「静かな選択」
カフェの照明は落ち着いた暖色に切り替えられていて、闇夜のツキアカリと溶け合うように、店内を柔らかく照らしていた。
窓際の席で、ゆいはカフェラテのカップを両手で包み込むように持ちながら、スマホをじっと見つめていた。
スマホ画面にはいろいろな情報が乗った掲示板が映し出されていた。彼女はときおり息をつくように小さく笑って、ふと画面から目を離した。
カフェラテの表面に、ケイが描いた即席のハートマークが、少しだけ残っている。
「下手くそ……」
そうつぶやく声は、怒っているようでどこか嬉しそうだった。
反対側のソファでは、拓真がむくれているように姿勢を崩しながら、一冊の本に視線を落としていた。分厚くて古びたハードカバー。タイトルは「中規模サバイバル環境における集団心理の研究」。
難解な文章に眉をひそめながらも、彼はページをめくる手を止めない。傍から見れば無言の抵抗のようだった。
「“戦えない人の役割”……ふーん……」ぽつりと小さくこぼす声に、誰も返事はしない。
カフェの奥。控室と書かれた扉の向こうで、ケイは一人、簡易ベッドに横たわっていた。天井を見上げながら、静かに思考をめぐらせている。
──あの女の人。綾織紬。 話し方も、立ち振る舞いも、どこにも嘘はなかった。 けど、その目の奥には、ずっと消えない“疲れ”があった。
ケイは自分の胸元に手を当てる。あの戦いのあと、命がけで辿り着いた現在。まだ体は完全じゃない。けど、それ以上に、心の整理がついていなかった。
“選べるって、強いですね”
あの言葉が、今も耳の奥に焼き付いていた。
──選んだ結果、誰かが傷つくかもしれない。──手を差し伸べた先に、自分たちが沈んでいく未来があるかもしれない。──でも、もし何も選ばなかったら? あの人たちが、ただ利用されて終わるとしたら?
ゆいたちは、きっと自分の決断に従ってくれる。だからこそ──軽々しくは選べない。
ケイはゆっくりと目を閉じた。暗闇の中に浮かぶのは、たった一つの映像。
──助けてほしい、と言った綾織の顔。本気だった。あれは、本気で誰かを守りたがっていた。
ならば。
ケイはベッドから起き上がり、静かに息をついた。
「……選ぼう。あの人たちを助ける」
彼の視線が、テーブルの上に置いたゴーグルへと向けられる。
自分のスキルは、未来の選択を現実へとつなげる力。
ならば、その未来を、もう一度信じてみる。
外では、夜の帳が静かに降り始めていた。
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