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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ファーストキッスはジャムの味

作者: 花浅葱

柴野いずみ様主催の「#匿名両片想いな二人短編企画」参加作品の、加筆修正版です。

企画内では執筆できなかったその後を、追加しました。

 人で賑わう街の郊外にある森にてイグニス=クレイモア───俺は、今回の依頼の討伐対象であるサンダーウルフと戦っていた。

 全長3mをゆうに超えるその巨体に似合わない俊敏さに苦労しつつも、俺は長らく使用している剣を的確に振っては、もう既に3体の討伐を終わらせていた。


「後1体───ッ!」

 俺が目の前に入りこんだ1体を相手にしようとしたその時、俺の後方から襲いかかってくるのは、隠れ潜んでいたサンダーウルフだった。

 ソイツは、仲間の仇を取ろうと俺に噛みつかんとしてその牙を俺の肩に食い込ませる───


 ───よりも早いスピードで、俺に襲いかかってきたサンダーウルフの首を斬り落とすのは、俺の幼馴染であり絶賛片想い中の相手であるカリファ=ナイトローズであった。


 彼女は、サンダーウルフの首を斬り落とした後にフワリと地面に着地すると

「ボサッとしてないで。目の前の一体を早く倒しちゃいなさいね。ワタシも一緒に戦ってあげるから」

 などと口にしては、「一緒に戦ってあげる」と言った割に、彼女1人でサンダーウルフを討伐してしまったのだった。


「いやー、感謝感謝!」

「はぁ...Cランクなのに複数のサンダーウルフの討伐依頼なんてお願いするから死にかけるんじゃない」

「でも、カリファが助けてくれたじゃねぇか。よっ!流石はBランク!」

「全く、調子がいいんだから...ほら、討伐の証である首を回収してすぐに冒険者ギルドに行くわよ」

「オッケー!」


 そして俺とカリファの2人は、俺達の顔の数倍はある巨大な生首を持って冒険者ギルドに移動した。

 そのまま、いつも行っている事務作業を行い報酬金である金貨10枚を貰った後に、ギルドの受付のお兄さんから、こんな声がかかったのだった。


「これは、Bランクであるカリファさんに依頼をしたいのですけれど、少しお話よろしいですか?」

「それはワタシ個人に対しての依頼?それとも、Bランク冒険者への依頼?」

「Bランク冒険者への依頼ですね。中でもカリファさんの実力は指折りですので、依頼したいのですが...」

「構わないわ。どんな内容かしら?」

「貴族であるヴォリッヒ卿からの依頼でして、ここから東に10kmほど行った郊外に、盗賊が出る───との噂なのです。そこで、その討伐をカリファさんには追い払ってもらいたいのですが...」

