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ターミナル・オブ・デザイア

作者: 福島和彦

 異世界・『エアス』ッ!!


 そこには、古くから『ある伝説』が言い伝えられて来た!!


 「かつてこの世界のどこかに、金・銀・プラチナのみで出来た伝説の都市・『ターミナル・オブ・デザイア』があった」・・・とッ!!


 人々は、そこに眠っているであろう財宝に目がくらみ、私財をなげうってまで世界中の陸海空をくまなく探し回った!!


 しかし、結局()の地に到達出来た者は、今の今まで誰一人としていないッ!!


 何故なら、『ターミナル・オブ・デザイア』へ行くには、満たさなければならない『いくつかの条件』があるからだ。


 その一つに、『9種類ある特定の宝石を全て集める』というものがある。


 この物語は、そんな伝説の都市に魅せられ過ぎた、一人の少女の人生録である。







 ここは、現実世界の首都圏とさほど変わらない景色が広がっている、『パジャン王国』。


 そこの中心地にある国立現代美術館前では、現在『伝説都市の世界展』というものが開かれていた。


 展示物は勿論、『ターミナル・オブ・デザイア』に関する物。


 複製された資料や文献、イメージ図、それらを元にして作られたミニチュア模型、更に今回は『9種類ある特定の宝石』の内の一つが展示されているとの事なので、伝説都市マニアなら『行ってみたい』と思える内容だ。


 そんな美術館の正面口から、一人のボーイッシュな見た目をした少女が出て来た。


 水色の髪に雪のような白い肌、すれ違っただけで凍えそうな冷たい雰囲気は、どこか普通の人間とは異なるものを感じさせる。


 それもその筈、彼女は人間ではなく『雪女』の末裔だからだ。


 名前は、土來(どらい)亜依須(あいす)


 幼い頃に両親から伝説都市の事を聞かされて以来、どっぷりとその沼にハマってしまった、いわば『伝説都市マニア』である。


 彼女は、美術館の門から出てすぐ、ニヤリと口角を上げた。


 「・・・ムフッ。」


 閉じている口から笑いが漏れる。


 思い出し笑いと同じ症状だ。


 やがて、一度漏れ出た事で歯止めが効かなくなったのか、


 「ムフフフフフフフフフフ・・・・・・」


 結構な量の笑いが漏れ始めた。


 このままでは、さすがに『不審者』扱いされかねんと思ったのだろう。


 今も尚、笑いを漏らし続けている口を両手で隠し、猛スピードで自分の家に帰っていった。


 因みに、彼女の家はボロっちい一軒家だ。


 でかい台風来たら、屋根どころか全部吹き飛ばされそうなくらい、ボロい。


 そんな家の玄関を乱暴に開け、ドタドタと走っていき、畳の部屋に入る(ふすま)を勢いよくスパーンと開けた。


 ・・・と、同時に、


 「おわっ!?」


 男の驚く声が聞こえた。


 中々のイケボである。


 だが、『イケメン』ではない。


 何故なら、声の主は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。


 念の為に言っておくと、不法侵入して部屋中をうろついている奴ではない。


 亜依須と一緒にこの家に住んでいる、れっきとした同居人・・・もとい、『同居虫(どうきょちゅう)』だ。


 個体名は、無し。


 なので亜依須からは、『ゲジちゃん』と呼ばれている。


 「あ~、びっくりした。襖くらいゆっくり開けろよ。ったく・・・」


 「ムフフフフフフフフフフ・・・・・・」


 ずずいっと、不気味にニヤけた表情で彼女が近付く。


 四つん這いになって、カサカサと。


 ゲジゲジは、思わず後退した。


 「な、何だよ・・・気持ち悪い・・・」


 すると彼女は一旦顔を俯かせ、パッと顔を上げてこう言った。


 「・・・凄かったァ~~~・・・・」


 うっとりとした表情。


 これも中々に不気味である。


 そんな彼女に対し、ゲジゲジは一言、


 「あっそ。」


 と、興味なさそうにそう言うと、さっきまで読んでいたであろう新聞紙に視線を移した。


 だが、彼女は構わず語り始める。


 その場にじっと・・・ではなく、ゴロゴロ転がったり、どったんばったん飛び跳ねたりしながら早口で。


 「もう何が凄いって、全部凄いの!!でも特に凄かったのは、イメージ図を元に作られた『都市のミニチュア模型』かなぁ~、やっぱ。あ~~~、車みたいに組み立てるヤツ出ないかなぁ~。創刊号だけ、やたら安いヤツ!!出たら、定期購読確定!!たとえ二冊目から、チョ~~~高くなっても!!」


