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叛逆者はヤンデレを避けて気ままに暮らしたい  作者: 芋ケンプ
本編 第一章 叛逆者と時の魔女
43/48

オープン・ゲーム


「…急に招集かけてどうしたの?」


ビアンカは不満そうにしながらドアの向こうから姿を現した。彼女以外は既に集まっているようだ。…一人を除いて。


「手短に済ませますのでお静かに。ゼロ様に近寄るあのシトラスという女のことですが、彼女はどうやら女王の座を狙っているようです」


ルシアは淡々と告げる。これに対して他のメンバーは特に驚きもしないようだ。


「へぇ…あの小娘、なかなかやりますね」


「別にどうでもいいや。それよりフェリシーは?」


「彼女はケルニオンまで出かけると…そりより、ビアンカこそ昨日は顔を見せなかったではありませんか」


「ああ、ちょっとゼロにハイドレストの街を案内してたら我ながら気に入っちゃってね。リヴィドはここ一年だけでも大きく変わりつつあるのに、あそこだけは何も変わらない。ハイドレストの愛した不変そのものだよ」


「そんなことはどうでもいいんです。何故フェリシーがケルニオンに?」


「私は存じておりません」


「どうせあのご老体に会うためでしょ。ケルニオンにそれ以外の価値があるとは思えない」


「まさかあのお方は今も尚ケルニオンの統治者なのですか?」


「さぁ?傲慢さはより増したけどね」


「フェリシーは一体何を…」


ルシア、ビアンカ、ベルティーナ、アイリス、ネメシスの5人…と何も喋らないキリエは頭を悩ませるのだった。









「……え…?」


今何と言った…?女王になるだと…?


「驚くのも無理はない。こんな事を言う奴は他にいないだろうからね」


「いや…待ってくれよ。何も分からない。説明してくれ」


どうか最悪の事態だけは避けられますように、心からそう願った。


「言葉通り、政権転覆を狙っている。君の協力が必要不可欠だ」


「何か不満でもあるのか?まだ一年だが今の女王の政治に圧政も重税も無いはずだ。むしろ今までより暮らしやすくなってるはずだろ?」


「それがダメなのさ。急激な発展によって、リヴィドは最早リヴィドでなくなっている。誇り高き魔術師の王国はどうした?…ベルナール先生は言っていた。『昔に比べて、今の魔術なんて子供の遊びにも等しい』と」


そうだろうか。確かに200年生きるクロード、ベルナール、ビアンカの3人でさえ、フェリシー程でないにしろ現代人とは一線を画す魔術師である。しかしそれの何が悪いのだろうか。


「別に、みんなが魔術に頼らなくなってもそれはそれで良いんじゃないのか」


「違う。分からないか?このままではリヴィドはケルニオンのように自由の無い国になってしまう。そうだろう?魔霧が晴れてからというもの、労働者達は夜も働かなければならなくなった。学生が普段利用する鉄道の開通、あれにどれだけの人間の自由が奪われたと思う?」


「さぁな。俺には分からない」


「それに加えて今の議会はどうだ?汚職に賄賂は当たり前、何もかも金で解決する腐れ連中どもばかりだ。陛下はそれを見て見ぬふりをしている。国の名誉であるガーディアンでさえ半数が学生なのだぞ?こんな国が長く持つわけがない。やがてケルニオンかレグーナに飲み込まれてしまう」


「じゃあどうしたいんだよ?」


「私が支配者となった暁には、絶対に誤りのない独裁者となろう。そう、女王ではなくこの国の女神となって我らの誇りを取り戻すのだ」


なんという思想の強さ。貴族であるドラクロワに育てられたのなら何か吹き込まれていてもおかしくはないが…。だが初対面の聡明さを今は感じない。自分が正しいと言わんばかりの態度に、俺は内心失望した。