「───報酬は?」

「ヴォリッヒ卿は、金貨100枚は最低でも保証する───とのことです」


 俺は、カリファと受付のお兄さんの話を黙々と聞いていたが、金貨100枚はかなり大金であった。

 俺はまだCランクであるから依頼は受けれないけれども、カリファであれば盗賊くらいコテンパンにできるだろう。

 俺は、カリファと一緒に盗賊の本拠地らしき場所を聴いた。まぁ、俺はそこには用が無いから聞く必要は無かったのかもしれないけれど。


「───わかった。その依頼、受けさせていただくわ。明日でいいかしら?」

「はい、日程はいつでも構いません。カリファさん、よろしくお願いします」

 その受付のお兄さんは頭を下げてそうお願いした。これで、話は終わったようなので俺達は帰ることにした。


「カリファ、すごいな。依頼の声をかけられるなんて」

「そうね。これまで頑張ってきた甲斐があったわ」

「明日、頑張れよ」

「もちろん。悪いことをしてる盗賊なんかに手を抜いたりはしないわ」


 その後、俺達はいつものように何気ない会話をして俺達はそれぞれの家に帰っていったのだった。


 ───そして、その日からカリファは姿をくらましたのだった。


 ***


 カリファが、俺の前から姿を消して早くも3日。俺は、焦っていた。

 心配になり、カリファの家に行ってみても、カリファは盗賊を追い出しに行く───と言って家を出てから帰ってきていないらしい。


 カリファに何かあったのだろうか。まさか、カリファが盗賊に負けるだなんてことは無いと思いたい。

 だけど、帰ってこないということはカリファの身に何かあったと言うことだ。


 俺は、カリファのことで夜も眠れなくなるほどに不安になっていたので冒険者ギルドで何か知らないか聴きに行った。すると───


「え、えっとイグニスさんですか?」

「は、はい。そうですけど...」

「今、丁度呼び出そうと思ってたんです!少しこちらに!」

「は、はい!」

 俺は、この間カリファに依頼をしていたギルド職員のお兄さんに呼ばれてギルドの奥の部屋へ行く。あまりにも目まぐるしく状況が進んでいくので、俺の頭は回っておらず部屋の名前はまでは見れなかった。


「イグニスさんに見てもらいたいものがあります」

「見てもらいたいもの───って?」

「盗賊から魔道具を介して送られてきた動画です」

「もしかしてカリファが!」

 盗賊であれば、魔道具など貴族から奪い取ればいくらでも手に入るだろう。それで、何かしらの動画を撮って送ってきたようだ。内容はきっと、カリファ関連だ。


「───あの、見ないほうがいいかと...」

「いや、カリファ関連であれば見せてください!お願いします」

「───わかりました」

 そう口にして、ギルド職員は魔道具で動画を流す。そこに映っていたのは───


「けほ」

 魔道具の画面に映ったものを見て、俺は一瞬で理解した。


 心臓が内側から圧迫されるような感覚を覚え、俺はその場でゲロを吐いてしまう。

 その内容としては、盗賊に女として凌辱され続けていたカリファであった。


 俺が心のうちに秘めていた恋心を、嘲るようにその盗賊はカリファで弄んでいた。

『カリファ=ナイトローズの〜〜〜〜で、開花!〜〜〜〜ローズだな!なんつって!ガハハハハハ!』


 意識が、遠のいてしまいそうな程に最悪の動画を流されて俺は絶えず嘔吐をし続ける。今日の朝はカリファのことが不安で食事が通らなかった喉に、何かあったら動けるように───などと、ジャムパンを無理にでも詰め込んだからだろうか、その影響が悪くでてしまっている。


「映像を...止めてくださいッ...」

 俺は、ギルド職員に対してそう指示して映像を止めさせる。


「あの、すいません...見せたばっかりに...」

 ギルド職員のお兄さんはそう口にして、俺の撒き散らした吐瀉物を何で吹こうかオドオドしていた。


「いや...まだ、カリファが生きてるってことがわかっただけでも良かったですッ...その、申し訳ないんですが、吐いたもんは掃除してもらえませんか...?お金は払いますんでッ...俺は、カリファを助けに行きます」

「え、でも...」

「早く助けに行かないと、俺が...」


 俺は、そう口にしてあの日カリファと共にサンダーウルフを討伐した時から入ったままの金貨10枚を机に置く。


「ごめんなさい、俺は行きますッ」

 そう口にして、俺は冒険者ギルドから飛び出してカリファのいるであろう盗賊の本拠地まで必死で足を動かしたのであった。


 ***


 ───少し時間は遡り。


「くっ...ワタシは、お前ら盗賊なんかに屈しない!」


 カリファは、思いの外強かった盗賊に敗北した後に、愛剣を奪われて縄で縛られていた。

「別に、俺様は貴様が屈することも屈しないこともどうだっていい。好き勝手させてもらうからな!」

 リーダーと思われる男性───カリファが戦って、全く歯が立たなかった相手がカリファに対してそう口にする。


「お前が、一番大切に思う相手を教えろ。家族だっていい、恋人だっていい」

「何をするつもりッ!」

「俺様達からは何もしねぇよ。言えッ!言わなかったら、冒険者ギルドに侵入してる俺様の部下がお前のことを洗いざらい調べて、お前と仲が良かった冒険者を次から次へと死ぬような依頼につかせるぜ?」

