妹と兄と姉と
「レイお兄様ッ!?」
「えっ…ユイのお兄さん…死んでないよね…?」
「ま、まさか!ここ数十年死人は出てないって…!」
「レイ…!」
まさか、と誰もが思った。あの生徒会長に限って、試合中にあそこまで相手に傷を負わせるはずがない。ソフィアとクロエの紹介で、ユイとヘルミナも顔を合わせていたのだが、共通の知り合いであるレイが今まさにシトラスの剣に貫かれているではないか。
『…勝者!シトラス・ドラクロワ!!』
歓声が湧き上がる。
(やめて…どうして…!?)
…気味が悪い。この歓声が全て鬱陶しい。死人が出たかもしれないのに、何故コイツらは喜んでいるのだ?人の心がないのか?
「そんな…」
シトラスがレイの腹に突き刺した剣をゆっくりと引き抜き、血を払った。レイの体が、糸の切れた操り人形の様に倒れ込む。すぐに白衣を着た大人達がやってきて担架で運んでいってしまった。気がつくとシトラスもいない。フィールドにはレイが作り上げた無数の剣と流れて間もない鮮やかな血溜まりだけだった。
「私のせいです…私がお兄様に勝利していればこんなことには…!この罪を一生…忘れることはありません…!」
「…何ということだ…」
この決勝戦を見て戦慄したのは彼女達だけではなかった。若きガーディアンの三人もまた、当然この試合を観戦していたのだから。
「あそこまでやるか…?」
「何か裏があるとしか思えません!エンジェライア様に抗議します!あの方の独占欲はいずれスティングレイ卿を殺してしまう!シトラスのガーディアン入りにも反対します!」
「落ち着けヴィエル。ルールには違反していない以上我々はどうにもできん。そも、学園内ではガーディアンとて下手に動けんぞ」
「レイエス!どうにかしなさい!」
「無茶言うぜ。俺にどうしろってんだ。お前らがどうしようもないなら俺には何もできんぞ」
「くっ…!」
ヴィエルが怒りを露わにしながら荒々しく席を立つ。飲みかけのドリンクが床に落ち、階段を転がり落ちていくが気に留める様子もない。
「どこに行く?」
「一週間分の課題を先に終わらせて医務室に向かいます。見舞いくらいならできるでしょう」
彼女の試合はもう終わったので、鎧を脱いで制服姿なのだが、その後ろ姿の威厳はいつもの黄金色の鎧を着用している時よりも輝いて見える。
「若いのはそそっかしいな」
「君とそう歳は変わらん。ただ正義感が強くて向こう見ずなだけだ。君よりはガーディアンに相応しい」
「ハッ、暗部としては褒め言葉だね」
エヴリンも席を立ってヴィエルの跡を追った。
『…どういうことです!?処置は?治療魔術は?兄はどうなったのですか!?』
煩いな…眠いんだから静かにしてくれ…
『それが…我々が何かする前に傷が癒えていて…龍人や獣人というわけでもないのに…一応安静にはしておくように言っておきますが…』
「…ん…?」
なんかよく寝たな…ってここどこだ?この古臭い感じ的には学園内か?それにこの薬の匂い…保健室的な感じか?
「…!目を覚ました…!よかった…!」
目を覚ますとこちらを覗き込む病的に白い肌と髪の少女…妹のユイがいた。
「ユイ?なんでここに…てかここどこ?」
「医務室です!よかった…生きてた…」
「おー!ユイのお兄さん生きてた!」
「安心したよ」
顔を歪ませて泣き喚く妹。まったく…美人が台無しだぜ。あとそこのユイの隣にいる金髪の2人組は誰だ?見た感じ双子だが…
「あれくらいで死ぬかよ」
「本当にびっくりしたよ。まさか生徒会長があんなことをするなんて…」
横からの声。ヘルミナか。
「別に、死んでも自己責任って誓約だろ?ならそんな驚くことじゃない。決闘だ、そういうこともある」
「あってたまりますか!!!」
大声で叫ばないでくれ妹よ。それでもって抱きつかないでくれ。さっきまで気失ってたんだぞ?我怪我人ぞ?
