プロローグ 女王様を救ったら婚約者にされちゃった
この国、リヴィドでは誰しもが平穏に暮らしているとは限らない。毎日湯水のように金を使って豪遊しているような奴もいれば、道端で物乞いをする奴もいる。あるいは、富は力で手に入れようと、略奪に走る奴もいる。
けど、これらは極端な例だろうな。
中間のみたいな奴もいる。国から離れた遺跡から宝物を盗掘し、必要とあらば剣と魔術で戦い、命さえ奪う。そして持ち帰った宝物を売り捌き、日々の生活の糧にする。
それがこの俺、ゼロ・スティングレイだ。俺はこの世界から異世界に渡り、戻ってきたいわゆる帰還者ってやつだ。
…いやそんな奴そうそういるはずないからいわゆるもクソもないんだけど…まぁ、俺が勝手にそう呼んでる。いつかそういう経験がある奴と出会えんのかな?
まぁいい、現在俺はリヴィドから離れた廃墟に忍び込み、いつもみたいに宝物を探している。
「お宝探しなんてこの俺にかかれば朝飯前ってね。秘密教団の大聖堂だろうが薄暗い廃墟だろうが関係ないね」
口笛を鳴らしながら悠々と歩みを進める。俺の目的は当然、廃墟に眠る宝物だ。
「ここが隠し部屋か、ロマンの塊だな…って、ん?」
寝てる男と…白髪赤眼の美女…もしかして最悪なタイミングで入っちゃった感じ?それにしても廃棄でするなんて中々肝が据わってんなぁ…普通にゴーストとか出るぞ?あ、もしかしてアレ?逆にコイツらがゴーストってパターン?
「あれ…廃墟だと思ったんだけどな…見た感じ同業者ってわけじゃなさそうだし…もしかしてゴースト?」
「ゴーストではありませんが…生きているかと聞かれても答えれませんね。かと言って死んでいるわけでもありませんが」
急に襲いかかってくるタイプじゃなくて良かった…まぁ仮にそうなっても負ける気はしねぇが…
「ふーん。そこの寝っ転がってる奴は?病気?」
「呪いですよ。今はこうして長い眠りについているだけです。あなたは何をしにここに?」
「お宝を探しにって言おうとしたけど、やめとくよ。廃墟だと思ったが現役で使ってるなら何も盗りはしない」
「そう…宝を探しに…ここがどこか分かっていて?」
「知らないね。アトラクションか何か?」
ああ、そういえば俺のいる世界じゃ向こうの世界の常識なんて通用しない。ゲームも無いしテーマパークも無い、テレビもそれっぽい物があるとは聞いたけど見たことは無い。
「アトラク…ション…?なんのことか分かりませんが、ここはドラズィアスター家の屋敷ですよ?よく入ってこれましたね」
「ドラズィアスター?あー…なんか聞いたことあるぜ。確か…吸血鬼の一族だったか?」
「そうです。分かったのならもう帰りなさい。ここには誰もいてはいけないのだから…」
「はいはい帰りますよっと。どの世界の奴も冷たいねまったく」
はぁ…アテが外れた。まぁいいや、しばらく盗品を溜め込んでたからそろそろ売り捌きに王国に戻ろうと思ってた頃合いだ。
「……」
けど、俺は一つだけ気になってたことがあった。それだけ聞いて帰ろう。
「そこの寝っ転がってる奴の名前は?」
「クロード…ドラズィアスター。旧姓は…スティングレイ」
今コイツはなんて言った?スティングレイ?それはあり得ない。だってスティングレイって俺がリヴィドに来た時に祖先がそうしたらしいから俺も苗字をスティングレイに変えたんだぞ?そもそもスティングレイってアカエイだからな?いや流石に口にはできんが…
「……ありがとな」
「あなたの名前は?」
「氷雨零。またの名を…ゼロ・スティングレイ。異世界からの帰還者だ」
「そう…ゼロ…スティングレイ…分かりました。これを持っていきなさい」
女は寝台の青年のそばにあった剣を俺に渡した。
「剣?」
「あなたと同じ姓を持つ者が残していったものです。持ち主の想いに応える。そのようなものだと思ってください。ただし、絶対に信頼できる者以外の手に渡らないように」
「そんなもんなら俺なんかに渡していいのか?やろうとしてたことは盗賊だぜ?」
盗賊にそんな大事そうなモン渡すとかコイツ正気かよ?
