『料理なんて少し不味いくらいが丁度いい』
「君から見て、ボクは魅力的に見えるかな」
ビアンカを待っている間の静寂。それを破ったのは彼女の方だった。学園の駅故に、この時間帯からは汽車もそう多くは来ない。午前最後の列車が停まり、おそらく遅刻してきたであろう生徒数人を見送りながら質問を投げかけてきた。
「結構踏み込んでくるんだな」
「目の前で泣いてしまったらもうどうでもよくなったんだ。それに…君なら、どんなボクでも見せられる気がしてくる。…例え姉さんに劣っていても、完璧に見せるのは疲れるんだ」
「自分を偽るのはとっくの昔にやめにした。誰かに認められるようになるより、認めてくれる奴と一緒にいた方が何百倍も楽だ。だから完璧に振る舞う必要なんて無いんだ。…もちろん、君がそれでも完璧でありたいなら俺は止めたりはしない。君の自由だ」
俺は人様に説法を説くような人格者などではないが、せめてビアンカが来るまでは彼女を落ち着かせるべきだろう…そう思ってこんな似合わない台詞を吐いているわけだが…まったく、どの口が言ったものか。俺が一番自分を偽ってるくせに。
「自由か…」
ヘルミナが儚げに上を見る。当然駅のホームからは空は見えないが、きっと彼女にはそれよりも幾分かマシなものが見えているのだろう。俺には温かみのないレンガ造りの曲線状の屋根しか見えない。
「何か?」
「いや、なんでもない。でも確かに…うん、完璧でいられたら良かったのは事実だけど…本当に空虚だったよ」
皮肉な笑みを浮かべているが、それは決して自嘲的でも、嘲笑的でも無かった。本心から、本当に可笑しかったのだろう。
「こんな自分になったのはボクのせいなんだろうな…姉さんより才能があるって、このまま自分が家の名を背負っていくんだろうなって本気で思ってた。はぁ…いつか姉さんに勝てる日は来るのかな…」
姉へのコンプレックス…もしかして俺の妹も似た感情を抱いているのだろうか?この状況を当てはめるのなら、きっとヴィエルも無自覚なのだろう。
「上手くいかない時くらい誰だってある。俺だって、今までの実力はただ運が良かっただけなんじゃないか、明日目を覚ましたら実力だと思ってたものが全て崩れ去ってるんじゃないかって心配になる」
「君の力は本物さ。ボクが保証する。…ごめん、何様だって感じだよね…」
「なら俺が君の実力を保証する」
「叛逆者として?」
「やめてくれ。あれはただのハッタリとノリだ」
「ふふ、分かってる」
心から笑っているようには見えないが、それでも今日見せた中で一番気が楽そうな顔だった。うむ、彼女にはやはり笑顔が似合う。…まぁ本物の叛逆者だってことは彼女には内緒だが。…あっ…そういえばビアンカにどうやって説明しようか…まぁ…彼女なら察してくれる…はず…
「随分仲良さそうだね」
「…!」
そんな事を考えていた直後、聞き覚えのある声…やはりビアンカだ。
「呼ばれて来たのに何?その顔は」
腰に手を当てて不服そうにしているビアンカに、ヘルミナはかなり驚いていた。最後の列車は少し前に通り過ぎていったというのに、いつ彼女がここに来たのだろう。そんな感じだ。
「いや悪い。思ったより来るのが早かったな」
「君からの頼み事だから急いで駆けつけたんだよ。感謝してくへてもいいんだよ?」
「してるよ。今日は俺の同級生の相談というか、カウンセリングをやって欲しいんだ」
「あぁ、そこの子?初めまして、私はビアンカ・エンデリリィ。ビアンカって呼んでね」
「は、初めまして…イネス、もしくはヘルミナ・アラン・モローだ。よろしく」
ヘルミナは少し緊張している。それはおそらく、ビアンカが自分と同年代の少女にしか見えないからだろう。そんな彼女にカウンセリングを頼むなんて正気かと疑いたい気持ちもわかる。
