「見えざる構造」
篁はケイたちとの話を終えると、足音だけを残して部屋を後にした。
その背中には何も語らぬ圧があった。
重い扉が閉まり、室内には静寂が広がる。
沈黙を破ったのは、ゆいだった。
「ねぇやるってどうゆうこと!?もともと護衛って話だったよね?」
その声は静かだったが、言葉の奥には抑えきれない違和感と怒りが滲んでいた。
「物資の回収ミッション、それが目的だって。けど、これは……“襲撃”じゃん」
拓真も顔を曇らせ、俯いたまま呟く。
「僕も……守るためならまだしも、自分から攻めるなんて……そんなの、できないです」
ふたりの言葉に、ケイはゆっくりと目を閉じ、息を吸い込んでから言った。
「……それでも俺は、受けるつもりだ」
その言葉に、ゆいと拓真がほぼ同時にケイを見た。ゆいの眉がわずかに動き、拓真は息を呑んだようだった。
「……あのとき、覚えてる? 前にプレイヤー狩りに襲われたとき、ケイは……撃たなかった。あれは、殺さないって、決めたってことじゃなかったの?」
ゆいの目はケイを真っ直ぐに捉えていた。
「それなのに、今度は殺しを“引き受ける”って……なんで、ケイがそんなこと……!」
怒り混じりの戸惑い。ゆいの声には、かすかに震えが混じっていた。
ゆいの声には明確な戸惑いがあった。言葉の端々に揺れる感情がにじむ。
拓真も俯きがちに続ける。
「僕も……守るためなら戦えます。でも、殺しに行くのは……ちょっと、無理かも」
ケイはふたりの反応を静かに受け止めるように頷いた。そして、言葉を選びながら、静かに続けた。
「わかってる。でも、俺は決めた。ここを助けるって。どんな条件でも、必ず」
ケイの目には、怒りでも焦りでもない、ただまっすぐな意志が宿っていた。
「それが、俺が選んだ”未来だから」
沈黙が落ちる。
「……もし、ふたりが嫌なら、俺一人で行く」
その言葉に、ゆいがバッと立ち上がり、怒気を込めて睨みつける。
「ダメに決まってんでしょ、バカ!」
言葉の強さとは裏腹に、その声は少しだけ震えていた。
「でも、俺の考えは変わらない」
誰も反論できず、空気が重たく沈みこむ。 その沈黙を割るように、綾織が気まずそうに立ち上がった。無理にでも明るさをまとわせた笑みを浮かべる。
「……それなら、ちょっと気分転換もしませんか? 空気を変えましょう。せっかくなので、施設を案内しますね」
彼女は身軽な動作でドアへと向かい、そっと開け放つ。 冷たい地下の廊下の空気が流れ込み、静かだった室内に新しい空気が流れた。
綾織は重苦しい空気を振り払うように、勢いよく立ち上がった。
「……えっと、じゃあ、次の場所に行きましょうか!」
明るさを意識してか、いつもより少し声が高くなる。
「ここの設計って、ほんとすごくて! たとえば空気の循環とか、見えないところにすごい工夫がされてるんですよ。あと、あっちの廊下なんて、音が響かないようにちょっと傾斜があって……」
まくしたてるように説明を続けながら、彼女は笑顔でドアの方へと歩き出す。 話のテンポと明るさで、場の緊張を少しでも和らげようとするように。
「見てると気づかないけど、ここの床も実は緊急時用の収納になっていて。あと、照明の色温度も時間帯で変わるようにしてあって……」
彼女の話は止まらない。ケイたちが立ち上がると、すぐに振り返って微笑みながら言う。
「たぶん驚くと思いますよ。とくに浴場なんか!」
その無理やりな明るさは、痛々しくもあったが、同時に優しさでもあった。
「ほんと高宮さんはすごいですよ!」
「高宮ってゆうんだその人」
ゆいがつぶやく
「はい、でも……高宮さんって、説明すること自体にあまり意味を感じてないみたいで。『話しても無駄だから』って、一度言われたことがあります。だから、代わりに私が案内してるんですけど……」
「なるほどな……」
「こちら、まずは食堂です」
彼女が案内した先には、広々としたスペースに数十人が座れる長机とベンチが並んでいた。 金属製の食器や鍋、保存食のパッケージが整然と棚に並んでいる。照明は簡易ながらも温かみのある光を灯し、食事の時間には人々の会話と笑顔が交差するらしい。
「思ったより、ちゃんとしてる……」
ゆいが小さく呟くと、綾織は少しだけ得意げに笑った。
「配線や換気も手が入ってて、地下だけどちゃんと空気が循環するようになってます」
「へえ……」
拓真が感心して見回すなか、ケイは天井の配管や壁の材質を無言で観察していた。 構造は確かに丁寧に設計されており、ただの避難所とは思えない規模と精度があった。
「こちらが、住居スペースです」
綾織に続いて通されたのは、長い廊下の両側に等間隔で扉が並ぶ区画だった。
「もしよければ、中の空き部屋も見てみますか?」
ゆいがドアを一つ開けて中を覗く。
