41ーー4年生(10月)
「ダントツだったね〜」
百メートル走が終わり、団席に帰ろうとしていた塔子が声に振り返ると、ニコニコ顔の橘が走り寄ってくる。
「橘!次何か出るのー?」
「妨害玉入れだよ。ラケットで撃ち返してくるよ〜」
「おー、その身長でさらにテニスラケット。かなり邪魔出来そーだね!」
「はは、頑張るよ〜。高瀬も絶好調だね〜」
「この日の為に生きてると言っても過言ではないからね!」
「それはきっと過言だけどね?!」
「あはは!あ、呼ばれてるね!じゃー頑張ってねー!」
アナウンスで集合がかかった橘と別れ、団席に戻ると、一人で座っている阿久津の姿があった。他のクラスの女子に話しかけられて首を横に振っている。
一番端の席に座っている阿久津の右隣の席が空いてるのは橘が今行ってしまったからだろう。メグとエリの姿も見えない。森田も他のクラスメイトと座っているようだ。一瞬迷った塔子だったが、今までの自分なら悩まず隣に座っただろうと思い、真っ直ぐ阿久津の元へ行く。
誰かが近づいていた気配にウンザリした顔を上げた阿久津が塔子を認めて少し目を開く。
「隣イイ?」
笑顔で聞く塔子に、阿久津は返事の代わりに隣に置いていたタオルを取って空けてくれた。
「ありがとー。橘、玉入れ行っちゃったね!橘が帰ってくるまで座らせて!
阿久津は何に出るのー?」
「……借り人競争」
「え?阿久津大丈夫?チョイス間違ってない?」
「……ジャンケンで負けたんだよ」
「あはは!マジか!」
笑う塔子の横で下を向き右手で頭を掻いた阿久津は、手はそのままで顔だけ塔子の方を向き少し考えた後言った。
「……高瀬、一番前の席に座っててくれね?借りに来るわ」
「それは…………イイ選択かもしれない。実は私、足の速さには少し自信があるのよ」
塔子が一瞬考えた後、真面目な顔でウンウン頷く。
「フッ、知ってる」
阿久津は下を向き口角を上げた。
「でも例えばお題が『メガネの人』とかだったら無理だよねー」
「そん時はこうやって走って」
阿久津が両手の指でそれぞれ輪っかを作り目に当てる。
「あはは!嘘でしょ?私それで走るの?あはは!」
お腹を抱えて笑う塔子を見て、阿久津も柔らかく笑う。
「……よっぽどズレたお題じゃなければ借りに来るわ」
「ふふ。分かったよー」
塔子が笑顔で頷くと阿久津はまた頭を掻いて下を向いてしまった。
「阿久津はスウェーデンリレー出ないの?」
「……ウチは毎年五年が出ることになってる。人数足りなかったらその下の学年で補う。今年は足りてるから」
「そーなんだ。タイムで決めるんじゃないんだねー!」
「勝ちに行ってないからな」
「えー、そうか。何持って走るの?」
「竹刀」
「……バトンパス有利じゃない?長いよね?」
「……そこそこ遠くから渡せるな。でも長いから持って走るの邪魔じゃね?」
「そうか、一長一短か。腕振れなそう」
「陸部のバトンが結局一番だろ」
「だね、間違いない。あはは」
塔子が笑ってるとトラックを眺めていた阿久津が塔子を見る。
「……高瀬出るんだろ?」
「うん、三百走るよー」
「三百か、すげーな」
「入学した時から走りたかったんだよねー。念願叶ったから全力で走る」
部活対抗スウェーデンリレーは高等部だけの種目だ。中高合同の部であっても中等部は走れない。この日を心待ちにしていた塔子はワクワクした顔でトラックを見つめている。
「…………応援してるわ」
下を向いてボソッと言った阿久津の言葉に心が温かくなった塔子は満面の笑みで応えた。
「ありがとー!超頑張る!」
「……そろそろ行くわ。高瀬もよろしく。あとコレ持っといて」
借り人競争の集合がかかった阿久津が立ち上がる。手に持っていたタオルを塔子に渡すと背を向ける。
「あ、了解。一番下に座ってるね。阿久津頑張って!」
塔子が声をかけると阿久津はチラッと振り向き、軽く頷くと降りて行く。その阿久津に向かって他のクラスの女子や先輩たちが声をかけている。その声に阿久津は応えることなく早足で立ち去って行った。
借り人競争が始まった。玉入れが終わった橘と一緒に一番下の端に座って阿久津の出番を待つ。
「橘もはやズルじゃなかった?」
「いやでもあの緑団のでっかいラケットの方がズルだったよね。あれ何のラケットなんだろ?オモチャかな?とにかくデカくて笑ったよ〜」
