「訓練」
シェルターに戻ると、出迎えるように子供たちと一般の住民たちが駆け寄ってきた。
「ただいまー!!」
ゆいが甘い声で笑いながら、駆けてきた小さな子供を抱き上げる。子供は安心したように、ぎゅっとゆいにしがみついた。
綾織も、微笑みながら出迎える。
「お帰りなさい。ご無事で何よりです。お目当てのものは、手に入りましたか?」
「あぁ、無事手に入った」
ケイが答える。
その横で拓真が、大きな袋を持ち上げて見せた。
「ついでに、食料や物資も少し拾ってきました」
そこへ、一人の青年が歩いてきた。16歳、短髪で華奢な体を持つその青年は、普段から単独行動を好み、戦闘能力が高いことで知られている。しかしその反面、人との距離感がやや独特で、皮肉やマウントをとる癖があることも周囲に知られていた。
名は蓮見 透夜
「三人がかりで調達して、たったこれだけかよ」
とうやが鼻で笑うように言い放つ。
ケイは咄嗟に頭を下げた。
「今日は物資調達がメインじゃなかったんだ。……ごめんね」
とうやは肩をすくめて、食堂の方へ歩きながら吐き捨てる。
「へぇ、私用でみんなが必死に作った薬を持ってくなんて、いいご身分だね」
嫌味を残して姿を消した。
しんとした空気の中、近くにいた非戦闘員の女性が笑顔で言った。
「気にしないでくださいね。あの子、口は悪いけど根は悪い子じゃないんです」
「うん、わかってる」
ケイが小さく返す。
そのとき、手を引く子供の声が響く。
「ゆいおねえちゃん! あそぼ!」
「はいはい、今行くー」
ゆいが笑いながら子供に手を引かれていった。
その後ろ姿を見送りながら、拓真がぽつりとつぶやく。
「……これでいいんですよね。僕たちが盗賊を討てば、この人たちは怖い思いしなくてすむ」
ケイは少しだけ顔を歪め、俯いた。
「……ごめんな」
拓真はすぐに首を振る。
「ケイさんが謝る必要なんてないです。ゆいさんも僕も、最後は自分で決めたことです。……悪いのは、盗賊の方なんです」
その会話に、綾織もそっと口を挟む。
「あなたが背負う必要なんてないの」
そのとき、背後から足音が近づき、高宮が静かに現れた。
「吉田、ちょっと来い。話がある」
「……はい。わかりました」
「ちょっと行ってくるね」
ケイは拓真と綾織に軽く手を振り、高宮と並んで、シェルターの奥へと歩いていく。
それを見送る拓真と綾織。
「……大丈夫かな、あのふたり」 拓真が不安そうに言う。
「なにか、重要な話があるのでしょうね」 綾織も心配そうに目を細める。
行き先は地下1階。エレベーターで移動する間、沈黙が流れる。
「……なにしに行くんです?」
ケイが尋ねると、高宮は真っ直ぐ前を見たまま答える。
「新しい武器は試したか?」
「まだ。……時間がなくて」
「じゃあ、今から試してもらう」
エレベーターが静かに停止し、扉が開く。
そこに広がっていたのは、無機質な鉄骨と古びた配管が張り巡らされた空間。どこかの工場のような広さと構造を持った、訓練場だった。
「ここは実際にある工場をイメージして作ってある。」
高宮の声が淡々としたものだった。
腕を上げ彼が指差した先には、一人の男が待っていた。
快活そうな笑顔、前髪をかきあげた無造作な髪型、スリムな体躯に軽快な足取り。
神主装束を現代風にアレンジした衣装に、首元には黒い組紐、腰には数珠のような装飾を携える
「初めまして、ケイくんっ」
明るく、語尾を跳ね上げるように話すその人物に、ケイは一瞬きょとんとした。
「この人は……?」
「彼は“御影”。戦闘要員の中で、最強の男だ」
高宮はケイと一緒に御影に近づきながら淡々と紹介する。
(でも彼はこの2週間、シェルターに来てから一度も見たことがない)
その俺の疑問に答えるように、御影が人懐っこい笑顔を浮かべながら話し出した。
「僕はね、悪い人や運営をぶっ倒すために、あちこち飛び回ってるのっ!シェルターには、滅多に戻ってこられないのが玉にキズなんだよねっ」