「その名の縁です。私の予想が正しければ、元はあなたの手にあるべきなのだから」
「?言ってることがわからねぇけど、とりあえずもらってくぜ。ありがとな」
なんかよく分からんなぁ…
ゼロが廃墟を出ると、冷たい風が吹き荒れていた。空は相変わらず暗いままで、雪が積もって白銀の世界になっていた。
「この世界に帰ってきてからもう半年経ったが…あんな訳のわからんことを言い出す奴は初めてだぜ。もう少し俺に学があれば…いやあっても流石にあれは理解はできんか?俺にはロマンしか分からないな」
愚痴のようにこぼす。
「しっかしまぁ…いつからこんな夜が靄だらけなんだ?不気味すぎてとてもじゃないが出歩けないね。まぁ出歩いてるんだけど」
ゼロの言う通り、この地域…ひいてはこの国、リヴィド全域は、夜になると空が黒い霧のような靄、『魔霧』に包まれる。視界に関しては、幸い地表が覆われる程ではないため、さほど問題はないのだがどうやらこの靄が原因で、夜を出歩く時間が長いとおぞましい魔物に変化してしまうらしい。魔物に変異した人間はやがて朽ち果てる。
「なんで俺は平気なんだろうなぁ…異世界に行ってたからか?でもなんか関係あんのかね?まぁおかげで夜に盗みに行けば追手は早々に諦めてくれるからありがたいことこの上ないし、1人だけ特別ってのもロマンだな」
ゼロは廃墟を出た後、森へと入っていった。別にこの森に暮らしているわけではないが、仮の拠点があるため、置いてきた荷物を回収するのだ。
「暮らしてく分にはそう困りはしないけど、こだわりだすと全然足りないな…別に貴族になりたいわけじゃないが…っと、いかんいかん。独り言が多くなってしまう…けど誰も聞いてないし、別に構わないか…」
そうこう言っているうちに仮拠点としていた洞窟に到着、荷物をまとめる。
「俺の収納空間ってなんでこんなやたら広いんだろうな…いっぱい入るのはいいけど取り出す時が大変だぜまったく…持ち帰るもの仕分けるか…食料は念のために最低限、金は絶対必要、刀剣の類は…よく考えたらいらないな。最悪作れるし。こういう時だけ家系に感謝するよ」
ゼロの魔術で作った空間には手に入れた物が全部入りきるほどのスペースはある。しかし、持ち帰っても困るものが多いのも事実だ。食料は何もないところから魔術で作り出すことはできない。魔力の塊を食べられるのなら話は別だが。しかし、材料さえあれば魔術で簡単に調理ができる。そのため最低限でよい。金はとても重要だ。彼の野望のために。
「今日の収穫で十分だな。待ってろよ俺のロマン!俺のスローライフ!」
彼は悠々自適に暮らすことを願っていた。7年前、つまり彼が9歳になって間も無いとき、家を追い出された彼は不幸にもとある事件に巻き込まれ、異世界へと転送されてしまった。そこで6年半の時を過ごし、つい半年前に戻ってこれたのだ。そして16歳になった現在、普通の青年ならば魔術学校に通うことになっているなか、彼だけはスローライフを夢見ていた。そしてその根底にある理念は単純、ロマンだ。語るまでもない。
それは今までの人生があまりにも波瀾万丈で奇想天外であったためだ。激動の日々を過ごした彼は、穏やかな日常を望む。一生平穏に過ごすロマン。つまり相手が盗賊とはいえ、人を殺めることすら厭わなかったのは、一生隠居するための資金を得るためだったのだ。
「っと、さっき貰った剣…は?」
腰に差していた剣をみてゼロは驚愕した。両刃の美しい剣が、幼少のころにさんざん見てきた極東式の刀になっていた。
「持ち主の想いをナントカって…嫌がらせか?俺が極東から来たってことをこの剣は見抜いてたのか?もうこの形は見たくなかったんだがなぁ…」
嫌な記憶を思い出すからだ。家を出ざるをえなかったあの時の父親の軽蔑の眼差し。そして最愛の妹の残念そうなあの顔。
「何が魔術師だ!何が死霊憑きだ!俺は…俺は…!……はぁ、何やってんだろうな」
その時だった。
『誰か…!誰か助けて…!!!』
遠くから助けを呼ぶ甲高い声が聞こえた。
「女を襲う輩…盗賊か山賊か…なら資金の足しになるかもな。ふん、憂さ晴らしに付き合ってもらうか。それに、窮地を救うダークヒーローはロマンの塊だからな」
元凶であるその刀を手に、ゼロは立ち上がって悲鳴の方へと駆け出した。
「誰か…!ひっ…!」
「嬢ちゃん貴族の娘だろ?死にたくなきゃ金置いてくか体差し出しな!」
「やめなさい…!私はただ…!」
「ああ?『ただ』?ただ護衛もつけねぇでお散歩ってか?この魔霧の中を?分かりやすい言い訳してんじゃねぇぞ!」
(スッゲェお手本みたいな賊だ…!俺もああいうの一回やってみたかったのに!ああいや違う違う…!今の俺は盗賊じゃなくてダークヒーロー。OK?よしOK!)
