「労働」
初ミッションは、拍子抜けするほど簡単だった。
指定された場所は、古い倉庫だった。
錆びたシャッターを開けると、埃っぽい空気が流れ出してくる。
中に入ってすぐ、違和感に気づいた。
入口の横に、倉庫にはまったく不釣り合いなテーブルが置かれている。
その上には、きちんと揃えられた二冊の冊子。
「……なんだ、これ」
一冊を手に取り、ページを開く。
そこには、淡々とした指示が書かれていた。
――これをAの部屋へ。
――これをBの部屋へ。
――これをCの部屋へ。
次のページには、倉庫内の簡単な見取り図。
部屋の位置と通路が、無機質な線で描かれている。
「とりあえず、書いてある通りにやればいい」
ゆいにそう言われ、俺たちは作業を始めた。
箱を持ち、台車を押し、棚から物を下ろして運ぶ。
重いものもあれば、拍子抜けするほど軽いものもある。
だが、やっていることは単純だった。
整理というより、ただの移動。
物を右から左へ、部屋から部屋へ運んでいるだけ。
(……意味、あるのか?)
倉庫の中を何度も往復しながら、頭の中で同じ疑問がぐるぐる回る。
達成感も、緊張感もない。
黙々と作業を続ける俺を見て、ゆいが言った。
「ミッションってね、別に役に立つことさせたいわけじゃない」
「……じゃあ、何のために」
「運営が、私たちの動きを見たいだけ」
ゆいは、箱を積みながら続ける。
「指示をどう理解するか。どれくらい迷うか。無駄な動きをするか、しないか」
倉庫の天井を見上げる。
結局、作業は一時間ほどで終わった。
最後の箱を置き終えると、冊子のページはもう残っていない。
「終わりだね」
ゆいが言う。
「……これで?」
「うん。スマホ、開いて」
言われるまま、ポケットからスマホを取り出す。
画面を点けた瞬間、見覚えのないアプリが目に入った。
白地に、無機質なアイコン。
タップするとアプリを開き、〈Bank〉の欄を選ぶ。
履歴が、一行だけ表示されていた。
【ミッション報酬 倉庫の備品整理 1000円】
その下に、残高。
確かに、数字が増えている。
「……増えてる」
「でしょ。これでミッションクリア」
ゆいは、あっさり言った。
「危険ないやつは、だいたいこんなもん」
スマホを握ったまま、胸の奥が重くなる。
夢から覚めるために、夢の中で働かされる。
その構図を理解した瞬間、言葉にできない不幸感がじわじわと滲み出てきた。
「……最悪だな」
思わず漏らすと、
「フフフ」
ゆいが、楽しそうに笑った。
その笑い声だけが、
がらんとした倉庫の中に、妙に軽く響いていた。
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