 「はぁ~・・・」


 あまりの騒がしさに、思わず溜め息を漏らすゲジゲジ。


 そのまま新聞を読みながら、こんな事を聞いた。


 「さっきからミニチュアの事しか言ってねえけど、お目当てのヤツはどうだったんだよ?」


 「めっっっちゃ・・・凄かったよ~。説明する人が近くに立ってたんだけど、『正真正銘本物』だって。」


 「って事は・・・今晩やるんか?」


 「イエス!!アイ・・・ドゥー。」


 チラッと見ながら問いかけて来たゲジゲジに、そう返す亜依須。


 一体、今晩何をやろうというのだろうか。


 ウキウキな彼女に反して、ゲジゲジは面倒臭そうに溜め息を吐いた。




 それから数時間後の深夜二時過ぎ。


 国立現代美術館の敷地内に、亜依須の姿があった。


 因みに裏口のドアの前。(当然、鍵は掛かっている)


 昼間と違い、男性の礼服を身に(まと)い、顔はベネチアンマスクを付けて隠している。


 こんな時間にこんな格好で美術館に来て、何をする気なのか。


 答えは、一つしかない。


 「よぅし、盗むぞ~!!」


 そう、泥棒である。


 なんと彼女は、伝説都市を調べていく内に『行きたい』という想いが強くなり、その結果『9種類の宝石専門の泥棒』になってしまっていたのだ。


 「おい!!静かにしろよ・・・人が来ちゃうだろ!?」


 敷地内に入っているにも関わらず、割と大きな声で『盗む宣言』しちゃってる彼女に、左肩に乗っているゲジゲジが小声で注意する。


 しかし、彼女は意に介する様子も無く、逆に自信満々にドンと自分の胸を叩いた。


 「大丈夫大丈夫!!来ても私がみんな凍らせるから。」


 「俺まで寒い思いするから嫌なんだよ・・・」


 「まあまあ・・・・・・ほら、ゲジちゃん。出番だよ。」


 「はいはい・・・」


 彼女にそう言われ、渋々ぴょんと地面に下りる。


 そして、キョロキョロと周囲を見回し、ある物を見つけた。


 エアコンのドレンホースである。


 彼は、それが室内機に繋がっている事を知っていたので、


 「おっ、あそこから入れるな。」


 と、言って、迷わずホースの中に入っていった。


 幸い、エアコンは動いておらず、防虫キャップみたいな物も装着されてなかったので、難なく侵入出来た。


 後は室内機とそれが設置されている部屋から出て、裏口の扉のロックを解除すれば・・・


 「ふう。」


 彼のミッションは、とりあえず達成だ。


 「有り難う、ゲジちゃん。」


 扉を開けて入って来た亜依須が拾い上げ、ほっぺをすりすりさせる。


 されてる方は、凄く迷惑そうにしているが、黙っておこう。


 「お礼は良い。早く盗るもん盗ってずらかるぞ。夜の美術館は、気味が悪いからな。」


 「はーい。」


 それからは、お目当ての物がある場所まで、監視カメラに映らないように移動していった。


 昼来た時に、どこにカメラがあるのかを予め確認していたお陰か、思ったよりもすんなりと動けている。


 やがて、お目当ての物に辿り着くと、ゲジゲジは感嘆の声を上げた。


 「はぁ~~~・・・これが『ターミナル・オブ・デザイア』へ行く為に必要とされている9つの宝石の内の一つ・・・『アースミタイナ』か・・・・・・独特の模様してんな。」


 それは名前の通り、地球の大陸や島を彷彿とさせる模様が入った、丸い宝石だった。


 サイズは、野球ボールと同じか、それよりちょっと小さい程度。


 重さは実際に持ってみないと分からないが、結構ずっしりとしてそうだ。


 「早速、持って帰ろ。」


 そう言って、亜依須が宝石に手を伸ばす。


 これを見たゲジゲジ、


 「あっ!!待て!!」


 と、すぐに止めようとしたが・・・・・・



 ブイイイィィィィィーーーーーーーーーーッ!!