「痛い痛い。骨折れるって」
「いっそのこと折れてしまった方がマシです!そうしたらもう危険な目に遭わなくて済むのですから!!」
「すごーい!これが羽交い締めってやつ?」
「おー…ミシミシ言ってるよ…」
いや発想が怖い。この子いつからこんな危険な思考回路になったの?…そういえば8年間あってなかったね。そりゃ少しは変わるか。あと誰なんだよ、そこの双子は。
「…見てないで助けてくれないか?」
「ボク達、まだ出会って一日目だぞ?君のことは結構気に入っているが、兄妹の間に割って入れるほどではないな」
「薄情者ォ!あっちょマジで痛いから!本当に骨折れるって!え!?マジで折るつもりなの!?」
病弱だった妹のどこにこんな力があるのか。
「そこまでにしておけ」
ん?この声は…
「誰ですか」
すっごい不機嫌そう…と、何だか騒がしくなりそうだ。医務室の入り口から姿を現したのはシルバー女…と、ゴールド女だ。何だ?煽りに来たのか?
「これは失礼。シルビア・エヴリン・フィリドールだ。以後お見知り置きを」
「ヴィエル・ゴールドスタイン・モローです。妹達がお世話になっております」
「………」
…何だこの絶妙な空気は。ここの関係どうなってるんだ?てかユイとヘルミィはいつ知り合った?
「姉さん…」
「イネスにソフィア、クロエまで…あなた達もゼ…レイ君と知り合いなのですか?」
「私達は違うよ。ユイのお兄さんだって言うから来ただけ」
「…今日汽車で来る時に会って…」
「そう。彼は中途入学の子です。あなたと同じ学年ですよ」
「知ってる」
「そう…えーと…仲が良いのですか?」
「今日知り合ったばかりだって」
「そ、そう…仲良くできるといいですね…」
なんだコイツら姉妹なのに仲悪いのか?それともあれか、反抗期的なやつか?
「生徒会長から招待状を預かっている。ユイ、君もだ」
「招待状…?」
渡されたのはシーリングが押された封筒。柑橘系の匂いがする。なかなか良い趣味じゃないか。口頭で伝えてくれるのならそちらの方が楽なのだが。
「ここでは開けない方がいい。中は魔法研究会の招待状だ。会長曰く拒否権はないらしいがな」
「ああ…そういやそんなこと言ってたような…ユイも強制参加なのか?」
「私は構いませんよ?」
「一応彼女には拒否権はある。必要無いみたいだがな」
ふと思ったのだが、先輩としてのシルバー女は結構頼れるものだ。全部彼女に任せていいんじゃないかな。
「ボクも…ボクも入れないか?」
「イネス…魔法研究会は文字通り魔術ではなく魔法に関するクラブ活動の場だ。悪い事は言わないが君には…」
「でも…!レイが魔法を使えるって言うのかい?」
(おい双子の陽気な方、こういう空気をお前が変えなくてどうする。こういう時に黙っててどうするんだ。胃が痛いんだが?)
「イネス、下がりなさい。これは生徒会長の決定です。…良い子にしていて…ね?」
その言い方を何処かで聞いたことがある気がする。とても悲しい、重い言い方だ。
「……分かったよ。ボクはイベントに戻る。じゃあね」
ヘルミナは去っていった。今気がついたのだが、もしかして俺以外全員、彼女のことをイネスと呼んでいるのか?
