伯爵令嬢エラウディア ー傷つけられた心は一生消えないのよ。貴方の事を許さないわー
ちょっと何でこの女が一緒にいるの?
エラウディア・マルドス伯爵令嬢は、いらついた。
何故かと言うと、エラウディアと同じ王立学園の令嬢、レイリリア・ナルディ伯爵令嬢が昼食の席に一緒にいるのだ。
これから婚約者であるナルド・レイグルト公爵令息と共に食事をとるというのに。
だからはっきり言ってやった。
「貴方、遠慮して下さらない?私はこれから、婚約者のナルド様と一緒に食事をとるのです。何故、私の前に座っているのです?」
レイリリアはにこやかに微笑んで、
「私の方がナルド様に相応しいわ。私は美しくて評判なのに、貴方は冴えない容姿。だから私がナルド様の隣がふさわしいの。だから、私に譲った方がいいわよ」
確かに自分は茶の髪に緑の瞳で、普通の容姿だ。
それに比べてレイリリアは、王立学園で美しくて有名な令嬢である。
自分の婚約者ナルドもそれはもう金の髪に青い瞳の美しい男性で。
皆の憧れの的だった。
同じ派閥という事もあり、レイグルト公爵家から是非にと、婚約者に選ばれた時は嬉しかった。
同い年の17歳のナルドの事は知っていて、密かに憧れていたからだ。
エラウディアがナルドの婚約者に選ばれたと周りの令嬢達に知られた時、皆、口々に羨ましがった。
「ナルド様って素敵よね。貴方が婚約者に選ばれるなんて」
「エラウディアの家は羽振りがよいですもの。ナルド様のレイグルト公爵家が結びたがるのも仕方がないわ」
ナルド自身と言えば、
「君が私の婚約者になったエラウディアだね。王立学園で度々顔を会わせる事になるけれどもよろしく頼むよ」
煌めく笑顔でそう言われて、これからの学園生活が楽しみになる。そう思ったのに。
同じ家格のレイリリアが邪魔してくるようになった。
はっきりとレイリリアに「貴方、遠慮して下さらない?」と言ったのに、居座ったレイリリア。
ナルドはレイリリアが自分が座ろうとした席に座っていたので驚いていたようだが、レイリリアが手招きしたので、隣に腰かけて。
「レイリリア・ナルディですわ。伯爵家の娘です。是非、ナルド様とお食事したくて。私はエラウディアとも仲がいいのですわ」
「そうなのか?」
「いえ、仲が良い訳ではないです」
とエラウディアが言ったのに、レイリリアが話を始めるとナルドは楽しいらしく。
「そうなのか?レイリリア嬢はポルト領の戦記に詳しいんだな」
「ナルド様がレポートを書いたという事を聞いて勉強したのですわ。今度、そのレポートを拝見したいわ」
とナルドが興味を引きそうな事をにこやかに言う物だからナルドも嬉しいらしく。
エラウディアはイラついた。
レイリリアは次の日も、昼になると、ナルドとエラウディアの食事の席に現れてナルドの隣に座った。
レイリリアにはまだ婚約者がいない。
ナルディ伯爵家の事業が順調ではないので、あまり縁を結びたがる家がないのだ。
利がない縁結び程、損な事はない。
隣に座ったレイリリアにナルドは、
「レイリリア嬢。昨日の話の続きを聞きたいな」
「ええ、私もナルド様とお話をしたくて」
「それは嬉しいな」
レイリリアは嬉しそうにナルドの手に触れるのだ。
ナルドは嫌じゃないらしく、
「レイリリア嬢がいると華やかでいいな」
と満更でもない様子で、
エラウディアはイラつく。
私が婚約者なのに、レイリリアと仲良くしているの?私を見てよ。
不快だって言ってレイリリアを追い払ってよ。
レイリリアはナルドにしなだれかかって。
「ナルド様って逞しいですわ。本当に素敵な方。私が婚約者だったらいいのに」
ナルドは眉を下げて、
「すまないね。家の決定には逆らえないんだよ。私の婚約者はエラウディアだ。それは変えられない」
「本当に残念ですわ」
そっとナルドの手を白い両手で包みこむ。
それが毎日のように繰り返されるのだ。
話もナルドはレイリリアと仲良くして、割り込めない。
婚約者は私なのに。何でレイリリアと仲良くするの???
ナルドは公爵令息だ。
あまり強く言えなかった。
自分は伯爵令嬢だから。
ナルドはいずれ、マルドス伯爵家に婿に来る。
エラウディアはマルドス伯爵家の一人娘だからだ。
マルドス伯爵家の事業は順調で。
エラウディアは両親に可愛がられて、とても幸せなのだけれども。
ナルドと婚約破棄?
伯爵家から公爵家に物を申す事なんて出来ない。
卒業するまで毎日、この光景を見せられるの?
いや、とてもいや‥‥‥私はナルド様を愛しているの?
それすら解らなくなってきた。
婚約した当初はとても嬉しかった。
お花も貰えたし、仲良く話をしてくれた。
でも、今は、レイリリアとばかり話をして、どっちが婚約者だか解らない。
レイリリアが美人だから?
レイリリアが話上手だから?
