期待の新人
「敬意の無い者と決闘を行う程私は落ちぶれていない!」
翌日の朝、俺はビアンカの言っていたロバンという生徒を探していた。いや、既に発見はしたのだ。彼は真面目なことに朝早くから来た所謂朝練というやつに励んでいた。だが問題が…
「なぁ〜頼むよ〜。一回だけ、一回だけでいいからさ!」
「その態度が気に食わんと言っているんだ!」
闘技場にいたロバンを見つけたはいいが、例の魔道具とやらの詳細を確かめるためにもまずは戦ってみておかしな点は無いかを探ろうとしているのだがどうもうまくいかない。流石は超名門校に通う生徒だけあってかどいつもこいつもお堅い貴族の坊ちゃん嬢ちゃんって感じだ。
「良いじゃねぇかよぉ〜、生徒会長と一戦交えた俺がわざわざ頭下げてんだぜ?十分敬意払ってるって」
「そうか君があの舐め腐った新入生か!よくも決闘をコケにしてくれたな!生徒会長に気に入られたからと調子に乗っているのだろう!」
「でもよ、その生徒会長と決別したんだぜ?丁度昨日の夜のことだ。そう嫉妬しなくてもいいじゃないか」
こういう堅物は少しプライドを煽ればすぐに乗ってくる。興味無い、あっちに行けという態度を取り続ければ取り続けるほど、一度気になることがあれば退くことが難しくなる。
「っ…嫉妬などッ…!」
おっと、どうやら手応えありのようだ。このままもう少しプライドを刺激してやれば…
「いいじゃない。受けてあげなさいよ」
……誰…?ベルナールか…
「っ!?ベルナール先生!どうして貴方様がこの様な場に…!?ここは下賤の身ばかりが集う場!ベルナール先生のような高貴なお方にはとても…!」
何だこいつ。さっきまであたかもここが聖域みたいな態度だったくせに、『赤髪我儘クソ女』が来たらこれかよ。
「どうでもいいわよ。今はガーディアンじゃないし。ただの教官よ。コホン…自分の腕を磨く良い機会だと思うの。受けてあげてもいいんじゃないかしら?」
いいぞもっと言ってやれ。
「それは…ベルナール先生が言うなら…やりますよ…」
「決まりね」
いややっぱり気に食わない。何で俺だと駄目でベルナールが頼めば了承するの?坊ちゃん嬢ちゃんってそんなに俺みたいなヤツのこと嫌いなの?
まぁいい、とりあえず始めよう。魔道具の所持やらその効果を調べるためにはまずはその魔道具を使わせないといけない。ギリギリまで追い込めば頼るだろうか?
「準備できたわね?大会と同じルールで、じゃあ始めるわよ。3…2…1…0!」
おっと、ぼーっとしてたら始まってしまったようだ。一瞬遅れたが問題無さそうだ。シトラスの動きに比べれば赤子も同然。遅すぎる。
「『水の龍、回帰の龍、至高の龍よ!我呼びかけに応え、かの敵を喰らい給え』!」
こいつ詠唱が必要な魔術の使い手か…何してくるかバレバレだな…などと思いつつ、俺は迫り来る水の魔弾を軽々避けた。
「詠唱の割には案外ショボいじゃねぇか。ハイドレストが泣いてるぞ?」
シトラスとの決闘からあまり戦闘をしていなかったが、流石にこのレベルの魔弾に当たるほど鈍ってはいない。というか技に対して魔力が見合っていないのだろうか。当たっても軽く吹き飛ぶくらいで済みそうだ。
「っ…!なら…『地の龍、風の龍、調和の二龍よ!我が行く道に加護を齎し給え』!」
突如として風が吹き荒れ、僅かに地が揺れる。だが立っていられない程ではない。やはり拍子抜けだ。
「お前、三元素使いなのか。やっぱり才能だけはあるんだな〜」
実際、2つの元素を操るだけでも周囲から持て囃されるレベルなのだ。それを3つともなると、並の貴族なら四、五代に一人いるかどうかと言ったところだ。つまり、彼は本当に優れた魔術師であるのだ。…だが俺は感覚が麻痺している。
フェリシーを見てみろ。全部使えるんだ。ベルナールだってそうだし、きっとクロードもそうに違いない。もう驚きもしないのだ。敵にも味方にも五大元素全て扱える者がいたのだ。それはそうだろう。
「そう言う君はッ!やはり決闘を侮辱しているんだな!」
