「攻撃の兆し」
「……っ!」
ケイは再び襲い来る殺気を肌で感じた。御影の右腕がわずかに動く、その瞬間をスキルで察知し、即座に体をひねって床を転がる。
「ガキョッ」
振り返ると、床の一部がまるで型抜きされたかのように四角くくり抜かれていた。
「すごいねー、そんなにかわせる人なかなかいないよぉ♪」
御影はステップを踏みながら、楽しげに拍手を送る。だがその目は、楽しそうでいて、どこか底知れぬ冷たさを湛えていた。
「でもねー、よけてるだけじゃ勝てないよー? 攻撃しなきゃっ! ほら、交わした後のカウンター狙って!」
その言葉と同時に、御影が放つ攻撃のテンポが加速した。左右にジグザグにステップを踏みながら、指を弾くたびに空間が削られるような風圧と衝撃が飛び交う。
ケイはゴーグルの情報をフルに使い、動体予測と空間認識を駆使してギリギリで回避を重ねる。だが、ほんの少しタイミングを誤れば命を失うような攻防に、呼吸すら乱れ始めていた。
(っ……じり貧だ。よけてばかりじゃ、いつか必ず追いつかれる)
額から汗が滴り、背中には冷たい汗が張り付いている。
ケイは周囲を素早く見渡した。工場跡の訓練場には壊れた機材やパイプが散乱している。その中に、少し長めのベルトコンベアの残骸を発見した。
(次の攻撃のあと、一瞬だけインターバルがある……!)
御影の動きが一拍だけ緩むタイミング——そこに賭ける。
ケイはすぐさまベルトコンベアの蛇腹部分を引き剥がし、端に重りの部品を取り付け、グローブを介して素材を加工。数秒で即席の鎖鎌のような武器へと仕上げた。
「行くぞ……っ!」
御影に向かって全力疾走するケイ。床を蹴るたびに火花が飛び、空気を裂く音が響く。
放たれる攻撃を低姿勢で潜り抜け、その勢いのまま蛇腹を遠心力で投げ放つ。
「わぁ、つかまっちゃったっ♪」
蛇腹が御影の右腕に絡まり、ほんの一瞬、動きが鈍る。
「今だっ!」
ケイはグローブの内部に残していた鉄片をナイフへと変形させ、そのまま跳躍。体重と勢いを乗せて、御影の心臓めがけて体ごと突っ込むように突き刺した。
「——ッ!」
鈍い衝撃とともに、ナイフが肉を貫いた感触が手に伝わる。御影の胸元から赤い血がにじみ、ぽたぽたと床に滴る。
ケイは反射的に手を放し、一歩、二歩と後ずさる。
御影はその場に立ち尽くし、口元から血をこぼしながら、やわらかな笑みを浮かべた。
「……1キル、162デスだねっ」
御影は口元に笑みを浮かべたまま、ゆっくりと胸に刺さったナイフに手をかけた。「……んー、けっこう深いね。じゃ、返すね」
その言葉とともに、御影はナイフを躊躇なく引き抜く。肉を裂く嫌な音とともに、赤黒い血がどっとあふれ出す。だが、その傷の痛みに眉一つ動かさず、次の瞬間には地面を蹴っていた。
「っ——!」
ケイが目を見開く間もなく、御影はほとんど視界から消えるような速さで間合いを詰める。そしてそのままタックルの勢いで、ケイの腹部へとナイフを突き立てた。
「ぐ、あっ……!」
鈍く湿った音が響き、ケイの身体が宙に浮いたように吹き飛ぶ。後方のコンクリ壁に激突し、鈍い衝撃音と共に崩れ落ちた。
「け……っ、あ……」
床に転がるケイの腹部には、深々と刺された傷口が開き、血が滲むどころか滝のように流れ出していた。呼吸もままならず、全身の力が抜けていく。
「……さてとぉ」
御影はナイフを捨て、自分の胸元を軽く拭うと、懐から小さなガラス瓶を取り出す。蓋を開けて中身を一気にあおると、すぐに顔をしかめた。
「ぷはーっ……っっっ、うっわ、マズいねこれ……!」
そうぼやきながらも、御影の胸元から流れていた血はみるみるうちに止まり、裂けていた肉も徐々に癒え、やがて傷跡すら見えなくなる。
「でも、便利。回復ってのは裏切らないからね」
再び笑顔を取り戻した御影は、苦しむケイを見下ろしながら言った。
「いやー……やっぱり面白いスキルだよねぇ、君のは。さっきの、絶対避けられるはずのタイミングだったのに、なぜか避けられなかった。うん、不思議だなぁ。不自然だなぁ」
御影はくるりと片足で一回転しながら、指を鳴らした。
「でもさ、あんまり未来をねじ曲げすぎると、どこかに“ひずみ”が出るんじゃない?ほら、あれだよ、誰か巻き込まれちゃうかもしれない。たとえば大事な仲間とか、ねぇ?」
その声色は明るいのに、言葉の奥底には冷えきった殺気と皮肉が混ざっていた。
「ケイさん!」
叫んだのは拓真だった。彼は焦った様子で駆け寄り、倒れたケイの身体を支えようと手を伸ばす。
「来ちゃダメだ……!」
