二人の叛逆者
「なあエヴリン、やはり避けられないことなのかい?」
「最早我々の手には負えないことです、先生」
エヴリンとエルヴィリアが委員会の活動教室で茶を飲みながら言葉を交わす。
「君が私を先生として扱ってくれるなんてね」
「正直マトモな方ではないと思っていたので」
「はは、天才肌と言ってくれ。だが畏まる君を見ていると妙にくすぐったい。どうか友人のように扱ってはくれないだろうか」
「…いいだろう。だが私の友人になるということは面倒事を押し付けられるということだが、構わないか?いや、一応言い直そう…構いませんね?」
「ああ。既に面倒事に巻き込まれているのでね」
ゼロはエヴリンと少し付き合いがあるが、その時の印象は『バカ真面目なフリしてジョークが言えるし隠れてサボるおもしれー女』というものだった。だが実際その通りだ。
「レイ一人に任せてもいいのか?」
「そういう運命さ。私達はお膳立てをするだけしかできない。ならなるべくおいしい役をもらおうじゃないか」
「私にはどちらが正しいのか…」
「正しさとは何か、君の考えを聞かせてほしい」
「若人にそんな事を聞いても期待しているような答えは返ってこないぞ」
「それは予想していなかった。君なら確固たる意志を持っていると思っていたよ」
この言葉がエヴリンの癪に触ったのか分からないが、彼女は席を立った。
「…もう話すことはない。こうしている間にも彼は姿の見えない邪悪と戦っているんだ」
傍らに置いた剣を取り、部屋を出た。
「…運命の瞬間が訪れた時、果たしては君は生きていられるだろうか?」
買い物とはいいものだ。いつでも期待させてくれる。昨日は売っていなかったものが売っていたり、安くなっていたりする。あれやこれやと悩んでいるとすぐに時間が経ってしまう。
「こちらの宝石はこんなに美しいのに、どうしてたったの2000ゴールドなんですか?」
「学術的に価値が無いからな。リヴィドじゃ珍しくもないことだ」
現在俺は妹のユイとハイドレスト地方の例の街に出かけている。今週は何だかドタバタとしていたが、休みがあるだけで随分と疲れが吹き飛ぶものだ。
「でもこちらもほとんど同じなのに、倍以上値段が違いますよ?」
「多分それは中に圧縮された魔力がぎっしり詰まってるんだ。そういうのは大抵占いとかに使えるらしい」
「へぇ…私にもできますか?」
相変わらず愛らしい妹だ。心が浄化されるとはこのことだろう。あまりにも眩しい。
「個人の才能によるが…ユイならできるかもな」
「やったぁ!買ってみても良いですか?」
「…本当にそれでいいのか?」
「せっかくお兄様が説明してくださったんですもの。買わなければ失礼でしょう?」
「俺の事なんて気にしなくていいんだぞ?」
先程の知識はアイリスとの修行…といっても、彼女の研究を手伝う際に身につけたものなのであまり褒められたものでもないのだ。それよりかはユイ自身のためになるものを買ってほしいところだ。
「大丈夫ですよ。無価値な物などありませんから」
そう言ってユイは会計を済ませてしまった。俺が払うつもりだったが先を越された。少し鈍臭かっただろうか。
「この後はどうする?まだ時間はあるが…」
「あそこのお店で少し休憩しませんか?」
ユイが指差した店はこの前ビアンカに案内されたあの飲食店だった。ちょうどいい、今度はもう少しマシなメニューを頼もう。
「綺麗なお店…」
ユイは目を輝かせている。改めて見ると確かに美しい。風通しもよく、少し暑いこの時期でも涼しい。奥の方まで進んだ。
「だから!私が負けるはずがないでしょって!」
聞いたことのある声…まさか…
「そうは言ってもエンジェライア様が即位なされたなら先生が敗北したということでは?」
「引き分けよ引き分け!…あら、あなた達も来てたの?」
