12ーー4年生(6月)
誠に申し訳ございません。
この話もすっ飛ばしておりました。
やだ、ホントどーしよー。
入れ込みます。土下座。
「猫ってね、基本匂いがしないの。んー違うな、嫌な匂いはしないの」
部活後、塔子が自転車置き場に行くと、同じく部活終わりの阿久津が居た。なんとなく自転車を押しながら並んで歩き出したところで、阿久津にアンの具合を聞かれた塔子は現在の様子をポツポツと話す。
「それってね、いつもちゃんと自分で毛繕いしてるからなんだけどね。今のアン先生はその毛繕いをする元気もないみたい…………だからぬるま湯を固く絞ったタオルで毎日私が拭いてあげてるの」
「……」
「私がやるとね、嫌がらないの。安心しきって身体を預けてくれるの。ホント可愛い」
「……」
「アン先生ってね、小さい頃から食欲旺盛でね、健康の為に毎日ちゃんとご飯の量計ってあげてきたんだけど、それじゃ足りないってアピールがすごいの。私たちの食事中はテーブルの下で何か落ちてこないかとスタンバイしてるし、油断すると食べられちゃうからどこにも食べ物放置しておけないの。最近は食事量減ってきちゃってるんだけど、それでも食への執着はあって。そのお陰で今頑張れてるのかも」
「……」
「でもそんなに食べたかったんならもっと好きな物あげれば良かったのかなぁ……可哀想なことしちゃった……」
「……それは違うんじゃねーの?」
「…………うん、そうだね」
「アン先生ってね、暑い季節は適度な距離を保ってるんだけどね。寒い季節になるとくっついてくるの。夜なんて寝てたら布団に入れろって顔を肉球でペトペト触ってきてさー、入れてあげると腕枕で寝るんだよ?可愛くない?」
「……ん……可愛いな」
「うん……ホント可愛いんだー」
「……父さんがね、アン先生は孝行者だって言うの。なんて優しい子なんだ、って。癌はね、家族に心の準備とお別れを言う時間を与えてくれる優しい病気なんだ、って。突然の別れじゃない、愛と感謝を伝える時間を私たちにくれてるんだって」
「……」
「だからね、いっぱい伝えてるの」
「……ん」
塔子がふと気づくと、二人は大きな交差点にさしかかっていた。
「…………あれ?そう言えば阿久津、家どっち?無意識にここまで来ちゃったよ」
「……家近ぇーの?」
「うーん、まぁそこそこ?半分くらい来たかな?」
「……どっち?」
「ウチ?あっち」
塔子が家の方向を指差すと、
「ん……俺こっち。じゃーな」
阿久津はそう言ってサッサと自転車にまたがり漕ぎ出した。
「あ、そう?また明日ね!」
あっという間に見えなくなった阿久津の背中を見送って、塔子はアンのいる我が家へと足を向ける。
実は最近、塔子は家に帰るのが怖くなっていた。日に日に弱っていくアンを見るのが怖いのだ。少しでも一緒に居たいのに、弱々しい姿を見る勇気がない。そんな自分を最低だと思っていた塔子だったが、今日、阿久津にアンへの想いをたくさん聞いてもらったお陰で自分がいかにアンを愛しているかを再認識した思いだった。
――――――――――――――
「うぅ……お腹空いた……」
机に突っ伏してうめく塔子を呆れた顔で見ているいつもの面々。いつも持ってきているはずのおにぎりを忘れた塔子、さらにタイミング悪いことに今日は一日中激しい雨。普段なら登校途中で買ってくる生徒たちも売店に殺到。その他諸々の要因が重なって、昼休み終了時点で残っていたのはプリンが三つという状況だった。
「プリンはさ……飲み物なんよ……」
「違うから」
呆れ顔のメグにつっこまれる。
「腹の足しにはならんのよ……」
「ってか塔子ちゃん、前の大雨の日も同じことやってなかった?」
「うん、やっちゃってた……雨の日って自転車で行けるかどうかの見極めに気を取られ過ぎて他の事が疎かになるよねー」
「いや、今日とか朝から土砂降りだったよね。チャリの余地ゼロだっただろ」
森田も呆れ顔だ。
「……バス嫌いなんだよねー。雨の日混むし……」
「結局バスで来たんでしょ?」
「うん……そう言えば二年の頃、土砂降りの日に自転車で来てカッパの貢献度ゼロだったことがあってさ。体育も部活も無い日で着替えがなくて。担任にメチャクチャ怒られて制服乾くまで社会科資料室に閉じ込められたことあって。先生が貸してくれたドライヤーで一人寂しく全身乾かしてさ。その時に二度とこんな天候の日に自転車で来ないって誓約書書かされたことあったわ」
「だったら今日も迷うなよ」