白髪の綺麗な服装をした女性が、何者かに襲われていた。
どうやら本当に山賊か盗賊の類らしい。近くの木の上に登ったゼロは不敵に笑い、賊の最後尾にいた弓使いに圧縮した魔力を飛ばした。
「うっ…!」
「あ?…おい!敵襲だ!盾持ってこい!右からだ!」
(数はだいたい15から20くらい。弓使いは今倒した1人だけ、他は術師と魔剣士。もっとも、賊如きに魔剣士なんて名乗れるような奴はいないだろうけど…)
混乱している隙に襲われていた女性と賊の間に華麗に着地する黒い軍用ジャケットに白コートを着た黒髪赤眼の青年。彼は意地悪そうに笑い、口を開く。
「紳士淑女諸君、ごきげんよう。ショーのリハーサルでもしてるのかな?俺も混ぜてくれよ。解体ショーになァ!」
「ひっ…!」
(あらら、救助対象が怯えちゃった。まぁ下手に動かられるよりはマシだな)
魔力を剣へと変化させ、投げナイフのように飛ばす。
(今ので4人。術師が3人と前衛が1人。残りは…十数人ってとこか?射線管理さえしてればどうってことないな)
「テメェ…!!何者だ!!」
2人が突撃してきた。斧を持った者と剣を持った者。後ろには続けて突撃するであろう魔剣士や、後方から援護する術師も控えていた。
(ふーん。賊でも連携はとるんだな。いや賊だからこそか?まぁ俺には縁のない話だな)
「何者って言われてもねぇ…通りすがりの正義の味方って奴?それで…そちら様は魔剣士見習いのお猿さんってとこかな?」
斧使いの腹にパンチを食らわせ、斧を奪って後方の術師に投げつける。
「ギャアアァァ!!アァ…ァ…!」
(うわメッチャ痛そう…流石に顔に投げるのはやり過ぎたかな……?いやでもこれくらい割り切らんとこんなことやってられないか)
「この…!タダじゃ済まさねぇぞテメェ!!」
「当然タダじゃ帰らないぜ?有り金全部差し出してもらわないとなぁ!?」
剣を斧使いに突き刺し、もう片方を無視して後方で待機していた前衛達に突っ込む。
「こいつ…!正気か!?」
突撃し、1人にまとわりつきながら他の相手には剣を生成し、高速で射出する。剣で弾き返されようが、ゼロの作り上げた剣は意思を持った生き物のように何度も浮かび上がって攻撃を続ける。
「間違いない…!この動かし方…魔眼持ちだ!」
「ご明察。でも分かったところで何も変わらないぞ?」
「ぐっ…!がはっ…!!」
「はい、これでお前だけ。一番強そうだし残しといて正解だったな」
最初に突撃してきた剣使いに向き直る。
「テメェ…!まだ子どものくせに魔眼なんぞ持ちやがって…!調子乗ってんじゃねぇぞクソガキィ!!」
「クソガキに負けて恥ずかしくないのかよオッサン…最後の相手だし、新しい刀を試してみるか」
持っていた剣を捨て、腰に差していた刀を抜く。不思議と手に馴染む握り心地だ。
「刀なんて7年ぶりか?不吉な数字だけど…まぁ、負ける道理なんて無いだろ」
霞の構えから一気に加速、鋭い刺突を放つ。
「ぐっ…!この程度…!!」
剣と刀のぶつかり合い。筋力で勝る賊の男だが魔力による強化込みではゼロに軍配が上がる。ゼロの刀が男の剣を粉砕した。
「こんな戦い方してると親父に死ぬほど怒られそうだが…もう関係ないな。表向きとはいえ今は俺が後継者だからどんな戦い方でもそれが氷雨流ってことになるからな」
「何をごちゃごちゃと…!馬鹿にしてんのか!」
「ああ馬鹿にしてるよ。あんた達弱すぎるからな」
男は腰に下げていた大剣を抜き、ゼロに振りかぶる。
「そんなちっぽけな刀…折ってやるよ!」
しかし、ゼロにその斬撃が届く寸前で男の腕がまるでワイヤーで粘土を切るようにずり落ちた。
「お、俺の腕がァァ!!」
「デカい武器はロマンがある。かと言って武器はデカければいいってもんじゃない」
