最強の呪文 ~僕はひらがな46文字だけでこのファンタジー世界を謳歌する !愛する【パングラム】で無敵です
パングラム……それは46種のひらがなを全て1度ずつ使って出来る〝呪文〟
「ぶっちゃけ、お前……」
ギロリと冷たい目が僕に突き刺さる。僕が所属するパーティリーダー・勇者の青い目だ。
「お荷物なんだわ。このパーティから出ていってくれ」
それは突然言い渡されたクビ宣告だった。
どうして? 僕だって一流の冒険者を目指して毎日頑張ってるんだ。勇者に比べたら地味かもしれないけど、僕なりにちゃんとパーティに貢献しているはずさ。
納得なんてできっこない。
「待ってよ! 僕だって――」
「黙れ! オレたちのパーティはもっと上を目指してんだよ。実力のない奴はいらねえんだ。さっさと出ていけ!」
もはや勇者は聞く耳を持ってやしなかった。このパーティのメンバーみんな、苦楽を共にしてきた仲間だと思っていたのに。でもそれは、
僕だけだったらしい。
言葉を失った僕に、勇者は追い打ちをかけるように言葉を吐きつける。
「〝パングラム〟とかいうレアスキルを期待して雇ってやったけどよ、何の役にも立ちゃしねえ。ハズレだったみたいだな。はっ」
勇者が鼻で笑った大事な僕のスキル、
【パングラム】
それは天から授かった僕だけの固有スキルだ。素早くひらがな全文字を使って文章を作ることができるという珍しいスキルなんだけど、冒険の役に立たないと言われれば……確かに言い返せない。
さげすむような表情で長身から僕を見下ろす勇者が憎らしかった。
でもきっと。このスキルは成長すれば何かに活かせるものになるはずなんだ。
きっと……
「ハズレじゃないさ! きっと成長すればもっと――」
「あーばーよっ! ハズレスキルくん。ふふっ……さあ。とっとと出て行け!」
くそっ。何を言ってもだめか。
悔しいけど、勇者の戦闘力はずば抜けているし、彼は冒険者たちの羨望の的だ。彼の判断には誰も口をはさめないのさ。
僕は話し合いをあきらめ、もう何も言わずに彼の前から立ち去ることにした。きっと何を言ってもバカにされるだけだろうから。
勇者パーティとはこれでお別れだ。
悔しさに歯を食いしばりながら、僕は重い足取りで勇者とメンバーたちから離れて行った。
毎日のように通ったパーティ宿舎から外へ出て、僕は一人になった。
これからどうすればいいのか。
たった一人、あてもなくさまよいながら、この先のことを考えた。
パーティから追放されてしまったけど、僕は夢をあきらめる事なんて出来ない。冒険者になって世界中で活躍するんだ。きっと僕の、この固有スキルがいつか花開き、立派な冒険者になってみせるんだ。そして、あんな事もして……こんな事もして……。そして……
そして必ず、僕をあざ笑い、ゴミのように捨てたアイツを、
見返してやるんだ!
・・・・・
『 勇者パーティ追放のパングラム 』
勇者と揉め、ぼっちに。
不利をはねのけ、スキル覚醒。
変な娘ら戯れ、怯えぬぞ。
見てろよ、ざまぁ!
(ゆうしやと もめ ほつちに
ふりを はねのけ すきる かくせい
へんな こら たわむれ おひえぬそ
みてろよ さまあ )
うん、なかなか良いパングラムじゃないか。本当に良い固有スキルだ。僕は最高に気に入ってるスキルなんだけど、勇者は見る目がないや。
「あ」~「ん」までのひらがなを1個ずつ使って文章になっているんだ。こんなのをちょっと頭をひねればすぐに作れるなんて、スゴいじゃないか。
それにしても、パーティに金品を支援してくれている王族や貴族、それから大商人たちとの交渉を全部僕が一人でやっていたんだけど、大丈夫かな。パングラムが出来ると、教養を重んじる上流階級で贔屓にしてもらえるんだよな。勇者は粗暴だから、きっと上手くできないだろうなあ。
まあ、今となっちゃどうでもいい事だけどね。
後で泣きついてきても知らないからね。
・・・・・
『 ざまぁな没落勇者のパングラム 』
励む僕の寄与を知らぬ 彼、
末に不憫な道へ……。
許せ? 目障り!
謝ったところでね……、
「もう遅い!!」
(はけむ ほくのきよを しらぬ かれ
すえに ふひんな みちへ ゆるせ めさわり
あやまつた ところてね もうおそい )
ふっ。またつまらぬパングラムを作ってしまった……。あっ!
