治安維持委員会、動きます
「やぁ、元気してるかい?」
「帰ってください重症患者です」
どうして今エルヴィリアなのだ。最も会いたくない教師なのに…
「冷たいじゃないか。フィリドールもそう思わないかい?」
「仲が良さそうで何よりです。…あー…君が治安維持委員会に所属することになったと聞いたから、早速仕事を依頼しようとしていたんだ」
こいつ……
「いや驚いた。フィリドールとも知り合いだったのか。まぁ君のような実力者なら人脈も広いのだろうね」
女王の婚約者にされてるから人脈が広いとかいう範疇に収まってないのだが。
「世間話には興味はありません。仕事って何ですか」
「それはフィリドールから聞かせてもらおうかな。私も完全には把握していないからね」
「はぁ…顧問なら活動内容くらい把握しておいてください。生徒会みたいに制御できなくなったらどうするんですか…えー…コホン、簡潔に説明すると、最近校内で何か怪しい魔道具が出回っているんだ。その魔道具の売人と使用者を見つけ次第取り締まっていく、以上」
何ともスピーディーな説明。ひょっとして彼女もエルヴィリアが嫌いだったりするのだろうか。そうだと嬉しい。
「魔道具?どんな?」
「取り上げた瞬間に力を失ってしまう仕組みであまり詳しいことは分からないが、使用者の魔力を底上げするもののようだ。だが使用者の精神、肉体にも異常が見られている。症状は様々だ。凶暴になったり、逆に酷く落ち着いて虚ろに見えたり、魔力に耐えきれず気を失ってしまったり…」
聞くだけでも少なくとも堂々と売っていいものではないことがわかる。だがどれだけ代償があろうと人は力を求めてしまうものなのだろうか。
「そんなに悪いことづくめなのにどうして…」
「この学園に通う者は天才と変人くらいだからね。プライドが高いのさ。貴族も多いし派閥争いは絶えない。そうなれば爆発的に流行るだろうね」
「なら急いで回収しよう。んで?見た目とかは?」
流石に外見が分からなければ探しようがないが、取り上げると力を失うのなら実物は果たして残っているのだろうか。
「見た目か…ネックレスのようなものもあったが、剣に埋め込んでいる者もいた。共通しているのは禍々しい紫色に輝く宝石であるということだけだ」
そうなると少々面倒だ。紫色の物を手当たり次第に調べるわけにもいかない。ましてやそんなに危険なものなら尚更…いや……もしかして利用できるのではないだろうか?対シトラスに用いることができればあるいは……
「分かった。探す方法は何かあるか?」
「正直言って、他の生徒に聞き込みをしながら巡回するしかないな。だが闘技場に行けば幾分か見つかりやすい。ああ、その場合は君一人で行ってくれ。先生と私はかなり警戒されて、最近は私達が来た途端にそそくさと去ってしまう」
やはりと言うべきか、もっぱら決闘にも用いられているらしい。だがそれが本当なら実戦でも十分に扱える物であるはずだ。すぐに向かおう。
「じゃあ行ってくる。手柄があればそれなりの報酬を期待しとくよ。食べ物でも金でもマッサージでも構わないからよ」
怪しげな魔道具…いったいどんな力が秘められているのだろう。だが使えそうだ。
この時の俺は考えもしなかった…的な展開にならないといいが…
「どうした、手が止まっているぞ」
駒を掴んだまま、フェリシーの手は動かない。盤面は終盤戦に差し掛かり、一つの駒の価値が相対的に高まっていく。たとえポーンであろうと蔑ろにはできない。
「…呼吸が荒いぞ。よほど焦っているようだな」
「さて…どうだろうね。私は呼吸を必要としない」
「キングを守るにはルークを犠牲にするしかないぞ。それとも負けを認めるか?」
ファイストラウ有利の局面。初めてここまで追い込まれたのだろう、フェリシーの額に汗が浮かんでいる。
「まさか。私は負けず嫌いでね」
「新しい定跡とやらも大したことはなかったな。やはり慣れないことはするものではなかったのではないか?」
