第二話 幸福刑
俺は、一面真っ白な部屋で目を醒ます。
家具は一つもなく、四角でただただ広い部屋。
俺は状況が呑み込めずにいた。
「俺は死んだよな・・?」
ロードに頭を打ちぬかれた記憶は鮮明に残っている。
服はあの時の空港のままだ。
じゃあここはここは地獄か?
思ってたのとはだいぶ違うな。
「もう起きたのね。殺し屋やってただけあって、精神力は一般人よりけた外れにたかいようね。」
突然後ろから聞こえてきた声に、とっさに後ろに振り返り、距離を取った。
気づかなかった。気配が全く感じられなかった。
長くきれいな金髪に、白い肌。白いローブのようなものを身にまとっている女性が、そこにいた。
彼女が放つオーラは、人の持つそれとはまったく違う。おぞましく、美しく、底がない。
真っ白な深淵といった印象を受けた。この女性は、多分人間ではない。
「ごめんなさい。急に現れたら警戒するのも無理ないわね。
敵意はないの。あなたにならわかるでしょ、レイ?
いや、”スマイリー”って言った方がいいのかしら」
俺のことも、把握しているらしい。知りたいことは山ほどあるが、まずはこの女性から話を聞きだすことにしよう。
目の前の少女は、うーんと悩む動作をし、少しすると思い出したかのように再びしゃべりだした。
「あ、そういえば自己紹介がまだだったわね。
私の名前はリリア。
わかりやすく言えば、女神よ。」
「おれのことは知ってるんだよな、りりあ。」
「ええ。もちろん。
いままで何をしていたのか。
そして、どうやって死んだのかまでね。
信用していないなら話してあげましょうか?」
「いや、その必要はない。」
多分本当だろう。疑う余地もない。
自信満々そうな顔もそれを裏付けている。
それよりも聞きたいことは山ほどあるのだ。
「それより質問してもいいか?」
「いいわよ。」
「まず、ここはどこだ?」
ひとつずつ確実に、知っていく必要がある。
「ここは、生と死の間にある世界。
死んだ人はまず、みなここに来るのよ。
そして、女神である私が、今後を決めるの。
地獄か、天国か、ね。」
ふふん、と自慢げにリリアは話している。
「そうか。なら聞くまでもないな。
早く地獄に送ってくれよ。」
俺はもう死んだ。その事実をだんだん、心が受け入れ始めている。
もうすぐ終わりがくる。
すると、リリアがずんと近づいてきた。
「ちょっとまった。」
「なんだ?もう話すことはないはずだ。」
「いやいや!大ありよ!お・お・あ・り!」
まだ何かあるようだ。それもただごとではないような、なにか。
「ここからは、まじめな話をするわよ。
まず、あなたは現世で人を殺しすぎてる。
よって女神裁判にかけられたのよ。」
「女神裁判・・・?」
「通常、天国・地獄のどちらであっても、その魂は失われれることはないの。
しかし、あなたのような危険因子はそのどちらでもない、”虚無”にとばされることになってる。
女神裁判は、その危険因子を”虚無”に飛ばすか否かを決める場と思って。」
「じゃあ、俺は”虚無”行きが確定したと?」
虚無だろうが、地獄だろうが俺にとっては大した違いはないが。
「正確には、ほぼしかけた、ね。
あなた、殺し屋でもありえない数の殺しをあってるんだもの」
リリアはやれやれ、と呆れているようだ。
「結局、俺はどうなるんだ。」
結論を焦らされるのは、好きではないな。
リリアは落ち着いてと、俺を静止したあと、一呼吸おいてまた話始める。
「あなた下った判決はこうよ!
”幸福刑”!!!」
こうふくけい?
幸福?
どういう意味だ?
「あなたってそんなに困惑することもあるのね。まあ、無理もないか。
つまり、あなたには利用価値がある。
そう判断されたの。
あなたには並外れた身体スキルと頭脳があった。だから、女神たちは救済措置を設けた。
現世でたくさんの人間を不幸にしたのなら、次は多くの人を幸せにしてみなさい!
よって”幸福刑”!!!」
生前、ロードに言った言葉を思い出す。
俺は誰かを幸せにすることはできないと。
その覚悟も、資格もないと。
「断る。」
俺にはできないのだ。
「女神が決めたことには逆らえないわ。」
「勝手に決めやがって・・!!
俺はもう死にたいんだ!”虚無”でもなんでもいいから送ってくれよ!!」
久しぶりに熱いものが込みあがってくる。
「あなたを”虚無”へは送らない。送りたくないと私が判断したからこそ、裁判で幸福刑を提案した。」
目の前の女神が、自白した。
私が、俺を幸福刑にしたと。
「さっきも言ったでしょう?
あなたのことは知っている、と。
私は、あなたのようなあたたかい人を”虚無”になんて送りたくなかった。
あそこは、暗く、寒く、悲しい場所だから。」
「俺は人殺しだ。俺には虚無が似合うじゃないか!」
「あなたは知りたいと思いませんか、
”幸せ”の正体を。」
俺の中で抑え込んでいた感情がうずき始める。
ロードは言った、幸せになりたいと。
彼はそのために引き金を引いた。
知りたい。
俺も自身と誰かの幸せを願い、行動してみたい。
しかし、赤く染まった手で誰かをつかむことは、
できないと俺の心がブレーキを掛ける。
俺が生んだ不幸たちが、俺が幸せになるのを拒み続ける。
俺はそれを受け入れ、孤独を望んだはずだろ・・・!
葛藤している俺に、やさしくリリスは語り掛ける。
「今まで生み出した不幸から解放される必要はないの。
それがあなたの強さだから。
今度はその背負った不幸の分、幸せを生み出すことに注力しなさい。
その過程で、不幸になることもありましょう。
それでも幸福を目指しなさい。」
それはあまりにも、苦しく、辛い日々になるだろう。
俺が生涯逃げ続けたことを、死後になって向き合うことになるとは。
「その不幸から逃れるために死んだ俺に、もう一度生きろというのか・・・
幸福刑・・・
俺にぴったりの刑だな。」
「ええ。今のあなたにはぴったりね・・・
でも、さっきよりは少しマシな顔してるわ。」
まさか、女神に説教されるとはな。
俺はこれまでの不幸のせいにして、幸せにすること、なることから逃げてきた。
でも、その不幸を背負ってそれでも幸せになるのが、”人間”なのかもしれない。
「ああ、やっと人になれそうだ。
それにしても、リリスのせいで俺はいかれた刑を受けることになっちまった。
この刑が終わったら、必ずお前を説教しに帰ってくるからな。」
にやりと笑うと、リリスもにやりと返してきた。
「そのときは、ありがとうっていいなさい。」
俺の全身が光始めた。どうやら時間らしい。
「時がたてば、あなたのもとに女神から祝福があるでしょう。
まずは、それを頼りにすることね。」
よくわからなかったが、まあいづれわかることだろう。
消え入る意識の中で、リリスがいってらっしゃいと言っているような気がした。
ふたたび、意識が遠のいていくーーーー
レイが消えたあと、リリスは一息をついていた。
「何とかなったわね。
あとは、女神の祝福にちゃんと気づいてくれればいいのだけど。」
私がレイを見つけたのはたまたまだった。
次の転生者選び中に目をつけてた人材が、レイによって瞬殺されたのを見てしまったのだ。
それからはレイに夢中だった。
彼が死に、女神裁判にかけられても、必死に”虚無”送りを阻止した。
私は彼のファン第一号なのだ。
「今度はちゃんと愛されなさいよ、
レイでもなく、”スマイリー”でもなく、
レッターとして。」