再会
「いやー結構楽しかったな。この時期に来て正解だったよ」
あの後四人で屋台を見に回った俺は双子と別れてユイと共に余韻に浸っていた。この大きなイベントが一週間に渡って開催されるのだから本当にラッキーだ。
「本当、運が良いですね。そうだ、この後でしたよね、魔法研究会にお邪魔するのは」
「あー…そう言えばそうだったな…」
そばにおいておくという条件はきっとそのよく分からない部活動のようなものに参加しろということだろう。なら負けた身としては行くしかあるまい。
「一体何があるんでしょうか?」
「まぁ…マトモな奴はいないだろうな…あと近くない?」
腕にくっついてくるのはどうなのか、それ同じくらいの背丈でやるやつじゃないでしょ。身長差があるカップルがやる奴…いやユイのことは大切に思ってるから本人がいいなら何でも良いんだけどさ。
「別に兄妹なら普通ですよ。それに、久しぶりなんですから少しくらい、ね?」
「やだこの子えっち…なんてふざけてる場合じゃないわ早く行くぞ」
普通なら嫌な予感しかしないのだが、今の俺は妹に会えて非常に機嫌が良い。なので生徒会長に会いに行くのも特段苦ではない。手紙に同梱されていた見取り図に従って魔法研究部の部室を探すことにした。
「ねぇ、やっぱり妹だったよ?」
「……ああ」
「しかも感動の再会ムードでそこら辺の恋人より恋人してるよ?」
「…ああ」
「兄妹喧嘩とかした事なさそうなくらい仲良いよ?」
「ああ…」
ここは呪われた森と称されるとあるリヴィドの郊外の森、その中にある『叛逆の騎士団』の活動拠点だ。そこでフェリシーとビアンカが机を挟んで会話している。と言っても、成り立っているかは怪しいが。
「私は別にゼロがハーレム作ろうが浮気しようが私が愛せればなんでもいいけどさ」
「いいなぁその考え方…私もそんな風に考えられたらな…」
「すごい、人って液体なんだ」
ビアンカが机に突っ伏すフェリシーを見てそう言った。確かに液体のようにするするとだらしないを見れば、言い得て妙だ。
「人か…人の価値観はもう捨て去ってしまったからな…」
「二度と自分のこと乙女だとか言わないでね」
ビアンカがゴミを見るような目でフェリシーを見つめた時、部屋の扉が開いた。
「戻りましたよ」
扉の向こうから黒い髪の龍人が姿を現す。彼女の名はベルティーナ・オーディアス。自称金持ちの令嬢…らしい。金を持っているのは事実だが、そもそも人の子であるかどうか怪しい。
「ベルティーナ、何してたの?」
「何も?」
「何してたの?」
「何で二度聞くんですか」
「だいたい変なことしてるから」
「何もしてませんよ。今回は」
「いつもは?」
「いつもは…まぁ…」
「はぁ…そうだ、血の回収、してきたよ」
「本当か!?」
フェリシーが勢いよく起き上がる。ビアンカがいくつかの赤い液体の入った試験管をぷらぷらと揺らす。ランプの暖かな光がそれを照らし、何とも言えない神秘さを感じさせる。
「依頼したのはそっちでしょって…はい」
「これで研究が進む…!」
「そんなに解き明かしたいものですかね…魔術は魔術。現象に過ぎないというのに」
やれやれ、という表情を作るベルティーナ。彼女の言う通り、フェリシーの魔術に関する研究意欲は目を見張るものがある。何千年も同じ事をしていてよく飽きないものだ。
「…聞いてなさそうだね。それで?何かお土産は?」
「はい、レモンジュース」
「正気?」
「あら、主様はこれが大のお気に入りなんですよ?」
「いただくよ」
「お早いこと」
俺とユイは複雑な学園内を数十分見取り図と睨めっこしてようやく魔法研究会の部室を見つけた。なんでも、合言葉を言わないと開かない魔術がかけられた扉やら、動く扉やら質問を投げかけてくる肖像画付きの扉…とにかく面倒なのだ。
何はともあれ、無事到着した俺たちは扉をコンコンコンとノックした。