 遅かった。


 既に彼女は宝石をガッチリと掴んでおり、赤外線か何かのセンサーに引っ掛かっていた。


 けたたましい警報音が、館内に鳴り響く。


 (せわ)しなく聞こえる複数の足音が徐々に大きくなっており、かなりの数の警備員がこちらに近付いて来ているのが分かる。


 それから程なくして、亜依須達はたくさんの警備員に囲まれた。


 全員警棒を手にしており、すぐにでも飛び掛かって来そうな雰囲気を出している。


 「貴様、何者だ!?その手に持った宝石を元の位置に戻して、大人しく投降しろ!!」


 おじさん警備員の怒声。


 体育教師のそれに勝るとも劣らない迫力がある。


 恐らく彼が、この警備チームの隊長なのだろう。


 「くぅ~っ!!まさか宝石の周囲にブザーが鳴るセンサーを仕掛けていたなんて・・・さっすが美術館!!抜け目ない!!」


 「あって当然なんだよなあ・・・」


 ビクッとしながらも悔しそうにそう言った亜依須に、ゲジゲジが呆れた感じに呟く。


 「おいッ!!何をボソボソ言っている!?早く宝石を置けぇッ!!」


 おじさん、再度怒号・・・!!


 中々宝石を戻さない彼女に痺れを切らしたのだろう。


 真夜中の静かな館内に、ぐわんぐわん響き渡っていく。


 「分かった・・・分かりました。もうっ、そんな怒鳴らなくても良いじゃん・・・」


 口を尖らせながら、渋々宝石を元の位置に戻す。


 そして、瞬時にポケットから何かを取り出した。


 「!? 貴様・・・」


 銃を取り出したのかと思い、一瞬焦る警備員達。


 しかし、


 「・・・ん?」


 すぐに怪訝そうな表情をして、ざわつき始めた。


 まあ、そうなるのも無理は無いだろう。


 何故なら、彼女が取り出した物が、銃ではなく『小型のメガホン』だったからだ。


 「ちょっと待て。何だ、アレ・・・メガホン?」


 「メガホン・・・だよな?ちっこいけど。」


 「てっきり銃を出したのかと・・・」


 「お、おい!!メガホンなんか出して、何をする気だ!?」


 攻撃道具ですらない物に、動揺を隠せないでいる警備員達。


 一方、彼女の左肩に乗っていたゲジゲジは、


 「やっべ・・・!!」


 と、何やら危険を察知して、亜依須の胸ポケットの中に急いで入った。


 そんなざわついている空気の中、彼女が大きく息を吸い、思いっきり大声で放ったのは・・・


 「布団がふっとんだァァァーーーーーーッ!!」


 ダジャレだった。


 誰でも一度は聞いた事のある、有名なヤツだ。


 これを聞いた警備員達は、


 「・・・はい?」


 今までざわついていたのが嘘のように、静まり返った。


 表情もきょとんとしており、『何言ってんだ?こいつ・・・』と、言いたげだ。


 『場が凍り付く』とは、こういう事を言うのだろう。


 しかし、それでも彼女はダジャレを言い続けた。


 「アルミ缶の上にあるミカン!!バッタがトイレで踏ん張った!!コンドルが地面に突っ込んどる!!」


 「な・・・何だァ~!?」


 「こ、こいつ・・・何の脈絡も無く、ダジャレをッ!!」


 「俺達に囲まれて、ヤケクソになったんか!?」


 一心不乱にダジャレを言い続ける彼女に、再度動揺する警備員達。


 どうすれば良いのか分からず、互いに顔を見合わせたりしていると、


 「おい、早く取り押さえるぞ!!わしゃあ、冷え性なんだ・・・さっきから寒くて仕方ない!!」


 隊長であろうおじさん警備員がそう叫び、一斉に駆け出・・・・・・せなかった。


 何故なら、


 「!? な・・・何ィィィ~~~~~ッ!?」


 既に警備員全員の脚が、氷漬けになっていたからだ。


 動けるのは、腰より上!!