「ひっ…!!」
「じゃあな賊のオッサン」
その声と共に男の身体はバラバラになり、血飛沫が飛び散って雪が積もった白い地を赤に染める。刀に付着した血を振り払い、鞘に収め、女の方へ振り返る。
「…もう大丈夫だ」
「あ、あなたは何者なの…?」
(怯えてはいるけど…話は聞いてくれそうだな)
向こうの世界で読んだ小説ではこういう時、助けられた側は助けた側の圧倒的な力に怯えて悲鳴をあげ、化け物扱いで話をまともに聞いてくれないものだったので、とりあえず安心した。
「うーん…正義の味方とは言ったけど別に善人じゃないしな…悪事は働くけど盗賊とかしか狙ってないし…こう、悪を切る悪ってヤツ?ダークヒーロー的な…」
「ど、どうして私を助けたの…?」
「え?そりゃあんたが助けてって叫んでたからだろ。もしかして白馬の王子様でも期待してたのか?だったら悪いね。この白いコートはただの迷彩目当てなんだ。いや、白馬の王子様が白い服着てるとは限らないか…」
「い、いえ…ありがとう…」
「どういたしまして。こいつらが持ってた物資…貰ってもいいか?助けたお礼ってことで」
「構わないわ。私の物ではないから」
「そりゃ助かる。それじゃあ気をつけて帰れよ、今日は魔霧が濃いみたいだからな」
ゼロは女に背を向けて立ち去ろうとする。
「待ちなさい!」
「ん?」
「何故置いていくの?私を誰だと思っているの?」
「うーん…どっかの貴族の家出少女?」
「予想はしてたけど…やっぱり一般人は知らないわよね…」
その女はあり得ないといった表情だった。
「で、誰なんだよ」
「エンジェライア・リヴィド、この国の真の女王よ」
「は?」
少女(よく見れば立派なレディなのだが)は、頬を膨らませて怒り気味に言った。
「どう?何か言ったら?」
「いやいや嬢ちゃん。分かりやすい嘘はやめな?まず俺とそんな歳変わらないだろあんた。それに、なんでそんな女王様がこんな危ない森にいるんだよ?」
「先代が早期にお亡くなりになられて…こんなところにいるのは…ちょっとした家出で…」
「はぁ…国王の娘が家出って展開は見たことあるけど国王本人が家出ときたか…」
「?ともかく、危険なのは分かってるわ。でも…」
「分かったよ。お前さんを城まで送り届ける。それでいいな?もう危険なマネはよせ」
エンジェライアは少し迷ったようだった。まるで、戻りたくないとでも言うかのように。
「あなたならもしかして………分かった。護衛を頼むわ」
「はいよ。報酬は王宮にツケといてくれ」
そうして、ゼロはエンジェライアを城まで送り届けることになった。
ゼロは久しぶりにリヴィドの王都に立ち入った。前回入ったのはこちらに帰ってこれた後の直後、つまり半年ほど前だ。基本的に物資を溜め込んでから一気に売り捌く予定だったので、立ち寄らなかったのだ。そもそも王都でなくてとも換金はできる。王都の賑やかさはゼロの憧れるスローライフとは程遠い。
そしてなんやかんやで護衛としてエンジェライアと共に王宮に入ることができた。
「女王陛下!探しましたぞ!今までどこにいらしたのですか!?」
「ありがとうネヘレア卿。少し散歩に出かけていたの」
「散歩!?今日は魔霧が濃いというのに外を出歩くなど…!陛下!あなたはご自身の価値を理解しておられるのですか!?少しは行動に気を配ってください!」
さっそく臣下に問いただされていた。ゼロはこっそりと立ち去ろうとしていた。
(このパターンはあれだ。『ところで、この者は?』とか言われて王宮と変な縁ができる流れだ。俺は詳しいんだ。素性を知られるといろいろ面倒だ。そうなる前に帰らないと…)
「はぁ…いつまで経ってもお転婆なままだ…。ところで、あの者は?」
(はいやっぱり言った!クソが!あと少しだったのに!)