「お前って意外とバカなんだな。ガッカリだよ」


「笑いたければ笑え。私は本気でこの国を正そうと…ん?誰だ?来客か…?」


「俺が行くよ」


コンコンコン。と、シトラスの言葉を遮るドアのノック音が鳴り響いた。俺の方がドアに近いため、俺が席を立ってドアを開けにいく。


「どちら様で…ってお前は…」


眩しい金髪の少女…確かヘルミナの妹だったはずだ。しかしどっちだ…?あの双子の見分けがつかない。


「あっ…ソフィアだよ。ユイはいる?」


「あぁ、向こうの扉に入ったら廊下に出るから、そこの一番奥の部屋だ。表札があるから分かるはずだ」


「ありがとう。あれ?そこにいるのは生徒会長と…」


「ペルラだよ。初めまして、ヴィエルの妹ちゃん」


「よろしく。それじゃあユイに会ってくるよ。ありがとね」


特に何も思わないのか、彼女はユイの部屋に続く廊下の扉を開け、向かうようだった。シトラスの話はどこか勧誘じみた雰囲気を感じていて少し不気味だったので、むしろ邪魔が入って助かった。


「あっ…そうだ」


ドアを後ろ手に閉めようとした時、ソフィアが振り向いて言った。


「姉さん…イネス姉さんがこの部屋の前で何か悩んでたよ。もう行っちゃったけどね。多分あなたに用があったんじゃないかな?」


それだけ言い終わるとすぐに扉を閉めたようだった。


「ヘルミィが…?そういえばあれから元気にしてるかな…」


ちょうど良い。俺を駒のように扱おうとする気が見え見えな連中とのお喋りにもうんざりしていたのでさっさと去ろう。


「悪いが今日の話はお断りだ。俺は友人と約束があるからこれで失礼する」


もちろん約束などないが、この場を去れるなら何でもいい。


そんな想いで廊下に出て、どこに行く予定もなく部屋から早足で遠ざかっていくうちに、まったく知らない場所に出てしまった。


(あれ…考え事に夢中になり過ぎたか?でもさっきまでは特に違和感なく歩いてたはずなんだけど…)


この辺りだけなにか様子がおかしい。誰の声も聞こえないし、まるで暖かみを感じない。季節的にはもう長袖を脱ぐ頃ではあるが、急激に肌寒くなってきた。


(ヤバいな…この感じ、ホラー映画だと死亡フラグじゃ…)


落ち着こう、こういう時こそ己の置かれている状況の把握に努めるべきだ。周囲は相変わらず薄暗く、まるで記憶に無い廊下に出てしまったことが分かる。少なくとも、この学園の廊下には窓があるが、ここはそれがない。


(地下か?いや、階段らしきものは経由してない。最高峰の魔術学園って言うからには隠し通路とかか?確か古城を再利用して建てたって言ってたからな…)


背後から冷たい風がくるぶしを撫でる。背後に誰かいるのか…?


(まさかシトラスの奴…勧誘に失敗したからってここまでするか?)


気配が近づいてくるのを感じる。冷気が背中を駆け上がり、うなじまで登ってきた。


「誰かいるのか?」


返事はない。


「チッ…三秒後に剣を抜く。ぶった斬られたくなけりゃ離れな。悪いが本気だ。死んでも文句は言うなよ」


返事はない。


「3…2…1…」


気配は動くことなく俺の背後にピッタリとくっついている。人ではない、そう察した。


「悪いがタイムオーバーだ。…死にな!」


振り向きざまに剣を作って斬り付ける…いない。だが気配は今度は正面にきた。


(クソ…この空間は何なんだ?ますます元いた場所から離れていくみたいだ…)


「ルシア!来てくれ!」


反応はない。まさかルシアですら感知できないのか?


(こんなとこで死にたかねぇぞ…)


気がつくと気配は少しだけ遠くに行ったように感じた。しかしそれは依然としてこちらを確実に見ていることは変わらなかった。


(何も見えんな…)


進もうにも辺りが暗すぎる。腰から黒雨を外し、鐺を前方に向ける。少量の魔力を流して出力を調整しながら鉄針を放った。銀色の弾丸が輝きながら廊下を進んでいく。


「…っ!誰だ!」


一瞬、本当に一瞬だが、マズルフラッシュによって微かに照らされた曲がり角に、するすると滑るように消えていく真っ黒な影が見えた。転ばぬよう、壁に手を当てながら追いかける。


「待て!チッ…!魔眼解放…!串刺しにしてやれ!」


剣が生き物のように複雑な軌道を描いて影を追う。何か無定型なモヤのようなその影に追いつくのにそう時間はかからなかった。あとわずか1メートル…


「よし!…!?消えた…?」


追いついた剣が影を突き刺したと思ったが、その影はすぐに霧散して消えてしまった。


「どこに行きやがった…ん?アレは…」


正面に見えるのは銀色の猛禽…確かシルバー女ことエヴリンのペットのはずだ。


「どうしてここに…」


猛禽はこちらに向かってくるようだった。


「うっ…あ…」


そして、それと同時に何やら激しい眠気が襲って来た。


(クソ…何だ…!?まずい…この状況で…!)


