「衝突」
「このへん、低ランク狙いの野盗が出るって噂あるから。気ぃつけてね」
ゆいが歩きながらぼそりと呟いた。彼女の視線は遠く、風に揺れる看板や街灯の陰を警戒するように走っている。
「野盗って、要は……他の本物の人間?」
ケイが問い返すと、ゆいは頷いた。
「うん。自分じゃミッションもまともにこなせないから、他人の成果を横取りするタイプ。CとかDに多い」
「めんどくさいな……」
ミッションの目的地である廃工場は、都市の北端に位置していた。 鉄製のフェンスは朽ち、部分的に倒壊していた。遠目に見える倉庫の屋根には、崩落した部分から草が生えている。 あたり一帯はひどく静かで、風が鉄骨に触れるたびにギィギィと不気味な音を立てた。
コンクリートの地面にはひび割れが走り、車輪の跡と見られる溝が複雑に入り組んでいる。 建物の影から視線を感じたケイが、ふと立ち止まった瞬間だった。
――ジャリッ。
砂利を踏む音がした。
続いて、何人かの足音。息をひそめるような気配。 振り返ると、建物の影から、野生動物のような眼をした数人の男たちが姿を現した。
ボロ布を無造作に巻き付けたような装備、鈍ったナイフやさびた棍棒を手にしたその姿は、まるで理性を失った野良犬の群れのようだった。 目は血走り、笑みは歪み、唇の端にはよだれすら浮かんでいる者もいる。 その全身からは、抑えきれない暴力の気配が滲み出ていた。
「おうおう、新人さんか?ちょっと荷物置いてってもらおうか」
「……やっぱりいるね。低ランク狩り」
ゆいはため息混じりに呟いたが、微動だにせず一歩後ろに下がった。 その構えはまるで、戦う気がないというより、傍観者としての距離を取っているかのようだった。
ケイと拓真は突然のことに固まり、慌てて身構える。 拓真は震える手で、腰のナイフをなんとか抜こうとするが、手が震えて鞘からうまく抜けない。
「な、なんでゆいさん、戦わないんですか……!」
「見てみたいんだよ。ケイがどう動くか」
ゆいの言葉に、ケイの喉が鳴る。 心臓が速くなり、手のひらに汗がにじむ。 野盗たちは一歩、また一歩と間合いを詰めてくる。 一人の男がナイフをくるくると器用に回しながら、にやけ顔で歩み寄ってくる。
(……やるしか、ないのか?)
そのとき、ケイの目に足元に転がった鉄パイプが映った。 反射的に手を伸ばして掴む
――瞬間、脳内に一気に流れ込んでくる情報。 重さ、長さ、振るう軌道、力の込め方――
(・・・なんだこれ)
初めての感覚。声は聞こえないが、まるで語り掛けられているような直感。
(……わかる。これなら、戦える)
ケイは一歩踏み出し、鉄パイプを両手で構えた。 足を開き、膝を少し落とす。 敵のナイフが振り下ろされるその瞬間、ケイは腰をひねり、斜め下からパイプを振り抜いた。
「ッぐあ!」
金属音とともに野盗の腹部に直撃。 空気が抜けるような呻きとともに、男はくの字に折れて地面に倒れ込んだ。
他の野盗たちが、一斉に表情を変える。
「てめぇ、舐めやがって……!」
怒声とともに、三人が一斉に前へ出た。
その瞬間、ようやくゆいが動いた。
まずひとり――その首筋にカッターナイフの刃が滑り込む。 鋭利な切っ先は、皮膚を裂き、頸動脈を寸分違わず断ち切った。 刃を抜くと同時に、素早く替え刃を折り、新たな刃に差し替える。
背後から迫ってきた二人目が棍棒を振り下ろす。 ゆいは肩を捻って回避。 刃をリーチ1メートルまで瞬時に伸ばす。 タイミングを誤れば空振りになるその一撃は、相手の喉元を正確に裂き、男はのけぞって倒れた。
三人目が大きく剣を振り回しながら突進してくる。 ゆいはその剣の軌道を読み、身を沈めて低い姿勢から横薙ぎにカッターを切り払う。 金属音と肉の裂ける音が重なり、男の腹部に深い切り傷が走る。 彼は叫びも上げず、そのまま崩れた。