「彼は…ベルナールの席に着く者であり私の婚約者よ」
「は?」「なんと!」
(は?え?)
「えっちょっと…「そういうことだから盛大にもてなしてあげてね!」…えっと……」
エンジェライアはそのままその場を離れた。
(あの女ァ!!俺が不敬だからって嫌がらせか!?冗談にも程があるだろ!?)
「なんと…空席のベルナールの座に適任者がようやく…と、そんなことより、陛下の婚約者というのは本当ですかな?」
(これは…アレだ、そうですって言ったら面倒なことになるけど違いますって言ったら最悪のパターンまで想定しないといけないヤツだ)
ゼロは諦めた。というより、展開が読めない可能性を選べなかった。
「はい…そうです。……クソが」ボソッ
「おおなんと!めでたいことだ!今宵は其方の着任と、陛下の婚約者の歓迎を祝して宴にしよう!」
「あはは、感謝します」
(なんでコイツ喜んでんだ?普通なら『おぬしが陛下に見合う男かどうか確かめる』とか言ってこう、なんか試練があるタイプじゃないのか?それで失敗すれば追い出されて元の生活に戻れるのに)
「いやはや、陛下にもようやくお相手が見つかるとは…このネヘレア、感無量である!」
(なんで泣いてんだこのオッサン)
そんなこんなで、ゼロは異世界で読んだ小説によくある展開を避けることができなかった。この後歓迎会という名の地獄が始まり、エンジェライアとの存在しない馴れ初めについて聞かれまくった。その間、彼女はゼロの手をありったけの力で握り、机の下で思い切り足を踏んできた。
そこで分かったこととして、まずこの王女、あり得ないほどモテない。スタイルは良い。顔も良い。表向きは性格も良い。しかしあまりにもワガママすぎるのだ。表向きの性格の良さを打ち消すほどそれが周知の事実となっている。そしてそんな中求婚するなど、とても清純な求婚とは思われない。それを他の貴族達も分かっているのだ。
しかし、彼女も高貴な身分である。故に、婚約者が必要だ。そして先ほどの理由からおそらく彼女から求婚するしか婚約は成立しないのだろう。
(なんでコイツさっきまで家出してたのに普通の顔して宴会に参加してんの?)
