第四話 家族
レッター・カーネシアは人間ではない。
私、ローランが数か月間、彼をお世話してきてたどり着いた結論である。
なぜなら、彼が泣いているところを見たことがない。
赤子が泣かない。そんなことあり得るわけがないのだ。
どんなに屈強な戦士も、魔王を倒した勇者も赤子の頃は泣いている。
例外などありえない。しかし、それは人間であればの話。
もし、レトが人間でないと仮定するなら、その常識は覆る。
生まれて最初の一度だけ、それ以降泣いたことはない。
何か悪いものがとりついたかのようだった。
今だってそうだ、思い切り頭をぶつけたのに泣かない。
一、二歳であっても泣きそうなくらいだ。
そのくらい、強くぶつけているように見えた。
しかし、この仮説には疑問点もある。
それは、彼の双子の姉、リンだ。
彼女は一般的な赤子のように見える。
これが示すところはひとつ。
レトは魔族にとりつかれたのではないか。
フレデリカ様にそれとなく、聞いてみたことがあった。
レトがフレデリカ様の腕の中で、すやすやと寝ていた時のことだ。
「フレデリカ様、レトがあんなに泣かないのはおかしいと思いませんか?」
「そう?あんまり泣かない子だっているでしょ?
ほら見てよ、ローラ!私に似たきれいな赤毛!
きっとレトは大丈夫よ、うふふ。」
フレデリカ様はこうおっしゃっていたが、私の中の疑念が消えたわけじゃない。
そして、フレデリカ様がいない今、直接レトに聞いてみることにした。
これでレトが反応しようものなら、私の仮説は正しいということの裏付けにもなる。
私は、フレデリカ様に救われた身。
魔族が憑りついているならば、フレデリカ様や家族に危害が及ぶ前に私が、この手で・・・。
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どうやら、ローランは俺が普通の赤子ではないと考えているようだ。
しかし、そんな問いかけをしたところで、今の俺は赤子だ。
答えなど、返ってくるわけがない。
それでも、いや、だからこそ。
フレデリカがいない今、誰にも発散できない気持ちを、本人にぶつけてしまったのだろう。
ローランの考えは、当たらずも遠からず。
人間であるのかと聞かれればYESと返すが、
レッター・カーネシアかと聞かれれば、NOで返す。
もし俺が幸福刑を受けなければ、俺でないレッター・カーネシアはいたかもしれない。
もっと普通な少年として生きていっただろう。
これ以上考えるのはやめよう。。。
一旦思考を放棄し、ローランを注視し、ネルをまねて赤ちゃんスマイルを見せてやった。
どうやら効果はあったらしく、ローランの緊張感が和らいだのを感じる。
彼女は、一度深く息を吐いた。
「ごめんなさい。私疲れてるのね・・・。
すこし、顔を洗ってこよう・・・」
やはり、愛嬌は最強。
ネルには感謝しとこう。
ローランは俺をベッドに下ろし、部屋を後にする。
チャンスではあったが、これ以上変な行動を今見せるのは得策ではない。
今日はおとなしく、寝ることにするか・・・
そう思っていた矢先、俺らのいる部屋の扉が開いた音がした。
ローランか?それにしては随分速いな。
ひそひそと話し声が聞こえる。
どうやらローランではない。二人いる?
忍び足でこっそりこちらに近づいてきている。
突如部屋に現れたその二人組は、俺らのいるベッドを上からひょいと覗き込んだ。
「あら~かわいい~♡
みんな寝てるのかしら?へへへ♡」
「いや、レトは起きてない?」
その正体は、二人の子供だった。
寝ているリンのほっぺをぷにぷにとさわり、にやにやしているのは、カーネシア家の長女。
その名は、ローズ・カーネシア。俺より四つ年上で、現在五歳だ。
「にへへ~♡」
「こら、あんまり触るとリンとネルも起きちゃうよ!」
そのローズを静止しているのは、カーネシア家の次男、フロイド・カーネシアだ。
俺と三つ離れている。
赤紫の髪色に、きりっとした目が特徴的だ。
その手には本が握られている。
この世界の文字が読めない俺には、なんて書いてあるか見当もつかない。
何度もローズつんつんされているが、リンに起きる気配はない。
されるがままのリンは、まるで人形のようにローズに扱われている。
そして、その魔の手はこちらにも迫りくる。
そのとき、ローズが俺が起きているのに気付く。
「あら、レト!起きてて偉いね~♡」
フレデリカの血を強く受け継いでいるのか、言動もそっくりである。
端正な顔立ち、きれいな深紅の髪、フレデリカの子供どもの頃だと言われても驚かない。
「ねえ、そろそろローランさん帰ってくるかも!
