「咆哮と連携」
相手は異形な怪物だった。
身長は優に2メートルを超え、体全体が不自然に伸びた皮膚で覆われていた。
人間の姿を歪に引き伸ばしたようなフォルムは、どこか既視感がある。骨格が浮き出たような胸部、背中から生えた脊椎のような突起、筋肉の繊維が露出した両腕は、まるでエイリアンと呼ぶにふさわしい異形の恐怖を体現していた。
顔面には目がなく、代わりに頭部全体に走る無数の感覚器官がうごめいている。口元は真横に裂けており、骨のように硬化した舌がうなりを上げて蠢いた。
「っ……なんかキモイね……」
ゆいが構えを取りながら呟く。
「行くぞ」
ケイが一言だけ言い、すでに前に踏み出していた。
「拓真、あの子を!」
ゆいが拓真に指示をする
「は、はいっ!!」
拓真は床に倒れたままの金髪の少年に駆け寄り、背中を抱えて物陰へと引きずる。少年は呼吸が荒く、目を見開いたまま動けずにいる。
「大丈夫です、今は僕が守りますから……!」
その声を背に、ケイとゆいが異形に向き合う。
敵は咆哮と共に跳躍し、床をひび割らせながら両腕を振り下ろす。
ケイはまず、敵の足元に狙いをつけた。スライディングしながら蹴り飛ばす。バランスを崩させるには十分だった。
その隙を逃さず、ゆいが猛スピードで接近。彼女の手にあるカッターが閃光のように振るわれる。
「動きが単調すぎる!」
敵の足首に直撃したカッターは、まるで豆腐を切るかのように太ももあたりから斬り落とし、片足を吹き飛ばす。
足を失った敵はそのまま倒れ込むように前のめりになり倒れそうになった。
倒れた先にはケイはあらかじめ拾っておいた鉄パイプをすでに両手で構えている。
「今だ」
まるで野球のホームランを打つかのように、ケイのパイプが敵の頭部を強打する。骨のような音を響かせながら、敵の身体が宙に浮き、壁際へと吹き飛ぶ。
倒れた怪物の頭部に向かって、すでに空中に飛び上がっていたゆいが、両手でカッターを握ったまま一直線に突っ込む。
「くたばりな……!」
そのまま着地と同時に、カッターの刃が敵の頭部を深々と貫いた。
巨体はびくりと震え、硬直し、そのまま動かなくなった。
——終わった。
「大丈夫か?」
ケイがゆいに振り返る。
ゆいは余裕の笑みを浮かべて言った。
「楽勝」
物陰では、拓真と少年が、呆然と戦いの余韻を見守っていた。
青年の目が、ゆっくりとケイの背中を見つめるように動く——。
「……強ぇ……」
青年が小さくつぶやいた。
戦いを終えたケイとゆいが歩み寄ってくる。
「大丈夫か?」
ケイの問いに、青年は息を整えながら頷いた。
「ああ……助かった。マジで命拾いしたよ」
そのとき、ケイの視線が青年の手元に留まる。両手には黒いグローブが嵌められていた。
「……それ、ミッションの装備じゃないか。君も、それを取りに?」
ケイの問いに、青年は首を横に振る。
「いや、俺はただ……倉庫に面白いもんないかなって、物色しに来ただけ。そしたらアイツが出てきて……」
「俺たちはそれを取りに来たんだ」
ケイが正直に答えると、青年はあっさりとグローブを外して差し出した。
「じゃあ、やるよ。命助けてもらったし、大したもんでもないし」
「……いいのか?」
「ああ。つけてみたけど、壊すことはできても構築とか全然できねぇし。」
ケイは静かにグローブを受け取る。
「ありがとう。俺はケイ。こっちはゆいと、拓真」
「久堂 弾歳は17だ。ダンって読んでくれ。……にしても、強すぎてマジでリスペクトだわ」
青年——ダンは目を輝かせて言った。
「よかったらさ、俺もついてっていい? 一人だとまたあんなの来たらヤバいし」
「もちろん、歓迎するよ」
ケイは即答する。
「盗賊との戦いを控えた今、仲間が多いに越したことはないからね」