レイリリアが憎い。
でも、どうすることも出来ないんだわ。
その時、声をかけられた。
「貴方、いいの?ナルドの態度になんとも思わないの?」
ナルドの姉のプルメリア・レイグルト公爵令嬢だ。王太子妃になることが決まっている令嬢は、来年卒業と同時に王太子殿下と結婚をする。我が派閥のトップのレイグルト公爵家の令嬢である。
「プルメリア様。仕方ないですわ。だって、レイリリアの方が話は上手で、容姿も美しいのですもの」
「でも、貴方が婚約者でしょう。ナルドはレイリリアと結婚するつもりかしら。婚約者である貴方をないがしろにして。ナルドを切り捨てる事は簡単なの。でも、わたくしはナルドを切り捨てる訳にはいかない。先行き、貴方のマルドス伯爵家に婿に入って、力になって貰いたいから。わたくしには兄が二人、弟が三人いるの。長兄は家を継ぐとして、皆、力のある家に婿に行くわ。ナルドにだって役に立って貰うわ。でも、お灸が必要ね」
「お灸ってどんな?」
「わたくしに任せて頂戴」
三日後、いつものごとく、レイリリアがナルドの隣に座ってイチャイチャしている王立学園の食堂。その目の前で無言で食事をするエラウディア。そこへ四人の男達が食堂に入って来た。そのうちの一人の美男がナルドに声をかけてきた。
「そこの屑の美男。ようこそ、我が辺境騎士団へ」
「え?辺境騎士団」
「おっと自己紹介がまだだったな。辺境騎士団四天王、情熱の南風のアラフだ。後ろにいるのは北の帝王ゴルディル、東の魔手マルク、西の三日三晩のエダルだ」
ゴルディルはナルドを睨みつける。マルクは触手を背から出してうねうねとうねらせる。エダルはニヤニヤと笑って、ナルドを見ていた。
金髪美男のアラフは、
「お前は屑の美男だという情報を得ている。だからお前を連れて行く」
変…辺境騎士団は屑の美男をさらって教育するという恐ろしい騎士団だ。
彼らがナルドをさらいに来たのだ。
プルメリアが手配したらしい。任せておいてくれと言っていたから。
ナルドは真っ青になった。
「伝説ではないのか?本当にお前ら変…辺境騎士団なのか?」
アラフはナルドに近づいて、
「ああ、そうだ。俺達が辺境騎士団だ。おとなしく‥‥‥」
レイリリアは真っ青になって震えている。
プルメリアがナルドを???でも、彼を切り捨てたくないと言っていた。
だったら、自分がやることは。
エラウディアは立ち上がって、アラフの前に出た。
そして宣言した。
「彼は我がマルドス伯爵家に来る大事な人です。貴方達に差し上げる訳にはいきません」
ナルドは背後からエラウディアに抱きついて、
「そうだ。私達は愛し合っているんだ。そうだろう?エラウディア」
エラウディアは振り向いて、ナルドの頬をぶっ叩いた。
ナルドは頬に手を当ててよろけた。
「何が愛し合っている?私の目の前でレイリリアとイチャイチャしていたのに何をいうの。貴方なんて変…辺境騎士団へ行けばいいんだわ。ええ、行けばいいに決まっている。でも、それでは解決しないの。変…辺境騎士団へ行きたくないのなら、マルドス伯爵家の婿としてしっかりと働いて下さい。当たり前でしょう。私、ずっと言いたかったの。貴方がいくら偉い公爵家の息子だからって、私に対する態度はないだろうって。婚約破棄をしてもよいのです。でも、それを貴方の家は望まない。だったら貴方を我がマルドス伯爵家に迎え入れるしかない。我慢して迎え入れてあげます。でも、貴方となんか一生口を聞いてやらない。貴方の事なんか一生許さない。私をないがしろにした態度を一生覚えているわ。女の恨みは怖いのよ。よく覚えておくことね」
アラフは恐る恐る、
「連れていった方がいいんじゃ‥‥‥新しい婚約者を探してさ」
エラウディアはアラフに向かって、
「それをレイグルト公爵家は望まないって言ったでしょう。我がマルドス伯爵家も望まない。この屑男を婿に迎えるしかない。帰ってよ。二度と顔を見せないで。変…辺境騎士団のええと…どなただったかしら?」
「アラフだ。アラフ。こんな美男を忘れるなよな」
アラフ達は諦めたようで帰っていった。
レイリリアは青い顔をして、
「わ、悪かったわ。変…辺境騎士団。あいつらが出てくるなんてっ」
そう言って食堂を出て行った。
ナルドは頭を下げて。
「申し訳なかった。ついつい、レイリリアが隣にいたから気になって調子に乗って。ちゃんとこれからは君の事を大事にする。マルドス伯爵家の婿として頑張るから」
許したくない。
私の心は傷ついているのよ。
でも、許さざるを得ない。
それが、マルドス伯爵令嬢としての一人娘の責任なのだから。
後にプルメリアに呼ばれて感謝された。
「色々と思う所はあるでしょうけれども、弟の事をよろしくお願いね」
「かしこまりました。プルメリア様」
プルメリアに耳元で囁かれた。
「貴方に辛い思いをさせたあの令嬢は、こちらで始末するわ」
「え?」
「当然でしょう。貴方にどうしようもない弟を押し付けるのですもの。これはそのけじめよ」
翌日、レイリリアが死体になって、川に浮かんだ。
プルメリアが、人を使って殺したのだ。
レイグルト公爵令嬢。後に王妃になる女性は、さすがに怖いとエラウディアは思うのであった。
あれから、ナルドに大事にされている。
食堂では楽しくナルドから話を振ってくれて、プレゼントも欠かさずに贈られてくる。
それでも、エラウディアの心は晴れないのだ。
ナルドは私を愛している訳ではない。
ただただ、怖いのだ。
マルドス伯爵家に婿に入れなくなる事が。
姉であるプルメリアの機嫌を損ねる事が。
愛なんてない。何もない。
私だって愛していない。ずっとずっとナルドの事を許せる気がしない。
それでも私はマルドス伯爵家の為に、この憎しみをずっと心に抱えながら、ナルドと結婚して子を儲けて生きていくだろう。
そう、傷つけられた心は一生消えないのよ。
貴方の事を許さないわ。