ベルナールとシトラスだ。随分と仲が良さそうなことで…
「おお、ここで会えるとは」
「…どうも」
「こんにちは」
「君達もこの街に来ていたなんてね。少し以外だ」
むしろこの二人が来ていた方が以外なのだが…
「お兄様から教えてもらったんです。素敵な街ですね」
「当たり前よ、ここは水龍が直接守護した街なんだから」
「何かの縁だ。一緒に食事でもどうかな?」
「はい、喜んで!」
俺はあまり喜んで、とは言えないがユイがいいならそうするしかあるまい…彼女にも全て話すべきだろうか。妹を巻き込みたくないという思いと、彼女に隠し事をしているという罪悪感に挟まれていたたまれない気持ちになる。
「まだ椅子があるみたいだが…誰か来るのか?」
「誰かは分からないけどね」
「?」
「占いよ。席を四つ空けておけってね。今あんた達が来たから、あと二人来るんじゃないかしら」
そんないい加減な…と思ったがこの魔女が言うならそうなのだろう。これ以上敵が増えることがなければいいのだが…
「まぁいつになるかは分からないし、適当に談笑しましょうか。どう?シトラスに勝てそう?」
「いきなりどうした?」
「いや、この子が毎日うるさくてね〜。『ようやく私と渡り合える人と出会えた』だの『彼こそが革命を起こす存在だ』だの…」
何だこの魔女。意外と声真似が上手ではないか。
「…そんな風に言ってたのか?」
「ちょっと先生…まぁ否定はしないが…でも!先生が私と一戦交えてくだされば!」
「命のやり取りじゃない決闘なんて興味が無いの。私の魔術も剣術も、競技じゃなくて本当の命の奪い合いのために磨いたものだから」
なるほど。その感覚は理解できるかもしれない。ユイと戦った時と、シトラスと戦った時、試合の結果を見ればシトラスに軍配が上がるだろうが、俺の中ではユイの方が強いと思えてしまう。それはおそらく、ユイと俺の剣術は殺し合いのために生まれたもので、派手さや美しさとは無縁の戦い方だからだろう。
「いつまでも子ども扱いを…」
「ええ、まだまだ子どもよ。あんた、レイとの決勝戦の時、本気でレイを殺そうとして刺したの?」
「いえ…彼はどれだけ絶望的でも向かってくるだろうと感じたので無力化するために…」
無力化するだけならせめて武器を奪うとかに留めて欲しいものだ。危うく死にかけたのだが?
「私なら本気で殺すつもりで最後の一撃を入れていたわ。レイ、それにユイ、あんた達も同じでしょ?」
「まぁ…命のやり取りならそうするでしょうね」
「どうだろな。そんな簡単に殺す殺さないを決められるとは思えん」
ユイが賛同したのは少し意外だ。俺が故郷を離れてからは彼女が次期当主となっていたはずだが、床に臥していた彼女に殺し合いの概念があったのかは俺には分からない。ただ故郷がリヴィドよりは物騒なところだという記憶はある。
「二人とも生粋の武人って感じね。昔を思い出すわ…」
ベルナールがどこか遠い目をしている。例の戦争のことだろうか。
「誰のことを思い出してるのかなー?」
後ろから声…どこかで聞いたような…
「っ…!?何でアンタ達がここに!?」
振り向くとそこには黒髪の男と白髪の女がいた。
「酷いじゃないか。これでもここの常連なんだけど」
俺と瓜二つの少年にしか見えない男…クロード・ドラズィアスター…或いはエンバージュ・ドラズィアスター…二百年前の戦争の英雄、百年前の厄災の発端…そして一年前の事件の強力な助っ人…
「え?お兄様が…二人!?」
「驚いた…双子かい?」
驚くのも無理はない。双子よりも似ているとすら思える。髪の色、目の色、声は少し離れているが寄せれば十分誤魔化せるくらい…正直俺も鏡を見ているのでは思った。
「あー…久しぶり」
「久しぶり。また会えて嬉しいよ、レイ」