 だが、そこもいずれは動かなくなるだろう。


 こうしてる間にも、氷がどんどん体を侵蝕していってるのだから。


 恐らくこれは、雪女の『凍結能力』とダジャレが生む『クッソ寒い空気』が、上手く融合した事で起こった現象ッ!!


 でなければ、説明が付かない・・・ッ!!


 「あ、脚が凍って・・・・・・まずいッ!!このままだと、全身氷漬けになってしま・・・うわああああああああああ!!」


 完成ッ!!おじさん警備員の氷漬け標本・・・!!


 他の警備員は、絶叫こそしなかったものの、恐怖に怯える声をボソボソ出した。


 またある者は、


 「クソッ、どうなってんだ!?このッ!!このッ!!」


 と、全身氷漬けになるのを回避しようと、警棒で脚を覆っている氷を必死に叩いて割ろうとしたり、


 「こうなったら、煙草のライターで・・・」


 火を近付けて溶かそうと、ポケットからライターを取り出している者もいた。


 しかし、


 「あっ!!」


 後者の方は、ついうっかりそれを床に落としてしまい、何も出来なかった。


 「だ、駄目だ・・・手がすっかりかじかんでしまっているので、ライターを上手く掴めず、床に落としてしまったぁ~!!」


 「ああああああ・・・・・・どんどん凍っていくぅぅぅ・・・・・・」


 「嫌だあああああああ!!」


 結局、必死の抵抗や叫びも(むな)しく、亜依須達を囲んでいた警備員は全員氷漬けになった。


 目の前の光景に亜依須は、メガホンをポケットに入れ、左手を腰に添えると、


 「ハッハッハッ、『正義』は必ず勝ーつ!!」


 右手でピースサインして、勝利宣言をした。


 「俺達、悪党側なんだが・・・・・・まあ良い。早くずらかるぞ。追加で警備員が来たら面倒だ。」


 すかさずゲジゲジが胸ポケットから顔を出し、ツッコミを入れつつ、帰宅を促す。


 ブルブル小刻みに震えていることから、ポケットに隠れても寒さは凌げなかったようだ。


 これに対し彼女は、


 「うん。」


 と、頷くと、氷漬け標本になった警備員達を飛び越えて、来た道を戻っていった。



 だが、このまま終わる程、国立現代美術館の警備員は甘くなかった。


 「むっ!?止まれ止まれぇぇぇーーーーーッ!!」


 なんと、もしもの時に備えて、通常の出入り口と裏口に、それぞれ屈強な警備員を一人ずつ配置していたのだ。


 「貴様、泥棒だな!?この俺様が牢屋にぶち込んでやるぜぇ~!!」


 「よぉーし、そっちがその気なら・・・」


 獲物が来た事でテンションが上がり、腕や首をゴキゴキ鳴らす警備員に対し、走りながら再度メガホンを取り出そうとする亜依須。


 ところが、息を大きく吸う前に、ゲジゲジに止められた。


 「いや、待て。相手は一人・・・ここは俺が行く。また寒い思いすんの嫌だしな。」


 「えっ!?相手強そうだけど、大丈夫!?」


 「ああ、策はある。とりあえず、俺を奴に向かって投げつけろ。」


 「・・・分かった!!」


 そう言うや否やメガホンを戻し、空いた右手でゲジゲジを掴むと同時に急ブレーキを掛ける。


 美術館の廊下は滑り易いせいか、制動距離の伸びが凄い。


 やがて、体が完全に停止すると、彼女はメジャーリーガー顔負けの投球フォームで、彼を投擲した。


 「何ィッ!?」


 咄嗟に顔の前で両腕をクロスし、防御の構えを取る屈強な警備員。


 しかし、いつまで経っても何かが当たる感触が無いので、


 「・・・・・・ん?」


 恐る恐る構えを解きつつ、前方を確認した。


 「・・・一体、何を投げたんだ・・・?」


 頭上に多くの『?マーク』を浮かばせながら、呆然(ぼうぜん)と視線の先にいる彼女を見つめる。


 この時、彼は気付かなかった。


 後ろの襟から、服の中に侵入していくゲジゲジの存在を・・・ッ!!