ケイがかすれた声で叫ぶが、拓真はその言葉を振り切るように進み、御影に向き直って言った。
「……なにしてるんですか」
その声は、冷静でありながらも怒気がにじんでいた。振り返ると、そこには御影の姿。普段の飄々とした態度とは違い、彼の顔には驚きと困惑が入り混じった表情が浮かんでいる。
だがその一瞬の間も与えず、御影は唐突に表情をほころばせた。
「……あれ? きみは……拓真くん?ちっちゃいね!いやぁ、すっごく可愛いじゃん!」
軽薄な笑顔でそう言うと、拓真の困惑など意に介さず、まるで悪びれた様子もなく笑い続ける。
「大丈夫ですか……?」
拓真は無視するように、倒れたケイの顔を覗き込み、心配そうに手を伸ばす。
「僕はね、雫ちゃんに“訓練”を任されてるんだよ」御影はにこやかに言う。「だから、僕が何しようと僕の勝手ってことになるよね?」
「……死んだらどうするんだよ!」
拓真が声を荒げる。怒りと恐怖が入り混じったその叫びに、御影は肩をすくめるように答えた。
「戦場じゃ、そんなこと言ってらんないでしょ」
「ここは戦場じゃない!」
拓真は反論する。彼の声は震えながらも、しっかりと地に足をつけていた。
しかし御影は後ろに手を組みながらすぐに否定する。
「戦場だよ。ここも、あそこも、全部。この世界に、安心できる場所なんて存在しない。どこだって、死ぬか生きるか。常に、命のやりとりだよ」
その言葉の直後、倒れていたケイがよろめきながら立ち上がった。
「……いいんだ」ケイの声は低く、しかし揺るぎないものだった。
「俺は強くならなきゃいけない。そのためには……死ぬ気にならなきゃ、意味がない」
その言葉に、拓真の顔が曇る。そして、静かに――だが確かな決意を宿した表情に変わっていく。
「じゃあ……僕も訓練、受けるよ」
「それはダメだ!」
即座にケイが声を上げて止める。
「ダメじゃない!」拓真は強く言い返した。
「僕だって守りたいんだ。ここにいるみんなを……ゆいさんも、綾織さんも、そして……ケイさんのことも。守られるだけの存在は、もう嫌なんです!」
その瞬間、拓真はケイの前に立ち、右手を高く掲げた。
「んんん……出ろぉぉおお……!」
拓真の右手が、ほんのり青白く光を帯び始めた。
その掌から放たれる光は、どこか柔らかく、温かみのあるもので、ケイの傷ついた身体を包み込むように広がっていく。
「う……?」
ケイの表情が驚きに変わる。腹部の裂傷がみるみる塞がっていき、血の気を失っていた肌にもわずかに赤みが戻っていく。呼吸が楽になり、意識が次第に明瞭さを取り戻していくのが分かる。
「なんだこれ……あったかい……」
拓真は両手を震わせながらも、目を閉じ、懸命に集中していた。額には汗が浮かび、何かを必死に助けようとするような気配が全身にあふれていた。
その様子を少し離れた場所から見ていた御影が、指で丸を作って片目でのぞきながら呟いた。
「へぇ~……そういうことかぁ」
彼はまるで実験を観察する学者のように、二人を眺めていた。
「回復能力……ってわけじゃないな。バックアップしていたケイ君の情報を復元したって感じ?」
御影の目が、鋭く輝いた。
「やっぱ便利だよねぇー、その能力」
彼はまるで宝石を見つけたかのように、頬を緩めた。
「いやぁ、すごいなぁ。下手したら不死身の集団でも作れそうだね!いっぱいバックアップ取っておいてさ!それって、マジでとんでもないスキル!まぁそれなりに制約はあるんだろうけどさぁ」
拓真が御影をにらみながら言う
「君はおしゃべりが好きなんだね。あまりおしゃべりが過ぎると後悔するよ。」
「わーこわいこわいっ。じゃあおしゃべりやーめたっ」
馬鹿にしたように御影は言った。
拓真の頬に、少しだけ自信の色が混じる。その目がケイを真っ直ぐに見据えた。
「ケイさん……一緒に、戦おう」
ケイは驚きながらも、顔を曇らせる。
(さっき……御影に攻撃を当てた“しわ寄せ”が、拓真に向かってくるかもしれない。もし巻き込んだら……)
ケイの頭に不安がよぎる。
「……お前が傷つくかもしれない。俺のスキルのせいで。そうなったら……」
だが拓真は、はっきりと首を振った。
「大丈夫です。今度は、僕がケイさんを守る番です」
その一言に、ケイの表情が揺れる。
迷いが、静かに消えていった。
「——わかった。じゃあ、一緒に戦おう」
二人は立ち上がり、それぞれの武器を構えた。
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