こんなに似ているが、俺とクロードは内面は異なる。クロードの方がよっぽど好青年だろう。正直、ルシアを除く叛逆の騎士団が俺に執着しているのはほとんどクロードのせいだろう。彼は、『僕にはユーリがいるから、見た目がまったく同じで助けを必要としてる彼で妥協してよ』と言っているも同義なのだ。そしてそれを平然と受け入れている彼女達も理解できない。
「…久しぶりですね、マリー・メリア・ベルナール」
「二度と会いたくないわ、ユーリ・ドラズィアスター」
「まぁ落ち着いてくれよ。ちょうど空いてるみたいだし、ご一緒してもいいかな?」
「ええ!是非そうしてちょうだい!」
「クロード、やっぱり別の席にしましょう」
この二人が直接言葉を交えている瞬間を見たのは今が初めてだが、予想通り不仲だった。
「どうかそう言わず、私も興味があります」
シトラスが提案した。まあこれで無関心でいられる方が無理があるというものだ。
「悪いけど少し我慢してね、ユーリ」
「クロードがそう言うなら…」
元々吸血鬼であるユーリ・ドラズィアスターはベルナールが死ぬのを待っているらしい。何故殺さないのか聞いたが、クロードとの約束でできないらしい。逆に言えばその約束がなければ殺しに行っていたというのだから恐ろしい話だ。
「えっと…お兄様とクロードさんをどうやって見分け…あ」
「気付いた?目を見れば分かるんだよね。ところでレイ、この子は君のガールフレンド?」
「違う」「そうです!」
…はい?
「何を言ってるんだユイ!?仮に恋人ができたとしてもお前を優先する自信はあるがお前をそういう目でみたことは一度もないぞ!?」
「あっ…すみませんつい…そうだったらいいな、ということにしておいて下さい…妹です…兄がお世話になったみたいですね…」
「あっははは!良い子じゃないか。これが君の教え子かいマリー!」
クロードは愉快そうだ。俺はイマイチこいつを信用していない。勝手な想像だがいつか裏切りそうだから。自分と同じ顔で自分が言わなさそうなことを言っているのが苦手なだけかもしれない。それを言ったらクロードにとっても同じことかもしれないが…
「まぁ…そうね」
「そっちの子は?」
「シトラス・ドラクロワです。以後お見知りおきを」
クロードが首を傾げる。何かを思い出そうとしているようだ。
「ドラクロワ…ドラクロワ…どこかで聞いたような…」
「学生時代の召喚術の教師ですよ…あのプライドの高い…」
「ああ!あの人か!懐かしいなぁ…」
「先祖のことを知っているのですか?」
「ちょっとだけね。…まぁ…面白い人ではあったよ」
その反応はもはやフォローになっていないのではないだろうか。部外者同然の俺でも、あまり『良い人』ではなかったことが伝わってくる。
「ふん!セドリックのどこが面白いのよ。理不尽に怒るだけじゃない」
「先祖が迷惑をおかけしました…」
「いいんだよ。刺激があった方が思い出として残りやすい。良かれ悪かれ、でも時が経つと大抵の悪い思い出も懐かしくなる。だからと言ったらあれだけど、失敗を恐れる必要なんてないんだよ。…ごめん、話が脱線したね。何だったかな…そう、良い名前だ。マリーが連れて歩くくらいだし、将来有望な子なんだろう?」
コイツもベルナールも二百歳を超えているのだ。だがどうも性格にも外見通りの若っぽさが見える。というかベルナールに関しては子供っぽいのだ。はっきり言ってユイの方が大人だ。
「ここ百年で一番優秀よ。少なくとも学園祭では優勝したわ。アンタの席をあげたらどう?」
「席?」
シトラスが不思議そうな顔をしたが、すぐに焦りへと変わった。…クロードの顔が『マジ』だ。今すぐにでも剣を抜いてしまいそうだ。
「マリー、それは冗談でも見過ごせないな」
「どうせ戻ってくる気はないんでしょ?」
「あれは姉さんとの約束だ」
「あんなのアンタを縛りつけるための枷に過ぎないのよ。もうアイツはいないんだし、期待できる若者に譲ってもいいんじゃないかしら?」