 そして、彼が背中に違和感を感じた時には、既に・・・


 「うひゃひゃッ!!ひーーーーーひひひ・・・はひッ、はひッ、はひぃぃぃーーーーーッ!!くすぐった・・・ひぃぃぃーーーーーーーーッ!!」


 ゲジゲジの攻撃は始まっていた。


 多足類の虫特有の動きで体中を這い回ってくすぐる、人によってはこれ以上無いくらいの地獄のような攻撃である。


 「か・・・体に何かが這い回っ・・・ひゃーーーーーーッ!!ははははは・・・・・・苦しい・・・息が・・・ひーっ!!ひひひ・・・息が出来な・・・おほーーーほほほほほほ!!た、助けてくれぇ~~~!!はははははははは!!」


 爆笑しながら体をくねらせ、もがき苦しむ屈強な警備員。


 どうやら、くすぐり耐性は皆無のようだ。


 その間に亜依須は、扉を開けて、小型メガホンを手に取り、


 「腸の調子が超悪い!!」


 と、外に向かってさっきみたいなダジャレを言い放ち、氷の階段を作った。


 恐らくこれを上って、塀の外に出るつもりなのだろう。


 逃走経路を確保・・・というより、作成した彼女は、未だ屈強な警備員の体を這い回っているゲジゲジに声を掛けた。


 「ゲジちゃん!!」


 「ん、分かった。」


 呼びかけにすぐ応じ、ズボンの裾から彼が出て行く。


 ようやく『くすぐり地獄』から解放された屈強な警備員は、とりあえず笑い過ぎて乱れた呼吸を整えた。


 「はぁー・・・はぁー・・・ふう、助かったぁ~~~・・・・・・あっ!!」


 ホッとしたのも束の間、泥棒の姿が無い事に気付き、慌てて外へ出るも時既に遅し。


 「しまった・・・逃げられたァ~~~・・・!!」


 そこにはもう彼女の姿は無く、砕かれた氷の山しか残ってなかった。




 「だーいせーいこーう!!」


 自宅に帰って早々、本日の戦利品である『アースミタイナ』を天井に掲げ、はしゃぐ亜依須。


 部屋の中をバレリーナみたいにくるくる回ったりして、目当ての物を手に入れた喜びを表現している。


 そんな彼女に対し、ゲジゲジが呆れた顔でこう言う。


 「やれやれ・・・今度からは、セキュリティの事もきちんと調べてから、盗みに入るんだな。」


 「はーい。」


 返事をしながらも、依然として喜びを表現し続ける彼女。


 宝石はもう置けば良いのに、まだ手に持っている。


 ゲジゲジは、『嫌な予感』がした。


 「おい、浮かれすぎだ。落として割る前に、下に置け。」


 「あっ・・・」


 彼がそう言い終えた瞬間、彼女の手から宝石がスルッと滑り落ちる。


 どうやら、言うのが少し遅かったらしい。


 そのまま宝石は、置いてあったテーブルの(ふち)に思いっきり当たり、畳の上に落ちると同時にパッカーンと真っ二つになった。


 「うわあああああああああああ!!宝石が・・・宝石がぁぁぁ~~~~~!!」


 「言ったそばから何やってんだ、お前はァァァーーーーーーッ!!」


 急いで両方拾い上げ、断面同士を合わせるが、勿論くっつかない。


 くっつく訳が無い。


 ガチャポンのカプセルじゃあないのだから。


 「あ・・・ああ・・・」


 喜びから一転、絶望のどん底に叩き落される亜依須。


 動揺しているせいか、手どころか体全体の震えが止まらず、だらだらと冷や汗をかいている。


 手汗もひどい。


 故に、


 「あっ。」


 彼女の両手から、再度宝石が滑り落ちた。


 そして、またしてもテーブルの縁に当たった。


 さっきと違う点は、畳の上に落ちても割れていないところなのだが、その代わり大きなヒビが両方に入ってしまった。


 「うわあああああああああああああああ!!」


 亜依須、悲痛の叫び!!


