26ーー4年生(8月)
「死にかけた……」
「私数回死んだ気がするよ……」
橘と塔子がベンチでグッタリしている。
「何回か叫んでたね〜。僕その高瀬の声で何回か死んだ気がするよ……」
「う……ゴメンね。でもそれを慮る余裕は無かったよ。全ての罠が私に来なかった?」
「そうかも……よくゴールまで到達出来たね?」
「黒猫に救ってもらったよ」
「妖精の次は黒猫なんだね〜」
「この世はファンタジーだねー」
「大丈夫か?」
顔を上げると森田が心配そうにこっちを覗き込んでいる。
「あ、ファンタジーな話をしてたから叩き潰しに来たな……」
塔子がジト目で言うと呆れた顔の森田が首を振った。
「流石に今はそんなこと言わない。二人とも苦手なのに頑張ったな。何か飲む?俺買ってくるけど」
「……森田が優しいぃぃぃ」
「森田ぁ……僕ミネラルウォーターか、無かったらお茶がイイ〜」
「私もお茶がイイなー。紅茶じゃなくって日本茶でお願いします」
「分かった。ちょっと待ってて」
森田は飲み物を売っているお店を探しに行ってくれた。
「エリが強かったのが意外だったんだけど……」
塔子は顔を上げてエリを見る。
「え〜、そう?私あういうの全然平気なんだ〜。ジェットコースターとかも大好き〜!」
「げ……マジか。僕そっち系もダメだ〜」
「私も……ウチさー、真ん中の姉がイタズラっ子でさー、私が乗れるようになってすぐに大の大人も怖がるジェットコースターに『これ超余裕だよ!デビューにピッタリ!』なんて騙されて乗せられてさ……降りてから吐いたのがもうトラウマ。しかも本人は乗らなかったしね。さらにお化け屋敷もその姉に中で置いて行かれてからトラウマ。改めてリョウちゃんとんでもないなー」
「すごいな……リョウちゃんってその真ん中のお姉さんのこと?乗ってる最中に吐かなくて良かったね……」
「そう、その姉。ホントだ……そうなってたら周りの人にもトラウマを量産してたんじゃ……」
「笑えないね……でも良かった、高瀬がいるから強がんなくていいや〜」
「あはは!ダメなものはダメって言いたいよね。言っていいんだよー」
「うん、そうだよね〜。そして好きなものも好きって言っていいと思うよ〜」
「うん?そうだね?」
塔子がキョトンとした顔で返すと橘は優しく笑って続けた。
「だから高瀬、ストラックアウトやったってイイんだよ〜」
塔子は思わず固まってしまった。
「…………そうだね。お好み焼きも食べよー!」
「ゴメンって!」
「あはは!」
お化け屋敷はとても怖かったけど、阿久津の手と森田の気遣いと橘の優しさのお陰で温かい気持ちになれた塔子だった。
「ありがとー!」
森田に代金を手渡しお茶を飲む。
「よし、復活!ゴメンね、お待たせ!もう行けるー!」
「僕も〜」
「次は巨大迷路だよね?」
塔子がメグに確認する。
「……行けんの?」
メグに聞かれた塔子は両手で握り拳を作って気合いを入れる。
「行ける!迷路は怖くない!」
その塔子に森田が提案する。
「高瀬、誰が一番最初にゴール出来るか勝負する?」
「えっと……」
塔子が返答に迷ってるとメグが高めのテンションで言う。
「イイね!ペアで勝負しようよ!」
「ペア??」
「そうそう!男女でペア作って勝負しよ!塔子も好きでしょ、勝負」
塔子は別にペアじゃなくてもイイと思うのだが、どう答えるのが正解なのか分からなくなってしまい、瞬発力ある返答が出来なくなってしまっている。
「……個人戦でやろーぜ」
塔子が返答に詰まっていたら、珍しく阿久津が自分の意見を言った。
「そ〜だね〜、僕も個人戦に賛成〜。皆んなバラバラに行ってみよ!」
それに橘も乗り、森田も頷いている。
「えー!」
メグは不服そうだが受付の方に歩き始めてしまった男子三人を止める勇気は無さそうだ。
「……メグちゃん、行こ!」
エリに手を引かれ、仕方なく歩き出す。塔子も二人の後を追って巨大迷路へと足を踏み入れた。
ここの巨大迷路、今年のテーマは『スピノザ』。十七世紀オランダの哲学者であったスピノザが分類した四十八種類の感情、それがこの巨大迷路のあらゆる所に貼ってある。スタートには『欲望』と書かれたポスターが、ゴールには『喜び』が貼ってあるのだ。特にそんなに凝ってる訳ではないが、二叉路の一方を選んで行った先の行き止まりに『後悔』と貼ってあったり、長々と続いた一本道の先の行き止まりに『落胆』と貼ってあったりする。お遊び程度のものだ。
さっそく塔子はゴールを目指して進み出した。もう既にクラスメイト誰の姿も見えない。
――とりあえずコッチに進んでみよう!