「もう少し優しい言い方は無いのか?妹だろうに」
「妹だからこそ、です。…それにしても奇妙な縁ですね。まさか妹達がそれぞれあなた達兄妹と知り合いだったとは…」
「妹『達』?じゃあもしかして…」
「初めまして!ユイのお兄さん!私はクロエ!こっちがソフィア!」
「ちょっと…人の自己紹介勝手に盗らないでよ…。初めましてユイのお兄さん、ソフィアだよ」
「おう…初めまして…」
(ゴールド女の妹ってヘルミナ以外にいたんだな…)
「でも不思議だね」
「何が?」
「ユイのお兄さんって今日入ってきたばかりでしょ?なんでヴィエル姉さんとシルビアさんが知ってるのかなーって。あと登録名がゼロ・スティングレイだったのも気になる。なんねユイと同じ名前にしてたのかなってね」
なんて鋭い推理力。探偵か?この双子の落ち着いてる方に目付けられると面倒だな…
「あー…」
言えないよな…『元ガーディアン第一席で叛逆者で王国最強のベルナールを倒して魔神王エンバージュとして今の女王を即位させたゼロ・スティングレイ本人だから知ってて当然です』なんて……あれ?もしかしなくてもノリで『ゼロ・スティングレイ』って名乗ったのマズかった?いやでも俺のリヴィドでの名前だしなぁ…
「ちょっとした知り合いで…任務の最中に…」
ゴールド女の顔に冷や汗が…コイツ嘘つき慣れてないな?…いや、嘘はついてないな?確かに俺を捕える任務だったもんな?
「どうだっていいさ。それより、体の方は大丈夫か?結構急所をやられた様に見えたが」
「今は特に痛んだりしないな。担当してくれた奴に良い腕だって伝えてやれ」
「いえ…それが…大人達が何もせずとも傷が癒えていて…」
「ん…?どういうことだ…」
血のついた制服を捲って腹を確かめる。すると、確かに傷は塞がっておりどこにも傷跡らしきものは見られない。
(自然治癒の魔術なんて覚えた記憶ないぞ。そもそも気失ってたら使えないし。もしかしてアイツらか?ビアンカはともかく七人全員で学園に来てるとか無いよな…?)
「…治ってるな」
「治ってますね」
「治ってるね」
「…つまりどういうことだ?」
おい双子と妹よ、何だその疑いの目は。まさか本当にゼロなんじゃないかって疑ってるのか?いや本人だけど。もうとっくに魔神の力なんて抜けてるぞ。
「…お兄様、本当に毎日欠かさず食べてますか?何というかその…華奢過ぎて心配になります。その病人のような身体のどこにあんな力があるんですか?」
失礼だなおい。ちょっと筋肉が付きにくいだけだよ。
「うん。初対面でこんなこと言うのもアレだけど、とてもあんな戦い方ができる身体つきには見えない」
改めて見ると華奢だな、俺の身体。腹の辺りと四肢だけ切り取って赤の他人に見せたら女と間違えるんじゃなかろうか。妹も負けず劣らず心配になる華奢さだが…
「兄妹揃って吸血鬼みたい!」
その冗談はシャレにならん。知り合いにマジの吸血鬼がいるから心配になる。まぁその吸血鬼はエンバージュもといクロードの嫁だから俺を襲うなんてことは無いハズだが…
「…何回も死にかけてたからな…どこかで本当に死んじまったのかもな…」
「え…?」
「何でもない。傷も治ってるなら行こうぜ、ユイ。イベントは楽しまなくっちゃな。そんなに俺の体が心配なら何か食いに行こうぜ?」
少しくらい食えばマシにはなるか。
「あっ、待ってくださいお兄様ー!」
「へへ、置いてっちまうぞー?」
「あっ…じゃあ姉さん達、行ってくるね」
「姉さん達も楽しみなよー?じゃあねー!」
「ほどほどにしておけよ…」
取り残された2人は神妙な面持ちだった。
「どうした、ヴィエル」
「どうしてシトラスが彼の妹の方まで招待したのか気になって…」
「天才の考えることはよく分からん」
「天才、ですか…」
「なにか?」
「別に私たちも他の学生から見たら十分天才と言えるのではないかと思いまして」
「何を今更。もともとこの学園には天才奇才か変人しかいないだろう。まぁ、シトラスや彼はその両方だと思うが」
「それもそうですね。では私たちも出店でも回りましょうか。美味しいものでも食べれば面倒事も忘れますし」
「だな、では行くとするか」