レベルアップだ! スキルがレベルアップしたみたいだ。
おそらく、パングラムを作る度にスキル経験値が貯まっていたのだろう。そして今レベルアップと来た。きっとスキルの性能がアップしたはずだ。
どれどれ……
僕はステータス画面を呼び出した。右手の手のひらの上に呼び出した仮想ディスプレイが現れる。仮想ディスプレイに表示されたステータスから、スキル【パングラム】の解説を見てみた。すると、ステータスの解説にはこう書いてあった。
『
スキル名:パングラム Lv.2
・素早くパングラムが作れる
・パングラムで唱えた事が、現実に起こる
』
現実に!?
これは……、スゴい! パングラムで唱えた事が……現実に……、とんでもないスキルだぞっ!
いいぞ。これならきっとやれる。
僕はこの、スキル【パングラム】で無双するんだ!
よし。さっそくダンジョンへ行って試してみよう。
僕はとなり町の近くにあるダンジョンを目指して草原を駆け出した……
早くスキルを試したい。明るい予感に胸を躍らせ、小川を飛び越え、林の中を駆け抜けた。
新緑の木々を揺らす風が、僕の背中を後押ししていた。
◆ ◆ ◆
ダンジョンの中は薄暗く、ひんやりと肌寒い。
一人でダンジョンに入るのはこれが初めてだ。不安はあるけど僕だって冒険者だ。動きやすい革製の防具と軽い短剣、それと背中には弓矢の装備。どれも普通の町の武器屋で買えるものばかり。パーティの中で道具管理をする分にはそれで事足りたけど、たった一人で攻略を目指す装備ではない。
でも今の僕には強力なスキルがある……。ん?
におい……、モンスターの気配がする。
僕が足を止めると、そいつはドッ、ドッと重たい足音を立ててこっちへ向かってきた。
リザードマン、長剣を握り甲冑を身につけた二足で立つワニのようなモンスターだ。
ヤツの特性は分かっている、でもいざ一人で相手するとなると、敵の威圧感に心がひるんでしまった。こんなんじゃダメだ。
「かかって来い!」
そう言葉に出すことで気合いを入れ直し、短剣を構える。信じろ、今の僕を。
冷静さを取り戻すと、今為すべきことが見えてくる。スキルを使う戦闘はこれが初めてだ。いきなり真正面から格闘するのは不安だから、まずは安全を優先して敵の攻撃を避けられるように……
・・・・・
『 安全に戦うパングラム 』
速さレベル1000。
弱り、危ないとき、抜け道にお迎え。
目・指で狙った者を殺す即死魔法。
(はやされへる せん よわり あふないとき
ぬけみちに おむかえ め ゆひて
ねらつたものを ころす そくしまほう )
パングラムを唱え終えると、すぐに効果の発動を感じた。全身のみなぎる力、簡単に天井まで跳べそうなほど体が軽い。敵の動きが鈍く見える。
いける。
向かってくるリザードマンが鳴き声をあげながら長剣を振り上げる動作を始めた。あんな大きな剣にで叩きつけられたら僕の体は一撃で骨まで砕かれるに違いない。いけると思ったのも束の間、やっぱり恐ろしくなって、まだ距離が離れているにもかかわらず僕は横移動で壁の方へと逃げた。超高速で。
あまりの高速移動に自分の体を制御できなくて、地面に転がりながら停止する。でも上手く敵から離れることができた。
しかも、どうやら僕の動きが速すぎたようだ。リザードマンは目標を見失い困惑して立ち止まってしまった。僕はそのまま敵の背後へと回った。
今度は上手く態勢を保ったまま移動できた。勝機、目の前にあるのは大きいだけで無防備すぎる背中だ。ヤツが気づく前にトドメを刺そう。僕はそいつを指差して、
「で、Death……」
たどたどしく即死魔法らしい言葉を発したが、指差すだけでよかったのだ。言い終える前に効果は表れていた。
リザードマンの体は瞬時に硬直し、気を失ったようにそのまま地面に倒れると、もうピクリとも動くことはなかった。
強えぇ……。僕。
自分の体でやってのけた事とは信じられないほどの、速度と魔力。とてもつもないスキルだ。これなら……、負ける気がしない。
最初の戦闘を終えてスキルを理解した僕は、さらにダンジョンを進んだ。もはや出会う敵全てを瞬殺することができた。Sランクパーティでもこんな速度で進むことはできないんじゃないだろうか。
戦いの中でさらにスキルについて理解を深めていった。パングラムの効果は時限があるようで、1分くらいで効果が消えることが分かった。でも呪文の中に期間を指定すればその間は効果が続くことも分かった。例えば「1時間パワー500」とかね。
それから、一度唱えた呪文は次からは使えなかった。どうやら毎回違う呪文を新しく作らなければならないみたい。
敵を倒すことも爽快だけど、僕にとってはパングラム作りがさらに楽しい。しかもそれが現実になるなんて、とても素敵じゃないか。