塔子は自分の直感を頼りに歩き出した。
――あ、行き止まり!『競争心』かー。なんか微妙にヘコむなぁ。
――あーまた行き止まり!次は『恐怖』だって!何か落ちてくるとかじゃないよね?!
塔子は思わず上を見ながらまた歩き出す。
――あ、階段。上がってみよー。
上がった先には三メートル程の橋があり、迷路がある程度上から見られるようになっている。そして真ん中に『安堵』と貼ってある。
――うん、確かにちょっと安堵。ずっと迷路の中だと圧迫感があるもんなー。
上から知ってる顔を探してみるが見当たらない。メグの青緑色の浴衣やエリのオレンジ色の帯も見つけられない。とりあえずの当たりを付けて反対側に降りてみる。
――今度は『恐慌』かー。なんかさっきからビビってばっかりだなー。私よっぽどお化け屋敷が怖かったのかなー。怖かったけど。
――……どうしよう。全然辿り着かない。ゴールどこ?さっきから『好意』と『美味欲』ばっかり見てる気がするけど、もしかして同じトコ行ったり来たりしてる?!
――あ、新しい。『鄭重』だって。どう言う意味?調べてみよ……げ!スマホ電池切れてるーーー!
――…………そう言えばわたしそこそこ方向音痴だった………………
塔子は途方に暮れた。
――――――――――――――――
「コッシー!高瀬居た?」
同じバスケ部の板野たちに呼ばれて越野は振り返った。
「いや、居ねー」
「ホントにさっき見たのかよ?」
「ホントだって!……あ、さっき高瀬と一緒に居た子たちじゃねーかな、アレ」
越野が指差した先にはメグとエリ、そして少し離れた所に阿久津と橘と森田が居た。
「あのー」
越野たちバスケ部のメンバーはメグとエリに近づいて声をかける。
「さっき高瀬と一緒に居た?違ったらすみません」
「あ、バスケ部の?居たよー」
メグが然程高くもないテンションで答える。
「あ、やっぱり。高瀬ってどこに居る?もしかしてもう帰った?メール既読になんないんだよねー」
越野に聞かれたメグは怠そうに指をさす。
「多分あの迷路の中。誰が先に出てくるかの勝負をしてたんだけど、塔子全然出てこないんだよねー。電話も鳴らないし。私たちもどーしよーかなって思ってたトコ」
「「「「「えっ?!あの巨大迷路?!」」」」」
メグの言葉にそこに居た男バス全員が驚きの声を上げる。
「えっと、それって高瀬一人で入ったの?」
「そうだけど……」
あまりに越野たちが驚くのでメグも何だか不安になる。
「マジかよ、高瀬ー。どーする?」
「誰が行く?」
「いっそのこと皆んなで行く?」
「また入んの?また金かかるかな?」
「誰か中に居んじゃね?」
「秋たち居たら一番イイよな」
「電話してみっか」
「あ、じゃ俺秋に電話するわ」
「ね〜どうしたの?何かダメだったの?」
エリが不安そうな顔で越野たちに話しかける。すると越野たち男バスの面々は顔を見合わせてハモった。
「「「「「高瀬、方向音痴なんだよ」」」」」
「あれ呪いのレベルだから」
「絶対一人じゃ出て来れねーよ」
「確実に正しい道を選べないんだよ」
「去年もココで同じこと起こったから」
「そ、そんなに……?」
エリはちょっと信じられないようだ。
「高瀬、前に学校からいつもと違う道で帰ろう!って試みて、自転車で二時間走ってまた学校着いたって言ってたよ。しかも正門から出て裏門に到着したらしい」
「怖ぇー、何で途中で知ってる道に出会わないんだろ」
「だから呪われてるんだって」