四人目は恐怖も感じていないように、ナイフを構えたまま突っ込んでくる。 だが、ゆいはその一歩手前で体をひねり、すれ違いざまに斜めに刃を振るった。 男は一瞬何が起きたかわからず立ち尽くしたが、次の瞬間、腹部から血を噴き出し、前のめりに倒れた。
――すべて倒したかに見えた、が。
最初にケイが倒した男のひとりが、まだ息があった。 地面に伏せた状態のまま、震える手でジャケットの内側から拳銃を取り出す。
「ケイ――伏せてっ!」
ゆいが叫ぶと同時に、右腕を鋭く振り抜いた。カッターナイフから一枚の替え刃が音もなく放たれ、空気を切り裂いて一直線に飛ぶ。
刃は、銃口をこちらに向けかけた男の手首に吸い込まれるように突き刺さった。
「ぐっ……!」
男が呻くよりも早く、銃がその手から滑り落ち、コンクリートの床に乾いた金属音を立てて転がる。
ゆいは、素早くその拳銃を拾い上げた。わずかに熱を持った銃身を見つめながら、それを静かにケイに差し出す。
「……やれって言ってんの。あんたが決めな」
「え……?」
ケイは目を見開いたまま拳銃を受け取った。重い。それは単なる金属の重さではない。
彼の手に触れた瞬間、銃の構造、材質、弾の込め方、引き金の遊び――すべての情報が、まるで言葉のように流れ込んできた。
「……これが、俺の……」
昔、ひとりぼっちだったあの部屋。埃まみれの机、壊れたラジオやドライバー、解体しかけた時計。彼はいつも、モノと向き合い、指先で感じ取っていた。誰にも気づかれなかったその感覚が、いま確かな実感として蘇る。
ケイはゆっくりと一歩前に出る。
唯一生き残った野盗が、地面を這い、血にまみれた手で逃げようとしている。だが、足はもつれ、必死にこちらを見上げるその瞳には、もはや戦意はない。
銃口が、ゆっくりと男の額に向けられる。
ケイの手は震えていない。
彼の呼吸が、静かに整っていく。恐怖も、躊躇も、もうなかった。あるのは、この世界で生きるための選択肢。それだけだ。
「……ここで、生きるってのは、こういうことなんだな」
彼はゆっくりと一歩踏み出し、銃を構えたまま男を見下ろした。
静寂。
数秒のあいだ、誰も何も言わなかった。銃口は男に向けられたまま。
子供の頃、誰とも遊ばず一人でガラクタを触っていた。
ずっと一人だった。
その頃から、自分は『物の声』を聴いていたのかもしれない。
唯一生き残った野盗が、震えながら這いつくばる。
ケイの瞳には、もう迷いはなかった。
この世界で生きていく。
その第一歩を、彼は静かに踏み出した。
三人は廃工場の奥へと進んでいく。
錆びた階段を上がり、薄暗い通路を抜け、埃にまみれた一角でようやく医療物資が詰まったクレートを見つけた。
「よし、これ。中身も……抗生物質、止血剤、消毒液……あたりね」
「持って帰るか」
ケイが頷き、拓真とふたりでクレートを持ち上げる。
思ったよりも重いが、背負えるほどではあった。
帰り道、ふたたび何者かが現れることはなかった。
だが、工場を出る直前、ゆいが一度だけ振り返った。
「さっきの奴ら、他にも仲間がいるかも。警戒は解かないようにね」
その言葉に、ケイと拓真は無言で頷いた。
地上に戻ったとき、午後の光が廃墟を照らしていた。
ケイは、手の中に残る微かな銃の匂いと、鉄パイプの感触を思い出しながら、ふと小さく呟いた。
「俺……ほんとに、ここで生きていくんだな」
ゆいはそれに答えることなく、ただ前を歩き続けていた。
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