第一話 ”スマイリー”の最期
「この依頼が終わったら、足を洗うつもりなんだ。海外に逃げようと思ってる。」
この言葉を吐いたやつらはみんな死んでいった。
俺らの住む世界は死ぬまで抜け出せない。したがって、この言葉は自身に対する死刑宣告となる。そして、それに気づかず、死んでいく。
それが殺しの世界である。
しかし、目の前にいるこの男は違う。
「・・・その言葉の意味がわからないのか?」
長年共に戦ってきた彼にはその言葉の意味が分からないはずがない。
俺らの所属する殺し屋組織”BLACK”は逃げる者に容赦はない。
知る限りここから逃げ延びた者はいない。
ただでさえ寒い室内で、心も冷えていくようだ。
部屋の角にある暖炉の近くで、消え入る火を見つめ彼は答える。
「・・・ああ、わかってる。それでもお前には伝えておきたかったんだ。」
「”BLACK”から逃げられないことは分かってるはずだろ・・・。じゃあなんで・・。」
「幸せになるためだよ、レイ。いや今は”スマイリー”か。」
俺の言葉を遮るように、彼、ロードはにやりと笑って言った。
ロードはいつも笑顔を絶やさない奴だ。
冷たく真っ暗な俺の世界を明るく照らし続けてくれた。
幸せになる、か・・・
「・・・人を殺したことのある人間が誰かを幸福にできるのか?」
俺は標的を双眼鏡で見張りながら、ロードに尋ねた。
心からの疑問だった。
「君はどう思う、”スマイリー”?」
「できなるはずがない。俺たちが死ぬときはきっと、孤独で冷たい。不幸なエンドが約束された存在だ。不幸であり続けることが殺し屋の条件だと思っている。」
すると、ロードは白い息を大胆に出しながら笑った。
「若くして世界最強の殺し屋と言われるだけはあるね。殺し屋の教科書のようなやつだ、君は。」
「そう教育されたからではなく、数多く人間を死においやり、その人物の周りの人たちを不幸にしてきたという自覚があるからだ。俺らが殺す対象は、必ずしも極悪人とは限らなかったから。」
「僕はね、それでも幸せになりたい。愛する人と結ばれて、毎日何気ない日々を送りたい。それが人間のあり方なんじゃないかな。」
「人間のあり方ね・・・」
「都合がいいことは分かってる。いままでのことを帳消しにできないことも。
でも、だからって不幸であり続けるのが正しいとも思えない。幸せを守るきること、それが俺が負うべき責任だ。」
ロードは真剣でどこか暖かい眼差しで俺を見ていた。
その目に恐怖心はなく、強い覚悟が宿っていた。
「そうか。なら俺は止めない。俺が間違っていると証明してくれ。」
「ああ、必ず。」
俺も笑って返した。今受けている依頼も今日で終わる。今宵がロードと話せる最後の日になるだろう。
「僕はきみにも・・・」
「標的が動いた、行くぞ、”ハザード”」
「・・・ああ。」
まるで影のように、俺たちは夜に溶けていく。
任務を完了し、俺は政府直属殺人協会”BLACK”の本社に報告に向かった。
ロードは先に帰らせた。いまの彼には帰る場所があるから。
明日の便で出ると聞いたので、その前に最後の挨拶にいくとするか。
俺は会長室に来ていた。
名はカロス。この協会のトップであり、200名以上の殺し屋を指揮する頭脳とカリスマ性を持ち合わせる。
「任務ご苦労だったな、”スマイリー”。街中での隠密殺人をこうも容易く完遂するとは。流石は”BLACK”が生んだ最強殺人兵器だ。」
「ええ。カロス会長直々のご命令とあらば。」
「ところで、”ハザード”はどうした?今回の任務はあいつとのタッグだっただろう。」
「少し疲れている様子だったので、彼は先に宿に帰らせました。報告は私だけでいいという判断だったのですが、彼に何か?」
妙な空気感だ。カロスもいつもより気が立っているように見える。
まさか・・・
「変なうわさを耳にしてね。そんなわけないと思うのだが、どうやら”ハザード”がうちをやめて逃げようとしてるって話を聞いたんだ。何か知っているかい?」
やはり、もうばれているのか。
どこかから話が漏れたんだ?
