「武器庫の邂逅」
夕暮れの街を抜け、ケイたちは東区の地下区域へと向かっていた。 今回の目的地は「第七兵器庫跡地」。夢の世界に点在する“かつての戦場”の一つであり、現在は「探索型ミッション」の舞台として登録されている。
地下へと通じる階段は、かつて避難用に使われていたものらしく、ところどころに剥げかけた非常口のサインが残っている。 降りるたびに湿った空気が肌にまとわりつき、薄暗い世界へと足を踏み入れるごとに、現実との距離が遠ざかっていくようだった。
「……この感じ、現実じゃないってわかってても、ちょっと怖いですね」
拓真が不安げに呟く。
「夢の中でも、身体はちゃんと反応するってこと」 ゆいは足を止めずに言った。
地下通路は想像以上に長く、壁には錆びた配管がむき出しになっている。所々に打ち捨てられたパネルや破損した備品が転がり、瓦礫を踏みしめるたびに微かに響く音が、不気味な静寂を際立たせた。
途中、曲がり角をいくつか抜けた先に、古びた案内板が立てかけられていた。
『第七兵器庫 →』
矢印に従って進むと、通路の壁には無数の傷跡が残されていた。まるで何かの戦闘があったかのような、激しい衝突の痕。
「ここ……誰かが先に戦った跡ですか?」
拓真の声が震えていた。
「かもね。探索型ってことは、過去に何度も挑んだ奴がいたってこと。成功率が高いとは限らない」
ケイは周囲を見渡しながら、無意識のうちに足音の反響を数えていた。 静寂のリズムの中に、わずかな乱れ。 それが不安を増幅させる。
やがて、三人の前に、重厚なシャッターが立ちはだかった。 手動でしか開かないようで、三人がかりで押し上げると、金属の悲鳴のような音とともに、空間が現れた。
内部は広大だった。 鉄くずが散乱し、構造のほとんどが崩壊しかけている。兵器庫というより、爆撃された後の廃墟に近かった。
「……ここが武器庫……?」
拓真が目を丸くする。
「戦争の名残。夢の中とはいえ、何かが確かにあった場所だ」 ゆいがぽつりと呟く。
ケイは散乱した部品の中に、半ば埋もれた銃のフレームを見つけて手に取った。
「分解途中のパーツ……でも、構造はまだ使える」
触れた瞬間、例の“流れ込む”感覚が身体を走る。 重さ、材質、内部構造、破損箇所、そして修復方法。 まるで、無意識が機械を読み解いていくような感覚。
(やっぱり……道具である限り、スキルが反応する)
パーツをそっと戻すと、ふと空気が変わった。
――ギギギ……。
奥の通路にあったもう一枚のシャッターが、勝手に開いた。 開いた隙間から、ゆっくりと音が近づいてくる。
「……何か来る」
ゆいがカッターを抜く。
姿を現したのは、四脚の機械兵だった。
その姿は異様で、現実の技術とは隔絶した存在感を放っていた。全高は2メートルを超え、漆黒と鈍い銀色の外装は夜の闇に溶け込むような質感をしていた。鋼鉄の外殻には無数の擦過痕や焼け跡が刻まれ、まるで歴戦の戦士のような風格をまとっている。鋲で固定された装甲板の隙間からは、時折、内部の赤く脈打つエネルギーラインが覗き、機械の「生命」を感じさせた。
関節部は太く頑丈で、各脚の付け根にはショックアブソーバーのようなパーツが付随し、高速移動や衝撃吸収を意識した設計思想が垣間見える。膝にあたる部分には鋭利なブレードが格納され、接近戦を想定した兵装であることを示していた。
登場の瞬間は、まるで封印されていた兵器が再起動したかのようだった。空気に混じる微かなオゾンの匂いが鼻腔を刺し、機体の各関節がぎしぎしと軋む音が静寂を破る。床に落ちたその足音――金属の爪がコンクリートを叩く律動が、不気味に響き渡った。
