45ーー4年生(12月)
随分あいてしまいました(土下座)
「ねー阿久津。この本読む?」
塔子は最近読み終わった新しいペーパーブックを差し出す。顔を上げて受け取った阿久津がパラパラと最初の数ページに目を通している横で塔子はニヤニヤと話し続ける。
「えっとねー、それビックリなんだけど実は主人公が…」
「おい………………それもどうせフェイクなんだろ?」
「え?ホントにそう思う?だったら続けても大丈夫?」
「待て待て………迷うな………」
「あはは!!何に迷うの?!迷うトコあった?!『黙れ』一択でしょーよ!あはは!」
お腹を抱えて笑う塔子を困った顔で見ている阿久津の口角は上がっている。
「高瀬が言ったことと内容がどう違うのか考えながら読むのも実は面白い。でも先入観無しに読みたい気もすんだよな……」
本片手に真剣に悩んでいる阿久津がなんとなく可愛く見える。
「それって両立しないもんねー。先にどっち!って話ではないよね」
同じく真剣な顔をして頷くふざけた塔子に心を決めたらしい阿久津が真面目な顔を向ける。
「ん、聞くわ」
阿久津のまさかの選択に「マジか!」と少し身を引いた塔子だったが気を取り直し阿久津の前の席の椅子を借りて座る。
「ちょっと待ってね。考えるから」
「考えるのか」
「なかなか難しいのよ。ネタバレしないように、でも大ハズレもしないようにホラ吹くのも」
「ホラ」
「うん、ふふっ」
「…………楽しみだな」
「ちょっと、変なプレッシャーかけないでよ」
阿久津が頬杖つきながら塔子を見ている目は柔らかい。
「えっとね、その主人公はロースクールに通ってる就活生なんだけどね。やっとの思いで本命の法律事務所にインターンに行けることになったの。その初日、彼は朝からアパートのシャワーが壊れたり淹れたてのコーヒーをスーツに溢したりで散々なスタートを切るのよ。そして、ヤバいぞ!遅刻してしまう!って職場にダッシュで向かう途中で、道を塞ぐ巨大猫に遭遇するのよ!」
「はい、ダウトーーー」
阿久津は笑いながら塔子の話にストップをかける。
「ちょっとダウトって何よー」
「いや、今のは大ハズレだろ」
「何言ってんの?!道を塞ぐ巨大猫だよ?!最高のロマンじゃん!!」
「いつ誰がロマンを求めたんだよ」
「私よ」
「そうか………それじゃーしょうがねーな」
堂々と胸を張ってそう答える塔子の前で阿久津は下を向き肩を揺らす。
「ふふ、でしょ?阿久津も気になるでしょ?その巨大猫の………柄とかオスなのかメスなのかとか」
「クッ………気に………なるかな、なるかもな」
「その答えはその本の中に」
「いや絶対ねーだろ」
「あはは、あるかもよ?」
「……俺最後まで巨大猫の柄を気にしながら本読むワケ?」
「うん、また読み終わったら感想聞かせて?」
「…………柄が気になって内容入ってこなそーだな」
手に持つ本を眺めながら笑う阿久津をクラス中の女子が見ていることに気づいていない二人は、予鈴がなるまで巨大猫のロマンについての話で盛り上がるのだった。
――――――――――――――――
ーーまた無い。
塔子はさっきまであった化学のノートを探すも見つからないことに肩を落とす。
次の授業の準備でロッカーから取り出した化学のテキストやノートをまとめて机の上に置いたのは確実だ。しかしトイレから帰ってくるとノートだけが無くなっていた。
ここ最近、塔子は物が無くなることが多く困っていた。今までも物を無くすことはそれなりにあったのだが、それは自分がどこかに置き忘れてきたり落としたりが原因だった。しかし最近は何故無くなるのか分からないタイミングなのだ。今回の化学のノートだってそうだ。
ーー妖精さんは………あの正体って阿久津だったんだっけ?あれ?出席簿だけ?
