「スキルの壁」
テーブルに並べられたスープとパンの湯気が、照明の下でゆらゆらと揺れている。その中で、ゆいと拓真が向かい合って食事をしていた。
「……このスープ、今日のちょっと塩気強めですね」
「んー、でもそのくらいがちょうどいいよ。朝からあんまり食べてなかったし」
ゆいはスプーンですくったスープをふうふうと冷ましながら口に運ぶ。その横で、拓真はパンの耳をちぎっては口に入れていた。
「さっき食堂にいたおばさんが言ってたんですけど、地下の配管、また詰まったらしいですよ」
「えー、また? こないだ直したばっかじゃなかったっけ」
「多分、誰かが勝手に油流したんだと思います」
「それ、前も同じこと言ってた気がする……」
小さく笑い合いながら、二人は静かな食堂で会話を続けていた。人の数は少なく、ぽつぽつと数組が離れたテーブルで食事をしている。
「……あ、そういえば、昨日の夜、子供たちが廊下で缶蹴りしてたの見ましたよ」
「元気だなあ。 あの子たち」
「見つかる前に逃げてました。でも、すごく楽しそうでしたよ」
「……それだけ元気があるなら、まあ、いいか」
スプーンを口に運びながら、ゆいはふっと表情を和らげた。
「それにしても、こうやってちゃんと座って食事できるの、久しぶりな気がする」
「そうですね……任務が続いてましたし」
会話は途切れながらも、どこか心地よいリズムで続いていた。静かな空間の中で、パンをちぎる音やスープをすする音が、穏やかな時間を作っていた。
「……ケイさん、まだ戻ってこないですね」
拓真がスプーンを手にしながら、ふと視線を落とす。
「うん。まぁ、高宮さんと何かやってるんじゃない?」
ゆいは肩をすくめて、あまり気にする様子もなくスープをすする。どこか落ち着いた表情だった。
「そ、そうですよね……」
拓真はどこか心配そうに目を伏せる。口元にはスープの縁が触れたが、味わうことなく下ろしてしまう。
そのとき、ゆいがふと顔を上げて言った。
「ところで拓真、スキル……まだ出ないわけ?」
その言葉に、拓真はびくっと反応する。
「あ、す、すみません……でも、なんか最近、少しだけ分かってきた気がしてて!」
言葉を急ぎながら、手振りを加えて力説する。
「なんかこう……心の奥から湧いてくるエネルギーをできるだけリアルに想像して、そこに“ある”ってイメージするんですよ! すると、なんか体がポカポカしてくる感じになって——」
「全然違う」
食い気味に、ゆいが言い放った。
「——え?」
あっけにとられる拓真。
「そういうの、全然関係ない。スキルはもっと“出る時は出る”もんなの。そんなポカポカとかじゃない」
「そ、そんなぁ……」
がっくりと肩を落とす拓真を見て、ゆいはケタケタと笑い声をこぼす。
「笑わないでくださいよ……」
綾織が席に現れ、やや困ったような笑顔で言った。
「かわいそうでしょ」
「……でもさ」
その瞬間、ゆいの表情が一変する。
笑顔が消え、真剣な眼差しに変わる。
「このままじゃ、拓真は連れて行けない」
「……えっ?」
目を見開く拓真。
「スキルもない人間を、戦場に連れて行けるわけないでしょ」
冷たい口調に、周囲の食事の手が止まる。 食堂にいた人々が、次第に静かになり、二人のやりとりに耳を傾け始めた。
「で、でも……今までだって、一緒に戦ってきたじゃないですか!」
拓真は思わず声を荒げる。
「戦ってた? 誰が?」
ゆいの声は冷たく鋭く、それでいて感情を抑えた響きだった。
「私とケイが戦って、拓真は“見てただけ”じゃん」
その言葉は、拓真の胸に突き刺さる。
「……っ……」
涙があふれそうになるのを必死にこらえながら、拓真は椅子を引いて立ち上がり、そのまま食堂を飛び出して行った。
「た、拓真くん!」
綾織が追いかけようと席を立つが、ゆいがそれを手で制す。
「行かせて。……これでいいんだ」
その目は、厳しさの中にわずかな優しさを含んでいた。
「拓真は……守ってあげないと」
ゆいの声は、小さく、どこか自分自身に言い聞かせるようでもあった。
その表情に、綾織はふと黙り込んだ。