「いえ、初耳です。あいつに限ってはそんなことするとは思えません。先ほどまで一緒にいましたが、そんな様子は一切なかったです。」
「そうか。ならいいんだ。気にしないでくれ。」
「はい。では、失礼します。」
動揺の色を一切出さないことだけに集中し、何とか乗り切れたか・・・
しかし、あの様子では、もうすでにロード殺しの命令はでているだろう。
”BLACK”は国外に逃げることは必ず阻止してくる。今日か明日で決着をつけに来るだろう。
どうなろうが、俺には関係ないことだが。
ロードは、”BLACK”の養成機関で殺しの技術を学んでいるころからの同期の中で唯一の生き残りだ。いつでも暖かい人物で、おれにとって太陽のような存在だったのも事実。できれば死んでほしくはない。
明日、空港に行ってみるか。
翌朝、俺は空港でロードを見つけた。まだ生きていたらしい。つまり、”BLACK”が干渉してくるとしたらこの空港内ということになる。
昨日聞いた話では、プライベートジェットを用意しているらしい。
国外にいる愛人の元までそれで向かうらしい。
すると、ロードが人気のないところに向かっていくのが見えたので、追いかけていく。
その先にあるだれもいない小さなスペースにロードは立っていた。
「来たんだな、レイ」
ロードは悲しい表情を浮かべていた。
その顔を見て、俺の中ですべてがつながっていく。
「俺を殺す命令を受けているんだろう、レイ。」
「・・・気づいていながら、僕の目の前に現れたのか?
死にたがりなのか?君は。」
ロードの国外逃亡の話をカロスから聞いたとき、話が早すぎるとは思っていた。
それに、ロードが俺に話したときにも、違和感は感じていた。
その可能性を感じつつも、俺はまんまとのっかってしまった。
「俺はずっと死に場所を探してた。ようやく見つけたのかもな。」
「君らしくない発言だな」
カロスは人一倍狡猾で、臆病な男だった。ロードの思いを利用し、自分を殺しうる存在を消そうと企てたのだろう。俺以前に”BLACK”内で最強だった俺の師匠も同じように消されてしまったのを思い出す。
「俺には生きる意味はない。愛する誰かもいないし、幸せになろうなんて思えない。
そんなやつより、幸せになりたいと思えるお前が生きるべきだ。それが叶わないとしても。」
ロードの目から涙があふれだした。
「レイ・・・」
「泣くなよ。お前の幸せになる覚悟はそんなものか?
その覚悟があるなら、俺を撃って証明して見せろよ。」
震える手を抑えながら、ロードは銃をこちらに向けた。
俺は誰かのためにその引き金を引ける人間ではない。
多分誰よりも臆病なのは、俺自身だ。
「すまない、レイ。」
「ロード、幸せになれよ。」
この世に未練はない。
親友に殺されるのは悪くない気分だ。
数多くの人を不幸に追いやってきた死神が、幸せを親友に託すなんて馬鹿らしいな。
でもーーー俺にはもったいないくらい、あったかい最期だ。
銃声があたりに響き渡った。
その瞬間、俺は手にもっていたボタンを押した。
俺は知っていた。”BLACK”がロードを逃がす気もなかったことを。
だから俺から最後のプレゼンとだ受け取れ、カロス。
空港のいたるところで一斉に爆発が起こる。
無差別爆発。”BLACK”はいたるところに爆弾を仕掛けていたらしい。
ここに来る途中で倒した構成員から起爆スイッチを盗んでおいた。
それらが滑走路に集中していることから、ロードがジェットで飛ぶ直前を狙うつもりだったのだろう。
近くにいる兵は俺が始末し、遠くから俺らを眺めていた奴らにはできることはない。
これでロードの逃亡は成功するだろう。
そんなことを考えながら、次第に意識は薄れていったーーーー