思い返すと阿久津のさりげない優しさは色んな場面にあった。
例えば文化祭で展示する為の作品を皆んなで作り上げるアクティブラーニングの時間。大きな模造紙に持ち寄った文章や資料を切ったり貼ったりしていた時。共同で使っていたノリやハサミは数が少なく、それぞれが譲り合い順番待ちをして使っていたのに、塔子が使いたいと思ったタイミングでは必ず手元にあった。塔子の前に何気なくそれらを置いていた阿久津の作業が終わるのは誰よりも遅かった。いつも要領の良い人なのに。
体育祭の練習で散々走らされた後、クラスでちょっとした設営に駆り出された。指示待ちで待機していた部屋には椅子が少なく、とてもじゃないが全員は座れなかった。早い者勝ちだった椅子に遅れてきた塔子が座れたのは、教室に入ってきた塔子を認識した阿久津がソッと床に座り椅子を空けたからだ。
いつだって阿久津の行動はさりげなかったし、塔子はただ単に自分がツイてるだけだと思っていた。でも阿久津の気持ちを自覚させられたあのターム留学の説明会の日から、まるで答え合わせがなされたように今までの阿久津の行動の全てが自分に向かっていたように思え、全身をめぐる血液が沸騰したかのような感覚に襲われた。
文化祭で気持ちを告げられたあの日から二ヶ月。塔子は自分の気持ちがあの日とは明らかに変化したことを自覚していた。
思考がトリップしていた塔子は首を傾げながら、いや今は妖精がどうこのこうのって話じゃないなと我にかえる。
ーーとにかく、このままのペースで物が無くなるのは困る。私物はなるべくロッカーに入れて目を離さないようにしよう。
塔子は不安な気持ちを誤魔化しながら、用意していた新しいノートをロッカーから取り出すべく席を立った。
――――――――――――――――
「ダメだ!今度イヤホン持ってくるわ」
塔子は隣で愛用のヘッドホンを耳に課題に取り組んでいる阿久津に言う。阿久津はヘッドホンを耳から浮かしながら「返す?」と首を傾げる。
「ううん、違うの。是非私のオススメ曲を聴いて欲しいんだけどね?でも私も一緒に聴きたいの。だから今度はイヤホン持ってくるわ」
ヘッドホンでは二人で一緒には聴けない。「イヤホンなら片耳ずつ聴けるから明日からはイヤホンも持ち歩くことにするー」と数学のプリントを解きながら言う塔子の横で、またヘッドホンをセットした阿久津は顔を隠すように下を向く。
最近はアクティブラーニングの授業も一段落し、六人で集まる機会もめっきり減った。声高に勉強会の開催を求めそうなメグが何も言い出さないのも理由の一つだ。アクティブラーニング自体も全体作業は終わり、個人の考察を足す段階も殆どの生徒が終わらせている。期末考査前に提出、試験終了後冬休みに入り、年明けからはターム留学に行く生徒と残る生徒にわかれ、それぞれの場所で発表して1年間におけるアクティブラーニングが修了となる。
塔子自身もレポートは仕上げ終わり、毎日図書館で期末考査に向けて勉強していた。しかし今日は席が取れず家に帰ろうとしていたところに自転車置き場で阿久津と会った。
連れ立って帰りながら今日出された数学の問題について話していたのだがどうも頭の中だけでは良く分からず、通りがかりのカフェに入ることになったのだ。
「この人の曲カッコよくない?!」
手元のスマホを操作しながら隣にいる阿久津を見る。
阿久津は遠くを見ながら少しの時間集中して聴いた後、ちょっと難しい顔をする。
「なんかこの声聴いたことある気がするな……」
「あ!なんか既視感あるでしょ?!誰の声か思い出せる?」
阿久津は首を傾げて考え込む。
「……あ、曲終わった」