前みたいにローランに怒られちゃうよ!」
「もー、フロイドは神経質すぎよ~。
見てるだけなんだし、怒られないわ。」
「それは前回姉さんが逃げたからでしょ!
僕だけ怒られたんだけど!?」
どうやらフロイドは苦労するタイプの少年のようだ。
それに比べ、ローズは穏やかな口調とは裏腹に、結構お転婆な性格をしている。
フロイドと目が合う。
フロイドに赤ちゃんスマイルを喰らわせてやろう。
するとフロイドは胸を押さえて、膝をついた。
「うっ・・・!なんて破壊力だ。我が弟ながら恐ろしい・・・。」
「何てうらやましいの・・・。ずるいわ、フロイド。」
ローズはとても悔しそうに、フロイドをにらんでいる。
そんなkとには目もくれず、フロイドは覚悟を決めたと言わんばかりに立ち上がる。
「わかったよ、姉さん。今回は一緒に怒られるって約束してね。」
「流石フロイドね。もちろんよ!」
すると、二人が俺に向かって人差し指を近づけてくる。
それを両手でぎると、二人とも顔の筋肉が緩んで、ニヤニヤとした顔になった。
ローズはヨダレもたれている。
これまで、ローズを静止する立場だったフロイドも、実は弟に触りたかったようだ。
俺がずっとこの格好のままなら、それで世界を幸福にできただろうか。
いや、バカなことを考えるのはやめよう。
「どう?いいでしょ?」
「ま、まあまあだね」
「もう照れちゃって~♡
かわいいところあるな~。」
「ちょ、姉さん!
こっちまでツンツンするな!」
そうやって数分じゃれたところで、フロイドが足元にあったおもちゃを手に取った。
それを見たローズがなつかしい!とはしゃぎだす。
「そういえば、ほんとに小さい頃はこの部屋から出してくれなかったわよね・・・」
「うん、なんども出たいと思ってたよ。」
すると、ローズは何かに気づいたかのように、はっとした。
そのままフロイドにある提案を持ち掛ける。
「特別に今起きてるレトに部屋の外を案内しましょうよ!」
思ってもない提案だった。
こんな大チャンスが到来するとは、さすが俺の兄弟。
「でも、この屋敷広いし、もしレトが迷子になったら・・・」
「そうならないための私たちでしょ?」
「しかし、触るだけならまだしも、外に出すのは・・」
フロイド、頼む。
俺は、フロイドの方をこれでもかと見続けている。
その視界に、ローズが入ってくる
「ねえ、レト、お姉さんと外に出てみたい?」
今の俺にできる最大限の笑顔と動きで答えた。
「かわいい~♡
ほらフロイド!レトも行きたいって!」
フロイドは少し考えるような仕草を見せる。
「この年で、言葉を理解しているわけが・・・
いや、こうなった姉さんはもう止められないか。
・・・わかった。連れ出そう!」
「わーい♡
フロイドはいい子ね~♡」
「ただし、姉さんは絶対にレトを話さないこと。
いいね?」
「もちろん♡
ねえレト、一緒に庭で遊ぶ?」
俺はされるがまま、ローズに抱えられ、部屋をでた。
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はじめて見る、扉の向こう。
少しの緊張とそれ以上の期待に胸を躍らせていた。
俺はこの世界に生まれてから数か月ずっとあの部屋で生活していたため、異世界らしさをあまり経験できずにいた。
しかし、以前の世界ほど技術が発達していない事は分かっていた。
スマホや、パソコンのような最新の電子機器のみならず、家電のようなものも一切ない。
部屋の装飾や、フレデリカの服装を見る限り、中世の世界観に似ている気がする。
しかし、歴史に詳しいわけではなく、あくまでそのようなイメージでしかないが。
ローズの腕の中で体験する、初めての異世界。
部屋を出ると、そこは大きな廊下だった。
まるで高級ホテルのようだ。
フレデリカを見て思ってはいたが、俺の親は王族とか、貴族とかそういった類の人間なのではないだろうか。明らかに一般市民らしからぬ廊下に圧倒されていた。
廊下には、絵画やと壺などが置かれている。
それひとつひとつは高級そうに見えた。
「見てよ、レトが目をまん丸にしてるわ♡
かわいすぎない?♡」
「姉さんは興奮しすぎ。。」
弟を見て興奮するローズに、フロイドは呆れているようだ。
「こら!あなた達!どこ行くの!!!!」
