21ーー4年生(7月)
「ま〜ま〜!って事で、高瀬は進んでる〜?翻訳」
場を取りなすように橘が聞いてくれる。
「うーん……きっと今日進行状況確認すると思って昨日夜中まで頑張ってきたんだけど、なんか最後の方眠くて朦朧としててさー。ちょっと今から見直すー」
「あ、じゃー僕がチェックしようか?」
ニコニコと手を出してくる橘に、塔子は自分のタブレットを手渡す。
「イイのー?ありがとう!安心だわ。
こっちが日本語でまとめた方で、こっちがそれを英訳したヤツ。ありがとう、よろしくね!」
「オッケーだよ〜」
そんな塔子と橘を見ながら、森田は自分の課題を阿久津に差し出す。
「阿久津、俺の頼んでも良い?」
阿久津は頷くと、さっそく森田から受け取ったタブレットをサーッと見ていく。
「和田も石田も二人にチェックしてもらうなら、あと数回しかチャンス無いんじゃないか?」
「えー、マジ?!」
「だって夏休みまであと何回ある?この授業」
「うわ〜ん、ヤバい!」
メグとエリは途端に焦り出したようだ。実はこの授業、夏休み明けにも一ヶ月はあるのだが、今の時点で二人を焦らせるのは森田の優しさなのか、それとも危機管理なのか。とにかく森田に班長をお願いして正解だったと思う塔子だった。
――眠い……
昨夜遅くまで課題に取り掛かっていた塔子は眠くて仕方がない。橘にチェックしてもらっている間、手持ち無沙汰なせいか、途端に眠気が襲ってきた。
――でも見てもらってるのにウトウトするなんて感じ悪いよね………………
「……瀬、高瀬?お〜い、寝てるの〜?」
「っ!!ゴメン!!」
「いや〜寝ちゃうのはまぁイイんだけど……内容が……」
「え?どっか間違ってる?どこも間違ってる?」
「すっごく怖い!!」
「へ?」
「何なのマジで、これ。最初の方はまぁまぁ良く出来てるんだけどラストめっちゃ怖い。何故か剣士が竹刀じゃなくてナイフ持ってるし、残心の説明の後、この剣士が立ってる場所が恐怖なんだけど。sweet blood poolって何?甘美な血溜まりとでも言うの?甘美な血溜まりの上でナイフ持って立っている剣士、恐怖でしかないんだけど!」
「「怖っ!!」」
橘の言葉にメグとエリが反応する。森田は身を引いて怪訝な顔で塔子を見ている。
「僕何を読まされてるの〜?ホラーとか嫌いなんだけど〜」
塔子はまだ働かない頭を傾げて目を瞬かせる。
「……何それ?」
「いや、それ僕のセリフだから〜」
とりあえず内容を確認しようと橘の手元にあるタブレットに塔子が手を伸ばすと、その横から阿久津がサッと持っていってしまった。
「…………………………」
無言で読む阿久津の眉間に皺が寄る。
「……怖ぇ」
阿久津から課題を受け取りながら塔子は感心する。
「うわー、読むスピード早いねー」
「ポイントそこじゃないから〜」
塔子は毎日何かしら洋書を読むことにしているのだが、内容に興味がない物だとどうしても飽きてしまう。その点、ミステリーやサスペンス物だと続きが気になり読み進める力に繋がるので最近はそのジャンルを選ぶことが増えている。
昨日は最近読んでいたミステリーのクライマックスの部分で、犯人が誰なのかワクワクと読み進め、涙あり、大どんでん返しありのラストに心踊らせながら読み終えた。そしてその余韻を引きずりながら課題に取り組んだのだ……寝ぼけながら。
「そーんなワケで、その洋書の内容がチラリズムしてるのかもしれません。えへ」
「えへって何だ、えへって」
「内容はとんでもないのに意味が通じてるのがさらに怖いんだよ〜」
「すごいな、私。センスを感じる」
「……どんな本なんだ?」
「お!阿久津興味ある?!
