リヴィドの癌
「…やっぱりやめておこうかな…」
魔法研究会の部室のドアの前に悩んだ様子で立っているヘルミナはかれこれ十分程こうしていた。ドアをノックしようかしまいか決められずにいる。
「魔法研究会のメンバーはボクのことなんて知らないよね…いやでも…「イネス姉さん?」…ソフィアか…」
部屋に入る方に気持ちが少しだけ傾いた瞬間、後ろから呼び止める声がした。彼女の双子の妹の片方、ソフィアだ。
「こんなところでどうしたの?」
「…別に何でも無いよ。ソフィアこそどうしたんだ?」
「私はユイに会いに来ただけだよー。あっ、姉さんもしかして…レイ先輩に?」
相変わらず勘のいい妹だ。何度彼女にどうでもいい秘密を握られたことか。
「…まさか、生徒会長に会ってみたいだけさ。でもやっぱりやめておくよ。じゃあね」
「あっ…なんかまずいこと言ったかな…」
廊下に消えていくヘルミナ。急ぎ足で歩いている様に見える。
ソフィアはその様子を尻目に、ドアをノックする。
「うーん…誰もいないのかな…?」
後日出直そうと考えた矢先、ドアの向こうから足音が聞こえ、ソフィアは期待に胸を膨らませた。数秒後にドアが開かれると、そこには死んだ目をした少年がいた…
「どうも…話ってのはこの人のことか?」
俺が自室を出て、部室の応接室に着くと既にシトラスが来ていたが、見知らぬ女性も一緒だった。
「そう、彼女はペルラ。魔法研究会のメンバーさ」
紺色の髪をボサボサにした少女はいかにも気怠げだった。しかし俺を見るなりそれまで半開きだった目を全開し、水面のように輝かせた。
「ねぇシトラス!こいつが例の新入り!?」
「そうだ。彼はレイ・ヒサメ。中途入学の二年生だ」
「初めまして」
軽く頭を下げる。ペルラと紹介された女は息を荒くしてこちらを見ている。小さな体が上下に揺れ、その興奮具合がよく分かる。
「初めまして!私はペルラ・アスラン!ねぇ君、星座は?出身は?どこかの貴族の産まれだったりする?シトラスを追い詰めたって本当?この部活以外にどこか入ってる?」
「えっと…」
かなりグイグイくる。紹介されるまで寝そうになっていたのが嘘の様だ。
「こらこら、質問はひとつずつにするんだ」
「あっ…ごめん。じゃあまずは出身は?」
「極東の辺りだ。この辺だと珍しいかな」
ペルラの顔が少し変わった。ほんの少しだけ嫌悪が混じった驚愕…そんな感じだ。だがすぐに興奮気味な表情に戻った。
「当ててみようか?セクレドでしょ」
「セクレド…?何だそれ」
聞いたこともない。俺の故郷である国以外にも、周辺の国々を含めて極東と表すのは知っていたが、俺の国の名前なんて知らないのでそのまま極東、と呼んでいたがリヴィドでは別の名がつけられているのだろうか?何せ自分の国の名を知らないので彼女が言った名前がどこを指しているのかは分からない。
「嘘…知らないの…?極東の中でも奇人変人ばっかり出てくる未開拓地域のことだよ。そこから来た人によると、セクレドは今でも魔術師を追放してるらしい」
「うーん…こっちでそう呼ばれてんのかは知らないが、俺も確かに故郷を追い出された身だ」
「じゃあそれで当たりだね!うん、私の予測に狂いなし!じゃあ次は…君の星座は?」
「星座…?山羊座とか…?」
「あーもう!なんでこうさっきからピンとこないかな…」
どうやら俺の返答は見当違いだったようだ。生憎学術の世界には興味がないので彼女達天才の考えることはよく分からない。
「ペルラ…」
「分かってるよシトラス。何も口を出さないで」
「はぁ…」
シトラスにこんなにも強く言えるとは、彼女も相当の実力者なのだろう。
「まぁセクレド出身なら分からないのかも…じゃあほら、リヴィドに来てから親が子どもに『天使様が守ってくれるよ』とか、『魔王が憑いてても愛している』とか言ってるのってきいたことない?要は守護霊みたいなものなんだよね。魔術にはあまり影響しないけど、魔法にはかなり影響するんだ」
「うーん…?俺の家系は母方が貴族で父方は刀鍛冶でさ、親父からは『炎の神様に愛されたお前は将来最高の刀鍛冶になる』ってよく聞かされてたな」