 今が夜中だという事を忘れ、頭を抱えて全力で叫んでいる。


 近所迷惑も良いとこである。


 あまりにも耳障りなので、


 「うるせぇッ!!」


 と、ゲジゲジが彼女を一喝すると、


 「・・・・・・」


 電源がオフになった電化製品のように、その状態でピタッと止まった。


 「ったく・・・・・・ん?ちょっと待て・・・」


 見るも無残な状態となった『アースミタイナ』を間近で見て、彼が何かに気付く。


 そして、機能停止した機械みたいになっている彼女を見て、こう言った。


 「・・・コレ、ガラス玉をそれっぽく加工しているだけの偽物だ。この断面の材質・・・宝石のそれじゃあない。」


 「え?」


 電源ON。


 再び彼女が動き、喋り始める。


 「で、でも・・・美術館の人やチラシは、『正真正銘本物』って・・・」


 「客を少しでも多く入れる為に嘘吐いたんだろ。一杯食わされたな。」


 「そんなぁ~!!」


 あれだけ苦労して盗んで来た宝石が偽物だった事が判明し、崩れるようにその場に倒れる亜依須。


 一気に疲れが押し寄せて来たのだろう。


 しかし、同時にホッとした気分にもなった。


 これが本物だったら、壊れた瞬間に『伝説都市への道』が閉ざされていたからだ。


 「まあ、無駄な体力と時間を使いたくなかったら、『宝石を見る目』ってぇのを養えってこった。」


 「はぁーい・・・・・・」





 数日後。


 「ムフフフフフフフフフフ・・・・・・」


 再び笑い声を漏らしながら帰宅した亜依須が、この前と同じようにスパーンと勢いよく襖を開けた。


 「おわっ!?」


 ゲジゲジの第一声もこの前と同じだ。


 彼は亜依須の顔を見るや否や、呆れた表情で溜め息を吐いた。


 「だから、襖はゆっくり開けろって言っ・・・」


 しかし、彼女は聞く気が無いのか、彼の台詞を遮るかのように、四つん這いになってカサカサと接近する。


 「ムフフフフフフフフフフ・・・・・・」


 「こ、今度は何だよ・・・」


 「今日、『宝石を見る目』を養おうと、宝石の本を借りに図書館へ行く途中でね・・・・・・これを見つけちゃったの。」


 そう言って、彼女がスッと出したのは、隣町にある美術館のチラシだった。


 中央には、惑星を彷彿とさせる模様をした宝石一つがドンと大きく載っけられており、これが今回の目玉の展示品である事を示している。


 裏面の展覧会説明文によると、それは伝説都市へ行く為に必要な『9種類ある特定の宝石』の一つ・『マーズッポイナ』という物らしい。


 ゲジゲジは、嫌な予感がした。


 「おい、まさか・・・」


 「『宝石を見る目』を養うのは、また今度。早速今から下見に行って来るね。」


 「あっ!!待っ・・・」


 彼が止める前に、亜依須が部屋から出て行き、家からも出て行く。


 こういう時の彼女は、かなりすばしっこいようだ。


 家にぽつんと取り残されたゲジゲジは、溜め息を吐いた後、『やれやれ』って感じにこう呟いた。


 「・・・ぜってぇー、この前の二の舞になりそう・・・いや、なるな。絶対に。」






 因みに偽物の『アースミタイナ』は、ゴミ袋に入れて既に美術館に返却済み!!


 見え易い位置に、


 『これ、偽物だったよ うそつき』


 と、書いた紙を貼り付けて。


 これにより、美術館側は色々とごたつく羽目になるのだが、亜依須達はそんなの知る(よし)も無かった。

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