「───ッ!お前らッ!」


 その時だろう、カリファが自らに嵌められたことに気付いたのは。

 そう、カリファに盗賊を倒すように依頼したあのお兄さんも、盗賊の仲間だったのだ。


 ───そこで、カリファは思案する。


 自らが最も大切に思っていて、この状況を打開させてくれそうな人物は誰か。

 それは、彼女が一番信頼していて、なんだかんだ言ってずっと一緒にいたいと思えるような───心の底から好きだと言えるような、それでいて自分を助けてくれるであろう人物は、たったの1人だった。


「───イグニスよ。ワタシの幼馴染のイグニス」

「へぇ...イグニスか。弱そうな名ですぐに忘れそうだぜ。んま、覚えておくぜ。チグリス」

「───」


 リーダーと思われる男性は、わざと間違えたのかどうかなどカリファにはわからなかった。

 そして、そこから彼女が女として否定されることは開始したのである。


 カリファは、どうして「大切な人」を聴いたのかはわからなかった。だけど、もうすぐ聴いた理由がわかることになる。


 ***


「はぁ...はぁ...」

 本当に、俺もカリファと一緒にギルドのお兄さんの話を聴いておいてよかったと心の底から思った。


 俺は、1時間ほど走り続けて盗賊の本拠地であろう倉庫に辿り着いたのだった。

「ここに...」

 走り続けて、口の中に残っていた吐瀉物による不快な感覚は、より明確になっていたけれども、今水を口にしたところでこの焼けるような感情は無くなるわけではない。最大の不快感がなくなるわけではない。


 だから、俺は突撃することにしたんだ。俺は、正面突破で勢いよく扉を蹴り破って中に突入する。

「カリファ、いるか!」

「〜〜〜ッ」

 カリファの唸り声のようなものがする。彼女は、縄で口が塞がれているのか声が出ていないようだった。


「助けに来たぞッ!」

「おうおう。俺様はこの盗賊団のリーダーを務めている。お前がイグニスか?」

「あぁ、そうだッ!」

「随分と遅かったじゃねぇか?まぁ、来たことだけは褒めてやろう。幼馴染は取り戻したいもんな?」

 そう口にして、その巨漢は笑みを浮かべる。


「俺と1vs1で勝負しろ!それで、勝ったらカリファを解放しろ!」

「あぁ、いいぜ。だが俺様はAランクの冒険者だ!Bランクですら無いお前に勝てるかなッ!」

 どうして、コイツが俺の冒険者ランクがCであることを知っているのかは知らなかったが、そんなことはどうでもいい。俺は、目の前の巨漢を倒せば俺はカリファを解放してもらう。


 しかも、巨漢は武器を持っていない。だから、俺の方が有利───


「───あ?」

 その時、俺の背中にやってくるのは、熱い───という違和感。


「何が」

 俺はすぐに理解した。俺は、背中が刺された───ということに。


 痛い。痛い痛い。痛い痛い痛い。

 巨漢は目の前にいるはず。では、誰が刺した?俺は振り向くことができない。

 心臓の鼓動が早くなる。嫌だ、嫌だ嫌だ。痛い痛い痛い痛い痛い。嫌だ、嫌だ、やめてくれ。


「タイマンじゃ...」

「ねぇよ、バーカ。俺様に破らない約束はない!」

 そう口にすると、十数人の男たちが俺を囲う。そして───


 俺の意識は、黒く。黒く染まっていったのだった。


 ***


「〜〜〜ッ!」

 カリファは、叫ぶ。目の前で想っていた幼馴染が殺されて、縄で口を縛られながらも叫ぶ。


「どうだ?カリファ、少しは楽になっただろ?お前はもうすぐ奴隷として売られる。俺達が好き勝手に使わせてもらったから、労働力の奴隷としてな。性奴隷ってのも悪くないんだが、冒険者は抵抗してくるんでな。お前は───そうだな。金貨3枚ってところかな?」

