「設計者」
扉の向こうに現れたのは、コンクリートと配線に囲まれた無機質な部屋。中央にあるモニター前の椅子に、一人の男が背を向けたまま座っていた。
ケイたちがゆっくりと足を踏み入れると、椅子が音もなく回転し、男の顔が現れる。
白衣を羽織り、片目に義眼、左腕は精巧な機械義手。
肌は病的に白く、髪は灰色に近い銀色。年齢は40代後半と見えたが、どこか
生気を欠いた印象があった。
「よく……ここまで来たね」
男は小さく拍手を打ちながら、淡々とした口調で言った。
「……倒したことに、報酬はないよ」
ケイは警戒しながらも、ゆっくりと男を見据える。隣でゆいがバールを握りしめ、拓真はライトを構えたまま息を呑む。
「まさか、君たちがあの機体を倒すとは思わなかった。いや、そもそも“倒される”設計じゃなかったのにね」
男の声には、失望でも怒りでもなく、ただ淡々とした事実確認の響きしかなかった。
「そもそも、あの戦闘……君たちが生き残る想定じゃなかったんだ。目的は、あの“戦い”のデータを集めることだった。君たちがどう動いて、どう判断し、どんな選択をするか。それが見たかった」
「……最初から、殺す前提でやらせてたってことか?」
ゆいの声が低く、硬い。
男はわずかにうなずいた。
「うん、そうだよ。あれは“全滅前提”のミッションだ。成功ルートなんて、用意されていなかった。そもそも、誰かが生き残ること自体、想定していない」
その瞬間、ゆいが一歩前に出た。無言のまま、腰の後ろからカッターナイフを引き抜く。
その目には、確かな殺意が宿っていた。
「じゃあ……ここで終わらせれば、あんたの研究も全部終わるってことよね」
殺意を剥き出しにしたゆいが踏み込み間合いを詰めた。
しかし、男の反応は早かった。背後の壁面から機械アームが飛び出し、ゆいの手首をはじく。金属音とともに刃が床に転がった。
「やめておきなよ。ここで全力で応戦されたら殺さなきゃいけなくなる──君たちは今、満身創痍だ。万が一にも、勝てる可能性はないよ」
男の目は笑っていなかった。義眼の奥にかすかに揺れる光は、興味と警戒、そして葛藤の混じった色をしていた。
言葉には脅しのような重みがあり、だがその底には──できれば殺したくないという、奇妙な優しさのような感情がほんのりと滲んでいた。
部屋の空気が一瞬で凍りついたのは、圧倒的な力の示威というだけではなく、男の中にある矛盾の気配に、無意識に反応したからかもしれない。
ゆいが舌打ちしながら後退すると、ケイが一歩前に出る。そして、静かに問いを投げかけた。
「なら、ここで俺たちを始末しない理由は?」
男は少し口元を緩めた。
「面白いと思ったからさ。君たちは"生き残った"。処分するのは簡単だけど、それじゃあ、せっかくの観察対象を失うことになる」
「つまり、俺たちに興味があるってことか」
「そう。特に君、ケイ。君のスキルは非常に興味深い」
ケイは黙ったまま視線を落とした。
男は椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩きながら話を続けた。
「君のスキルは、“触れた物の用途を理解する”だと思ってるんだね。だが、それはスキルのほんの部に過ぎない。
本質は、“選択”だ。君は無意識のうちに、自分にとって最適な未来を選び取り、そこへ至る行動を組み立てていく」
「……未来を……選ぶ……?」
「そう。望む未来を。君は“無意識に”それを選んでいる」
男は言葉を継ぐ。
「もっと具体的に言おうか。銃を打つなら何が必要か。支える筋肉。反動を吸収する関節。トリガーを引く指。これさえあれば君はどんな標的にでも玉を当てられる。
ただ玉を避けることは出来ない。君の身体能力で目で銃弾をみてから動き出す瞬発力がないからだ。
問題の解決能力の最大値xと掛け合わせたその場の選択yは理想の未来zと同等でないとならない
数式で表すならxy=zだ
普通の人間はいくらその未来を実現できるスキルや能力が100あっても、その場の選択次第で20になったり50になったりする。この選択を無意識に完璧に行える。つまり君は常に実力や状況の最大値を叩き出すことができる。」
ケイは苦しげに眉を寄せた。
「……じゃあ、その解決能力の最大値が100に届かないまま100の未来を選んだら?」