また始まった…。互いに譲れないところがあるのだろうか。俺にはコイツらがどうしてこう頑固なのか理解できない。
「すみません、さっきから何の…?」
「ガーディアンの席よ。あんたの父親から聞いたことはない?ガーディアンの席が一個多いって」
「いえ…初めて聞きました」
いや…その話はやめてほしい。俺の正体がバレかねない。
「こいつがシックスガーディアン幻の第七席、不死身のドラズィアスター卿なのよ」
「え…!?」
「あれ、てっきり気付いてると思ってたよ。僕の名前を聞いたことは?ドラクロワの子孫なら少しは名が通ってると思うけど」
「少しだけ聴き馴染みがあるような…ですが先生の意中の人とこんなところでお会いできるとは…」
なんというか、やはり不思議な光景だ。自分の体が操られているような錯覚に陥ってしまう。立場も似通っているからか尚更だ。
「悪気は無いけど、君に第七席に座る資格は無い。あの席に座る資格があるのはリヴィドで3人。僕と叛逆の英雄ゼロ、そして…」
クロードと目が合う。
「レイ・ヒサメ。君だ」
「買い被り過ぎだ。俺はただの学生だぞ」
クロードは俺の意図を一瞬で理解したのだ。これはシトラスにミスリードを誘っているのだろう。でなければゼロとレイ、どちらも俺の名前であるのに分けて言う必要はないからだ。…よかった…ナイスだクロード。まぁそこまで隠したいことかと言われると悩ましいところではあるが、一応は切り札として隠しておきたい。
「えっと…理由をお聞きしても?」
ユイが口を開いた。よく考えればこのメンツだと彼女は蚊帳の外だろう。あまりに接点が無さすぎる。それを言ってしまえばユーリもそうかもしれないが。この中で全員と知り合いなのは俺とベルナールだけか。
「共通点を探すといい。未知の複数の事象に対してはまずそれを行うべきだろう?」
ふと思ったのだが、もしかしたらクロードはゼロとレイを分けて考えているのかもしれない。ビアンカが名前が違えば人も違う、と言っていたが彼も同じ考えなのだろうか?
「共通点…?お兄様のご尊顔とかですか?」
褒めてくれるのは嬉しいがそれ言うとゼロも同じ顔になってしまうのだが?いや同一人物だからそりゃそうだが…というかそれでバレかねないぞ?
「それがあったか。けど違う、ゼロ・スティングレイの顔まではわからないだろう?」
「えっと…はい、そうですね」
危なかった…ギリギリで察してくれたか。母親に似て賢い妹でよかった…英才教育の賜物というやつだろうか。平和とは程遠い故郷で病弱な彼女が生き抜くために両親は処世術を教え込んでいたが、まさかそれが生きるとは…
「答えは…そうだね、運命に抗う者、とだけ言っておこう」
それは叛逆者としての一面だろうか?だとしたらレイとしての俺は当てはまらないと思う。運命という名の、愛が重い奴らに囚われてるからな。
「あまりよく分かりませんが…追及しないようにします」
「そうしてくれ。少し話し疲れた。そうだ、『いつもの』はあるかい?」
「今日もあるみたいですね」
ユーリがメニューを見ながらクロードにそう言った。
「じゃあそれにしよう。みんなはもう食べ終わったのかい?」
「まだだな。俺もそれでいいや…」
「では私も」
「私はやめとくわ。とても食べれたものではないから…」
「先生がそう言うなら私も遠慮します」
ベルナールが嫌そうな顔を…まさかビアンカの『いつもの』と同じなのか?だとしたら少し後悔している。俺が食う分には構わないが、妹にアレを食わせることになるとは…
結果から言って、同じだった。だが以外だったのは、ユイがアレを気に入ったことだった。生き別れになった期間は長かったが、それでも嘘かどうかくらいは分かる。本心から美味しいと言っていた。…俺の味覚がおかしいのか?




