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夢の住人~夢の世界で未来を選べるスキルを得た俺は、選択ひとつで死ぬバトロワに挑む~  作者: 阿行空


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「準備と交錯」



静まり返った病院の外壁には、新しい注意喚起の掲示が整然と並び、モーションセンサー付きの監視カメラが静かに旋回している。


夜の空には薄雲が広がり、駐車場の白線がうっすらと濡れて光を反射していた。風が吹くと、自動ドアのわずかな隙間からカーテンが揺れる音が聞こえ、どこか生活の気配を残したまま時が止まったような雰囲気が漂っていた。


「……やっぱりやめません?」


拓真が不安そうに声を漏らした。全身をこわばらせ、靴の先で地面の砂利をこするようにして立ちすくむ。


「このミッション提案したのはたくまでしょ?」


ゆいが呆れ顔で睨みつける。腕を組んで、振り返りもせずに一喝した。


「し、仕方ないじゃないですか……夜限定のミッションだなんて気づかなかったんですから……あれ絶対なんかいる……」


ケイは黙って地図を確認していたが、やがて口を開く。


「低ランクプレイヤー狩りを止めるには、俺のスキルを最大限に活かせる武器がいる。だから、これは準備じゃない――“起点”だ。行かない選択肢はない」


風が鳴る。その音に混じって、内部の施設から微かな金属音が響いた。


ケイたちは拓真のタブレットでミッション情報を再確認する。


【ミッション概要】


目的:指定対象武器の回収(コードネーム:クラッカー)