体から力が抜け、意識が遠のいていき、やがて手放した。最後に見えたのは、エヴリンの使い魔が俺の近くまできて暗闇の中頭上を旋回すること様子だった。









「やぁ、久しぶりだね。キング?クイーン?レックス?エンペラー?ツァーリ?まぁどれであろうと構わないがね」


「フェリシー…」


「私がここにいることがそんなに衝撃的かい?」


ここはケルニオンの主とも言える存在が住まう宮殿。フェリシーは一切の敬意を見せることなく悠々とそこにいる。


「何用だ?」


フェリシーが謁見するは赤き女の龍人。何もかもが凍てつき、唯一人が住める都市部からも隔絶されたこの地域に住まう、ケルニオンの象徴にしてこの国の氷雪を恩恵へと変える、まさに神の如き存在。それが彼女だ。


「いや〜聞いたよ?西の未開拓領域に出兵するんだってね?どうして私に黙ってそんなことをするんだ?」


赤き龍人の顔は苦虫を噛み潰したように、明らかに不機嫌になった。


「貴様には関係のないことだ。立ち退くがいい。焼き殺されんうちにな」


玉座に足を組んで座るその龍人が肘掛けを指でトン、と叩くとフェリシーの足元に真っ赤な、本当に血のように真っ赤な炎が灯った。しかしフェリシーは依然として飄々としている。


「随分と物騒じゃないか。やれるものならやってみろ、とだけ返しておくがね」


フェリシーが指輪を嵌めた右手をそっと払うと、炎はたちまち赤い煙となって消え去った。


「貴様とお喋りなど御免だ。用件だけ言え」


「本当に冷たいねぇ。その炎のおかげでケルニオンは不毛な大地ではなくなったというのに、君の心は凍てつかされてしまったのかい?まぁいい。用件だけ、ね…そう…じゃあ、出兵を取り消してくれ」


「何故?」


「『何故?』だって?とぼけるな。君は出力の足掛かりも兼ねてまずはリヴィドを支配下に置くつもりだ。違うか?事実だと仮定すると、私は決してそれを容認しない」


「ご明察。万にも至る年を生きるフェリシー殿は違うな。だが貴様は立場を理解しているのか?もう全盛の頃のようにはいかんのだぞ。今度の戦では何人を相手取ることができるかな?確か前は2000人で指を一本切り落としたのだったな?あれから我々は更に力をつけた。だが貴様はどうだ?」


「そうさなぁ…宿木を見つけた。随分と心地良いものだ。家族というものは実にいいものだぞ?どうしようもなくつまらない生活だろうと全てが彩りに溢れて美しく見える」


「家族だと…?」


龍人は嘲笑的に疑問をぶつける。言葉にせずとも、『ふざけているのか』と問いたげだった。


「ああ。考えたことがあるか?研究に没頭していると、誰かが飯に呼んでくれる。そこで温かい飯を食べながら学術的価値の無い会話をする。再び部屋に戻って研究を続けていると部屋の扉がゆっくりと開く。そして熱々のコーヒーを持ってきてくれる。そして陽が沈み、夜の匂いに思いを馳せながらまた研究を続けていると、扉の向こうから楽しそうな声が聞こえるんだ。そこで私は感傷に浸りながら苦言を呈する。それから皆が疲れて寝静まっても私は研究を続ける。そんな生活が何日も続くと私でも流石に疲労が溜まる。ある夜、研究の最中に眠りこけてしまうんだ。すると次の朝、眠気覚ましのコーヒーと朝食を持ってきてくれる」


「…そんなものが貴様の幸せとでも?」


「ああそうさ。私が術式を一から作った『髪染め魔術』を覚えているか?少し前のことだが、あの魔術を完成させるのにどれほどつまらない研究をしたか分かるか?分からんだろう?あの時『家族』がいてくれたら、私の髪の毛の色を自ら『回帰の青』などにはしなかっただろうね」


「あれか…実にくだらん魔術だった。…いや待て、そうか…貴様のせいか。数百年前からやたらと派手な髪色の若者が出始めていたな。まったく、そんなことをする暇があれば堅実に労働に励めばよいというのに」