頭部には巨大な単眼状のセンサーがあり、赤く回転しながらゆっくりとこちらを捉える。まるで『敵を認識した』という意思を持つかのように、ボディ全体の姿勢がわずかに前傾し、脚部がしなる。
ただの機械ではない。そこには、人間の動きを学習し、模倣し、超えるように作られた“兵器”としての自負すら感じられた。
センサーがゆっくりとこちらを捉えた。 回転する赤い光が、三人の顔を順に舐めていくように移動する。
「これは……戦闘用か」 ケイが低く呟いた。ゆいのこんな顔は初めて見た。盗賊に襲われたときでも表情を変えなかったのに。
「ぼ、僕……僕は、後方で支援しますっ」
拓真は息を詰まらせながらも、なんとか声を絞り出し、震える手でナイフを構えた。
「来るぞ!」 ゆいの叫びと同時に、機体が跳ねるように突進を開始した。
機械兵の動きに一切の無駄はなかった。 まるでプログラムされたとおりに、しかしそれ以上に『獲物を認識した』意志を感じさせる挙動。 その滑るような脚運びは静かで、それでいて確実に殺意を帯びていた。
初動は速い。視線を交わした瞬間には、すでに距離が詰まっていた。 ケイがパイプを構える前に、四脚のひとつが鋭く振り払われる。
「っ……ぐあっ!」
視界が揺れる。 機械兵の脚部が閃いた瞬間、異様な加速で間合いを詰めた機体の一撃が、ケイの腹部に深々と突き刺さるように突き上がる。
身体はまるで紙のように宙に浮き、次の瞬間、背中から鉄板へと叩きつけられた。 重い衝撃が肺を潰し、息が一気に抜ける。
(……速い)
「ケイ!」
ゆいが高く飛び出し、カッターを構えて切りかかる。その刃は迷いなく頭部へと向かう。
しかし、機体はわずかに上体を引き、わずか数センチの余裕でその一撃を回避した。
(かわされた!?)
瞬間、ゆいは舌打ちし、着地後すぐに間を詰め、反射的にカッターを振り直して連撃を加える。 鋭い刃が空を裂きながら、機体のセンサー、関節、駆動軸を狙って高速で斬りかかる。
だが、機械兵はまるで刃の動線を読み切っているかのように、身を低く沈めたかと思うと横へ跳ね、刃を紙一重で回避する。 その直後、反撃とばかりに脚部を回転させながら斜めに振り下ろしてきた。 ゆいは咄嗟に肩をひねり、胴をかすめる寸前でバックステップ。 空を斬った脚が床を抉り、鋭い音と共に金属片が飛び散る。
「全員伏せて!」
叫ぶと同時に、カッターのリーチが異様に伸びる。 カチリという金属音と共に、カッターは全長10メートルほどに展開された。 ゆいの身体が中心軸となり、刃が円を描くように部屋中を薙ぎ払う。
壁、棚、天井――全てが切り裂かれていく。
鋭い風圧が吹き荒れ、ケイも拓真も床に伏せる。 部屋が裂ける音と振動の中、唯一機械兵だけが、まるで跳躍のタイミングを読んでいたかのように宙へ舞い上がる。
「……飛んだ!?」
空中でカッターをギリギリで回避し、機体は床に貼り付くように着地。
「チッ、しぶといな」
ゆいは低く呟きながら、すぐに刃を引き戻す。カッターの接合部が焼け焦げていた。
刃を交換しようとした、その刹那。
「くそっ!」
機体が爆発音とともに瞬時に距離を詰めてくる。その鋭利な脚部が振り下ろされる寸前、ゆいは咄嗟にもう片方の服の袖からノコギリ状の刃を引き抜き、クロスするように受け止めた。
ノコギリを脚部に食い込んでいいる
「だから嫌いなんだよ……こういう脳みそないヤツは!」
脚部に食い込んだノコギリを引き抜きながら削る。ノコギリは精神力を削る。機械相手では全く意味はない。