口に出してみると懐かしい。当時は追放なんて到底受け入れられず、魔力を扱えるとマズイということだけが何となく分かっていて妹を庇ったわけで、当然そんな処置が下されるとは思っていなかった。急変した両親の態度に当然腹が立ったが、彼らもしきたりを守っただけで、今でも自分の身を案じてくれているのだろうか。
「炎の神様?炎龍のこと?うーん…あくまで伝承で語られる炎龍の性格だけど、炎龍が人の子に何かしらの感情を抱くとは思えないなぁ…」
「これ以上小難しい話はしないでくれ。多分何も答えられないから」
「そうするよ。じゃあそうだ、シトラスを追い詰めたって本当のこと?」
追い詰めた…と言うのだろうか。あの瞬間、確かに俺は勝ちを確信したがそれもすぐにひっくり返された。しかも余裕そうに。
「追い詰めて…はないな。一矢報いた、くらいならまぁ…」
一矢報いたかどうかさえ怪しいが、手も足も出ずに負けた、と言うほどでもあるまい。
「いいや、追い詰められたよ」
謙遜する俺の言葉を遮って口を出すシトラス。先程口を出すなと言われたことを忘れたのだろうか。
「…どっちなの?」
「レイ君はその程度にしか思っていないのかもしれないが、私に魔法を使わせた時点で技術なら君の勝ちと言っても過言ではないだろう」
褒められて素直に嬉しい。昨日は『あんなこと』があって、少し…というかかなりメンタルが壊れそうになっていたからだ。だが大会の時、彼女はかなり早く動いたが魔法と定義される様な超常現象を操っていただろうか?
「魔法…?ああ、スッゲェ速かったな」
「ッ…!?君にはまさか…いや…何でもない。忘れてくれ。ああそうだ、少しばかり隠しながら使っていてな、気付かなかったのも…無理はない、うん」
白々しい…何か隠しているな…だがあまり突っ込むと碌なことがない。昨日の件がやはり尾を引いていて、『ヘルミナにはカッコつけたくせにエルヴィリアに弱みを握られ、ユイの前で涙を流してしまった』というあまりに緩急の激しい出来事が日を跨いだだけで起きてしまったため、少しは考えて人と関わろうと決めた。全て俺の適当な態度が招いた、謂わばツケなのだ。
「ふーん…面白い男。シトラスが認める実力なんだ」
ペルラはニヤニヤしながら俺の顔を見ている。
「生徒会長様が認めてくれたなら、その言葉は褒め言葉としてありがたく素直に受け取るぜ」
「ああそうしてくれ。私は君に大いに期待している」
「何で?」
純粋な疑問だった。俺にはどうにも腑に落ちないことがある。それは誰もが俺を認めるくせに、誰も具体的に俺に何を求めているのかが分からないことだ。エンジェライアは俺と結婚したがっている。なら仮に結ばれたとして、その次は?フェリシー達も俺が主君であることを望んでいる。彼女達は自分達だけで行動できるはずだ。何故俺が上に立つ必要がある?
結局何も分からない。彼女達を疑っているわけではないが、ある日突然必要とされなくなってしまうのではないかという不安が拭いきれない。
「…もういいか…君を私の下に置いておく本当の理由を話そうと思う。ペルラ、君も知る権利がある」
「そんなに畏まらなくても、私はシトラスに全ての決定を委ねてるんだよ」
意思決定すらも任せられる相手、か…もし俺の身に何かあったら時、ユイに俺の意思の代理を任せる覚悟が俺にあるだろうか。ふとそんなことを思った。
「レイ、君がこの学園に来たのは…エンジェライア様の依頼で、私を止めるためだろう」
「ああ、やっぱり知ってたか」
「まぁな。悪いが何故知っているのかについては答えかねる。重要なのはそこではない。君は何故エンジェライア様が私を止めたがっているか知っているか?」
「いろいろ問題行動が目立つって話と、お前の父親と揃ってガーディアンになると権力のバランスがどうとか…」
確かそんな内容の依頼だったはずだ。
「概ね正解だ。しかし私の真の目的は…」
次の言葉を待つ。一秒を何百等分にもしたようなこの一瞬ごとに緊張が増していくのを感じる。
「私が女王に取って代わることだ」
「……え…?」