「まーでもこの中に居る限り、絶対この中には居るんだよな。ある意味安全じゃね?」
「…………でもさ、今年の迷路ヤバいトコなかった?ちょっとやそっとじゃ人が来なそうなトコに『情欲』って貼ってあってさ。カップルでココ来たら何すんだよ、みたいな。高瀬襲われたりしてねーよな?」
「……アイツ異様に足早ぇーから逃げれんじゃね?」
「……迷路で?浴衣来て?」
「しかも浴衣クッソ可愛かったぞ……」
「……ヤバいかな?」
「おい、秋は?」
「もうとっくに迷路出たって……高瀬は見てないらしい」
「………………」
越野たちの話を聞いて阿久津たち三人が動こうとしたその時。
「あ、高瀬!」
越野の声に皆んな一斉に出口を向くと、そこには疲れ果てた塔子の姿があった。そしてその隣には真山の姿が。
「あ、真山じゃん!」
「アイツが居たか!」
「いやでもアイツ一人じゃ無かったよな?」
「あ、真山中に戻ってった。ってことは中に山本さんが居るんじゃね?なのに高瀬送ってきたのか?山本さん大丈夫かな?」
「ま、とにかく高瀬無事で良かったんじゃねーの?」
越野たち男バスの面々は塔子の無事にホッと胸を撫で下ろした。
――――――――――――――――
「や、やっと出られた……」
塔子はゴールまで送ってくれた真山にお礼を言った後、キョロキョロと皆んなを探す。すると、まず20メートル程先にある噴水の淵に座っているメグを見つけた。そしてその周りにコッチに駆け寄ってくる橘たちの姿があった。
「高瀬、大丈夫だった?!」
橘が心配そうに駆け寄ってきてくれる。
「あ、私やっぱり最後だった?皆んな早いねー」
「いや、そんなレベルじゃないからね?かなり待ったし心配したよ〜」
「高瀬、相当レベルの方向音痴らしいな?そう言うのは言っておいてくれないと」
森田の言葉に塔子は笑う。
「あはは!そんな言い過ぎだよー!人よりちょっと方向音痴なだけだよー」
「「「絶対違う!」」」
橘と森田とエリの声がハモる。
「これ飲んどけ」
三人のハモリに納得いって無さそうな塔子に阿久津がミネラルウォーターを渡してくれる。
「ありがとうー!喉乾き過ぎてフラフラしてたわ」
塔子が受け取った水をゴクゴク飲んでいると越野たちが駆けつけてきた。
「高瀬、一人で巨大迷路入ったって?無謀なことに挑戦すんなよー、ってか女子だけで来たんじゃなかったのか。意外だな」
越野が阿久津たちを見て驚いた顔をしている。
「中で真山に会ったの?」
板野が聞いてくる。
「無謀って……うん、会ったよー。ちょっとだけ途方に暮れてたら壁の上から降ってきた」
「は?アイツ壁よじ登ってきたの?」
「うん、橋の上から見つけてくれたみたい。絶対ゴール出来ないだろって言われた」
「真山すげー」
「でも良く高瀬って分かったな。浴衣とか雰囲気変わってね?」
「……だな。とにかく真山すげーな、ヒーローかよ」
男バスの面々は若干真山に引いている。
「ま、とにかく無事で良かったよ」
真面目な顔で言う越野を見て塔子は首を傾げる。
「……あれ?私心配かけた?」
「まーな。探しに行こうかと思うくらいには」
越野たちは顔を見合わせて頷き合う。
「うわーゴメン!」
「いやいや。ってかゴメン、俺たちも邪魔して。
あ、そだ。高瀬、帰る前に写真撮ろーぜ。俺たちストラックアウトのトコに居るから暇になったら来てよ」
「あ、さっき電話で秋たちも後でそこに来るって言ってたよ」
「秋ってことは早紀も来るの?分かった、後で顔出すー!」