「『遷移』の君がそれを言うかね?矛盾に満ちた龍だこと」
「『回帰』を謳いながら象徴たる己が死したハイドレストよりは幾分かマシだと自負しているがな」
「彼女は死んでなどいないさ。あの城で新たな主の出現を待っている。少年クロードの意志を継ぐ、正義の象徴を」
フェリシーがようやく駒を動かした。今度はファイストラウが熟考する番だ。
「リヴィドには倒すべき悪はいないだろうに」
「姿を見せないだけだ。常に悪は存在している。200年前がそうだったじゃないか。…失礼、君には関係のないことだったな」
「戦争が起きたにも関わらず一切干渉しなかった貴様も同類だ。そも、リヴィドの争いはケルニオンにとってどうでもいいことなのだから」
「今の人類の問題は今の人類が解決するべきだ。いつまでも親に頼ってばかりでは成長しないだろう?」
「子を持ったことがないくせに、発言だけは一丁前だな」
「今の『家族』は皆子どものようなものさ。それに、お互いさまだろう。尤も、不死の生命が次の命を残すことは不可能だがね。つまりこんな会話をしても無駄さ」
ファイストラウがようやく駒を掴み、一瞬の躊躇いを見せて動かした。
「…何もかも無駄さ。百年に一度は『変数』が現れる。馬鹿げた能力を持っているだとか、恐ろしいくらいの天才だとか、大抵そういうものの前では我らなど嵐の中の塵に等しい。もうあれから百年経つんだ。そろそろ世界が大きく変わるだろう。それが今この瞬間に委ねられているのか、はたまた我らの争いなどどうでもいいくらいの大厄災が生まれるのかは分からんがな」
「理解が及んでいるのなら投了してくれてもいいんだぞ?」
フェリシーが駒を動かす。駒は一つ一つ、確実に数を減らしていく。気が付けばファイストラウの大駒は全て消え、形勢逆転となっている。
「まさか。ここからでも狙ってみせる。ほら、チェック」
ファイストラウがまた動かす。が、読んでいたかのように、何の躊躇いもなくフェリシーが駒を動かした。
「ではこうしよう」
「………」
「チェック」
「………」
大駒がキングに差し掛かる。
「…チェックメイト。私の勝ちだ、ファイストラウよ」
「…そのようだな。今回の賭けは私の敗北だ。好きにするがいい」
その言葉を聞くや否や、フェリシーは席を立ち上がって、顔を綻ばせて思い切り伸びをした。
「ん〜…!あー…。疲れた。これで家族は守れたようだな」
「はしたない。少しは上品に振る舞え」
「腹が減って仕方がないな。どうだ?街にでも行かないか?君もどうせ永い間、民の暮らしなど見ていなかっただろう」
「一人で行け。私は貴様と違って忙しい」
「つれないね。まぁいいさ、いつも一人だ」
その後、ケルニオンの街に姿を現したフェリシーはどこか浮かれているように見えた。彼女かは分からないが、酒場にとんでもない酒豪が現れたとか…
「うーん…流石に誰もいないか…」
闘技場に来てみたはいいものの、もう日が暮れているためか誰もいない。明日に出直すべきだろうか。それとも、別の闘技場には誰かいたりするのだろうか。
「あれ?こんなところで何をしてるんだい?」
振り返ると美しい金色の髪のクールな女子…ヘルミナがそこにいた。
「おお、ヘルミィか。ちょっとした野暮用でな。最近周りの奴らの様子がおかしいとかって話は聞かないか?」
「うーん…特にないね。ごめん、あまり他人に興味が無くて…ああいや、君は例外だとも」
「そうか、どうしてここに?」
「ビアンカさんにこれから稽古をつけてもらうところなんだ。ほら、卒業生とはいえ学園の関係者ではないから人目を避けないといけないからね」
ビアンカ…またここに来ているのか…。普段は何をしているのだろう。彼女の性格だとアジトでのんびりしているとも思えないが…そう言えばビアンカは何か知っているだろうか。彼女はルシアのストー…見張り以外に情報を得る手段を持っているみたいだが…
「俺も一緒させてもらってもいいか?」