ゼロよ、強く生きろ。
「あー…ようやく休める…」
そのまま城の一室に案内されたゼロ。ここを使っていいらしい。流石幹部の自室というだけあり、ゼロが仮拠点に選ぶような安い宿や洞窟とは比べ物にならない。床や壁、照明や暖炉など、ありとあらゆるインテリアから高級感が漂っている。
「……なんで君までいるの?」
一応身の安全のために『あんた』や『お前』呼びはやめておく。
「婚約者なのだから別に構わないでしょ?」
ゼロの脱いだコートを勝手に片付け始める女王。
「誰もいないんだからその設定続ける必要あるか?それと襲われてたときのオドオドした王女様はどうした?」
「あれは本当に怖くて…それに、あなたのことを気に入ったのは事実よ。それもかなりね」
「どこに気に入る要素があるんだ?」
「誠実さよ」
「…誠実の意味を一度ググ…じゃなくて調べた方がいいぞ」
「あなたは私の身分を知らなくても助けてくれたじゃない。それに、結構顔タイプなのよ。結構言われてきたんじゃない?顔が良いって」
「容姿はそれなりに自信があるのは認めるよ。見た目とか体裁を気にする家系だったもんで」
「家系…そうだ、あなたの名前を聞いてなかったわ」
「氷雨零。こっちでの名前はゼロ・スティングレイ」
「スティングレイ!?」
エンジェライアは持っていたゼロのコートを落としそうになった。
「なんだよ?なんか文句あるか?」
「あなた正気?スティングレイって言えば不死身の騎士ドラズィアスター、叛逆の魔女ユイナ、ユイナの親にして王国随一の頭脳をもつアイゼンの一族よ?」
(ユイナにアイゼン…?リヴィドの名前じゃないな…いや待てよ…?確かあの廃墟の女のとこにいた野郎もスティングレイ…どうなってやがる…)
「多分そいつらとは関係ないよ。俺は極東の国から来たからな。でも俺のかなり前の先祖がリヴィドに渡ってスティングレイって名乗ってたってのは聞いたことあるぜ。だから俺もそうした」
「じゃあ関係あるじゃないのよ!アイゼンはもともと極東の出身よ?絶対血縁者でしょうが!」
「んなこと言われてもねぇ…俺は名前変える気ないぞ?」
「別に構わないわよ。ちょっと驚いてただけだから…」
「そうか、それじゃあエンジェライア…長いな、エンジェ、もう俺は寝るから出てってくれ」
「出ないわ。今日は意地でも一夜を共にするんだから」
「…他意がないならその言い方はやめとけ、それ××××するって意味だから」
「知ってるわ。別に私は構わないわよ?」
「お前さんなぁ…伴侶に飢えてここまできたか…」
「いいじゃない別に。もう周囲には婚約者って認識なんだから。今更逃げられないわよ?もし逃げたら意地でも探し出すから」
(うっわこれ完全に外堀埋められてるわ。詰んだわ)
「駄目なもんは駄目だ。まずお前さん今何歳だよ?」
「レディに年齢聞く?18よ」
「答えてるじゃねぇか。それにやっぱり俺と同じじゃないか。俺らが大人になるまでは駄目だ」
-こっちの成人が22からだからあと4年は稼げるな…その間にどうにかしないとな…
エンジェは馬鹿にするように笑った。
「子供みたいな考え方ね。箱入り娘かなにかかしら?」
「箱入り娘がよく言うよ」
「後継は早ければ早いほど喜ばれるのよ。そもそも女王である私の命令よ?あなたに拒否権はないわ」
「表向きはルキア・ペントルクスが女王陛下だ。お前さんにそこまでの権限はないだろ。それに、真女王ともあろうお方が今日知り合ったばっかりの男と寝ちまっていいのかなー?」
「あなたのことは今まで見てきた人間の中で一番気に入ってるし興味があるの。それに密かに交際していたことにすれば問題ないわ」
「お前さんメンタル無敵かよ……」
ロマンに侵されたゼロの頭では彼女に討論で打ち勝つことはできないようだ。そんなことを考えているとエンジェがゼロをベッドに押し倒した。
「えっちょっとエンジェ?」
突然のことにゼロの顔が赤くなる。
「あら、強気な割にこういうのに慣れてないのね。可愛らしいところもあるじゃない」
「見んな!ずっと放浪してたから経験がないんだよ…!」
「恥ずかしがることじゃないわ。私も初めてだもの。でも安心して。私がリードしてあげるから」
「やめろ!マジで逃げれなくなるから!」