魔術の才はあるようだが剣術はイマイチだ。乱暴に振り回す、美しさのかけらも無い突き、隙だらけの防御…この3つを繰り返すだけだ。まぁ彼が怒るのも無理はないか。確かに俺は本気でやるつもりはない。…いや、いざとなれば本気で叩きのめすが、『ふざけている』風に見せて、魔道具の使用を促しているのだ。勿論、ビアンカの思い違いなら本当に申し訳ない話だが、わざわざ彼女が名前を覚えているくらいだ。十中八九クロだろう。
「こんなところで刀を抜いてたら、こいつを作った奴に申し訳ないんでね。でもほら、この剣だって俺の特異な能力らしいぜ?それなりに敬意を表してると思うんだが」
彼の戦い方は非常に勿体無く思えた。最高の食材を素人が料理したような、そんな感じだ。その才能を欲しがる奴は多いだろうに…。
「黙れッ!!」
もの凄い剣幕だ。貴族の家系は本当にプライドが高い。いや、その中でもかなりの堅物だろう。なまじ才能がある分、今まで周囲から持て囃されてきたのか、などと想像してみる。
「煽ってるわけじゃねぇんだ。本当に思ったことを口にしてるだけだよ」
「ッ…!この…無礼者め…!」
叛逆の騎士団と過ごした一年間、彼女達からいろんなことを学んできたが、貴族の歴史というものは中々興味深い。…あまり良い意味ではなかったが。どちらかと言えば嫌悪に近いかもしれない。産まれた時から一生がほぼ決まっている様なもので、厳しい規則と枷に繋がれて家の繁栄のために身を滅ぼしていく…そういうものだ。実際、記憶の限りの話だが、俺の母がそうだった。腕の良い刀鍛冶だっただけの親父と結ばれてからは随分と苦労したそうだ。そんな中忌み子を二人も産んじまって…俺が言うのもアレだが可哀想な人だ。
「もういいよ。終わりにしよう。俺の期待したものとは違うみたいだ」
多分ビアンカの勘違いだったのだろう。まったく、調べものついでに決闘を楽しめると思ったのに変な感傷に浸ってしまった。興が冷めるというものだ。
俺は武器を取り上げ、剣を喉元に突きつけた。
「付き合ってくれてありがとな」
「っ…!まだ…!!」
突如としてロバンの目付きが『本物』になった。彼が俺に向けてきている感情は嫌悪から殺意になったのだ。この感じを表すなら、じゃれ合いのつもりが喧嘩に発展してしまう時の感覚に等しいと言えるだろう。
「ぐッ…!ア…ァァ…!」
苦しそうな声…何をした?距離をとった俺に向かってふらふらとおぼつかない足取りで向かってくる…
「アア、アァァ!!」
それまでの千鳥足から一転してもの凄い速度で俺のすぐ目の前まで迫ってきていた。目が充血し、息も荒い。獣のような、酷い酔っ払いのような気性の荒さを見せている。
…いや、やっぱり何か持ってやがった。そう確信したのは、彼が首に掛けているネックレスらしき物の装飾である宝石が妖しく輝いているからだ。
「悪いが加減は期待するなよ!」
「ア…」
背後に回り、剣の柄で後頭部を殴りつける。半分意識が無いような状態だったからか、一瞬で倒れ込んだ。その体を支えて、誰にも見られぬようにそのアクセサリーを回収した。一瞬見えただけだが、宝石由来の輝きとは違う、魔力の関与が見られる光り方だったことは分かった。
「悪い、ちとやり過ぎた。医務室に連れて行ってやってくれ」
「ええ、そうするわ。ん…っと、ちょっと動きづらいわね」
意識の無いロバンをベルナールに預け、俺は教室に戻ることにした。授業もあるんだ、少しだけ寝よう。
……と思っていたのだ。完全に忘れていた。寝ようと思った矢先に俺は目を大きく開くはめになった。
「突然ですが転校生を紹介します。自己紹介お願いします」
「ルイス・ファイストスだよ。よろしくね〜」
そうだ…そういえば昨夜そんなことを言っていた。しかし早過ぎないか?どうやって…いや、叛逆の騎士団の面子ならやりかねないし、できるだけの実力はあるのだ。
「席は…」
「あ、あそこがいいな〜」
「はい、ではそちらに」
ヤメロ。来るな。こっちを指差すんじゃない。隣に座るな。せっかく窓際の長机を独り占めしていたというのに。
「皆さん仲良くしてあげてください」
「よろしくね。君はなんていう名前なの?」
白々しい…みんなの前だからって猫被りおって……
「ヒサメレイだ。よろしく」
「かっこいい名前だね!この学園のこと、いろいろ教えてね!」
(俺より詳しいくせによぉ!!)
