15ーー4年生(6月)
大変です。
時空の歪みが発生していたようで、12も抜けていました!
申し訳ありません!ジョジョ立ちで謝ります。
間違えました、もうスライディング土下座です。
アンがとうとう虹の橋を渡った。
病気が発覚してからは早かった。
最近では自分から動くこともあまりなくなっていたアンだったが、最後の日は朝から家族一人ひとりの脚に頭を擦り寄せて撫でてもらっていた。その姿を見た塔子の家族は、その日の予定をそれぞれキャンセルし、アンに寄り添った。
「休みの日で良かったわね……」
母親がアンをお気に入りのタオルで包む。
「あぁ、最後まで家族のことを考えてくれたんだな」
父親が母親の肩を抱き寄せる。
既に家を出て一人暮らしをしている長女も朝から駆けつけ、三姉妹でアンを入れる箱に柔らかな布を敷き詰める。
塔子は最後にたくさん抱きしめ、たくさんありがとうを伝えた。悲しくて仕方なかったが、それと同時に、もうアンが苦しまなくて良いという事にホッとしてもいた。
ーーもう痛くないね。もう苦しくないね。寂しいなんてこっちの都合だよね。アン先生は優しい世界に行けたんだもんね。アン先生、ありがとう。ずっと大好きだよ……
それから家族皆んなでアンを葬儀場まで運び、最後のお別れをした。家に帰るとそこにはいつもの風景があり、そこにアンだけが居ないという事実が塔子をまた涙させた。
次の日、泣き腫らした目があまりにも酷かった為、塔子は学校を休むことにした。母親は塔子を責めることなく、学校に休みの連絡を入れてくれた。
ベッドに寝転がり、スマホに入っている『アン先生フォルダ』を眺める。今日はとことんアンとの思い出に浸ると決めた。可愛いアンを存分に愛で、泣きたくなったら思いっきり泣く。そして明日からは笑顔で頑張るのだ。
ーーあ、可愛い!このアン先生天使過ぎ。あ、ホントに天使になっちゃったんだよね……泣いちゃう。
ーーあー、この時お気に入りのニットで爪研ぎされて大喧嘩したんだ。あんなに怒らなきゃ良かった……
塔子が写真を一枚一枚確かめながら思い出に浸っていたらスマホが震えメッセージが届いたことを知らせた。
『なんかあった?』
確認をしてみたらメグからのメッセージだった。例のグループトークに届いてる。
――あー、今日月曜日だった……
『ゴメン!今日ALだったね。ちょっと頭痛いので学校休みます。何か変更あったらメールくれると嬉しいです』
『お大事にー』
『塔子ちゃん、大丈夫〜?お大事にね!』
『高瀬がいないと静かなんだろーな、進みそう』
『森田、素直じゃないな〜。高瀬お大事に〜』
――阿久津からは……来ないだろうな。ふふ、グループトークで会話とかイメージなさ過ぎる。
塔子はまたアンの写真を眺めつつ、暗くなるまで感傷に浸った。
――――――――――――――――
「あ、忘れてた!塔子、今日ちょっと先に帰ってもいい?兄貴に持って行く物があったんだった!」
部活が終わり、クラブ棟へ向かっていた塔子と早紀。今日も秋と一緒に帰るかと思ったら急ぎの用事があるようだ。家を出て独立しているお兄さんのところへの届け物をよく母親に頼まれているのでそれかもしれない。
「うん、分かったよー。今日救護箱のチェックの日だよね、私やっとくから貸して」
今日は週一の補充日。補充が必要無いことも多いが先週突き指や軽い捻挫があった為、テーピングやスプレーの在庫をチェックすべきだろう。
「ゴメンね、塔子!ありがとう」
救護箱を受け取り、急ぎ帰る早紀の背中を見送る。
救護箱のチェックは他のチームメイトも手伝ってくれた為、思いの外さっくり終わった。バス組のチームメイトと別れ自転車置き場に向かった塔子は、そこに見覚えのあるシルエットを見つける。
「あ、阿久津ー。お疲れ様、部活帰り?……何やってんの?」
クラスの自転車置き場には屋根を支えるポールに身体を預けてスマホを見ている阿久津の姿があった。
「………………よぉ」
スマホから目を上げて塔子を見た阿久津はスマホを鞄にしまう。
「誰か待ってるの?」
「……いや、もう帰る」
「そう?じゃー途中まで一緒行こー」