警告:異常行動を示す個体が複数確認されているとの報告あり


装備:Cクラス以上の戦闘装備を推奨


備考:施設構造は迷路状、遭遇戦の可能性が高いため要注意


報酬:クラッキンググローブ《別称:クラッカー / リビルド・グローブ》


  └ 特性:触れた物体の構造を分解・再構成する能力を持つ多機能装着具。


「……確かにこれ、怖いくらいケイの能力にはうってつけだよね」


ゆいがつぶやくように言う。


「素材さえあれば、どんな構造でも理解して再構築できる。あんたのスキルと組み合わせたら、どこまでできるかわかんないって思うと、ちょっとゾクッとする」


「……だからこそ、確実に手に入れる」


ケイの返答は短く、だが確信に満ちていた。


「中、入るぞ」


ケイの声を皮切りに、三人は足音を最小限に押さえながら、入口のセキュリティ扉をくぐった。


施設内部は、まるで時間が止まったような静けさだった。天井のライトはところどころ点滅し、空気は重く、湿り気を帯びている。


廊下には無数のケーブルが這っており、床には古いガラス片が散乱していた。


「……音、しないな」


「逆に怖いんですけど……」


途中、薬品倉庫の前を通ると、扉の前に新品のカートが放置されていた。上には、未開封の輸血パックが並んでいる。


「……気味悪いな」


ケイが低くつぶやき、ゆいも口をつぐむ。


そのまま施設を進むと、ホールに設置されたマップを発見する。壁に備え付けられたガラスパネルの下、病院全体の構造が淡く光る線で描かれていた。


「階段、なくない?」


ゆいが地図を指差す。


三人が今いる本館には、確かに二階への階段が存在していない。実際の構造も同様で、上階へ続くはずの階段は、初めからなかったかのように壁で塞がれている。


「探索範囲外ってことか……」


ケイがマップを見直し、すぐ近くに“別館”という文字を見つけた。そこは細い廊下で本館と繋がっており、診察室や手術室が並んでいる。


「どう考えても、こっちが本命だな」


三人はマップの指す通り、廊下を抜けて別館へと向かう。


別館に足を踏み入れた瞬間、雰囲気が明らかに変わった。空気はさらに重く、奥から何かの気配がする。


「マップになかった部屋、あるな……」


廊下を進むと、記載されていなかった広い部屋が現れる。その一つに入ると、そこは明らかに普通の診療行為では説明できない空間だった。


手術台、拘束具、薬液のチューブ……そのすべてが“実験”の痕跡を示していた。壁には試験結果らしきグラフや人体構造の異形モデルが貼られている。


「ひ、人を改造……?」


拓真が震える声を上げる。


「これって、ミッション制作者の悪趣味な演出ですよね? 現実にこんなのあるわけ……」


「現実になかったとも言い切れないけどねぇ……」


ゆいが意地悪く微笑んで、拓真の背中を軽く叩く。


「や、やめてくださいよぉ……!」


やがて、暗い分岐通路の奥に、重く閉じられた鉄扉を見つけた。横のパネルはすでに破壊され、施錠は解除されている。


「……こっちは?」


ゆいが眉をひそめる。ケイは無言で先に進み、扉をそっと押し開けた。


中はかなり広い実験室だった。


ライトが不気味に揺れ、中央の手術台の周囲には、よろよろと歩く異形の影が三体。


目も鼻もない、皮膚のような表面を持った人型の“何か”。一体は両腕が鎌のように変形し、もう一体は脚部が異常に発達していて跳躍に特化している。


最後の一体は、人型の頭部がなく代わりにイソギンチャクのようなものが乗っている。


「……っ、な、何ですかあれ……」


拓真が引きつった声で言う。


「……任せてくれ」


ケイが二人の前に出る。


「この武器を手に入れるのは、俺自身の準備のためだ。だから、できるだけ自分の力でやる」


ゆいは数秒だけ黙ったのち、頷いた。


「無理はしないで。援護が必要なら、すぐ入る」


ケイは静かに手を広げ、敵に向き直る。


「行く」


その静かな声を合図に、異形たちが牙を剥いた——。


まずケイはゴーグルをつける。レンズの中に、敵のシルエットが強調表示され、「分類不明」「構造未解析」「生体反応あり」といった簡素な赤い警告が浮かび上がる。


鎌を振りかざして突っ込んでくる個体に対し、ケイはすぐに反応。低く身を沈めながら横に転がり、刃の軌道を紙一重でかわす。


そのままの体勢で素早く周囲を走査。


ゴーグルの視界には、工具棚、吊り下げ式のライト、酸素ボンベ、解体途中の金属製ベッド、さらには床に転がるメスやカートの車輪が次々とスキャン表示される。


「素材:鋼/重量:3.1kg/破壊力:中」


など詳細が即座に読み取られ、ケイの脳内で立体的な戦場の設計図が組み上がっていく。


まず一体目――鎌型の個体。吊り下げライトのコードが天井近くを渡っていることに着目したケイは、傍のパイプから工具用ワイヤーを素早く引き抜いた。


手術台の端を足場にジャンプし、高所のコードへワイヤーを巻きつけて素早く固定。敵が足を踏み出した瞬間、引き寄せたコードが絡まり、鎌型の個体の片足が空中で吊られる形になった。


バランスを崩した個体は、そのまま体勢を立て直せずに横転し、背中から手術台の角に激突。苦悶のようなうなりを漏らす。


ケイはすかさず、近くの解体ベッドから脚部の金属支柱を両手で引き抜き、背後に回り込む。反応の遅れた個体の膝関節めがけて、支柱を勢いよく突き立てるように投げつける。命中した瞬間、鈍く重い音とともにジョイント部がひしゃげ、異形は動かなくなった。


二体目――跳躍型の個体。脚部の筋肉が異常に発達し、狭い空間でも壁を蹴って跳び回るような動作を見せていた。


ケイはその一瞬の溜めを見逃さず、視界の隅で酸素ボンベにロックオン。滑りやすい床面とボンベの形状を利用し、ボンベのバルブを回して高圧ガスを噴射。地面を滑るように推進力を得たボンベを、跳躍のタイミングを狙って横から叩き込んだ。


ガシュッという鋭い金属音とともに、ボンベが敵の腹部に直撃。跳躍のバランスを崩した個体は軌道が逸れ、天井の鉄製フレームに側頭部を激突させた。


硬い音が響いた直後、無防備に回転しながら床へ落下し、無様な体勢でうつ伏せに倒れる。肢体が小刻みに痙攣し、やがて完全に動かなくなった。


最後の三体目――頭部がイソギンチャク状の異形。鞭のように伸縮する触手を持ち、音と動きに過敏に反応する。


ケイはあえて金属片を踏みつけ、大きな音を立てて敵の注意を引いた。触手が反応し、うねりながら襲いかかる。ケイは即座に手術台の裏へと滑り込み、距離を取りつつ脳内で戦場を構築していく。


吊り鎖、薬品棚、天井のランプ、傾いたカート、床のガラス片、酸素ボンベ、工具トレイ……全てが一つの連鎖の一部に変わる。


まずケイは、転がるカートを微妙な角度で押し出し、薬品棚へと向かわせる。衝突した拍子に複数の薬品が棚から落下し、床に割れて薬液が広がる。滑りやすく変質した床の上を、音に反応した異形が突進。