塔子は満面の笑みで頷き、越野たちに手を振って別れる。
「ってことは皆んなにもすごく心配させちゃったんだね?ゴメン!!」
塔子は橘たちに向かって勢いよく頭を下げる。
「いやいや、僕たちも高瀬の意見聞かずに迷路入っちゃったしね〜。ゴメンね?」
「高瀬、電話は?鳴らなかったんだけど」
森田に聞かれて塔子はスマホを取り出す。
「あ!それがさー、私も中で言葉の意味調べようとした時に気付いたんだけど、電池切れちゃってて……
メチャクチャ熱くなってたから、もしかしたら写真撮ろうとした時そのままの画面で放置しちゃってたのかも。ゴメーン」
「高瀬のポンコツ炸裂してるな」
「今日初めての毒霧だな?」
「いや、今は反省してくれ」
「すみません」
塔子は素直に頭を下げる。
「メグもエリもホントにごめんねー」
「大丈夫だよ〜、無事で良かったよ」
「…………」
エリは笑顔で返してくれたがメグは下を向いていて表情が分からない。塔子はかいた汗が急に冷えてきた気がして身震いがした。
「今何時になったー?段々暗くなってきたねー。これからどーする?」
顔を上げたメグに言われて塔子も周りを見渡す。そう言えば随分陽も落ちてきたようだ。
「19時から花火が上がるみたいだよ?そんなに大袈裟なものじゃないけど」
塔子が言うとメグが途端に元気になった。
「マジ?どこで?」
「あっちのお堀の向こうの立ち入り禁止のトコで上げるのかな?この公園の中に居たらどこからでも見られると思うよ!」
塔子がお堀の方向を指差す横で、阿久津が腕時計で時間を確認している。
「……あと30分か」
「どこか座れるトコとか探してみる〜?」
橘の提案に皆んなキョロキョロと場所を探し出す。塔子もさっきのベンチのような場所が無いか歩いて探そうとした時、突然腕を掴まれた。
「高瀬」
「っ!ビックリした……真山!さっきはありがとう!山本さん大丈夫だった?あれ?山本さんは?」
塔子は突然現れた真山に驚きつつ、真山の後ろに山本さんの姿を探す。
「あぁ、トイレ行ってる。
…………クラスの子たちと来たって言ってなかった?」
真山は何故か阿久津たちを怪訝な顔で見てる。
「うん?そうだけど?」
「……ふーん。
……秋たちと会った?」
「まだ会えてないんだよねー。なんか後でストラックアウトのトコに居るって言ってたよ。あと越野たちとは会ったよー」
「アイツらも来てんのか。もうすぐ花火だろ?どこで見んの?」
「今場所探してるトコー。真山も山本さんの為に良い場所探さないと!ってことでじゃーね!」
塔子はヒラヒラと手を振り背を向け歩き出す。
「あ、待って高瀬」
カシャッ!!
真山は手に持ってたスマホで振り返った塔子の写真を撮った。
「あーーー!ちょっとやめてよ!」
「待ち受けにしとくわ」
笑顔の真山は撮った写真を見て、スマホをしまう。
「ちょっと冗談でもやめてー!」
「あ、お前の好きな広島風お好み焼きの店あったぜ」
「え?どこ?」
「アッチの方」
真山が指差した方向はまだ塔子たちが行っていない場所だった。
「あっちかー、まだ行ってなかったや」
「はは!
後でストラックアウトのトコ行くんだろ?じゃな、後でな」
真山は手を挙げてスタスタと去っていった。
「げ、写真……後で消してもらお」
苦々しい顔で真山の背中を見ている塔子の後ろでは橘たちが二人のやり取りを見ていた。
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