それぞれの部屋は8畳ほどの広さで、簡素な二段ベッドと棚、ランプが置かれている。プライバシーは最低限だが、安心できる空間だった。
「……ホテルのビジネスルームみたい」
「この扉も……軽そうに見えて、ちゃんと防音と遮音が入ってる」
ケイが壁を軽く叩きながら言った。
「あとで、医務室と備蓄庫も見ていただければと思ってます。あ、浴場は……すごいんですよ。ちょっと驚くかもしれません」
綾織は少し誇らしげに微笑んだ。
その案内の途中、時折すれ違う住人たちは皆、無言で軽く会釈をして通り過ぎた。 だが、一人の中年女性がふと足を止めて、ケイたちを見つめた。
「あなたたちが……戦うために来てくれた人?」
「え、あ、はい……」
戸惑いながらもケイが答えると、その女性は深々と頭を下げた。
「ありがとう。本当に、ありがとう。私たちは、ここで祈ることしかできないから……」
続けて、周囲にいた数人の一般人も頭を下げる。
「俺たちじゃ……何もできない。でも、あなたたちが来てくれて……」
「家族を守るために戦ってくれて……」
温かいが、どこか痛々しい視線。
その隣では、子供たちが簡素な手作りのおもちゃで遊んでいた。 笑い声は確かに響いていたが、どの子もどこか痩せていて、肌の色も浅かった。
ゆいが思わず足を止め、視線を落とす。
「……子供まで、こんなところに」
綾織は小さく頷く。
「はい。家族ごと避難してきた人も多くて……。でも、みんな戦えないので、食事や掃除を交代で……。子供たちも、ここでは働いています。」
そのとき、一人の小さな女の子が折り紙で作った兜を、別の男の子が同じく折り紙で折った剣を持って近づいてきた。
「これ、あげるね。これで悪いやつらやっつけて」
ゆいは膝をついて受け取り、驚いたようにその兜を眺めた。 拓真は剣を握ったまま、目を潤ませて言葉を詰まらせる。
「ありがとう……大事にするよ」
ケイも無言で微笑み、小さく頭を下げた。空気が一瞬柔らかくなり、そこには確かな希望があった。
拓真が複雑な表情で呟いた。
「……こんな子たちまでこんな世界に。」
そんな空気を破るように、背後から足音が響いた。
「……君たちが、例の」
冷ややかで、しかし通る声が廊下を走る。 振り向いたケイたちの視界に入ってきたのは、一人の男。
黒のスーツに白衣を羽織り、整えられた黒髪の短髪がきっちりと収まっている。鋭く理知的な眼差しは感情を読ませず、冷徹な印象を与える。白い手袋と眼鏡がその姿にさらなる無機質さを加え、彼の登場とともに空気が一瞬で張りつめる。
「高宮さん……」 綾織の声が、かすかに震える。
「ケイ、ゆい、拓真です。今回、戦闘支援に……」
自己紹介をするケイに、継宮は無表情のまま目線を滑らせる。
「高宮 雫。ここの構造と設計、およびこのシェルターの維持を任されている」
声に感情はないが、その内容には強い確信と実績が宿っていた。
そして、振り返ることなく、住人たちに向かって低く告げた。
「もうすぐ、仕事の時間だ」
その言葉だけを残して、足音を響かせて去っていく高宮。 廊下に再び静けさが戻った。
「仕事……?」
ケイが小さく呟いた。
綾織は数秒間、言葉を探すように沈黙した後、口を開いた。
「……地下二階に、回復薬を製造する装置があります。そこで、“生命力”を少しずつ抜き取って、それを原料にするんです。主に、戦えない人やスキルのない人たちが、交代でそこに入ります」
「生命力を……?」 ゆいが眉をひそめる。
「もちろん、命を落とすほどではないです。でも、体調が悪くなる人もいて……それでも、他にできることがない人たちは、“その仕事”で皆を支えるしかないんです」
その説明に、ケイも表情を曇らせる。
「……100人近い規模を維持するには、それくらいの手段も必要ってことか」
(もし……自分がスキルを失ったら。戦えなくなったら。“絞られる”側になるのか)
そんな考えが脳裏をよぎったが、すぐに振り払った。
「高宮さんは、合理的です。感情ではなく、生き残るための計算をしている人です。……でも、私は、本当は、みんなが対等であってほしい。戦えるかどうかで、価値が決まるなんて……」
綾織の声には、抑えきれない本音が滲んでいた。
「そんなの、おかしいだろ!」
拓真が突然声を上げた。
「人の命を道具みたいに使って……! いくら生きるためだって、そんなの……!」
「拓真……」
ケイは拓真を制止しようとしたが、その言葉を否定することはなかった。 彼自身、心の中で答えを出せずにいたからだ。
その場には、誰も明確な正解を持ち合わせていなかった。 だからこそ、沈黙だけが支配していた。
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