ケイは手術台を使って跳躍。イソギンチャクの触手が反応し、ケイを追って振り上げられる。その一撃が天井の配線を断ち切り、スパークを伴って電線が垂れ下がる。


ケイが着地した瞬間、着地を狙た触手の一撃が床の一部を崩し、破片の一つが鋭い三角形を描いて起き上がるように突き立つ。


ケイはカートの背を蹴って敵にぶつける。敵はそれを避けようとジャンプするが、液体で滑り、空中でバランスを崩してカートに激突し転倒。


「……終わったよ」


そう呟くケイに、ゆいと拓真は驚いた顔を向ける。


「え? 倒してないじゃん……」


その瞬間、異形の体が跳ね起き、ケイに向かって触手を突き出す。


だが直後、先ほど触手で切断された電線が敵の首元に絡みつき、感電とともに動きを止める。その衝撃で体が前のめりになり、偶然突き立っていた三角形の床タイルに頭部から激突。鋭利な突起が脳幹を貫通し、イソギンチャク頭部が崩れ落ちる。


戦いは本当に終わった。


「……わかってたの?」


ゆいがもう一度、呟いた。


ケイは一度だけ、小さく頷いた。


呼吸を整えるケイの周囲には、砕けたガラスと静まり返った空間だけが残っていた。


「すごいです! かっこよかったです!」


拓真が目を輝かせながら言う。小さく拍手までしていた。


「なんか……ピタゴラスイッチみたいだったね」


ゆいが肩の力を抜いて笑う。


「確かに」


ケイも、息を整えながら微笑む。だがその直後——。


ズキン、と頭の奥を殴られたような衝撃が走る。思わず膝をついたケイの口元から、真っ赤な吐血が床を汚した。


「ケイ!?」


ゆいが慌てて駆け寄る。


「……っ、大丈夫、ただの……反動だ」


胃がつぶれたかのような鈍い痛み。スキルの過剰使用が限界を越えたことを、身体が警告していた。


拓真が急いでカバンから小さな金属筒を差し出した。


「これ、回復薬です……綾織さんが持っていけって。万が一に備えてって」


ケイは視線だけでそれを見て、少し間を置いてからゆっくりと手を伸ばす。


「……ありがとう」


金属の封を切り、内容液を一気に飲み干す。喉元が焼けるように熱く、胃の中で重く広がる苦味が、かえって体温の戻りを感じさせた。


薬が効き始め、心拍がわずかに落ち着く。


「……代償が自分でよかった。」


視界の端で、まだ微かに揺れている破片の影。脳裏には、戦いの中で一瞬で描き切った“勝利へのシナリオ”が、まるで焼き付いた残像のように残っていた。


(あんな無理な運用を、当たり前のように繰り返してたら俺以外にも代償が行くかもしれないってことか。)


ケイは拳を握る。


「……もっと強くならないと。“選択”は、気軽に使うべきじゃない」


その言葉には、自己過信への反省と、今後に向けた決意が静かに滲んでいた。


俺たちは実験室の隅々まで探し回った。キャビネットを開き、棚の裏まで覗き込んだが、それらしき装備や手がかりは見当たらない。


「ここにもない……」


ケイがぼそりとつぶやくと、室内の空気がさらに重くなったように感じた。


そのときだった。


バァンッ!と空気を震わせるような打撃音が、別館の裏手から鳴り響いた。続いて、何度も何度も衝撃音が重なる。


「なに、今の……誰か、戦ってる?」


ゆいが眉をひそめて耳を澄ませる。音のする方向は、本館とも別館とも明らかに違う。


ケイが即座に動き出した。「裏の倉庫だ、行こう」


三人はすぐさま手術室を飛び出し、薄暗い通路を駆け抜けた。


進むにつれて、音は徐々に大きく、鮮明になっていく。金属が激しくぶつかり合う音、荒い息遣い、そして叫び声。


「くそっ、これ以上……!」


倉庫の入り口が見えた。シャッターは中途半端に開いており、その隙間から光と戦闘の気配が漏れ出している。


ケイが手を上げて制止する。「慎重に行くぞ」


三人は身を低くしながら、倉庫へと忍び込んでいった。


「……はっ!」 「がっ!!」


広間のように開けた広い倉庫 その中央で一人の少年が敵と交戦していた。


金髪のオールバック、短ラン姿。敵の視界や関節を狙って戦っている。


だが、その動きは徐々に鈍っていた。


「っくそ……なんなんだよこのばけもん!」


少年が叫び、。その刹那、敵が懐に入り込み、腕を振りかぶる。


「やば……っ」


「ドンッ!!」


その瞬間、金属音と共に、間に一人が割って入った。


ケイだった。


「ゆい!!」


「わかってる!!」


即座に応答したゆいが、構えていたカッターを反転させながら跳躍。空中から正確に敵の腕部ジョイントへと斬撃を入れる。


「ぐおおおおああっ!!」


敵が咆哮を発しながら腕をはじけ飛ばされ、後退。


「……何者だ、お前ら……」


警戒するように睨みつけてくる敵。


一方で、救われた少年は驚いたようにケイを見上げていた——。


「……助けてくれたのか?」


ケイは無言のまま、次の一手を探っていた。









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