笑っていた顔に戻ることはなかったが、そこには、静かな信念のようなものがあった。
食堂を出て、ゆいと綾織は廊下を並んで歩いていた。夕食の余韻を残しながら、静まり返ったシェルターの通路をゆっくりと進む。
「ふぅ、今日もなんだかんだで疲れたね」
ゆいがぼやくように言うと、綾織は小さく頷いた。
「ええ。あのあと、拓真くん……大丈夫でしょうか」
「うーん……どうだろ。あの子、意外と根性あるし」
ゆいは廊下の天井を見上げながら、心のどこかで拓真のことが気になっていた。
そんな話をしていると、廊下の曲がり角から、ずんぐりした体格の中年女性が現れた。丸顔に割烹着、額には薄く汗。手には小さな箱を抱えていて、誰かに届け物でもしてきた帰りのようだった。見るからに元気で、どこか懐かしさを感じさせる風貌だった。
「あらまあ、ゆいちゃんじゃないの!」
「ふみこさん、こんばんはー」
女性の名は林田文子。住民の中でも特に頼れる存在として有名で、皆からは“肝っ玉かあさん”と呼ばれている。彼女は元看護師だったそうで、応急処置や薬の知識に長けており、戦闘には関われないものの裏方としては欠かせない存在だった。料理の腕も申し分ない。
「ちょうどよかったのよ、ゆいちゃん。頼みたいことがあったの」
「頼みたいこと?」
ゆいが首を傾げると、ふみこは声を潜めて言った。
「……あのね、ここ最近、みんな仕事や任務でくたびれてるでしょ? 子供たちもずっと部屋の中。だから、ちょっとでも元気づけようと思ってね、サプライズで夏祭りをやりたいのよ」
「えっ、なにそれ、めっちゃいいじゃんそれ!!」
目を輝かせて、ゆいが大げさなほど褒める。
「でもねぇ、問題はそこなのよ……高宮さんが“非実用的な物資”を許してくれないの。祭りなんて無駄だって、きっと却下されちゃう」
「……あー、それはあるかもね」
「だから、ゆいちゃんにお願いしたいの。こっそり、祭りに使えそうな物資を集めてきてくれないかしら」
ふみこが手渡したのは、一枚の地図だった。
「ここ、見て。前の自治体が使ってた備蓄倉庫があるの。食品や雑貨が残ってる可能性があるわ。紙風船とか、光るブレスレットとか、わたあめ機まであるかもしれないって話もあるのよ」
「へー、わたあめ機とかあるの?」
「うふふ、あるかもしれないって話よ。昔の祭りじゃよく見かけたもんさね。子供たちが大喜びする顔、想像してごらんよ」
地図には周辺エリアと「旧第二地区倉庫」と書かれた印がついていた。
「行けるかな、高宮さんたちにバレずに……」
ゆいが隣の綾織に目を向ける。
「もちろん私も行くよ」
「ありがとー、助かる!」
ゆいが笑顔で親指を立てる。
「そうだ、拓真も連れていこうかな。ちょっと落ち込んでるし、気分転換になるかも」
その言葉に、ふみこが「あらあら」と笑いながら言った。
「ダメダメ、そういうときは放っとくのが一番なの。思春期の男の子ってのはね、自分で悩んで、自分で抜け出してこそ意味があるのよ。女の子が手ぇ出すと、余計こじれるんだから」
「へぇ〜、そんなもんなの?」
「そうそう。前にもいたのよ、そっくりな子。ずっとふさぎ込んでたけど、ある日いきなり変わってね。自分で答えを見つけたのよ。そういう経験が力になるの」
綾織が「深いですね……」と感心したように頷いた。
「でも、ちょっとくらい話しかけるのはありですよね?」
「まぁ、ほどほどにね。飴玉くらいなら渡してもいいさ」
文子は持っていた箱をどこかに置き、エプロンのポケットから飴玉を取り出して、ゆいと綾織にひとつずつ渡した。
「よく働いてる子にはご褒美、ご褒美」
「ありがと、ふみこさん」
「ちなみにね、屋台風にするなら段ボールと布があると雰囲気出るから、余裕あったらお願いね」
「了解〜!もう頭の中お祭りモードだよ〜」
「……帰ったら浴衣作りたいね」
「それ最高!!」
こうして、ゆいと綾織の“夏祭り作戦”が、ひっそりと動き出した。
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