真の邂逅
噂によると、この国の女王様は一人の男にご執心らしい
ハイドレスト魔術学園は200年の歴史を持つ。それ故に、在学生徒の勲章やトロフィーは膨大な数となり、廊下に飾るだけでは収まりきらなくなり、とうとう一室を使うことになった。この部屋ではガーディアンに就任した卒業生の勲章や、国に並々ならぬ貢献をした者に贈られた勲章など多岐にわたって展示されている。
「今からでもここに刻まれた名前を変えれないかな…」
この部屋は大抵、入学したての新入生が一度入ってみる程度で、ほとんど全ての学生や教師はそれ以降ここを訪れることはないが、今日はどうやら客人がいるようだ。
「水龍ハイドレスト…君の主人にも何か賞状が贈られるべきだと思うんだけどね」
彼女の名はビアンカ。本来ならここにいるはずがない人物だ。しかし何か用事があるのか、この学園に潜入しているようだ。
「トロフィーの数を数え直しても、私の方が一つ多いことに変わりはないわよ」
背後からの高飛車な態度の声…ベルナールだ。
「…久しぶり、『B-004』」
「えぇ、200年ぶりね。『B-001』」
「………」
「………」
微妙な空気が流れる。彼女達が敵対したのは3度。だが今は争う理由などない。
「…久しぶり、マリー」
「…一年ぶりね、ビアンカ」
「………」
「…何よ。昔のことを思い出させたのはアンタの方でしょ」
「生憎、私達が何事もなく顔を合わせるなんてことは今までじゃ考えられなかったからね」
「今は違うってことかしら」
ベルナールがビアンカの隣まで来て、近くの椅子に腰掛けた。彼女は自身に贈られた、この部屋で最も大きなトロフィーを見つめていた。
「別に。やりたいなら付き合ってあげるけど。でもゼロの心労を増やしたくないからここでは何もしない」
「本当に従順なペットになったのかしら。牙が抜け落ちたみたいよ」
「逆だね。ゼロはクロードと違って命令を下してくれる。その気になれば優しさなんて捨てられるのがゼロだよ。だから私も全力で応じることができる。つまり、むしろ牙を研ぎ澄ましているってこと」
「相変わらずアンタの考えてる事は理解できないわ。暴君がお好きなのかしら?」
「まさか。ゼロと私はよく似てるから好きなんだよ」
200年も生きていると好意を打ち明けることに対してなんの恥ずかしさも感じないのか、それともどうでもいい相手だからなのか…
「似てる?あの小僧とアンタが?とうとう現実を直視できなくなったのかしら」
「いやいや、本気だよ。最近気が付いたんだけど…彼、もう壊れ始めてるね。下手したら戻らないかも」
「…どういうことよ」
ベルナールの表情が暗くなるが、対照的にビアンカは恍惚としていた。まるで夕方まで外で遊んだ子供が、夕飯は何かと楽しみにするように、或いは獣が無防備な餌を見つけたときのように。
「君はとっくに忘れてるかもしれないけど、この時期の子供なんてとても不安定なものなんだよ。道を間違えれば、2度と後戻りできない。そのくせに道は自分で見つけろだなんて言われる始末」
ビアンカやベルナールはまだ子供の面影が残る容貌のまま不老不死となったが、200年以上生きているのだ。つまり精神は大人のそれなのだが、ゼロは違う。彼は身も心も17歳の少年だ。
「面倒ね。さっさと本題を言いなさいよ」
「家を出て、故郷を出て新しい自分を探した。けれど本当の自分と向き合わなければならなくなった時、果たして17歳の未熟な少年が正気を保てるかな?いや保てるはずがない。彼の心は決して強くなんてない。この一年で嫌というほど分かったからね。きっとそう長くないうちに心が壊れていくはずだよ」
「…一人の教員として、正しい道を歩ませるわ」
「どうかな?マリー、君自身随分と永い間道を踏み外し続けたじゃない。私の主人に諭す権利があるわけ?」
ベルナールの顔に僅かな怒りの色が見える。
「じゃあ何?このまま彼の心がズタズタになっていくのを指を咥えて見てろってわけ?」
「そう言ってるんだよ。君に何ができるの?何故君が関わるの?」
「…クロードと約束したからよ。クロードに許してもらうための条件の一つ…ゼロを導くこと」
「そんなの君の勝手な都合だよ。昨日と一昨日、何があったか知ってるのかな?一昨日彼は弱った友人を私にカウンセリングさせたくせに、昨日は自分が妹に泣き崩れてたんだよ。君に彼の心が分かるの?」