「あれすごかったねー!でもちょっと重いのか動きは緩慢だったよー」
「あはは〜、ダメじゃん」
妨害玉入れは邪魔するアイテムは好きな物で良いのでなかなか玉が入らず数えるのが楽な種目だ。橘は背の高さを活かしてかなりの活躍だった
「あ、あの人も借り人競争出るんだね〜」
橘の声にスタートラインに目をやると真山が居た。
「ホントだー。真山赤団か。敵だな」
塔子は真山の頭に巻かれたハチマキを見て言う。
「あの人きっと高瀬のトコ来るよ〜」
「え?そんなのお題によるでしょーよ」
「う〜ん……」
果たして、橘の予想通り、お題を確認した真山は真っ直ぐ塔子のところへ走ってきた。
「高瀬!!」
塔子の腕を掴んで走り出す。
「ちょ、真山、赤団から選ぶもんじゃないの?」
「うるせ、高瀬手ぇ抜くな。負けんぞ」
その言葉は負けず嫌いな塔子に火をつけ、塔子は真山を抜き去る勢いでゴールした。
一位の旗の横で真山が爆笑している。
「高瀬、お前負けず嫌い過ぎんだろ!ウケる!」
「ぐっ……ねぇお題何だったの?」
ゴールした後、真山は審判にお題が書かれた紙を渡していた。審判はそれを確認した後、塔子を見て真山に頷き、一位の旗を指差していた。
「知りたい?どうしてもって言うんだったら……」
「あ!ゴメン!後でイイや!私戻んないとっ!阿久津の順番になっちゃう!」
「はっ?!ちょっと待て……」
引き留めようとする真山を無視して塔子はダッシュで橘の隣に戻る。
「はぁ……はぁ……間に合った?」
スタート付近を確認するとちょうど阿久津の順番が来たところのようだ。
「ギリギリだった……」
「……阿久津を応援したかったの?」
橘が少し驚いているような顔で塔子に聞く。
「あ、うん、借りに来るかもって言ってたからー。居ないと」
「……そうなんだ〜」
「橘も心の準備しといた方がイイよ!私たちに出来ることならきっとコッチ来るから」
目を丸くしている橘に塔子は頷く。
走り出した阿久津を見て、塔子は少し意外に思った。
「あれ?阿久津速くない?」
「え?阿久津足速いよ?知らなかったの?」
「イメージなかったわー。あ、お題何だろ?」
「……高瀬ってホント見てないよね〜」
「うん?何か言った?」
「ううん〜」
阿久津はお題を確認するとチラッと塔子を見た。そして本部テントの方に走って行くとキョロキョロと誰かを探している。
「コッチには来なそうだねー」
「あ、校長先生だったみたいだね〜。あれは僕たちには対応できないね〜」
「ホントだー、残念」
隣で首を傾げている橘の様子に気付くことなく、塔子は校長先生と一緒にゴールする阿久津を見ていた。自分の出番を今か今かと心待ちにしていたらしき校長先生はやる気満々で、阿久津は見事一位でゴールした。
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「高瀬、気合だよ!」
「はいっ!気合ですっ!」
「秋もな。トップ獲るぞ」
「うす」
いよいよ塔子お待ちかねのスウェーデンリレーだ。
第一走は女バス五年の橋本、第二走は秋、第三走が塔子、そして第四走は男バスのキャプテン、五年の石塚だ。六年はもう引退している為、この種目に出ることはない。その代わりトラックの周りに陣取りプレッシャーをかけてくる。
「ボールは投げんなよ。持ったまま横走り抜けろ。貰う方が奪い取る感じで。取られやすくはしとけな」
「「はい」」
「あとドリブルしないよーに。どーしても突きたくなっちまうけど我慢な」
「あはは。なんかトラベ取られそうな気がしちゃうんだよね〜」
石塚の言葉に橋本が笑う。塔子もその気持ちが分かり過ぎて笑ってしまう。バスケはボールを持って走ることがまず無い。
それから少しボールの受け渡しを練習して集合場所へ向かった。
塔子たちバスケ部と競うのは、野球部&ソフト部混合、男女サッカー部、男女バレー部、男女バドミントン部、陸上部だ。割とガチ目運動部で組まれている。野球・サッカー・バレー・バスケはボール、バドミントンはラケット、陸上部は普通のバトンを持って走る。
塔子たちは四人で円陣を組んだ。
「いいか、必ず勝つぞ」
「うん!」「うす」「はい!」
そして石塚の掛け声に合わせて気合を入れる。
「ファイトーーー!!!」
「「「オー!!!」」」
塔子たちはそれぞれのスタート位置に散った。
『位置についてーー、よーい……』
パーン!!!