「もちろん、君が来てくれるならボクも修行に身が入るというものさ」
それから数分待ち、ビアンカが来るのを待った。しかし彼女らしき人は来なかった。代わりに、黒い髪の生徒がこちらにやってくる。
「あれ?ゼ…レイもいるの?」
「ん?」
おかしい。この生徒とはまだ出会ったことがないはずだ。
「ああごめん。忘れてた」
彼女が指を鳴らすと、そこには制服を着たビアンカの姿があった。
「なんだ、お前だったのか…」
随分な変装技術だ。まったく面影がない。
「悪いね。ちょっと懐かしくて学園内を彷徨いてたんだ。この変装もその一環、ちなみにこれは私の学生時代に使ってた学生証」
学生証…先程の姿だが、やはりビアンカとは似ても似つかない。今よりも少女らしさがあり、ピンクの髪も黒く、赤い目も青い目であった。何と言うか、目立たない感じだ。
「『ルイス・ファイストス』…これって本名かい?」
ヘルミナの疑問はもっともだ。彼女の姓、エンデリリィなど聞いたこともない。明らかに偽名であると俺でさえ気付いている。
「まさか。私に名前なんて無い。ビアンカもルイスも、どれも不安定な自分を解離するためのものでしかない。そう、雷の魔術師ビアンカと、ハイドレストの秀才ルイスちゃん。そんなところだよ」
そんなものなのだろうか?長い時を生きていると考えも変わってくるものなのかもしれない。
「名前が複数あると面倒じゃないか?」
名前が複数ある俺が何を言っているのだろう、と言ってしまった後で気づいた。
「名前は3つくらいあると便利だよ。それぞれの『自分』をしっかり区別できるならね」
区別か…できているだろうか。氷雨零としての俺と、ゼロ・スティングレイとしての俺、エンバージュの継承者としての俺…特に後ろの二つは混同してしまう。
「…今のお前は?」
「ビアンカだよ。まぁ、ルイスとしてもう一回学生生活を送るのも悪くない…いや、いいねそれ。そうしよう。我ながら天才的発想だよ。制服もあるし、学園長の目を誤魔化すくらい簡単、転校生として入れば問題無し。うん、そうすればいちいちこうやってコソコソする必要もないし、謳歌できなかった青春を取り戻すこともできる」
「何言ってんだお前」
「じゃあ稽古を始めようか。今日はちょっと短めにやるから、手を抜かないようにね。早く終わって準備をしなきゃ」
「え?あ、うん…よろしくお願いします」
ビアンカの言ったことについて半信半疑なまま、彼女達は訓練を始めてしまった。俺は少し離れた場所から見ているだけだった。当初の目的を忘れてしまった、後で聞こう。
「魔力の操作が少し上手くなった?」
「練習の成果だよ、ビアンカさん!」
「でもまだ甘いね。無駄が多い」
ビアンカ…俺の過保護な配下達の中でも彼女だけは何か特別というか、つかみどころのない不思議な性格をしている。彼女に対するこれと言った印象はない。だが目立たないわけではなく、何をしても『ビアンカだから』で納得できるような気さえする。自分らしさの欠如、とでも言えばいいだろうか。博識な一面に対して、容姿相応の、どこか子供らしさを感じるのだ。
そして、その歳と精神のギャップは、かのエンバージュ本人であるクロードや、最強と名高いベルナールの2人にも見られることなのだ。彼らは同年代らしいが、何かあったのだろうか?
夕陽は沈み始めている。一年前であれば、魔霧を恐れて皆こぞって慌てふためいて家へと帰る頃だ。黒い影となって剣を振るう二人を見ていると、何か、どこか焦燥に駆られてしまう。何故だろう?彼女達が青春を謳歌しているように見えるからだろうか?魔法研究会と治安維持委員会という立場に括り付けられ、駒のように扱われている自分が惨めに見えるからだろうか。いや、駒のように、ではない。元を辿ればエンジェライアの駒そのものなのだ、ゼロという男は。
「エンジェライアの依頼…シトラスの企み…あの廊下の黒い影…謎の魔道具…全部繋がってたら楽だったのにな…」