「アラン・モロー?それにその髪色…いいや、後にしよっか。うーん…ここじゃあまり話す気になれないなぁ…どこかに場所を変えようか。学園から近いところにある店に行こう、私のお気に入りなんだ」
こちらの返答を待たず、ビアンカは背を向けてホームを出て学園から離れ始めた。その後を二人で追いかける。しばらく平原を歩くと、かつてのハイドレスト地方の城下町を再利用したであろうノスタルジックな街並みに入った。
「ここだったはず」
「レストランか?」
「そんなとこ」
カランカラン、という音と共に扉が開く。なるほど、客を検知して自動的に開く魔術が施されているのか。リヴィドの王都でも採用すればいいのに。
「3人、いつものやつで。二人は?」
入店と同時に慣れた様子でウェイトレスに注文を伝えている。
(良いなぁ…俺もいつものやつって言ってみたい)
残念だが俺が『いつものやつ』と言って伝わるのはアクスリートのマスターくらいだろう。それで出てくるのがレモンジュースなのだから他の客からしたら不思議な光景だろう。アクスリートにフェリシーと俺以外の客なんてほとんどいないが。
「ボクもそのいつものやつってので良いよ」
「レモンジュースはあるか?あるならそれで。無ければ俺も同じやつでいい」
「そう?レモンジュースは無いんだよね…んじゃ、いつものやつ3つで」
「かしこまりました。奥の席でお待ちください」
窓際の席に案内された。ハイドレストの城下町…実に不思議だが良い雰囲気の街だ。開拓が進みつつある王都とは違い、少し古い街並みがどこか懐かしい。将来どこかに根を下ろすことになるとしたらここが良いかもしれない。店内も広過ぎず、それでいて窮屈でないちょうど良い広さ。開かれた鎧戸
から吹き抜けてくるそよ風が気持ちいい。アクスリートのような隠れ家を想起させる店とは違い、オープンで陽の当たるのに『知る人ぞ知る』雰囲気を感じる。
「えっと…代金は…」
「私が払うから気にしないで。『いつものやつ』はあまり人に勧められたものじゃないからね。先に言っておくべきだったよ」
「…ありがとう。レイも大丈夫?」
「奢りなら味なんて気にしない。…それにしても静かだな」
「ハイドレスト地方は古代魔術で栄える謂わば秘境。みんな伝統に則って真昼間は家か礼拝堂にいるよ」
「学園からそう遠くない場所にこんな街があったなんて…」
確かに、俺たちみたいに学園をサボってここに遊びにくる生徒がいないものだろうか?
「水龍ハイドレストは魔法において『回帰の青』を象徴する。だからこの街…いや、地方は決して不可逆的な変化をもたらす『変数』を受け入れない。まぁ深く考えなくても、良くも悪くも不変が好きな龍神だからやんちゃな人は受け付けないってだけ」
「『回帰の青』…?」
ヘルミナが不思議そうな顔をした。ビアンカが水を飲んで続ける。
「魔術の五大元素プラス基本属性、特殊属性の枠組みと違って、魔法は基本的に五色の権能で表すんだ。『遷移の赤』、『回帰の青』、『調和の緑』、『追憶の白』と『忘却の黒』っていう風にね。これが魔術と魔法はルーツが異なるって学説の根拠の一つ。色と元素が対応しないからね」
フェリシーからも聞いたことがない。だが魔術や魔法に関してフェリシーが知らなくてビアンカが知っているということは考えづらい。黙っていたのだろうか。
「じゃあ…ベルナール卿が使う魔法や大魔女フェリシーが使う魔法の色は?」
「ベルナール卿かぁ…多分赤と青の混合だね。緑だけは絶対にない。調和とは程遠いし。フェリシーは…」
一瞬、ビアンカがこちらに視線を送った。それが何を意味するのか、その一瞬では分からなかった。だが次の言葉で分かった。
「フェリシーは追憶の白だね。悪事も目立つけど偉業を成し遂げたのは事実だし、誰からも忘れられていない」