彼の声は明るく軽やかで、その場の空気を一気に変えてしまうほどだった。雰囲気とは裏腹に、その目には鋭い光が宿っていた。現場を知る者の、研ぎ澄まされた勘のようなものが滲んでいる。
「でもさっ、久しぶりに帰ってきたら、面白い子たちが入ってきたって話を聞いてねっ! それなら、僕が見てやろうって思って、志願したんだよっ!」
ケイの目を覗き込むように、御影が一歩近づく。
「君の訓練、楽しみにしてるねっ! ……ま、期待しててよ。ちゃんと、強くなれるからっ!」
そのテンションにやや圧倒されながらも、ケイは深く一礼した。
「……よろしくお願いします」
「うん! よろしくね!」
明るく無邪気な声とともに、御影が手を差し出した。 その瞳には敵意も警戒もない。ただ屈託のない笑顔だけが浮かんでいる。
ケイは、礼儀正しくその手を取った。
だが、次の瞬間。
「──!」
ケイの身体が吹き飛んだ。
御影の細い腕が、ケイを空中へと投げ飛ばしたのだ。
10メートル先、大型の工作機械に背中から激突。 鉄板のような外装に衝突したケイの身体は、まるで人形のように跳ね返されて床に転がり落ちる。
「ぐっ……は……っ」
鉄の床に膝崩れ落ち、肺から空気が漏れるような咳を吐くケイ。
御影はにこにこと笑いながら、軽い足取りでケイに近づいた。
「はーいっ、1デス〜♪ 油断しちゃダメだよっ! これは戦闘訓練なんだからっ!」
声に怒気は一切ない。ただ楽しそうなトーンで、まるで鬼ごっこでもしているかのようだった。
ケイは歯を食いしばり、ゴホゴホと咳き込みながらなんとか膝をついて起き上がろうとする。
「ケイくんはね〜、僕に攻撃を当てられるまでに何回“死んじゃう”のかなっ?」
御影は純粋な好奇心に満ちた声でそう言い、首を傾げた。
「ほらっ、ゴーグルつけて、グローブもちゃんとつけて! 早く反撃しないとっ!」
ケイは口の端から流れる血をぬぐい、腰に下げたゴーグルへ手を伸ばす。 だが、その指先がゴーグルに触れた瞬間──
「……ッ!」
視界が一気に揺れた。
ドス、と鈍い衝撃が腹部を貫く。
5メートル以上離れていたはずの御影が、まるで瞬間移動したかのように目前にいて、鋭い膝蹴りをケイの鳩尾に叩き込んでいたのだ。
「っが……あ……っ!」
ケイの身体はくの字に折れ、そのまま力なく崩れ落ちる。 腹部から喉まで焼けるような痛みが突き抜け、酸素が肺に入らない。
「はい、2デス〜♪ 戦場で『ちょっと待って』なんて言ってる暇、あると思う? こうして喋ってるだけで、すっごく手加減してるんだよっ」
御影は楽しげに言いながら、体をくるりとひねる。 その回転に合わせて足が振り抜かれ、蹲るケイの脇腹に強烈な回し蹴りが叩き込まれた。
ケイの身体はまた宙を舞い、今度は床へと背中から落下。
「……っが、……っは……」
肺が押し潰され、内臓が圧迫されている。 呼吸すらままならず、意識が霞んでいく。
そのときだった。
高宮が音もなく駆け寄り、冷静に手元の容器を取り出すと、ケイの全身に回復薬を散布した。 青白い液体がじゅっと蒸発し、皮膚に吸い込まれていく。
「っ……! ごほっ、ごほっ……!」
焼けるような痛みに襲われながらも、ケイは荒く息を吸い込み、身体を起こした。
「立て、吉田。お前のやるべきことを、しっかりやれ」
高宮の声は、冷たく鋭かった。 だが、そこに含まれているのは怒りではなく、期待と信頼だった。
ケイは顔を上げる。
(そうだ……ここを、守るって決めたんだ……)
拳を握りしめ、よろめきながらも立ち上がる。 ゴーグルを装着し、グローブを両手にしっかりとはめる。
それを見ていた御影が、また笑みを浮かべた。
「おーっ、やる気出てきたねっ! いいねっ! ……じゃあ第二ラウンド、始めよっか♪」
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