「待って、その人の別の曲流す」
「……………………誰だ?思い出せねー」
「アニメの主人公だよ、ホラ、こないだ映画にもなってた……」
「あ、あの名探偵か」
「ピンポーン!!目ぇ瞑って聴いてみて。もうあの子が歌ってるようにしか聴こえないでしょ?!」
「………………クッ、ちょっともうカッコよさから離れてね?あの名探偵がこんなノリノリで歌ってたら違和感しかねー」
阿久津は下を向いて肩を揺らす。
「私も気づいてすぐは違和感あったけど、大丈夫!すぐ慣れるから。そんな違和感吹っ飛ばすくらいかっこいいから!」
「…………え?これその声優が歌ってんの?」
「ううん、全くの別人」
「…………じゃーあえて言わなくても良かったんじゃね?」
「………………あれ?失敗?」
折角の推しを台無しにしてしまった、ガーン!とヘコむ塔子。
「…………情報量が多いんだよな、高瀬。本一つ、曲一つ取っても高瀬にかかると一気に色彩豊かになる。
…………だから高瀬の周りはキラキラしてんだろーな」
「ま、またキラキラとか言う……」
柔らかい目をした阿久津を真っ直ぐ見返せず、塔子は若干赤くなった顔を隠す様に下を向き課題に取り組むフリをするのだった。
「今日はありがとね!」
カフェを出た塔子は荷物を自転車の前カゴに入れながら阿久津を振り返る。その阿久津は塔子の重そうなバッグに気付く。
「…………ってか荷物多くね?そんな持って帰る物あった?」
ロッカーに入る物以外を詰め込んでいる塔子のバッグはパンパンだ。
「あー、家で使いたい物多くてー」
本当はこれ以上物が無くなると困るからだが、それを阿久津に言う気はない。特別な課題など出ていない現在、色々と持って帰る必要性を感じない阿久津は怪訝な顔をするが「あっ!」との塔子の大きな声で気が逸れる。
「ねー!見て阿久津ー!綺麗な月ーーー!」
塔子が笑顔で指をさす夜空にはビルの隙間から大きくまん丸な月が顔を覗かせている。都会の空にはなかなかお目にかかれない低い位置の月は、いつもよりも何倍も大きく見える。
「メチャクチャ綺麗じゃない?!」
顔を輝かせて自分を見る塔子に少し困惑する阿久津。
「…………あーうん……」
「ねーあれ、何味だと思う?!」
「……………………は?」
「あの月さ、どんな味だと思うー?!」
「………………」
「やっぱカフェオレ味だよね!」
想像と違った展開に反応が遅れた阿久津の理解がやっと追いつき首を振る。
「……クッ、カフェオレはねーだろ」
「えー!じゃー何味だと思う?!」
「…………ジンジャエール?」
「いやいや!そんな透明度なくない?」
「むしろ濁ってなくね?」
「え、良く見て!あのミルク感!カフェオレと言ってもかなりミルク多めね?ミストじゃなくラテ!」
ニコニコと味の予想を語る塔子に堪えきれなくなった阿久津がははは!と笑いだす。
「なんか旨そうに見えてきたわ」
柔らかめな最近においてもレア感溢れる阿久津の破顔に塔子も堪えきれずに笑い出す。
「あはは!でもジンジャエールは無いよー。今度私があの月そっくりの飴を持ってきてあげるね?」
「ははっ、俺も探しとくわ」
――この月、きっと一生忘れないだろうな。
そんなことを思ったのは塔子だったか阿久津だったか。二人は名残惜しそうに月を眺めながら家路についた。
プライベートで色々あって更新止まってしまってました……
先日夢に阿久津が出てきて「おい……まさかこのままじゃあるまいな?」と怒られちゃったのでちょっぴり幸せな雰囲気を。
が、一転、これから少し鬱展開になります。
でも主人公は必ず幸せにするので!!!