嘘ではない。フェリシーは間違いなく偉人であり、ビアンカの説明したことが正しいなら追憶の白の素質は十分にある。そう、『嘘』は言っていない。だが隠し事はしている。……フェリシーは間違いなく忘却の黒の魔法使いでもあるはずだと悟った。
「うーん…なんだか難しい話になりそうだね」
「まだ未知の分野だからね。…っと、そうだ。本題は何?」
「ああ、つい聞き入って忘れるところだった。…ヘルミナが姉に勝るほど強くなれるようにしてやってほしい」
「姉?あー…もしかして『黄金の聖炎』でお馴染みのあの人?」
当時はベルナールとのタイマンでその場にいなかったが、後から聞くと彼女はフェリシーとネメシスの二人組に協力して一瞬だけゴールド女とシルバー女と戦ったらしい。そりゃそんな微妙な顔もするか…
「うん…周りからも優秀な姉さんと比べられてしまって辛いんだ。でもそれを姉さんに味合わせたいわけじゃない。たった一度だけ勝って、実力を証明できればボクはそれでいい。その後いくら負けても構わない」
ビアンカが少し迷った表情を見せ、僅かな沈黙の後に重々しく話し始めた。
「…参考までに聞きたいんだけど、どうして私に?」
「同じ雷使いだからだ」
「そっか…彼女、雷の魔術なんだ…」
「それがどうかしたのか?」
「うん。私の古い友人に同じ雷使いがいてね」
ビアンカはどこか遠い目で上を見つめる。
「その友人の名前は『アラン・モロー』っていうんだ」
「!?」
ヘルミナは危うく水を取り落としそうになった。
「君と同じような髪と目の色をした雷の魔術師。彼は親からの重圧を受けていた。その時の彼の家は没落しきった身分の低い貴族の家…君の家でアランがどんな扱いなのかは知らないけど、彼のおかげでモロー家は貴族に返り咲いた。…ベルナールの支援あってこそだけどね」
「そんな…じゃあボクは彼の血を色濃く受け継いでるってことなのかい?」
「うん。その証拠がその雷の魔術なんでしょ?」
「嘘だ…父さんはボクだけ炎の魔術じゃないことにがっかりしてたんだよ…そんなはずが…いや、ちょっと待ってくれビアンカ…いやビアンカさん。君はいったい、いつから生きてるんだ?アラン・モローと友人だったって…」
このことも含めて迷っていたのだろう。ビアンカはすぐに答えを出した。
「219歳。ハイドレスト魔術学園の一期生にしてベルナールと同じ首席卒業者。どこかトロフィーやら勲章がある部屋に行けば名前が載ってるはず。その時は『ルイス・ファイストス』って名前だったけどね」
「まさか…そんなことを信じろと…?200年前の人間が生きてるはずが…」
「ベルナール卿が生きてるんだから、同じくらい優秀な私が生きててもおかしくはないでしょ?」
「待ってくれ。だとするとそんな人と面識のある君はいったい何者なんだ?」
「俺か?俺は別に、ただの一般人だよ。ビアンカとは偶然知り合っただけだ」
何も間違いではない。偶然エンジェライアと出会って彼女の力となることを約束しなければ知り合うこともなかったし、偶然エンバージュの力を借りようとしなければ彼女が配下になることもなかった。
「レイ…君はまさか…いや…」
「それで?稽古なら付き合ってあげられるけど、どうする?」
少しだけ心残りがあるように迷ったが、それも一瞬のことだった。
「よろしく…お願いします」
「うん、よろしく」
ビアンカは微笑みを浮かべて快諾した。故人の末裔だからだろうか。仲間内ではやや辛口な彼女がヘルミナに対してはかなり優しく接している気がする。
しばらく談話していると料理が来た。…あまり美味と呼べるものではなかったが、ビアンカ曰く、
『料理なんて少し不味いくらいが丁度いいんだよ』
とのことだった…。




