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40ーー4年生(10月)




「よしっ」

 塔子はいつもより少し高い位置で髪を結び、いつもより少し緊張しながら家を出た。


 今日は待ちに待った体育祭。比喩では無く、塔子が一番好きな学校行事と言っても過言では無い行事だ。色々な事を横に置いて、とにかく全力を尽くしたいと思っている。思っているのだが……

 


――昨日は本当にビックリした……



 塔子は昨日からずっと、事あるごとに阿久津のことを思い出してはムズムズする、という事を繰り返している。

 

 理科室から帰る際、塔子はトイレに寄る為に阿久津とは別れ一人遅れて団席に行ったのだが、空いてる席に座ろうとする際も視界に阿久津が飛び込んできてどの席を選べばイイのか分からなくなってしまったし、花火が上がった際も阿久津がどんな表情で見ているのかが気になって仕方なかった。



――私とんでもなく動揺してる……



 忘れよう。とにかく、今日は走る。塔子はその事だけを考えて競技に集中することにした。





――――――――――――――――




 塔子が出る種目は百メートル走、部活対抗スウェーデンリレー、団対抗代表リレーの三種目だ。

 塔子は陸上競技のような種目しか選んでいないが、各団の応援団による応援合戦だったり、団合同の創作ダンスなどの種目もある。そのような種目を選んでいる女の子たちは髪の毛を複雑に編み込み、メイクもバッチリ派手にキメている子などもいて、体育祭の雰囲気はとても華やかだ。中には早朝から美容院でセットしてくる子たちも居る程だ。

 

 メグとエリも創作ダンスに出る為に可愛く着飾っている。その姿を見て塔子が感嘆の声を上げる。

「ふぁー可愛いねー!髪の毛とか誰にして貰ったのー?」

「朝早く来てお互いにやり合ったんだよ〜」

「さすがに応援団とかじゃないからプロには行かないよねー」

「塔子ちゃんもダンスやれば良かったのに〜」

「いや、私周りからダンスはやめとけって止められるのよ」

「え、塔子ってそんな感じ?」

「私踊るとなんか微妙に変なんだって。言われる」

「あはは!見たいけど〜」

「……私はとにかく走るよ。本気で走る!」

 ガッツポーズで気合いを入れる塔子を嫌そうな顔でメグが見る。

「塔子ってマジで暑苦しいよねー」

「ヒドイ!」

 そんな会話をしながら団席に向かう。

 


 塔子たちのクラスは青団。六学年を縦割りで六つに分け、赤・青・黄・緑・白・紫の六色が割り当てられており、それぞれ団席が設置されている。青団の生徒は青の団席であればどこに座っても良いことになっている。ただ何となく、一番上から一年、二年……というように学年が上がるごとに下の方に座るという暗黙の了解がある。また、一番前の列だけは常に開けてあり、自分の学年の応援をする時などは前列に座って応援して良いことになっている。

 塔子たちは団席を見渡し、クラスの子たちが固まって座っているところに向かう。



ーーホラ、すぐ目に飛び込んでくるー。



 塔子はこの大勢の中から阿久津の姿を見付けてしまった自分に驚く。


ーー昨日の今日だからなー。そしてこれがリョウちゃんの言う『セット効果』ってヤツか。



 昨日、家に帰ってきた塔子を見るなり、姉の涼子は何かあったことを敏感に感じ取ったらしい。ニヤニヤしながら塔子に事のあらましを白状させた涼子は三姉妹で一番綺麗だと評される顔を輝かせて言った。


「明日の体育祭、遊びに行くわ!可愛い妹の応援に!」

「え、リョウちゃん来るの?!一人で?」

「うーん、ルカ誘ってみるかなー。ソウちゃん誘ってみてもイイなー。とにかく遊び行く!」


 ルカとは涼子の付き合っているフランス人の彼、ソウちゃんは高瀬三姉妹の長女、蒼子のことだ。


「えー、ルカ来ると目立ちそうだよねー」

「そうだよね。やめとくか。帽子とサングラスで連れてくか。まー考えとくわ。とにかくその男の子見たい!」

「やめてよー。見せ物じゃないんだからー」

「ふふふ。見せ物なんて思ってないよ。バスケと音楽にしか興味ない塔子を動揺させてる子、見たいじゃん。姉としては。

 アンタね、きっと明日からちょっと世界が変わって見えるんだよ」

「ん?どーゆーこと?」

 キョトンと聞き返す塔子に、綺麗な顔にワクワクした感情を乗せて涼子は言う。

「『セット効果』って知ってる?例えば車の免許を取る為に教習所に通い出すと、今までそこにあったのに全く目に入ってなかった道路標識とかが目に飛び込んでくるようになることを言うんだけどさ。