「少なくとも子どものままなアンタよりは分かるわよ」
「自分だけ大人になったつもり?私も君も、200年前から何一つ変わらないガキのままだよ」
「結局アンタは何なのよ!?彼をどうしたいわけ!?」
ベルナールが叫ぶ。感情的になりやすい彼女だが、旧知の人間にここまで感情を露わにする事は稀だ。
「こっちの台詞だよ。エンジェライアは随分と彼に酷いことをするね。彼に救われたくせに。一体彼を何に使うつもりなのかな?どうせ女王の身なら自由な恋愛なんてできないのに」
「彼女だってまだ若いのよ!判断を誤ることだってあるわ!」
「へぇ、善悪の判断すら間違えるんだ?いい加減目を覚ましなよ。仮にクロードの傀儡になったところで、彼が君に振り向く事は絶対にない。これ以上ゼロに関わらないことだね」
ベルナールがハッとしたように驚愕の表情を作り、たじろいだ。それはビアンカの言葉に何か気付かされたからではない。
「アンタ…今のアンタは本当に私の知ってるビアンカなの…?無茶苦茶よ…何もかも…」
「…へぇ…分かるんだ。互いに龍の因子を持つ者だからかな?なら私の考えも分かるよね」
「無茶苦茶よ…!そんな…アンタ達は戦争を望んでるの…?」
ベルナールは嫌でも分かる。同じ研究所で育ち、同じく龍神の因子を持つ『兵器』だからこそ、ビアンカの抱える感情が読み取れてしまう。
「争いを渇望してるのはゼロ本人なんだよ?偶然私と彼の望みが一致しただけ。だって彼は…『叛逆者』なんだから。あらゆる抑圧を受けたこの環境こそ彼の運命。叛逆者に自由なんて無いんだよ。その証拠に彼は心は弱くなったかもしれないけど確かにその力は比べ物にならないくらい増しているんだ。今ならシトラスなんて彼の足元にも及ばないだろうね」
ベルナールの中で、バラバラになったパズルの一部がくっつき合い始めた。何故自分を打ち負かしたあの男がシトラス相手に簡単にやられてしまったのか、修行を積んだと言いながら何故あんなにも弱くなっているのか。
「もうこの際だからハッキリさせようか。彼は反逆の対象がいないと力を発揮できない。それが叛逆者に与えられた祝福であり…呪いだから」
これが彼女の最後通牒。遠回しに、『お前にゼロは救えない』と言われているのだと悟った。
「…勝手に言ってなさい…!こっちにも都合ってものがあるのよ!」
ベルナールが荒々しくドアを閉じて去った。部屋に残されたビアンカは何事もなかったかのようにトロフィーを見つめている。忘れてはいけないが、彼女は学生でも教師でもない。制服を着た侵入者なのだ。しかし我が物顔でハイドレストをうろついている。
『随分と楽しそうな会話だったね』
「エレモフィラ…久しぶり。君も彼女と話したかったの?」
『自分を殺した相手と話したい?冗談じゃないよ』
「なら何で今更起きてくるのさ」
『君の感情が昂ってるみたいだから嫌でも目が覚めるよ』
「そりゃ悪かったね。君もゼロに挨拶をしたらどうだい?君は彼を知っているかもしれないけど、彼は君を知らないんだよ」
『その人、随分心を病んでいるんだろう?私なんかと今更知り合っても悩みの種が増えるだけさ』
「それもそうか。じゃあ眠ってていいよ。他人に頭を覗かれるのは好きじゃない」
『そうさせてもらうよ。次に目が覚める時、君の望みが既に叶っていることを祈っておくよ』
「そりゃどうも。…私の望み、か…」
「どうしても行くのですか?」
「ああ、呼ばれたからにはな」
「その…まだ大丈夫ではない様に見えます…」
「心配する気持ちも分かる。けど魔法研究会のメンバーはあくまで生徒だ。大人じゃない」
ユイは昨日の俺の様子から、まだ心配が残るようだった。俺だって正直に言えばしばらく彼女と二人きりで自室に篭っていたかった。だがそれではダメだ。俺らしく無い。このまま怯え、卑屈になっていけば俺が俺でなくなってしまう気がしてならない。…とまぁ少し誇張したかもしれないが、結局は気分転換も兼ねて顔を合わせに行くのだ。
「それなら私は止めませんが…でも約束してください。決して一人で抱え込まない、と」
「ああ、約束する」
同じ様なことをヘルミナに言ったはずだ。まったく、人に言っといてこのザマか、笑えるよ。だがやはり妹が傷付いてしまう様を鮮明に想像してしまったあの瞬間はやはり胸が張り裂けそうだった。我ながら本当にメンタルが弱いこと…
そうして俺は重い腰を上げてシトラスに会いに行くのだった。