ピストルの音が鳴ったと同時に第一走者たちは飛び出した。
バスケ部はくじ引きの結果第四レーンを走っている。第一走者と第二走者はセパレートコース、塔子が走る第三走者からオープンコースとなり内側に入って行けるようになる。
橋本も速かったが、いかんせんボールが持ちにくい。トップで第二走者にバトンを渡したのは陸上部だった。さらに陸上部はバトンパスが上手く、そこの数メートルでさらに差を広げた。次に速かったのがソフト部だ。やはりボールが小さいのでしっかり腕が振れるのがイイのかもしれない。三番目はサッカー部、バスケ部は四位で第二走者にバトンを渡した。
第二走者の秋は残り百メートルくらいの地点でサッカー部を抜いた。野球部とは少し差を縮めたものの届かず、さらに陸上部にも縮めた差をまたバトンパスで広げられ、三位で塔子に託した。
「塔子ーーー!!!」
「高瀬行けーーー!!!」
塔子の耳に声援が届く。アドレナリンがガンガンに出て自然と笑顔になる。ソフト部の先輩の背中が一気に近くなり、あっという間に抜き去る。
――あと一人。
陸上部の先輩の背中が見える。
――三百メートルあって良かった。まだイケる。
塔子は徐々に差を縮めていく。左手に抱えたボールが邪魔で走りづらい。気を抜くと落としてしまいそうだ。日頃全力で走る距離ではないからか、肺が苦しくなってくる。脚ももつれそうだ。しかし力尽きるのは走り切った後でいい。塔子にはもう声援は聞こえていない、ただあの背中を追い越すだけだ。
――捉えた
陸上部に並んだのはバトンパス直前だった。スムーズな陸上部にまた少し差をつけられ、石塚が走り出す。
「石塚ーーー!!!」
「石塚先輩ーーー!!!」
ボールを託した後転がるように地面に仰向けになった塔子の耳に、また声援が届き出す。まだ息が整わないが、ゆっくり上半身を起こした塔子は、そのままの状態で石塚を見守る。
残り二百メートル。石塚は直線で並ぶも、カーブで抜けずにまた少し差をつけられる。塔子は立ち上がりゴールに向かう。ゴールの周りには橋本と秋の姿もある。塔子がフラフラと橋本の隣に並んだ時、石塚がゴールテープに倒れ込んだ。
僅差だった。しかしおそらく勝ったのではないか?塔子は隣の橋本と手を握り合ってアナウンスを待つ。
『…………ただいまのレース、一位、バスケ部!!!』
「「「「「うぉーーー!!!」」」」」
雄叫びと共に多くの人間がぶつかってくる。あらゆる方向からバスケ部が突進してくる。橋本と秋と共に揉みくちゃにされながら塔子も喜びを爆発させていると起き上がった石塚がニヤリとした顔で手を広げながら歩いてきた。改めて四人で円陣を組むと、その周りで部員がさらに円陣を組む。
「バスケ部ーーー!!!」
「「「「「オーーー!!!」」」」」
石塚の掛け声に合わせてバスケ部が声を揃える。勝利の雄叫びを上げられるのは一位の特権だ。
「塔子っ!!」
早紀が抱きついてくる。
「超カッコ良かった!!」
そう言ってくれる早紀と抱き合っていたら横から秋が割り込んでくる。
「オレは?」
「秋も超カッコ良かったよ!」
「秋ー!高瀬ー!」
真山も横から突進してくる。後はもう揉みくちゃだ。
そのまままた部員が入り乱れ、皆んなで喜びを分かち合った。