「……マジで効かねぇな、クソが……!ただの屑鉄のくせに、生意気に動いてんじゃねぇよ!」
ゆいの呼吸が荒くなり、瞳がわずかに濁る。明らかに精神の均衡が乱れ始めていた。
「……あんな長さの刃、相当精神力削られたんじゃ」
ケイが眉をひそめながら呟いた。
新しい刃を使うほど、ゆいの精神は不安定になっていく。それを知っているからこそ、心の奥底で不安が募っていく。 それでも一歩も退かず、ゆいは機械の目前で踏みとどまり、睨み合いを続けていた。
(精神力を削れないならゆいと相性が悪い。)
「……まずいな」
ケイは思わず呟き、ちらりとゆいに目をやった。 あの刃を使えば使うほど精神の負荷が大きい。このままでは危険すぎる――
(……でも、今なら)
機械兵のセンサーはゆいに釘付けだ。 あの一撃を受けてから、機体の注意は完全に彼女へと向いている。チャンスはこの一瞬しかない。
ケイは奥歯を噛み締め、パイプを構え直した。 「今しかない……ッ!」
静かに息を吸い、無音で踏み出す。 機械の死角を突いて、背後から一気に距離を詰めた。
だが――
センサーが赤く光った。 「――バレた!?」
機体が突如、脚部を反転させるように振り上げた。 その軌道はまさにケイの接近を待ち構えていたかのよう。
「っ、ぐっ……!」
脚部の回転が唸りを上げ、機械兵の脚がケイの左脇腹を正確に打ち据えた。 その衝撃で身体が弧を描きながら宙を舞い、脇腹に電流が走るような痛みが走る。 次の瞬間、背中から斜めに吹き飛ばされ、壁材を砕いて半ば埋まるような形で崩れ落ちた。 石膏の破片と粉塵が舞う中、口から短く息が漏れ、肋骨のあたりに鈍い激痛が残る。
「ぐっ……っ、クソ……」 ケイは身体を起こそうとするが、指先に力が入らない。
「……読まれてた……」
ケイの攻撃は届く前に、またもや一撃で弾き返された。 ケイは鈍い音と共に床へと崩れ落ちた。
機械兵の赤いセンサーが高速で回転し、三人の動きの軌道を読み取っている。 ただの視覚的な判断ではない。
(行動の“先”を読んでる。反応速度だけじゃない、動きを解析して予測している……!)
ケイはその異様な戦いぶりに、まるで自分達が玩具にされているかのような錯覚を覚えた。
再び機械兵が突進してくる。回避する暇もなく、ケイは咄嗟に腕で受ける。 が、質量の差が違いすぎる。身体が弾かれ、壁に背中をぶつけ――そのまま壁を貫通して、後方の隣室へと叩き飛ばされた。
「……っが……っ!」
鈍い音とともに床へ崩れ落ちるケイ。鉄くずと埃が舞う中、全身が痺れたように動かない。指一本さえ持ち上がらず、息もまともに吸えない。
(……マジかよ……何も……動かせない)
脇腹から鈍い痛みが全身に広がり、視界は霞み、音が遠のいていく。
(死ぬのか……俺、ここで……)
だがそのとき、腹部に走った衝撃の名残から、確かに“何か”が皮膚に触れていた感覚があった。
(……触った。……わかった)
骨格、回路、駆動軸、モーターの配列、冷却効率、負荷領域……。 まるで立体的な設計図が脳裏に浮かび上がる。 それは言葉ではなく、構造として“理解”される感覚だった。
(相手が人じゃない、機械……道具だ。だから、わかる)
「脚部の第五関節、支柱からの反転トルクで応力集中……こいつ、そこが限界点……!」
ケイは深く息を吸い込み、床に手をついて立ち上がる。腹部は血にまみれ左手は粉砕骨折でもしているのだろう ピクリとも動かない 手に取ったパイプを逆手に構えた。
「見えたぞ……弱点が!」
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