奥から誰かの怒鳴る声が聞こえる。
俺は初めて聞くが、二人は聞き覚えがあるようだ。
その証拠に、聞こえた途端、二人の顔色は急に悪くなっている。
振り返るとそこにいたのは、ローランだった。
「私から逃げられると思ってるの?!!!」
そう言い放ってこちらに走り出した。
「「に、逃げろ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」」
二人は声をそろえて、逃げ出した。
俺は初めて入ってくる数多の情報の一切を逃さないよう、瞬きもせず、世界を見続けた。
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「はあはあ。なんとか逃げ切れたわね。」
「はあはあ。危なかったね。でもこれ、後で相当怒られるんじゃ・・・」
俺は肩で息をする二人に感謝していた。
本当ならこの景色を見るためにはもっと時が経つ必要があったはずだ。
はじめて俺の住む家の全貌が見えてきた。
この家は、フロイドが先ほど言っていたように、屋敷のようだ。
とにかくでかい。これが第一印象。
また、逃げている最中、掃除をしている人たち数人とすれ違った。
この家には、ローラン以外のメイドも複数人雇っているようだ。
この世界の常識は分からないが、カーネシア家は貴族や王族といった類の人種である可能性がまた高くなったな。
そして今、俺たちは庭が見える渡り廊下のような場所で休憩をしている。
庭の広さも家四、五件分くらいはありそうだ。
庭の端の方には、菜園のような場所もある。
さらにその向こう、屋敷の外にも目をやってみる。
屋敷を囲むように大きな気が配置差されていて見えにくいが、
一面の田んぼ景色のようなものがちらちら見えている。
ここは小さな村のような場所なのだろうか。
ここからだけでは、判別できない。
ふと風が俺たちの間を吹き抜けた。
「ふふ。いい風ね。」
「うん。ここで本を読むのが最高に気持ちいいんだよ。」
もっと先が見たい。
そう思って、ローズの腕から逃れようと動く。
しかし、今の俺の力では抜け出すことはできなかった。
「駄目よ♡。危ないわ。
あれを見て。」
ローズの指さす方向を見ると、そこには二つの人影があった。
そこにいたのは、父と長男だった。
「あの二人、今訓練中なの♡」
訓練?なんの?
体術のようなものだろうか。
俺の興味は二人に注がれていった。
俺の父、クラウン・カーネシアが無駄に伸びた黒髪をかきあげ、そのまま手を天に向けた。
すると、クラウンの頭上に大きな炎の玉が作られていき、屋敷の二階に到達ほどまで巨大化していった。
クラウンはその火の玉を天に放った。上空でそれは爆発し、花火のように七色に輝き、消えていった。
俺には理解できなかった。
これはなんだ。俺は何を見たんだ。
一瞬たちともクラウンから目を離せなかった。
真剣に見つめる俺を見て、フロイドはつぶやいた。
「そっか、レトは見るのはじめてか。
あれはね、
”魔法”
って言うんだ。」
「見入っちゃって、かわいい♡」
ローズが強く抱きしめてくる。
体が熱い・・
この熱は、ローズの体温か?
それとも・・・
魔法・・・?
信じられない・・・・
そんな非現実的なものこの世界には・・・
いや違う。
ここは異世界だ。
俺が生まれ変わった世界。
ここには、魔法があるのだ。
どうやら俺はとんでもない世界に送られてしまったらしい。
俺も使ってみたいな、魔法。
「見つけたわよ!ローズ!フロイド!」
風が吹き抜ける渡り廊下で、再びローランと対面する。
夢中になっていた俺も、ふと我に返る。
「あ、見つかっちゃった♡」
「逃げるよ、姉さん!」
そう言って、反対方向に逃げようとした矢先、思わぬ人物が現れる。
「あら、フロイド?
どうしたの?鬼ごっこ?」
角を曲がってすぐのところに、フレデリカがいた。
どうやら帰ってきていたようだ。
「ローズに・・・レト・・・?
ローランまでいる!
みんなで鬼ごっこしてたの?」
「ママ~♡」
ローズが俺を抱えたまま、フレデリカの胸に飛び込んだ。
その後ろから来た、ローランが申し訳なさそうに状況説明を始めた。
「あら、そうだったのね。
もう!ローズとフロイドったら!