ゆいも頷きながら言った。
「わぁ……にぎやかになるなぁ」
拓真も素直に喜んでいた。
「なあ……盗賊って、それって何なんだ?」
ケイは一瞬だけ目を伏せた後、まっすぐにダンを見て答える。
「……シェルターに住んでる人たちを狙う武装集団だよ。子どもやお年寄りを脅して、物資を奪っていく。彼らは、力がない人間が標的だ。言うことを聞かなきゃ痛めつけるし、聞いても奪う。そんなやつらさ」
ゆいが横から補足するように言う。
「自分たちは安全な場所にいて、必要な物は全部“奪えばいい”って考えてる。私たちは、その標的になってる人たちを守らなきゃいけない」
ケイは静かに頷いた。
「そう。……俺たちは、そいつらを止めるように言われてる」
沈黙の後、ダンはゆっくりと拳を握った。その表情にあった軽さは消えていた。
「……ひでぇな、それ」
彼の指先が、かすかに震えていた。それは怒りと、何よりも悔しさの震えだった。
「そういう連中、許せねぇよ。人をモノ扱いして、痛めつけて、自分だけ安全圏にいるようなクズ共……」
しばらく黙っていたダンが、視線を上げ、強く言った。
「よし。俺も一肌脱ぐよ。……その盗賊ってやつ、ぶっ飛ばしに行こうぜ」
その瞬間、彼の瞳に灯っていたのは“怒り”でも“義務感”でもなく、“本心”だった。
「ありがとう。助かるよ」
ケイが言う。
「ねえ、ダン。仲間になるなら、君のスキル……見てもいいかな?」
ケイがゴーグルを指しながら聞くと、ダンは軽く頷いた。
「隠すつもりもない。問題ないぜ」
ケイのゴーグルに、すぐに情報が表示される。
《プレイヤー名:ダン/ランク:C/スキル:輪弾衝裂》
「これってどんな能力?」
「輪ゴムを、すっげぇスピードと威力で飛ばせる。弾丸みたいに。あと、巻きつけたり、引っ掛けたりもできる」
「なるほど……使いようによっちゃ面白そうだ」
そのとき、拓真がふいに吹き出した。
「ぷっ……輪ゴム……」
「おいおい、なんだよそれ」
ダンがムッとした顔で睨み返す。
「じゃあお前はなんなんだよ?」
ダンが拓真に詰め寄りながら聞く
「ぼ、僕は……未発現だけど……っ、無限の可能性があるんです!!輪ゴムよりましです!!」
拓真があわてて言い返す。
「未発現がいっちょ前なこと言ってんじゃねぇよ! 輪ゴムよりマシとか言うな!」
二人は言い合いを始め、徐々にヒートアップしていく。
「まぁまぁ、やめとけって」
ケイが間に入ってなだめるが、ゆいは呆れ顔で腕を組む。
「アホくさ……」
ゆいは呆れ顔で腕を組みながら言う。
しばらく言い合いをしていたダンは、突然くるりと背を向ける。
「……やっぱやーめた。お前らと一緒にいたら調子狂うわ」
ダンは立ち上がり、肩をすくめたまま倉庫の裏手にある細い通路へと足を向けた。
「お、おい、待ってよ……!」
拓真が慌てて声をかけるが、ダンは振り返らずに手だけをひらひらと振ったまま、闇の中へと姿を消していった。
場に残された沈黙は重く、しばらく誰も言葉を発せなかった。
「ご、ごめんなさい……」
拓真がしょんぼりと肩を落とし、申し訳なさそうに頭を下げた。
ケイは軽く息を吐き、手にしたグローブを見つめながら言う。
「まあ、しょうがないよ。彼の判断だしな」
ゆいも少し肩をすくめながら、すでに歩き出していた。
「行こ。これ以上ここにいても仕方ない」
三人は、少し重たい空気をまといながらも回収したグローブを手に、倉庫の出口へと向かって歩き出す。
扉を開けた瞬間、夜の外気が頬を撫でた。
その冷たさが、ほんの少しだけ、沈んだ空気を和らげるように感じられた。
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