 つまりね、今まで塔子にとってただの?ちょっと?仲良いクラスメイトでしかなかったその子が、今日気持ちを知ったことで目に入ってくるようになるのよ。

 その子、付き合って欲しいとか言わなかったんでしょ?ただ伝えたかっただけ、って言ったんでしょ?ふふ、やるよねー、塔子のことよく分かってる」

 塔子は涼子が言っていることがイマイチ理解出来ない。首を傾げている塔子になおも涼子は続ける。

「塔子、今まで告白なんて何度もされたことあっても、そんなに響いたことなかったでしょ?少なくともその子は塔子に動揺を与えることが出来るところまでは来てるのよ。

 ふふ、明日からアンタの視界は変わるよ。楽しみだねー」

 

 

 そう言って楽しそうに笑う姉の笑顔を思い出しながら阿久津を見つめる塔子。


 

ーーホント見事に。リョウちゃんの言う通り。阿久津が目に入ってくるわー。まー気にはなるよねー。



 そんな塔子の視線に気付いたのか、阿久津がふとこっちを見た。塔子は目が合った阿久津にニコッと笑って軽く手を振った。


 塔子は決めていた。朝から緊張しながらも、今まで通り普通に接しようと心に決めていた。阿久津からは何かを求められたワケではない。塔子自身、阿久津のことは好きだ。誰かと比べて特別な感情があるのかどうかは全然分からないのだが、あの人馴れしていない黒猫に少し近づけるようになった今の状況を好ましく思っていることは事実だ。だから、阿久津が許してくれる限り、今までの距離感を保っていきたい。


 手を振った塔子に少し驚いた様子の阿久津だったが、すぐに柔らかい顔になり小さく頷いたように見えた。



ーーうん、これでイイ。



 塔子は笑顔で阿久津から目を切って、メグとエリを追った。メグは阿久津と橘が座っている近くに行きたそうだったが、その二人の前後左右・その周りも既に埋まっていた。仕方なく座ったメグの隣に塔子も腰を下ろし、今日のパンフレットを広げ自分の出番を確認することにした。



  

 塔子の最初の出番は百メートル走だ。四年女子のレースは六人で走る全十レース、一クラスから六人出る。塔子は八レース目だ。

 ハッキリ言って塔子に敵はいない。塔子と同じレースになった子はお気の毒と言われるのだろう。故に塔子の心は既に午前の部の最後、部活対抗スウェーデンリレーと午後の部の最後、団対抗代表リレーに占められている。


 部活対抗のスウェーデンリレーとは、第一走者が百メートル、第二走者が二百メートル、第三走者が三百メートル、第四走者が四百メートルを走る、総距離千メートルのリレーだ。部活対抗なので、それぞれその部にちなんだ物をバトンとして持って走る。バスケ部はバスケットボールがバトンだ。バスケットボールは大きく、持って走りづらい。さらに落としてしまった時に転がっていってしまうので注意が必要だ。去年の先輩たちのレースでは三走から四走に渡す時に落としたボールを蹴ってしまい、その時点で一位でのバトンパスだったにも関わらず、最下位のゴールとなってしまっていた。

 また片瀬学園は比較的大規模である為、男女ある部活は混合チームにすることになっている。男女混合チームは第一走者と第三走者が女子、第二走者と第四走者が男子と決まっており、塔子は第三走者、三百メートルを走る予定だ。ちなみに塔子の前を走る第二走者は秋だ。早紀が最前列で応援してくれるだろう。


 そして団対抗代表リレーとはその名の通り各団の代表で競うリレーだ。各クラス男女一人ずつの総勢二十人で繋ぐリレーで体育祭最後の大トリを務める最高潮に盛り上がる種目だ。クラスで一番早い男女がエントリーしてくる。当然塔子も選ばれた。クラスもう一人の男子は陸上部の短距離を専門にしている篠田だ。その篠田と一緒にここ数日は部活前に代表で集まってバトンパスの練習を中心に仕上げてきたつもりだ。



ーー負けたくない。



 トラックを眺めながら気持ちを新たにする塔子は百メートル走に出るために席を立ち、集合場所へと向かった。


 

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