戦う度にパングラム作りの技術が上がることが、僕にとってこの上ない喜びなんだ。
◆ ◆ ◆
スキルの使い方を熟知してきた頃、ついにダンジョンの最奥までやって来た。そこにあるのは、ボス部屋へ入るための大扉だ。鈍く光る重厚な扉だ。
その中には、これまでの敵より数段強いボスモンスターがいて、そいつを倒すとダンジョン攻略となる。一人で戦う初めてのボス戦、扉を開けるまでどんなボスがいるかは分からない。
でも、
どんな強いボスが待っていようと、今の僕に怖いものなど無かった。むしろワクワクしているよ。
迷うことなくその大扉を押し開け、悠然と前を見すえ中へと進んで行く。
現れたのは巨大なキングリザードマンだった。深緑色の体躯は筋肉が盛り上がり、黄金の装備を身に着けた怪物。
さっそく出迎えの咆哮を浴びせてくる。
はっ、耳触りなだけだ。すぐに穏やかにしてあげようじゃないか。トカゲちゃん……
・・・・・
『 ボス戦のパングラム 』
二年、ボスからのダメージ無効。
罠も除け、
弓矢あっさり喉をぶち抜き、
爆ぜ、ベロ巻いてクビ折れるぞ。
(にねん ほすから ためえしむこう
わなも よけ
ゆみや あつさり のとを ふちぬき
へろまいて はせ くひおれるそ )
僕の放った弓矢は的確にキングリザードマンの喉を貫き、轟音を立てて爆発した。
焦げた肉片が四方に飛び散った。
さすがはボスだ。これほどの破壊力の攻撃を受けても尚、その頑丈な足腰で立っていた。
が、すでに絶命している。
白目をむき、だらんと首が垂れ下がったのを見れば分かることだ。だらしなく巻いた舌が大きな口から飛び出していた――
こうして僕は初めて単独でダンジョンを攻略したのだった。
◆ ◆ ◆
その後、
僕は世界中のダンジョンを攻略しながら、ひたすらパングラムの技術を磨き、思い通りの未来を瞬時にパングラムにする事ができるようになっていった。そしてスキル【パングラム】によって、それを現実にすることができた。
あ、でもよほど非現実的なことは不可能だったんだ。例えば自傷願望の無い敵を自傷させるとかね。それでも冒険者として成り上がるには十分だった。
僕は今、各地の最高難易度の迷宮を攻略しながら、時にのんびり平和に過ごしながら、世界中を旅して回っている。とてもハッピーな毎日さ。
だけど一つ困ったことがあって……、メイド服のお姉さんや、ケモミミのおてんばな女の子とか、聖女の見習いさんとか、あとなんかいろいろな人達が追いかけてくるんだよなあ。静かに過ごしたい時はちょっと困るんだよね……。なぜか【パングラム】ではどうにもならないんだ。人間関係を操作することは出来ないみたいなんだ。
ま、でも寂しくないからいいんだけど。
「ちょっと主ぃ~。パングラムばっか作ってないで、お料理手伝ってよ~」
「あ、うん。今行くよー」
「し、師匠! は、早くっ、わたくしめに手取り足取りパングラムを教えてください! はっ、あのその、下心とかではなしに、その、真面目にパングラムを追求したいだけですの……」
「あーはいはい。あとで教えてあげるから、待ってて。ね?」
こんな感じ。
あ、そうそう。勇者がこのあいだ僕のところへやって来たよ。「貴様の将来性を最初から信じてたんだぜ」とかなんとか言ってたね。「戻って来い」とか言って、相変わらず上から目線なヤツだったよ。そんなんだから王族の怒りを買って干されちゃうんだよ。今じゃ犯罪者のお尋ね者らしいよ。笑っちゃうね。
そんなのに構ってる暇なんてない。
まだまだやりたい事も沢山あるし、行きたい所も沢山ある。パングラムだってまだまだ作りたいんだ。もっともっと、
明るい未来を描いていこうと思うんだ。
パングラムで――
『 エピローグのパングラム 』
僕ら急かす世の広さに、胸も躍り。
笑みを分けて、次なる街へ行こう。
ファンタジーは、ヤメれぬぞ――
(ほくらせかす よのひろさに むねもおとり
えみをわけて つきなる まちへ ゆこう
ふあんたしいは やめれぬそ )
(了)
~あとがき~
読んでくれてありがとう。いかがだったでしょう。
パングラムを見て欲しいのがもちろんありますが、ファンタジー小説としてしっかり読めるものを目指したので、そうなっていれば良いなと思います。
作中のパングラムは全て自作でして、実際に作るのはそれぞれ1個あたり数時間かかってますよ(笑)。瞬時に作れたら良いなあっていうのは私の夢ですね。
なるべく、なろうファンタジーらしいワードを使うよう心掛けました。気に入ってくれたらこれ以上ない喜びです。
みなへ、ありかとね。たのしめてれば、
よろこびに、ふるえさそい、ほおをぬらす。
まけんゆうきも、むっちゃ わくぜ!