このまま一線を越えるのはまずい。ゼロはこんな不真面目な性格だが、別世界で過ごした経験や、戻ってきてから賊を狩っていたために、人一倍倫理観がしっかりしているのだ。
「あら、女王様を傷物にしておいて逃げる予定だったの?酷い婿様だわ」
「その割に楽しそうにしてんな!」
手首を押さえつけられ、体が密着しているために身動きが取れない。加えて魔術での拘束という追い討ちだ。
「もう指輪は用意してあるの。これが終わったら一緒に着けましょ?」
「ヤメロォ!!」
ゼロの悲痛な叫びも虚しく、この後そういうことをしたとかしてないとか。
「ここがシックスガーディアンの議会よ。今日からゼロはここのメンバー、空席のベルナールの席に座りなさい」
「憂鬱だ…どうして俺がこんな目に…」
「ほら、眠そうにしないの」
「誰のせいで寝不足だと思ってんだ」
「あら、結構可愛い反応だったわよ?」
「そんなことは聞いてないんだよ!」
「別にいいじゃない。どうせ根無し草の旅人だったんでしょ?定職が見つかってよかったじゃない」
「俺はもう盗賊狩りして稼げればそれでよかったんだよ…って、なんでシックスガーディアンなのに席が8つあるんだ?そこの無駄に豪華なやつは女王席だろ?それを考慮してもあと7席あるじゃないか」
確かに、ゼロの言う通り席は8つ、長方形の机を見下ろす位置に装飾のされた分かりやすい玉座があり、机には席が7つある。7という数字はリヴィドにおいて縁起が悪いことくらいゼロも知っている。
「あそこの席、あれは不死身のドラズィアスター卿の席よ。200年前から失踪してるらしいの。でも初代女王陛下によるといつか必ず帰ってくるから空けとけって話よ」
「ふーん。…?スティングレイの一族にドラズィアスター卿がいたよな…もしかして…いやまさか流石にな……いやでもほぼ確定じゃ…」
玉座と対になる位置にある席は、長年使われた形跡がなく、新品のようだった。そして、各席の背には歴代のガーディアンと思わしき人名が小さく彫られていたが、その席だけは何も彫られていなかった。
「どうかしたの?」
「いや何も。ここが俺の席ね…」
背には名前が一つ。
-『マリー・メリア・ベルナール』…女か?
「もしかして俺が二代目?」
「ええ。前任のベルナール卿はドラズィアスター卿に次いで2番目に長い199年在籍していたわ。今は引退して旅に出てるの」
「そいつも不死身なのか?」
「いいえ。前ベルナール卿は不老だけど、不死ではないの。殺されれば普通に死ぬわ」
「ふむ…最強でありながら弱点もある…それもロマンだな…」
『殺されれば死ぬ』とかいうごく当たり前のことだが、忘れてはいけないのは向こうと違い、こちらの世界には不死の生命や蘇る生物が稀ながら存在しているため、『殺しても死なない』という現象が発生する。
「で、俺は何をすればいいんだ?」
「今日は初任務だから、巡回をしてちょうだい。場所は遠すぎなければどこでもいいわ。もちろん、逃げ出したら全権力をもって探し出すから。まぁ、昨夜の様子じゃそんな勇気ないでしょうけど」
「言ってくれるぜ…」
「はぁ…なんか偉い地位を貰ったのはいいけどやることが巡回か…楽だがロマンが足りんな…なんか面白いことないかな…できればロマンに満ちたこととか…」
ゼロは昨夜エンジェと出会った森を巡回していた。といってもただブラブラと歩いているだけで、これといって魔物や賊とも出くわしていない。
(この指輪がなけりゃな…)
あの後結局指輪をはめられた。そしてこの指輪は、エンジェがゼロの元へと転移するための装置にもなっており、逃げ出してもすぐに駆けつけてくるらしい。
(考え方を変えるか…俺は一応女王様の婚約者ってことになってる。それはもう主人公ポジってことだ。ロマンたっぷりだ。そうだろ?そうであれ)
そんな事を考えていると……
「グルルッ…!」
といううめき声とともに銀の毛並みをもった狼型の魔獣が茂みから飛び出し、ゼロの方へと突進してくる。
(狼…いや犬?よく分からないな…)
「おいおいワン公、元気いっぱいだなぁ!…ってなんか魔力が漏れ出てんな…魔霧のせいか?てなると元人間だったりする感じ?」
「グルルッ……!!」