『入りたまえ』
ドアが勝手に音を立てて開く。歴史的な建造物であるこの学園の中でも一際洒落た部屋だった。こういうのをアンティークと言うのだろうか。暖かなランプの光が部屋を包み、赤い絨毯は埃一つ見えない。
「ようこそ、魔法研究部へ」
シトラスが迎える。俺とユイは案内されるがままに椅子に座った。ここは応接室とでも言うのだろうか。奥にはまだ扉がある。他のメンバーはその先にでもいるのだろうか。
「そう緊張しないでくれ。研究部と言っても、ただの天才と変人の集まりみたいなものさ。集まりと言っても人数はそんなにいないがね」
「その…何故私たちを?」
ユイが口を開く。何か交渉でもするのだろうか。あまり余計な事を口走らない方がいいだろう。きっと俺より妹の方がこういうのは得意だから。
「ああ。主にそっちの兄の方だが、実に興味深くてね。戦いを見ていて、『絶対に魔法使いだ』と確信したよ。ああ、なんでそう思ったかは聞かないでくれ。秘密だ」
「別にそれだけなら勝負の賭けにするほどか?」
「ああ。するとも。言っただろう?気に入ったとな」
言ってたっけな…あんまり覚えてないな…
「特に、君は今日来たばかりだろう?右も左も分からないよりは、私達の支援があった方がいいと思うが…」
「お兄様、この人悪い人ですよ」
「ははは、なかなか鋭いじゃないか。善人であるとは思わないのは事実だね」
「笑うところかぁ?ユイもあんまり失礼のないようにな」
「はい…ごめんなさい…」
しょんぼりする妹など見たくなかったな…彼女にはいつも笑っていてほしい。それが俺の求める最大の幸福かもしれない。
「それで?本当にただ気に入っただけ?」
「ああそうだとも。何か文句でも?」
「いいや?別に。気に入られて損はない」
「ならいいじゃないか。…そうだ、君に合わせたい人がいるんだ。きっと驚くよ」
「会わせたい人?」
誰だ?なんか命の恩人とか生き別れの友人とかいたっけな…
「入ってきてください」
(うーん…シトラスが下手に出る相手か…)
奥の扉が開かれる。そこから現れたのは燃えるような赤髪に龍人特有の琥珀色の左目、右目は綺麗な透き通った海色の女性……
「!?」
「ど、どうも…初めまして…」
こちらに気付きギクシャクするその女性のことを忘れるはずがない。…リヴィド最強の英雄、大賢者、1000年に一度の天才、マリー・メリア・ベルナール…
(なんでコイツがここにいるんだよ!?)
「紹介するよ。彼女はマリー・メリア・ベルナール。去年からこのクラブの顧問としてお越しいただいている」
「ど、どうも…レイ・ヒサメだ。こっちは妹のユイ…」
「は、初めまして〜…可愛い子達ね〜…あはは…」
「ベルナール先生、初めまして」
「うん…初めまして…」
何が初めましてなのか。忘れるはずがない、一年前彼女と殺し合ったことを。彼女ととある人物の痴情のもつれでエンジェライアが苦しんでいたことも。人がマジメにロマン捨ててまで腐敗したシステム直そうとしたらそのシステムがしょうもない事でできたって分かったヤツの気持ちになってくれ。
「緊張しているのかい?無理もない、あのベルナール先生だからね」
どの口が言うのか。ベルナールが在籍していたガーディアン第一席を狙っているクセに。その席は今は空席となっており、各方面が狙っているというのに。
「知っての通りベルナール先生は魔法の第一人者だ。このクラブも今後は彼女の指導の元で活動する予定だからそのつもりで。先生、今年もよろしくお願いします」
「え、ええそうね!じゃあ軽く自己紹介が終わった事だし、あなた達がどんな魔法を使えるのか教えてくれないかしら?」
「えーと…剣を作って操る魔法だ。なんかよく分からないけど、本物の剣を作れるのが異常らしい」
既にお互い知っている事をあたかも初めてのように話すという行為がどれだけ恥ずかしいか今分かったよ…