 リーダー格の男は、イグニスの生首を持ってカリファの横に立ちその首を見せつける。


「ほら見ろ、お前の幼馴染のイグニスだぜ?無様な顔してんな」

 そう口にして、リーダー格の男は笑う。カリファは、茫然自失として抵抗をやめてしまう。


 ───心臓が無くなったかのような錯覚に陥り、彼女は動くことをやめてしまう。


「そうか。想い人を殺されて、何もかもどうでもよくなったか。恋人って言わなかったってことは、片想いだったってことか?じゃあ、よかったな。肩の荷が下りて、これで肩の荷が重い片想いから解放されたぜ。俺様に感謝してくれや」

 リーダー格の男ははそう口にして、床に乱雑にイグニスの首を置いた後にカリファの首を縛っていた縄を解く。


「あ...あ...イグニス...」

 もうそこに、Bランクであるカリファ=ナイトローズはいない。女としての誇りを侮辱されても心が折れなかった強い騎士であるカリファ=ナイトローズはいない。

 そこにいるのは、ただのもうすぐ奴隷として売られる女の姿であった。


「そうだ。最後だしキスさせてやんよ」


 イグニスとカリファは、キスをする。

 そのキスは、ジャムの甘い味だった。


 ***


 

 ───イグニスが死んで、早くも半年が経った。


 半年。それは、人の死の感傷を風化させるには十分すぎる期間だった。


 幼馴染であり冒険者仲間であり、ワタシが片思いしていた相手であるイグニスがワタシの前で殺されて、ワタシはこの世の全てを諦めた。


 死んでも良かった。

 死んだほうが楽だった。

 死のうと思った。

 死にたかった。

 死にたくなかった。

 死ぬ気にすらならなかった。

 死ねなかった。

 死ぬとかもうどうでもよかった。

 死んでいない。


 イグニスが死んで半年、ワタシはその後、大した抵抗せずに、できずに、獣を捕らえておくような檻に収監された後に、労働用の奴隷として貴族に売られた。

 性奴隷としては売られなかったのか───などとも思ったが、さんざワタシで遊んだのであればもうワタシの女としての価値は地に堕ちていたのだろう。


 ワタシの労働用の奴隷としての価値は金貨2枚と銀貨5枚だったようで「予想よりも安いじゃねぇか!」と、イグニスを殺した男が怒っていたのは鮮明に覚えている。


 ワタシの職場には、ワタシと同じく元冒険者だった人達もいるようだが、その人達は片目が潰されていたり、四肢が欠損していたりするので、五体満足で目に見える怪我のないワタシは、奴隷として売られる時にそれなりに優遇されているのかもしれなかった。


 この環境に来て───いや、イグニスが死ぬ前の事は、もうほとんど覚えていない。

 両親の顔も。イグニスの声も。料理の味も。友達の名前も。


 ───自分の名前も。


 もう、昔のワタシはワタシの中にいなかった。ワタシは今、この環境で働くだけの「おい、お前」なのだ。

 番号ですら管理されていない薄汚れた髪の女奴隷なのだ。


 ある日の夜、その日唯一の少ない食事にジャムパンが出た。

 硬いパンにかけられた少量のジャム。


 食べなきゃ体を動かせないが、食べる気力も湧いてこない。だが、食べなければ鞭で叩かれるのでワタシは仕方なくジャムパンを食べる。


 そのジャムパンは、ワタシの記憶の中にあったものとは遠くかけ離れていた。

 ワタシの知っているジャムは、黄色くてもっと酸っぱくて。


 ───あぁ、そうか。


 ワタシの記憶の中にあったジャムが、ジャムでないことに気付いた時。ワタシは再度イグニスとキスをした感覚を思い出したのだった。


 ***


 ───イグニスとカリファが行方不明になった街では、いつもと変わらぬ景色が広がっていた。


 2人がいようといなかろうと、誰もどこも何もかも変わらない。

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[一言] 胸糞しかない、詐欺レベル
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