魔獣はゼロを睨みつける。目が充血しており、息が荒い。
(俺の考えが正しければこういう初任務に出てくる獣はだいたい何かしらヤバいんだけど…試しに黒雨で斬ってみるか?流石にここで手抜いて死ぬのはごめんだしな)
魔刀・黒雨、黒い刀身を持つためそう名付けた。初めて使用した感覚が非常に気に入っているため、今後も使う予定だ。
「悪いなワンちゃん……一撃で仕留めるからもう苦しむな」
抜刀しながらの一閃、魔獣は声もあげずに息絶えた。
「やっぱり魔霧で魔獣に変わった人間だったか」
死後すぐに体が魔力へと溶けていくのは魔霧に侵され変異した者に共通している。ゼロはそれを何度も見てきた。
…はずだったのだが、魔獣の体の分解は途中で止まり、魔力が液状化したスライム質の物質に包まれた何かが浮き彫りになってきた。
(おいおい…黒雨で斬ったらそうなるのか…?とんでもない能力だな…)
そしてそのスライム質の魔力の中に眠っていたのは獣人の女だった。先程の白銀の狼と同じく、銀色の毛を持った獣人だ。
そしてスライム質の魔力が破れ、獣人を外気に触れさせた。すると獣人は目をゆっくりと開け、ゼロを見た。
「あ、あなたが私を助けてくれたの…?」
「ああ。意図して助けたわけではなかったけどな」
「構いません。あの瞬間、もう二度と人の姿には戻れないのだと、このまま朽ち果てるのみだと覚悟したのですから」
「そうか。俺はゼロ。君の名前は?」
「ありません。名付けられる前に捨てられてしまい、独りでこの森を彷徨っていました。よろしければあなた様に名前をつけていただきたいのです」
「ふむ……」
(これは…あれだ。絶対仲間になるやつだ。その展開以外見たことない。初任務で助けた身寄りのない美少女とその場で別れてはい終わりなんてあるか?ないぞ。しかし困ったな…名前か…狼…月光…光?)
「ルシア…ルシア・スティングレイと名乗るといい」
「とても良い名前…光栄です。あなた様に永遠の忠誠を誓うことを約束いたします」
「気に入った。君を俺の第一の配下として扱う……とりあえず服着よっか」
あの女王の下を逃げ出すとなると全面戦争も覚悟しなければならないだろう。故に、戦力は必要不可欠なのだが、それ以上に今はエンジェライア以外の接しやすい人間が欲しかったという理由もあってか、配下として加えてしまった。
(『気に入った』じゃねぇよどうすんのやっぱりそういうパターンじゃん!なんなの?俺はテンプレから逃げられないの?これがロマンの代償ってか?あのワガママ女王に知られたら面倒だぞ…)
こうして不本意ながらゼロに配下ができたのだ。帰還の際、無理を言って収納空間に収まってもらった。この空間に人をいれたことがないが、十分な広さがあること、食材として入れていた魚が生きていたため、問題ないと判断した。
「ここがゼロ様の活動拠点…」
「用意してもらったものだ。君もここで暮らす…んだけど、見つかったら説明が面倒だから、急ごしらえで作ったこの地下室に住んでくれ。んでこれ、あげる」
宿に戻ってきたゼロはルシアに指輪を渡した。
「これは…?」
「どっかで見つけた聖遺物だ。装着者は周囲からの認識が困難になる。出る時は必ず一度この力を使って周囲を確認してくれ。誰かと鉢合わせると面倒だからな」
「…!……これからは微弱ながらゼロ様をお支えいたします!」
聖遺物…と言っても聖なる力が宿っているだとか、聖人の遺品だとかは定かではない。そもそも、遺物と言えるほど古いものでもなさそうである。しかし、ゼロからしてみればそんなものはどうでもいい。その能力が既にロマンなのだから。
(ルシアの目が妙に輝いてる気がする。分かるよ、その聖遺物めっちゃ便利だもん。実質透明人間になれるんだもん。ロマンの塊だよな)
この時の能天気なゼロはまだ知らない。獣人はその本能故に忠誠心が高く、命を救い名を与えられたルシアが既にゼロのことを病的なまでに崇拝してしまっていることを。
そして、その狂信が黒雨の指し示す必要な力だということを。
(ゼロ様が指輪を私に…!これはもう…そう言う事ですよね…!?下僕が主人に服従するのは当然のこと、それは夫婦間であっても適用されます…。うふふ…全力であなた様をお守りします…!)