完璧に“半分”になって。
そのあまりの異常さに、ケイの全身から血の気が引いていく。
「た……く、ま……?」
名を呼ぶ声は、かすれて震えていた。
だが、返事はない。