「そう…確かに魔力と魔術の関係からは逸脱しているわね。妹さんも同じ?」
「いえ私は…」
「彼女は私が招待しました。きっと彼女も凄腕の魔法使いになれますよ」
なんだろう。生きた心地がしない。嘘をつくのは得意ではないということに気付けたよ。
「…どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないわ。そうだシトラス、少し喉が渇いたわ。何か飲み物はあるかしら?」
ナイスだベルナール。これで少しはマシになる。
「今用意します」
「わ、私も一緒に準備します!」
「手伝ってくれるのか。いい子だ」
妹とシトラスは奥の部屋へと消えていった。俺とベルナールの間に妙な空気が走る。
「……クロードじゃないわよね?」
「まさか。俺はゼロだ。って言っても今はその名前は名乗れないからレイって呼んでくれ」
魔神エンバージュと俺の容姿が酷似していたことや、エンバージュが切り離した魂の一部を俺に貸したことから、今ではエンバージュをよく知る彼女ですら俺とヤツを見分けるのに少し時間がかかる。
「英雄になると色々不便ね」
「お互いさまだな。それで何でお前さんがここに?」
「何でって言われても、暇だから職員に応募したのよ。教科を持つと他の先生方にプレッシャーがかかるから、あくまで顧問としての起用だけど」
何という人材の無駄遣い。この超有名人を一つのクラブの顧問として使うなど…
「英雄2人に生徒会長まで所属してて、この集まりは一体何なんだ?」
「魔法使いの集まり。それ以上でもそれ以下でもない。本当にただ集まっただけよ。強いて言うなら、魔法が使えることが原因で発生する嫌がらせや下らない噂から守るためでもある…それくらいよ」
「はぁ…じゃあ具体的な活動は?」
「特に決まってないわ。学園の外から依頼されたことをこなしたり、学園内の治安維持だったり、要は便利屋よ。力ある者の責務ってヤツ?そんな感じよ」
「まぁそれなら少しは気乗りするか…」
便利屋…確かに良い響きだがそれを魔法が使える稀代の逸材達で行うのだから何とも勿体無い。
「てことで…改めてよろしく」
「お前さんと仲良しする日が来るとは思わなかったぜ…っと、よろしく」
軽い握手をし、シトラスとユイの帰りを待った。しばらく待つと暖かい紅茶と甘い焼き菓子が運ばれてきた。その後はだらだらと駄弁っていたが特に妙な点は無く、不自然なほど自然に時間が流れていった。
「そろそろいい時間だね。…そうだ!いい事を思いついた。君達もこの部室に住まないか?いや、そうしよう!」
「寮があるんじゃないのか?」
「あんな所にいても仕方ないだろう?絶対にこっちの方が楽しいよ!」
なんでそんなことで子供みたいに目を輝かせているんだ。いや確かに俺もガキのころは外泊とか好きだったけどさ。
「ユイはどうする?」
ロマンを感じる提案だが妹が心配だ。
「私はこちらが気に入りました。寮はお世辞にも過ごしやすいとは言えないので…」
「なら決定だ!部屋に案内するよ!丁度空室が何個かあるから好きに使ってくれ!」
「あっおい引っ張るなって!」
「子供じゃないんですから…」
こうして俺とユイはこの魔法研究会に所属することとなり、寮など知らぬままここで暮らすことになった。
(……そういえばまだ初日なんだよな…学園祭の間にやってきた謎の生徒扱いされてんのかな…)
今日だけで何があっただろう?本当に1日の間に起きたことなのか何度も疑ってしまうほどには濃い一日だった。ユイはともかく、シトラスや双子ともそれなりに仲が深まった。配下と初めて出会った時はもう少しギクシャクしていたが、これが若さと言うヤツなのだろうか。配下達はどいつもコイツも人の命を超越しているが、やはり今を生きる人と関わるのは楽しい。
………シトラスと仲良くなるのはマズイだろうか……?