いやーてっきり職場の先輩が犯人だと思ってたんだけどまさか近所の優しいお兄ちゃんが……あの血溜まりに佇んで幸せそうに笑う姿は倒錯的で何とも……でも結局最後にはそのお兄ちゃんも死……」
「おい、ちょっと待て。全部言う気か?」
「あ、読む?貸そうか!」
「…………読む」
「明日持ってくるねー!」
「えぇ〜、今のあらすじだかネタバレだか聞いて読む気になる〜?阿久津も物好きだな〜」
「ふふーん、橘は読まない?」
「僕ミステリーとかはちょっと……しかも今全部言っちゃってなかった?もう面白さ無くない?」
「まーまー!
……とりあえずこの剣士を救おうかな?」
「そうだな、一刻も早くその血溜まりから引っ張り上げろ。そこ高瀬の個人見解じゃないからな。俺たちまで被害が及んでる」
「ナイフも竹刀にちゃんと持ち替えさせてね〜、塔子ちゃん」
「塔子信じらんない。とりあえず橘に確認してもらって良かったね」
「確かに。このまま出してたらと思うとゾッとするな」
「ゴ、ゴメンて。次から気を付けるのでその辺で許してー」
自分の課題の驚きの内容に眠気が飛んだ塔子は、残りの時間全部、血塗れの剣士を救うことに費やした。
――――――――――――――――
六限目終了のチャイムが鳴り、アクティブラーニングの時間が終わった。あとはホームルームを残すのみだ。塔子が片付けを終えて自分の席に戻ろうとした時、誰かに肩をグイッと掴まれた。
「おい、高瀬!コレじゃね?」
驚いて振り向くと、先程メグとの会話に名前が上がっていた真山健だった。
「びっっっくりしたぁ……」
「ゴメンゴメン。コレだろ?」
真山はそう言って塔子の前に出した手を広げてみせた。その手の上には三毛猫のキーホルダーが付いた小さな鍵が。
「あー!コレコレ!お帰りアン先生!」
「コッシーが持ってた」
「越野が?何で?」
「昨日トイレから出てきた高瀬が落としたのを拾って、帰る時渡そうと思ってたんだって。でもアイツすっかり忘れてて先に帰ったんだよ」
「えー」
「で、さっき高瀬が無くしたチャリの鍵探してるーって話したらヤッベ!ってなってた」
「もー……越野には色々言いたい気もするけど拾ってくれてたんだよね。まーイイや。ありがとって言っといて」
「おー」
「ってか何で真山が返しにきてくれたの?越野がくれば良くない?」
「まーまー。で、お前それ部活の後取りに行くつもり?」
「うん、そのつもり。自転車無いと明日も面倒だし」
「だよなー。オレ付いて行こうか?」
「え?大丈夫だよ。バスで行くし」
「バスかー……まーそっちの方が早いかもな。
じゃっ、また後でなー」
「うん、ありがとねー」
嵐のように去って行く真山を見ていたら横からメグが呟く。
「くっそー、彼女持ちかー……で、塔子、今何もらったの?」
「あぁ自転車の鍵ー。昨日カラオケで落としたのを男バスの子が拾ってくれてたみたい」
「そ〜言えば塔子ちゃんって結構色々落とし物多くない?いつも何かしら探してるイメージ」
「ぐっ……」
エリの言うように塔子はよく落とし物や無くし物をする。行動が雑なのか、気付いたらアレが無いコレも無い、という事が多々あるのだ。
「そういうとこだぞ、猪突猛進って言われるのは」
「い、言われてない!」
森田に反論するもいつもの勢いが無い。
しかしここ最近、塔子の落とし物は届けられることが多い。教室内で無くしただろう物や、部活の帰りに落としたであろう物まで、気付いたら朝、塔子の机の上に置いてあったりするのだ。これを言うとまた森田に毒霧の噴射を浴びせられそうで言っていないが、塔子が妖精を主張する根拠の一つにもなっている。ちなみに塔子自身、本気の本気で妖精の存在を信じているのかと言うと微妙なところだが、居たら嬉しいし、そうでなくても妖精の様な心優しい存在は居るのだろうと信じている。
でもその心優しい妖精にも流石に学校の外で無くした物までは拾っては貰えなかったようだ。
――ふふ。落とし物は学校でやんないとだなー。
塔子は手の中の鍵を見つめながら思わず笑みを浮かべた。
読んでいただきあざます!