塔子は阿久津と並んで自転車を押して歩き出す。
「……ヘッドホンは?」
いつも塔子が首に下げてるヘッドホンが無いことに阿久津が気付く。
「この時期になってくると暑過ぎてあれじゃもうダメなんだよー。だから夏はイヤホンにしてるの。
もうかなり暑くなってきたよねー。剣道とかメチャクチャ暑いんじゃない?エアコン付いててもしんどいよねー。付いてるだけ有難いんだけどさー」
「……暑いな。エアコン控えめ過ぎんだよな……」
「分かる、体育館もそうだよ。私たちの熱気に負けてるよね。もっと頑張ってくれてもイイよね?」
「フッ、そーだな」
前を向き目線を下げ、少し口角が上がった阿久津の顔を見ながら、塔子は言葉を探す。
「…………ねー阿久津。報告があるー」
「……」
阿久津は前を見ながら無言で聞いている。
「アン先生ね、最後まですごく頑張ったよ。偉かった」
「……ん」
「最近あんまり動くことなかったんだけど、日曜日ね、家族皆んなに挨拶して回ってくれたの……そして逝っちゃった」
「……優しいな」
「でしょー…………阿久津、今まで色々と話聞いてくれてありがとね!」
阿久津はふと足を止め塔子を見る。
「…………今更だけど何で『先生』なの?」
「あはは!確かに今更だ。説明してなかったねー。
アン先生ってね、私が生まれた時にはもう我が家にいたの。赤ちゃんってさー、猫とかにも果敢にちょっかい出しに行くじゃん?私も例に漏れず追いかけたりシッポ引っ張ったりしてたんだって。ある程度は我慢してくれるんだけど、一定ラインを超えるとアン先生から教育的指導が入るのよ。触ろうとする手をあの可愛い手でペトって抑えたり、カプって甘噛みされたり。あんまり酷いと爪を出されるんだけどさ、でもすごく優しかったみたいで。私が怪我しても家族はアン先生の方が可哀想だったって言うの」
「……なんか想像つくな……」
「……そう?当時のビデオ観せてもらったことあるんだけど、ホントに教育的指導なの。『おい、お前、それ以上はダメだぞ』って声が聞こえてきそうなくらい。で、『アンは塔子の先生』だね〜ってなって、気付いたら『アン先生』が定着したの」
「高瀬の先生だったんだな」
「うん、恩師だね」
「……可愛い恩師だな」
「ホントだよね!」
「…………で、高瀬は大丈夫なの?」
アンの話を笑いながらする塔子をジッと見て、阿久津が真面目な顔で訊く。
「……ふふ。阿久津って実は本当に優しいよね。なんで鬼畜って呼ばれてるんだろうね?」
「呼ばれてねーわ」
「あはは!……うん、私は大丈夫。
寂しくないのか?って訊かれたら寂しいです、ってなっちゃうんだけど、悲しくないのか?って訊かれたら……どうだろう?分かんないな」
「……」
「アン先生さ、最後たくさん頑張ったと思うんだよね。痛かったし苦しかったと思うの。それからやっと解放されて、今は快適な世界で私たちを見守ってくれているんだと信じてる。だからやっぱり悲しくない。
寂しいってのは私の都合かな、って。だからこれまでアン先生がたくさん残してくれた思い出を、記憶からスマホから取り出して眺めて自分を慰めてるー」
ちなみに昨日は一日その作業に没頭してました、と笑う塔子に柔らかな表情で頷いた阿久津は、鞄から小袋を取り出し塔子に投げた。
「……っわ、何?!」
「……やる」
思わずキャッチした物を確かめてみると個包装の梅干だった。和紙に包まれていて見るからに高級そうだ。
「わー!超美味しそう!イイの〜?
……お礼何か書く?」
梅干をキラキラした目で見てた塔子が顔を上げて訊くと、数秒考えて阿久津が答えた。
「………………猪突猛進?」
「ねぇ、それホントに欲しい?笑いたいだけでしょ!」
「……それ持った高瀬の写真でもいいな」
「笑いたいだけじゃん!絶対嫌だよ!なんか剣道に関する言葉とか、無いの?」
「……んー、例えば?」
「……会心の一撃とか?」
「……間違ってないんだけど、高瀬が言うとなんか面白いな。それ持ってガッツポーズしてる写真でどう?」
「だから嫌だって!」
「ははっ!……考えとくわ」
久しぶりのレアな阿久津の笑顔を見て塔子はまた胸が温かくなった。