いつものダウナー気質なビアンカからは想像できない活発さだ。その態度の切り替え方、役者にでもなったらどうだ?
「…んで、怪しい魔道具とやらは回収できたんだ」
「まぁな」
「何に使うの?」
「うーん…使おうとは思ったが思いの外デメリットがデカそうだから正直に提出するよ」
何普通に会話してるんだろうか。一応転校生として来たんだよな?あの後授業一回挟んだらいつものビアンカに戻りやがって…
「ま、賢明な判断だね。どうせ使い道なんてないし」
「研究資料としては?」
「フェリシーとアイリスならそんなちょっと凝っただけの玩具、いくらでも作れるって」
相変わらず天才、いや天災だこと。修行の時は毎日のように発明品の実験台になっていたものだ。人の身体を何だと…
「作らせるなよ?」
「あの二人はもうそんなのに興味無いから。それよりさっきの授業の時の教師、本当に面白かったね〜。水をかけられた猫みたいな顔してた」
というのも、先程の授業で、フェリシーの著書の一つである彼女から今を生きる人間達へのメッセージの内容を教師が彼女に問うたのだ。当然、そのメッセージは暗号文で構成されているし、問いかけ自体も相当に難解なものだ。解読は進んでいるが、肝心の問題の答えは出ないまま…という難問をいきなりぶつけたのだ。教師としては、『解読できるか』という意図で問うたのだが、あろうことか彼女はその『問いかけ』自体の解を答えてしまった。あとはお察しというやつだ。
「…あんまり迷惑かけるなよ…」
「今の軟弱をばっさり切り捨てるのも楽しいね。どうりでフェリシーがフェリックスなんて名乗って学院でお堅い講義をするわけだ」
フェリシーの講義なんて聞きたくもない。少しでもボロを出すとどうなるか…
「お前もそっちサイドに行くなよ?」
「大丈夫だって、私は教える立場の人間が大嫌いだから」
だから教師として入ってこなかったわけか…まぁ、彼女が先生になるなんて言われてもあまりピンとこない。彼女は学生時代に不死を得てから成長が止まっていることに起因するのかもしれないが。
「ベルナールを見習えよ…」
「いや、彼女も大概だよ。相変わらず負けず嫌いだし、やってる事がクロードのストーカーだって自覚してないし。妻帯者にしつこく『会いたい』って手紙を送るとか馬鹿じゃないのって話だよ」
「マジかよ最低だな」
クロード本人はリヴィド郊外の森で妻のユーリと隠居していると聞いたが、自分の因縁を断ち切ってからはどんな思いで過ごしているのだろう。クロードとベルナールには200年に渡る確執があったのだ。2人の溝は埋まったのだろうか。
「あ、あの…」
「ん?ヘルミィか」
「ビアンカさん…だよね?」
「大正解。ちゃんと覚えてたんだね」
昨日学生証を見せただけなのによく覚えているものだ。俺なら忘れていたかもしれない。
「よかったら…改めて、友達としてよろしく…お願いします…」
「うん、よろしく」
年齢の差か、それとも師弟関係だからなのか、少し緊張しているように見える。まぁ、彼女の驚くべき戦闘技能を目にすれば、どこで覚えたのか、普段何をしているのかと気になることは多いだろう。実際のところ、普段彼女が何をしているかと聞かれても答えられない。フェリシーなら執筆か研究、ネメシスなら修行、ルシアはストーキングしてるだろうしアイリスも開発や研究、ベルティーナは何やら財閥の経営が忙しいらしいし、キリエはどうせ一日中祈りを捧げているのだろう。
しかしビアンカだけはよく分からない。急に現れたかと思えば消えるし、かと言って呼び掛ければすぐに駆けつける。だがルシアと違って気配を消してストーキングしているわけではないらしい。元軍人だと言うが、少なくともリヴィドでその経歴を生かせる仕事はそうない。憲兵なんてのはそれこそ一日中忙しいだろうし、国境を見張る兵士も同じだ。本当に何をしていたのだろうか…
それはそれとして、その後、例の回収したブツをエヴリンに提出した後の授業でまた彼女はやらかした。召喚呪文の授業は一年生と合同の授業だったため、ついでにユイにも紹介していたのだが、まさにその時ビアンカがドラゴンを召喚してしまった。授業は一時中止となり、研究材料にと教師が捕獲しようとしたが彼女はいとも容易く雷の魔術で射殺したのだった……
「やっぱり授業は楽しいね」