「……ホントだー。その誓約書のことすっかり忘れてたわ。そう言えばその紙の余白にずぶ濡れのドブネズミのイラストを描いたんだけど『怒られてるのに溶けたサボテン描くとか舐めてるな?』ってさらに怒られたことまで思い出しちゃったよ」
「いやマジで舐めてるよね?」
「そもそも描けないのにどうして果敢に挑戦するの?!」
森田とエリがさらに呆れた顔をする。
「もー今度は溶けたサボテンが気になり過ぎて眠れなくなるよ〜」
こっちでは困り顔の橘を宥めるように塔子が言う。
「イラストは一期一会だからねー」
「上手い事言った風に言うなよ。大抵の人間は似たような物描けるだろ」
森田にそんなハードルの高いことを言われながら、グーグー鳴るお腹に手を当てていた塔子はおもむろに制服のポケットを探り出す。
「……何やってんの?」
「いや割れたビスケットとか入って無いかと」
「あったら引くわ!!」
「あ!塔子ちゃん、私のポケットに飴が入ってたよ。要る?」
「え、いいの?!ありがとう!」
「それお腹の足しになるの?」
「何も無いよりマシなんじゃないの?」
橘とメグの会話は無視してエリから有難く飴を受け取る。すると今まで我関せずを決め込んでいた阿久津が鞄からゴソゴソとナイロン袋を取り出し塔子の方に滑らせた。
「……やる」
「「えっ?!何?何?」」
メグとエリが騒ぐ横で塔子は自分の机に置かれたナイロン袋を手に取る。
「こ!これは!!」
塔子が手に掲げたのはコンビニで売られているおにぎりだった。
「え、イイの?!クリスマスプレゼントを貰ったアメリカの少年のような勢いで喜びを爆発させちゃうよ!」
「ふは、何それやってみてよ〜」
笑う橘と対照的に、メグとエリが少し納得いかない顔をしている。
「えー!ズルい!阿久津からなら私も欲しい!」
「イイなー!塔子ちゃん!」
ブーブー言う二人の勢いに押された塔子はおにぎりを受け取るのが躊躇われた。
「えー、おにぎり要る?ジャンケンする?三等分する?」
「ってかそれ味何?」
メグに聞かれ袋を覗き確認する。
「あ、梅だ」
「「……梅か……」」
「梅だー!!
ねーこれ貰ってもイイよね?梅だもん、梅!」
「しょーがないなー」
「うん、梅は食べられないな〜」
ーーわーい!これでお腹の虫を黙らせることができる!
塔子は小躍りをしながら阿久津に満面の笑みを向ける。
「阿久津ー!私のお腹を救ってくれてありがとう!!明日同じ物買って返すからね!」
阿久津は下を向いたまま目だけ上げて塔子を見る。
「……いらねー」
「え、それは悪いよー」
「いや、絶対いらねー」
「そ、そこまで?わ、わかった。あ、あの梅ぼしだけのとかにする?あるじゃん、一粒だけで売ってるやつ!」
「……いや、マジでいらねぇんだけど…………あ、じゃーアレくんね?」
「お!何?私に用意できるもんだったら何でも!」
「あの『根性』って筆で書いたやつ。タイトルとか書く時についでに書いてくんね?」
「え、そんなんでイイの?!ってか阿久津、何気に『根性』気に入ってるよね?」
阿久津は下を向きフッと笑った。
「……あれはイイな」
「そっか、気に入ってくれて嬉しいよ!私の情熱を全力でぶつけて書いてくるね!」
「……ん」
グッと手を握り締めながら気合を入れている塔子を見る阿久津の表情はいつになく柔らかく見えた。
そんな二人のやり取りを見ていた皆んなは一様に驚いた顔をしていた。
「……なんかビックリなんだけど……阿久津が打ち解けてる。え〜高瀬どんな魔法を使ったの〜?中等部の頃は寄ってくる女の子たち全員返り討ちだったのに」
「え?返り討ち?」
驚き聞き返す塔子に橘は続ける。
「そーだよ〜、基本ほぼ返事とかしないし。阿久津に話しかけて『あ?話しかけんな』って睨まれて泣きそうになってた女の子とか見たよ、僕」
その話を聞いて塔子は若干引き気味の顔を阿久津に向ける。
「え、鬼?阿久津と書いて鬼畜と読むの?」
阿久津は眉間に皺を寄せ橘を睨む。
そこにメグとエリの妙に張った声が響いた。
「塔子は女子枠じゃないんでしょ!」
「あ、そうか、塔子ちゃん小学生男子だから〜」
「お腹鳴らして餌もらってんじゃん」
「あはは、メグちゃんウケる!」
二人の言葉に棘を感じた塔子は背中をヒヤリとしたものが落ちた気がした。
「うー、言い返せないのがツライなぁ!阿久津ホントおにぎりありがとね!そして皆んなゴメン、作業の邪魔しちゃった!続きやろ!」
塔子は皆んなに笑顔で言うと、もらったおにぎりを鞄にしまい作業に戻った。それを受けて他の面々もそれぞれ机に向かう。その場の微妙な空気には誰も気付かないフリをしていた。