ローラン困らせちゃダメでしょ~?」
「ごめんなさい・・・」
「すいませんでした。」
ローズとフロイドは反省しているようだった。
その二人をかばうように、ローランが一歩前に出る。
「いえ、フレデリカ様。
私が見ておかなきゃいけない立場なのに、少し目を離してしまったのが悪いのです。
申し訳ありません。」
「そうね。今回はみんな悪いところがあった。
でも、みんな謝ったわ!
これにて終了ね、うふふ。」
底なしに明るい性格で周りを照らす。
フレデリカは、まるで太陽のような人だ。
フレデリカのおかげで、この屋敷は明るい空気で満たされている。
周りを幸福で満たす不思議な力を持っている。
俺が目指すべき人物像は、まさにフレデリカのような人なのかもしれない。
みんなが集まってるところに、もう二人やってきた。
「お?どうしたんだ?みんな集まって。」
この男が俺の父、クラウン。
黒く長い髪をかきあげて、現れた巨人と目が合う。
「あれ、レトか?かわいいねえ。
よーしよし。」
「ちょっと、パパ!
レトがオヤジ臭くなっちゃうでしょ!」
俺をなでるクラウンの手をローズが払う。
「ローズてっめえ、おれのオヤジビームくらわせたろか!!」
「なによ、そのビーム!それならこっちは、フロイドガード!!」
「ね、姉さん!?」
「親父ビーム!こちょこちょこちょこちょこちょ」
「ぎゃああああ!」
フロイドがひどい目に・・・
「ほら、フロイドにこちょこちょしすぎないの。あなた、訓練は終わったの?」
「おう、終わったよ。どうにもこいつは魔法の制御が苦手らしいな。」
そう言われてクラウンに背中をたたかれるこの少年がカーネシア家の長男、カーネシア・アルベルだ。
赤みがかった黒の短髪の少年で、俺より6つ上である。
訓練のせいか、全身が泥まみれになっている。
「くそ・・・もうちょっとでつかめそうなだけどな。
なあ親父、後でもう一回手本見せてくれよ!」
「ヤダね。ベー。」
「ケチ!!ケチ親父!!」
「誰がケチ親父だ!!」
親子喧嘩が始まったようだ。
この家族は、賑やかだな。
「ほら、もうやめなさい!
二人はお風呂に入ってくること!
みんなは夕飯の時間です!」
「ねえママ!
今日はレト・レイ・ネルと一緒に食べたい!!」
「もーローズは年下大好き過ぎない?
気持ちはわかるけどね~♡」
家族全員での食事、確かに今まではなかったな。
「そうね、今日は特別よ!」
「やったー♡
うれしいね~♡」
ローズが俺に向かってにっこりと笑ってきた。
今日一日で、たくさんのことを知れた。
魔法のことだけではない。
家族のこと、屋敷のこと。
それらはローズのおかげだ。
これは俺からのお返し。
くらえ、赤ちゃんスマイル!
「♡・・・」
「ロ、ローズ!?
ローラン、ローズが鼻血出して倒れちゃった」
・・・これからは安易にローズに見せるべきではないな。
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はじめてする家族全員での食事。
部屋に戻ると、リンとネルも起きていたようで、これで男兄弟三人、女姉妹三人、親を合わせて、8人兄弟全員がそろったことになる。
それだけの人数が揃うと、食事も大量だ。
どうやら、ローランはこの屋敷のメイド長をしているようで、部下のメイドがローランを席に座らせている。
「わ、わたしもご一緒してよろしいのですか?」
「もちろんですよ!いつもガキどものお世話してもらってるし!」
ローランはこの輪に入って一緒に食べることを躊躇しているようだったが、観念して食べ始めた。
「ママ!私もレトにあーんしたい!!」
「ほらこうやって・・・」
おれは完全にローズのおもちゃ状態だった。
そのあと、リンやネルにも食べさせてあげて満足したようだった。
「こうやってみんなで食事するのも悪くねえな!!」
「そうね。賑やかで素敵。うふふ。」
「おいフロイド、それ俺が狙ってたウインナーだろ!」
「ちょっと兄さん!言いがかりやめてよ!!」
フロイドとアルベルが喧嘩を始めた。
もうぐちゃぐちゃだ。
でも、すこし面白いなと感じる。
こんな賑やかな食事、初めてかもしれない。
これが俺の家族ーーーー
俺がまず幸せにしなければならない人たちだーーーー
そのために俺にはなにができるだろうかーーーー