「普通は失敗で終わりだ。でも君は違う。君の能力が70だとしよう。するとスキルが暴走して無理やり成立させ、予期せぬ“別の代償”を組み込むことになる。70*100%=100-30 この-30は理想の未来に代償として組み込まれる。勝利を選べば、仲間の死がついてくるかもしれない。生存を選べば、敗北が必然になるかもしれない。」
「よく言えば君は経験値を上げなくても能力の最大値さえあげれば強くなれるんだ」
「最大値を簡単に増やすには“外部情報”を集めるといい。情報を知っているだけですべてを完璧に利用できる」
男は背後の台からゴーグルを取り出し、手の中で軽く回す。
「戦術支援用の視覚デバイス。誰でも使える。相手のレベルやスキル傾向、おおよその状況が視覚的に見えるようになる。これで情報を補えば、君の問題解決能力の最大値は飛躍的に上がるだろう」
男は静かにゴーグルを差し出した。
「情報は力だ。選択を誤れば、理想の影に“負債”が生まれる。だが、このデバイスがあれば、それを最小限にできる」
ケイはゆっくりと手を伸ばし、それを受け取る。
「……ありがとう。助かる」
男は再び椅子に座り直し、背を向けた。
「もう、君たちは自由だ。この施設を出てもいい。私にできることはここまでだ」
ゆいが睨むように尋ねた。
「それだけで済むの?なぜ」
「済むよ。この戦闘のデータが取れた時点で、私にとっては目的を果たしている。これ以上手を出す必要はない」
ケイが少し眉をひそめたまま、静かに尋ねる。
「……本当に、それだけが目的だったのか?」
男はゆっくりと頷き、モニターに視線を落とす。
「私の欲しかったのは“可能性”の記録だ。設計外の、予測不能な選択の連なり。私はそれを得た。あの戦闘は、君たちが設計された制約を超えて何を成し得るかの実験でもあった」
「そんなもののために……」ゆいが低く唸るように言う。
「すべてを知っていたとは言わない。だが、選択の責任は誰にある? 君たちがあの状況でどう動くか、私にはどうすることもできなかった。ただ、記録するしかなかった」
「それに……君たちがあの状況をどう超えるか、個人的に興味があった。いや、ある意味で信じていたのかもしれない。そういう突破を“誰かがやる”という希望に賭けたかったのだろう」
ケイは視線を外し、静かに呟いた。
「この世界は……いったい何なんだ? ゲームなのか、現実なのか、それとも……」
男は少しだけ笑って言った。
「どちらとも言えるし、どちらでもない。君たちはこの“場”に生まれ、この“場”のルールに従って動いている。それが“現実”かどうかは、観測者の立場に依るんだ」
ゆいが少し眉をひそめる。
「じゃあ、運営ってのは? あんたはその一員なの?」
「私は観測者に過ぎない。全体の構造を設計したわけでもないし、運営の核心にいるわけでもない。ただ、観測し、記録し、少しだけ干渉できる立場にいただけだ」
拓真が戸惑いながら声を上げた。
「でも、あなたは一体何者なんですか……?」
男は少し肩をすくめて、ゆるやかに笑みを浮かべた。
「僕はただの"夢の住人"だよ。少しだけ、探求心の強いね」
その言葉に深い意味はなさそうだったが、どこか本心のようにも聞こえた。モニターに映る無数のマップとプレイヤー情報が淡く光り、彼の横顔を照らしていた。
施設を出た後の道は、薄暗く、風が静かに吹き抜けていた。
三人はゆっくりと歩きながら、それぞれの疲労を噛みしめるように無言のまま歩を進める。
「……ゴーグル、似合ってるね」ゆいがぽつりと言った。
「マジで? ちょっと重いけど……」
ケイは薄く笑いながら答える。
拓真が後ろからついて来ながら、少し小さな声で話しかけた。
「……あの人、変な人でしたけど、悪い人……なんですかね」
ケイはしばらく黙ってから答えた。
「悪いとか、そういうのとは違う。たぶん、自分の感情も、全部、棚に上げて生きてるんだ」
ゆいがふと笑った。
「でも、あの人がいたから、このゴーグルがあるわけでしょ。便利じゃん」
ケイはゴーグルを軽く掲げてみせる。
「うん。……悪くない。使えそうだ」
三人の歩調が、少しずつ揃う。
灰色の空の下、施設の影がゆっくりと遠ざかっていく。
その足取りは重いが、確かに前を向いていた。
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