「君には娯楽というやつは分からないだろうね。それともアレかい?その若者達は『遷移の赤』にしないから嫉妬しているのかい?」


龍人は少し怒ったようだ。苛立たしげに肘掛けを強く掴み、足を組み直した。


「フン…誇り高きケルニオン人の純白を蔑ろにするのが気に食わんだけだ」


これに対し、フェリシーは一瞬我慢したが耐えられず、大笑いして体をくの字に曲げた。


「ッ…ハハハハハ!!君がそれを言うかぁ!一本取られたよ!君のその目に悪いくらい色の出た赤髪、真っ白に染めてから言ったらどうだい!?」


ケルニオンの民の中でも『純血』とされる者達は雪のように白い髪と肌、血のように赤い瞳を持ち、画一化された伝統的な剣術を極める種族であるとされているが、支配者であろう彼女にはそれらの特徴は見られない。それもそのはず、彼女は『遷移の赤』の龍神にして、炎の魔法と魔術を操る龍人だからだ。


「あまりふざけるなよ?上手く話を逸らし続けているみたいだが私は一秒たりとも忘れてはいない。いくら機嫌をとろうとも貴様の提案は却下だ」


その言葉を聞くとフェリシーはピタッと止まり、姿勢を直した。


「おっと、それは困るね。どうにかして兵を出すのはやめにしてもらわないと」


「無理だ」


「どうしても?」


「どうしても」


「土下座しても?」


「土下座…?」


「セクレド人が頼み事をする時の最大の敬意がこめられた簡潔かつ美しく盛大な儀式さ」


「貴様はセクレド人ではないだろう」


「本当にダメなのか?」


「本当にダメだ」


「私がケルニオンの研究事業に一年間最大限の協力をするとしても?」


「っ…」


それまでゴミを見るような目だった龍人が鋭い目つきになり、足組みを解いて身を乗り出した。


「お?食いついたかい?」


「…けだ」


「ん?」


「賭けだ。勝った方が一方的に提案を通す権利を得る。それでどうだ?」


龍人はいかにも嫌そうだが、それでも欲望に打ち勝てない様子だ。


「別に、ギブアンドテイクでいいじゃないか。互いが互いの要望を受け入れればそれで平和に解決さ。賭けなど、どちらからしてもリスクが大きすぎるじゃないか」


「いいや、これは私は兵を挙げる必要もあれば、貴様の研究事業への協力も必要だからだ。両方手に入れるには賭けしかない。そうでないと貴様も困る必要だ。いや、最初からそのつもりのはずだ」


龍人の目はギラギラと輝き、さながら獲物を狩る猛禽のようだ。


「ご明察。まぁ、兵を出させないために一年くらい力を貸してやるくらいどうということはないが、君がそれでは嫌というなら…いいだろう、賭けだ。勝者は権利を一方的に主張できる。そうだな?」


「ああ。赤龍として二言は無い。青龍の代理人よ、ここに誓ってみせる」


龍人…赤龍と名乗った者は右手の指を噛み、血を一枚の紙に押し付けた。それが彼女にとっての誓いなのだろう。投げ渡された紙にフェリシーも血の印をつけた。


「賭けの方法は?」


「素晴らしい提案をした褒美として貴様に選ばせてやる」


「ほう…ならチェスにしよう。もちろん、白駒は頂くけど」


「いいだろう。…ふむ、100年ぶりだろうか。あれから何かルールは変わったか?もちろん変わっていたとしても勝ってみせるが」


「何も変わっていないさ。ただ新しい定跡が二つほど見つかった。圧倒されるなよ?」


「面白い。では準備する。しばし待て」


龍人は玉座から立ち上がり、少し離れた場所にある机と椅子を指でなぞって呼び寄せてみせた。ただ、盤と駒がないので取りに行くようだ。


「私が持っているさ」


「貴様が持ち歩いていたものなど使いたくない。大人しくここで待っていろ」


赤の龍人はフェリシーを一瞥して玉座の間を後にした。フェリシーは深く息を吸った。平静を保ってはいたが、リヴィドの命運を背負っているわけで、心の内は穏やかではなかった。


「『家族』のために、これくらいはしなければな…戻ったらゼロ君に思いっきり甘えよう…膝枕というやつを頼んでみてもいいかもしれないな。…ふぅ…まずは賭けに勝たねば」



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